導入編


 禁じ手を使うなかれ。それを使う時は背に腹変えられぬ時。

 星座の力で怪物と戦うこの世。星座の力を引き出すためのパートナー契約を、運命の出会いに掛けて、人々は婚姻と呼ぶ。
 パートナー契約は相手が死亡もしくは何らかの理由で星座の力を失った時にのみ解約できる。というより強制的に解約させられる。そしてそのパートナー契約に己の意思は殆ど関係せず、まさに運命の導きによって契約は結ばれる。
 パートナー契約は星座の力を持つ同じ星座の王子と姫が結ぶことになる。王子だからと言って男とは限らず、姫だからと言って女とは限らない。ただ、姫同士や王子同士の契約は不可能である。なにも姫や王子と言わなくても良いかもしれないが、姫にはサポート能力が宿りやすく、王子には攻撃能力が宿りやすいという話からの比喩である。もちろん姫の男からしてみればどうにも納得出来ない名前ではあるが。
 そして俺こと笠松幸男は獅子座の王子であった。

 星座の力はパートナー契約を結ばない限り、とても怪物と戦えるものではない。己を浮かせて宙を走り、戦闘を優位に戦う星座の力の所有者も、契約をしなければせいぜい1cm角のサイコロを浮かせることしか出来ない。そして怪物はパートナーの有り無し関わらず星座の力所有者を狙いやすい習性がある。つまり、パートナー契約は星座の力所有者にとって生きる為に必要不可欠な事項なのである。
 そんな俺は、まだパートナー契約を行っていない。
「笠松と婚姻したい獅子の姫の女の子、たくさんいるのにね」
「パートナー契約、今日も無理だったのか?」
 小堀は森山のその言葉に頷く。そして俺は女子だったら苦手なので戦うどころではなくなるかもしれないとは思いつつ、婚姻なんて言われる契約ならば女子がいいなと思ってため息を吐く。ちなみに小堀と森山は星座の力を持っていない一般人だが、一般人でも何らかの後天的要素で星座の力が宿る可能性もある為に、星座の力が何たるかは義務教育で学んでいる。ただ、やはり実際の所有者に比べたら現実味や関係性が薄い為に頭にしっかりと知識が入っている者は少ない。小堀と森山も以前は星座の力所有者が周りにいなかった為にパートナー契約が同じ星座で行われることすら知らなかった。彼らのうろ覚えの知識はやはり、王子と姫が婚姻して戦う、というなんともざっくりとしたものだった。
「俺、笠松に聞くまでパートナーは王子と姫なら誰でもいいと思ってた」
「俺も。女の子とお近づきになれて羨ましいと思ってたんだけど、男の姫もいるし、なにがなんだか」
「おとぎ話みたいにロマンチックともいかないって、パートナーがいる牡羊座の姫の女の子から聞いたよ」
 小堀の言葉に深く同意する。パートナー契約を結ぶ前はパートナー契約をしている星座の力所有者から守られる立場だが、契約を結べば立場は真逆となり、未契約者と一般人を守る立場になるのだ。怪物との戦いが戦場であることは、何度も守られてきたから身によく染みている。

 その時、ガチャと音を立てて部室に黄瀬が戻ってきた。ただいまッスと笑う黄瀬の服には汚れと切り裂かれた跡があった。それは紛れもなく怪物との戦いの痕跡であり、黄瀬がパートナー契約をしている双子の王子である証だった。
「怪我は」
「パートナーに治してもらったんで、どこにも。ほんといつも申し訳なくて」
「パートナーといえば、確か桐皇の」
「双子座の姫の諏佐さんッス。あの人、俺がモデルだからって後天的に治癒能力を得てくれて、そのせいで体力の消耗が激しいから……」
 落ち込む黄瀬に、森山が今度菓子折り持ってくかと真剣に言った。それに小堀もそうだねと同意する。森山と小堀は俺と黄瀬に出会って始めて戦闘を間近で見ることになったのだ。二人が最初に見たのは黄瀬が俺を守る戦闘で、二人はその壮絶さとおどろおどろしい怪物との激しいエネルギーの攻防に震え上がった。戦いがやっと終わった時には、恐ろしさでしばらく動けなかった程だ。そのせいもあって二人は戦闘という単語に恐怖に近いものを感じるらしい。一般人というものがどれだけ命の危険が少ないのか、二人は身を持って知ったのだ。
「んで、笠松センパイは、今日も?」
「ああ。なかなか思うようにはいかねえ」
「しょうがないッスよ。契約は自分がどうこうできるモンじゃないし」
 黄瀬は疲れているというのに励まそうと笑った。俺はそれに応えるように自分に喝を入れて立ち上がった。

 その時、黄瀬の携帯が高らかに鳴る。マナーモードにし忘れてたと慌てる黄瀬が携帯をみて、唖然とする。どうしたと言えば、黄瀬は無言でこちらを見て、そしてドッと冷や汗を流した。
「どうしようセンパイー!!」
「落ち着け!!」
「うわー! 笠松蹴りはダメー!」
「いくらシャララデルモにイラついても戦闘後だから!!」
「森山センパイそれどういう意味ッスか! でもお気遣いありがとうッス!!」
「で、何なんだよ」
 黄瀬がそろりと俺の手に携帯を置く。そこにはメール画面があり、
「合同、合宿?」
「正確には星座連合による星座の力の所有者への怪物の感心能力の実験ッス。」
「なっ」
 絶句していると黄瀬は泣きそうな目で続ける。
「一般人も、パートナー未契約者も参加って、」
「なんでそんな」
「実験のためだと思うッス。赤司っち、最近すごく悩んでて、俺たちパートナー契約済の星座の力所有者とも話し合って、やっぱり断ろうってなってたんスけど、でも押し切れなかったって」
 黄瀬は言い終える前に嗚咽を漏らして泣きはじめる。黄瀬はパートナー未契約時代に一般人の姉を、自分を襲撃してきた怪物によって、目の前で殺されている。誰よりも一般人への被害を考える人間なのだ。だからこの実験ほど、苦痛なものはない。そして同じような経験なんてなくとも、小堀と森山を見ていれば一般人への被害に敏感になるのはすぐに理解できる。幼い頃から襲撃されきた俺たちと、一般人は、あまりに違いすぎる。
「参加者は、キセキ獲得校と、誠凛と、霧崎で、各校スタメンと、誠凛は全部員って、」
「もういい、黄瀬、それ以上は」
「だって、嫌だ、センパイも、バスケで戦ったみんなも、こんな、こんなの! バスケが好きなだけだったのに!!」
 黄瀬はそう言うと大声で泣きだす。小堀はその背中を撫でて寄り添い、森山は俺とメールを見た。そのメールは、怪物の感心能力実験であること、キセキ獲得校プラス霧崎のスタメンと誠凛バスケ部全員が強制参加ということが箇条書きで書いてあり、最後に、力が及ばずすまないと締めくくられていた。偶然にもバスケが好きという共通項で知り合った俺たち星座の力所有者は、戦い続けなければならない現実を少しの間でも忘れたくてバスケをしている。だから、その言葉があまりに悲痛で、無力で、俺は赤司の悔しさも自分の悔しさも強く感じた。

 かくして合同合宿という名の実験が始まる。

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