誰も知らない彼岸へ/笠今未満/PG組/夏の夢幻



 いつか辿り着ける様にと、お前は囁いた。それはもう、遠い記憶。

 俺の脳味噌の中にはある筈の無い記憶がある。もしくはとんでもなく現実かと思い込んでいる妄想がある。

 これはその記憶の話。

 俺は幼い頃に海辺の街で夏を過ごした。それは毎年の恒例行事で、俺は毎年どきどきと胸を高鳴らせ、そして少し不安になった。それはその恒例行事が俺一人でその街に行くことだったからだ。親はその時ばかりは一緒には居らず、俺はひとりで電車に乗り、乗り継ぎを二回して、古びたローカル線に一人ぼっちで揺られるのだ。
 そうやって辿り着いたいつもの街は寂れて廃れてきつつある街で、人はみな知り合いだった。その街の一つしかない駅に降りると、久しぶりだねと毎年会う男の子が笑いかけてくれた。
 その男の子は黒くて真っ直ぐな髪をしていて、その髪を腰まで伸ばしているものだから、後姿はまるで女の子だった。その男の子は俺と同じ様に海辺の街に一夏を過ごしに一人で来ていて、名前はショウといった。
 ショウは俺をユキと呼び、白いTシャツをはためかせて、いつも俺を民宿へと案内した。民宿では何人もの幼い子どもが俺と同じ様に夏を過ごしに来ていて、その中でも俺はショウと仲が良かった。
 子ども達は個性的で、赤い髪の男の子や、明るくて沢山笑う男の子、変わった眉毛の男の子なんかもいた。そしてそんな子ども達と俺はワイワイと共同生活をしたのだ。
 何人かと網と虫かごを持って虫捕りをして、民宿のおばさんが作ってくれてかき氷を皆で食べて、スイカ割りをして、駄菓子屋で瓶のラムネを飲んで。海で、遊んで。
 楽しくて楽しくて仕方がなくて、夜は少し寂しくて。俺はその中でショウとはずっと一緒だった。寝るのも食べるのも風呂に入るのも一緒で、街の人に仲良しだねといつも言われた。

 そして最後の夏。少年となった俺とショウは約束をした。
ー「いつかまた、此処に来ようね」
 いつかまた、辿り着ける様にと。

 俺もショウも分かっていたのだ。この街の夏は、俺たちが考えもつかない程に不思議な出来事の成れの果てなのだと。幼い子ども達を迎え入れた街は、廃退した街の思い出なのだと。地図帳で調べても、この街はもう無いのだと。

 そして俺は十八歳となった。もう幼い男の子ではないし、少年と呼ばれるのももう少しだ。それだけの歳月が経ったのだ。
 俺は二度とあの街には行けないのだろう。たとえあの記憶が妄想だとしても、それは変わらない。いつまでもあの輝かしい夏の日々を、俺は持ち続け、そして懐かしむのだろう。そんな大切な思い出だ。

「笠松君、なにしとるん。皆行ってもうたで」
「あ、おう。」
 話しかけて来た今吉に、返事をした。次に考え事をしていたら置いて行くと笑う今吉に、俺はもう大丈夫だと返した。
「そうや、今年は皆で海に行こうや。きっと楽しいと思うんやけど」
「へえ、いいんじゃねえか。皆も楽しいと思うぜ」
 お二人とも置いて行きますよと高尾が叫んだ。こちらを見る赤司や花宮といった皆に、今行くと言う。
「ほな、行こか」
「そうだな」
 並んで歩けば、ふとあの街の潮の香りがした。今吉の髪が、まるでショウの様に長いように見えて、俺は目を閉じた。
(また、会いたい)
 夏の、友だち。



title by.恒星のルネ


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