笠今/願いは夢となって/会話多


 うとうと、眠気。夜の始まり、沈む意識の中で、まるで海に沈むようだと陽炎のように考えた。輪郭の無いそれをきっとアイツは笑うのだ。
 目が覚めた。朝日がカーテンの隙間から差し込み、先ほどまで夢を見ていたような気がした。とても心地の良い夢だったと思いながら起き上がれば、隣にあるはずのない温もりがあった。驚いて確認すれば、寝間着を着たアイツが寝転んでいた。黒髪にいつも目を細めているのが特徴の、今吉だった。昨日はいなかったはずの恋人に目を白黒させれば、今吉がごそりと動いて呻きながら目を開く。相変わらず目つきが悪いなと思っていれば、朝から失礼だなと笑われた。
「おはようさん、幸男。」
「はよ。なんで居るんだよ。」
「夜中にこっそり、なんてのは嘘や。」
「おい。」
「部活終わってからこの前の忘れもんを届けに来たら親御さん達が旅行に出かけるとこでな、そのまま家ん中に押し込まれて、なんかよう分からんけど幸男が起きるまで留守番て。」
「ああ、旅行。それはまあ、いい。知ってたし。で、寝こけてたら留守番になってねえだろ。」
「気持ち良さそーに寝とるんが悪いわ。うっかり隣で寝てもうた。あーあ、今日の学校、遅刻やん。」
「自由登校だろ。」
「せやけど。真面目なワシは学校に行きたかったんやで。」
「どの口が真面目なんだよ。俺んとこは今日休みだから。」
「知っとるわ。」
 今吉は起き上がって伸びをし、朝食を作るかとベッドから出た。そこで寝間着だということに気がつく。さらにその寝間着が俺のものだということもである。勝手にクローゼット漁るんじゃねえと枕を投げれば、背中に当たってよろめかれた。痛いと文句を言いながらも非は認めるらしく、一言謝ってから寝間着から制服に着替えようとしていた。なのでそれを止めさせ、適当に服を投げれば今吉は危うげなく受け止めた。それを着て制服は洗濯でもしろと言えば、ならばシャツとズボンだけお願いしようかとブレザーとネクタイをハンガーにかけた。
 着替えを済ませて一階に向かい、家族の書き置きを見る。冷蔵庫の中の食材を自由に使っていいと書いてあるのでさてどうしたものかと思っていれば、今吉は財布を持ってコンビニに行くと言いだした。そこでしっかり書き加えてあった書き置きの一文『翔一君も食べていいよ。』とのことを読ませた。俺の両親や弟たちにしっかり受け入れられていることがうかがえるその文に、今吉は困ったように笑った。嬉しいけれど、恥ずかしいのだろう。
 二人でベーコンエッグと厚いトーストを作って牛乳をコップに注ぐ。
「今日どうするん。ワシは家に帰って勉強しよかなと思うけど」
「は?」
「何やその馬鹿にしたような目は。喧嘩売っとるん?ああ?」
「お前は俺と一緒に過ごせば。勉強用具は持ち歩いてんだろ。」
「あー、まあそうやけど。」
「ならこの家に居ろ。俺も勉強するし。」
 そこで今吉は観念したようにため息を吐いた。
「ジブン、甘えたやな。」
「うるせえ。たまにはいいだろって話だっつの。」
 ハイハイと笑う今吉に、ふと思い出す。そうだ、俺は夢を見た。
(二人で暮らす夢を見た。)
 平穏に、穏やかに、健やかに暮らす夢を見たのだ。それはもう、変哲もないような幸せな日常を送る夢を。今、この瞬間がそれに最も近いような気がした。
「なあ、翔一。」
 なに、とこちらを見る今吉の目はいつも通り。けれどどこかその動きがぎこちなかったのは、きっと俺の考えを汲み取ったからだろう。
「一緒に暮らそうぜ。」
 耳が赤に染まる。
「気が早いわ、アホ。」
 幸せだな、なんて。

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