氷今/山茶花かくしてソーダライト/両片思いだけれどお互いの気持ちは分かっている恋人未満


 ふらふらと歩く。迷い込んだように入った路地で意外な人物と出会った。
「陽泉の氷室、やったか?」
 そう言えば振り向いた彼は驚いて、すぐに嬉しそうな笑顔になった。
「あなたは桐皇の今吉さんですね。」
 そして彼がおもむろに差し出した手を思わず見つめれば、さあと急かされて手を重ねてしまった。冷たい空気が痛い、12月の朝。

 するすると手を引かれて路地を歩く。薄暗かった路地はだんだんと光が差し込むような路地に変わっていく。やけに土地勘のある様子を疑問に思えば、見通したようにこの辺りは少し詳しいのだと笑われた。サトリの名をあげていいのではと、ほんの少し思った。ワシの手を握る氷室の手は温かい。体温が高い方なのだろうかと思っていれば、歩く速度が弱まった。いつの間にか並んで歩けるほどの路地に立っていて、にこりとこちらを見て微笑む氷室の意図が分かった。その隣に立った。
 光が差し込む路地をゆっくりと歩く。吐いた息が白く、会話はあまり無い。こんな風に何も考えずに歩くなんていつぶりだろうか。正しくは、何を考えればいいのか分からない状態がだが。今までの行動から考えようにも隣を歩く氷室が何を考えているのか、唐突すぎてさっぱり分からず、考えようと視線を動かせば微笑みながらあちらこちらを見ていることしか分からない。読めないのはきっと彼独特のミステリアスな雰囲気からだろう。つまりワシは彼に飲まれてしまっているのだ。悔しいと思いながらも、こういう相手は確実に存在するのだから仕方ないと割り切って何も考えずに歩く。
 しばらくそうして歩いていた時だった。何となしに繋がったままの手が軽く引っ張られる。何かと思えば上を見上げる氷室が居た。目だけを軽く動かして上を見るように諭されて、彼の視線の先を見れば椿のような赤い花があった。
「山茶花か。」
 山茶花、サザンカ。この季節にちょうど咲いている花。赤い花で椿によく似ているが、その花は首から落ちずに花弁がバラバラに落ちる。光に満ちた塀の上で群れるように咲くその花に、よく手入れがされているとぼんやりと考えていれば隣から声が聞こえた。
「でもオレは、」
 続くであろう言葉が聞こえず、山茶花から目を離して氷室を見た。その瞬間、唇に触れた温もり。お互いが目を開いたまま、至近距離で見えたそれは、どこか青いように見えて。
(ソーダライト、みたいな。)
 ウチのエースの鮮烈な青ではなく、深く落ち着いた青のような。
(けど、まるで。)
 燃えるような情熱が垣間見えるような。

 瞬きする間に消えたそれらに呆然とすれば、ゆるりと顔を離した氷室は笑って言った。
「少し覆っただけですよ。」
 曰く、隠して。



2014.12.4 12番今の日おめでとうございました
山茶花:理性
ソーダライト:衝動的行動

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