金木犀を抱く/高今

 初恋はきっと近所のあの人だった。優しくて美しいその女性に、俺は確かに初恋をしていたと思っていた。
 しかしあれは違ったのだ。あれが初恋と名を打つ恋だというなら、今抱くこれは何だと言えば良いのだ。あれは確かに初恋などではなく、今この瞬間も身を焦がすこれこそが“恋”なのだ。

 待ち合わせた貴方の肩をぽんと叩けば、驚いて振り返る。貴方の目は少し開かれていて、今日こそその目にバレないようにしたかったのにと残念そうだ。だから俺は、自信を持って何時迄も貴方を驚かせますと言う。
 並んで歩いて向かうのはカードショップ。本当は一人で行く予定だったのだけれど、たまたま俺が行く話を聞いたらしい貴方が少し興味があるからと電話をしてくれたのだ。そうじゃなければ、俺はデート先にカードショップは選ばないだろう。けれど興味が少しだけあった貴方に少しずつ教えている俺は、きっと未来に貴方と行くことを考えていたのだろう。

 ガヤガヤとした店内で貴方は初心者とは思えない落ち着き様だった。けれど本当は少しだけ緊張しているのが俺だけはわかる。そのことが少し嬉しい。
 とりあえず店内を見ていると目当てのものは無く、一戦してみるのも良かったが貴方が気疲れしているようだったので、混雑する店内でそっと手を引いて外に出る。貴方は面白いところだったと疲れを見せずに笑ってくれた。その優しさが何とも心地良くて、貴方にもその気持ちを感じて欲しくて、ならば次は貴方の好きな本屋に行きましょうと笑う。貴方は少し驚いて、ありがとうと言ってくれた。

 本屋にはカフェが併設されており、購入した本を持ち込んで読むのを勧めていた。購入する本があったらカフェも考えようと喋ってから店内に入った。静かながらも本の捲る音などで少しだけ騒がしい店内を二人でウロウロとする。貴方は慣れた様子で目当ての場所を転々とするものだから、これは離れたら少し見つけ辛いかもしれないと付いて回ることにした。それに貴方はすぐに気がつくので、俺の興味がある場所にも行ってくれた。気遣いに嬉しいと思っていると、お互い様だと微笑まれる。その顔が本当に優しそうで、その顔は外でして欲しくないなと妬けてしまった。

 結局俺は雑誌を一冊、貴方は文庫本を一冊買ったのでカフェに入った。店内はちらほらと本を読む人が居て、静かだし雰囲気も良いところだと貴方は満足そうだった。俺も好きな落ち着いた雰囲気の店内だったので、同意した。
 珈琲を二つ頼んで本を紙袋から取り出す。俺の雑誌はこの町の特集が組まれたもの、貴方の本は海外の推理物だった。たまにはこういう物も読みたくなるのだと、貴方は嬉しそうだ。

 黙々と二人で読む中、俺は後で会話に出したいページに折り目を付ける。そしてちらりと貴方を見て、そういえばと首元に視線を移す。そこにはシルバーのリングが細いチェーンによって掛けられており、その指輪が俺の贈った物だと確認する。そして今度は指に付けられるペアリングが良いなと欲深く思った。貴方は周囲に知られると面倒だからとリングペンダントだって俺と会う時しか付けてくれないから、指輪を普段から指に嵌めてくれるなんて思っていない。けれど、貴方との証として贈りたいなと思ってしまう。貴方は俺に甘いから、きっと贈ったら部屋に飾ってくれるか、仕舞っても時々取り出して眺めてくれるのだろう。嗚呼、なんだ。それだけでも充分嬉しいじゃないか。
(ゆびわ、いいですか)
 そして俺は左薬指に同じ指輪を付けるから。



金木犀=真実、真実の愛、初恋、陶酔
2014.10.4 10番今の日おめでとうございます。

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