黄今/ふわふわとココロ


 トントンと歩けば、気がついてくれる。愛しいあなた、今吉さん。
 振り返った今吉さんに駆け寄れば、もう練習は終わったのかと不思議そうで、設備点検なのだと言えば納得したように頷いた。並んで歩けば少し下にある頭が見える。今吉さんは背を自然に伸ばして歩くので頭があまり揺れない。体幹もきちんと出来ているのだななんて当たり前の事を考えてしまった。
 マジバが見えたので今日はここでどうかと聞けば、了承してもらえたので店内に入る。注文をした飲み物とポテトを持って席に座れば、今吉さんはノートとシャーペンを取り出し、俺もノートと筆記具を取り出した。勉強会の始まりだ。
 最初はお付き合いしている今吉さんの方からの提案だった。自分の復習も兼ねて勉強会をしないかと。それからバイトが入らない限り毎週水曜日は学校帰りに待ち合わせて場所を見つけて勉強会をした。勿論、勉強会というのが建前なのは俺でも分かる。少しでも一緒に居たいのはどちらも同じのはずだから。
 今吉さんが作って来てくれた問題や教科書の問題を解き、今吉さんが答え合わせをする。前に比べたら間違いは減ったが、やっぱり赤が多くて悔しく思う。いつか満点になるのだと意気込むと、気張らなくていいのにと微笑まれた。その微笑みは愛しい人を見る視線で、ふわりと気持ちが浮かび上がるのを感じた。嬉しいと確かに思った。
 来週は生物だと決めて、飲み物とポテトをつまみながら会話をする。時間は限られているけれど、それでも取り留めのない話をした。相手の何気ない日常こそ、俺も今吉さんも求めているものだからだ。
 二人で和やかに話していれば時間はあっという間で、揃ってマジバを出ると夕方だ。何時もより多く話せたけれど、それでもやっぱり足りないなと呟けば。こっちも同じだと今吉さんは楽しそうに笑った。それは取り繕わない笑顔で、無防備にその顔はダメだと手を握る。すると俯いて耳を赤くした今吉さんに、可愛い人だと素直な感想を持った。
 二人で歩く。今吉さんの使う駅までもう少し。
「来週は、今日より話せへんな。」
 そうだねと同意すれば、だからと今吉さんは握った手を強くする。
「来週の土曜日、外泊届、出すわ。」
 その言葉を理解したら顔が熱くて堪らなかった。可愛いと嬉しいで脳内がそれで覆い尽くされる。もっと一緒に居たいなんて、今までもそんなに言わなかったのに。
「じゃあ、姉ちゃん達をどうにか他所に行かせるッス」
 そこまでしなくていいと言ったその顔も赤くて、お揃いだと手を解き、指を絡めて握りしめた。駅はもう目の前だった。じゃあまたと手を解いて歩き出す今吉さんの背を見送る。今日はいつもより多めにメールをしてもいいのかな、なんて俺はふわふわとした気分になっていた。

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