きみは愛されている/宮今


 静かな夜に勉強をしているとメールが届く。すぐに誰か分かるものの、今はまだ駄目だと携帯を放置した。けれど、彼はワシがまだ受験前だと分かっているから気にかかった。この時間にメールは来るはずがないのだ。その気持ちに押されて携帯を手に取ってしまう。メール画面を開けば、そこには簡潔な一言。
「“開けろ”……ってまさか」
 まさかと思いながら上着を着て部屋を飛び出し、寮の入り口に走る。鍵の掛かったそこを開けて見えたのは彼の金髪。
「こんな時間にわりぃな」
 鼻を赤くしたきみに、ワシは馬鹿だなあと笑った。

 寮母さんに事情を話して許可を貰い、宮地君を部屋に案内する。途中で諏佐とすれ違い、目を丸くされた。そのままワシの方をジトリと見たので、ワシは何もしていないと否定しておいた。
 部屋に招けばきみはテーブルへと向かい、二本の水筒と弁当箱を取り出す。水筒の片方は味噌汁で、弁当箱も広げるといただきますと食べ始めた。ワシはそれを見てから同じテーブルで勉強を再開した。
 宮地君が食べ終えるのを確認してから、それでと切り出す。
「今回は何が原因なん」
「……進路」
「またかいな」
 そう言えば、宮地君はブツブツと続ける。
「もう決まってんのに、もっといいとこ行けってうるせえんだよ。」
「宮地君のご両親はやけに期待しとるもんなあ。」
「俺にだって選択権はあんだろって話」
「まあな」
 味噌汁を啜る宮地君に苦笑する。このご飯はおそらく食材を買って木村君のところに突撃し、調理したものだろう。変に行動力があるなと思う。そしてこうして突撃、つまりは家出をして来るのは今回が初めてではない。
「あ、今日寝るとこどうするん?」
「あ?」
「やっていつも休日やん。まさか平日の今日に来るとは思わんかったし、宮地君がいつも使う布団は洗いに出しとるからあらへんよ。」
「同じベッドでいいだろ。」
「狭いやろ。」
「俺は気にしねえけど。」
「ワシが気にするわ。宮地君は大学でもバスケやるんやろ。プレイヤーに狭いところで寝させられへん。あ、毛布あったわ、ワシ床で寝る。」
「はあ?!お前の部屋なのに何で今吉が床なんだよ。おかしくね。」
「なーんもおかしないわ。じゃ、ワシ勉強するから好きにしい。」
 そうして手元に視線を戻す。静かになった宮地君にホッとしていると、ごそりと動いたなと思った。すると背中に温もりが現れ、腕が腹に回される。これはつまり背中に引っ付かれられている。
「邪魔するとはええ度胸やな。」
「邪魔しねえよ。」
「いやもう既に邪魔やから。」
「傷心中なんだから好きにさせろ。」
「どの口が傷心中やって?ん?」
「口実に決まってんだろ分かれ。」
「知らんわボケ。もし擽ったりしたら大坪君に連絡するで。」
「大人しくするわ。」
「よろしい。」
 そのまま背中に宮地君を引っ付けて勉強をする。今日のノルマはあと二十頁だ。カリカリとシャーペンを走らせ、肩に埋められた宮地君の頭が視界にちらつく。それに何と無くホッとする自分に、嗚呼駄目だなと苦笑が漏れた。
「明日、一緒に出掛けよか。」
 ぴくりと反応した宮地君に続ける。
「晴れるらしいから、外でバスケでもええんとちゃうかなあ。」
 きっとストレス発散にもなると笑えば、宮地君は顔を埋めたままに頷いた。揺れる肩を感じながら、また勉強へと戻った。明日から自由登校なのは、きっときみも知っていたのだ。

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