もっと触れてよ嘆いてよ/宮今/怠惰な悲痛


 昼下がり、柔らかな光が射し込む部屋に二人は居た。黒髪の少年は机にノートと資料を広げて勉学に勤しみ、金髪の少年は勉強道具を片付けている。やがて片付けを終えた少年が立ち上がり、キッチンへと向かった。二人分のアイスコーヒーを淹れると黒髪の少年の元へと戻る。
「ん、」
「んー、ありがとさん」
 黒髪の少年、今吉翔一はへらりと笑いながら言う。それに対して金髪の少年、宮地清志はさっさと終わらせてしまえと言った。
「あと10ページぐらい進めたいんよ」
「あっそ。」
 宮地はそう言うと携帯を取り出した。そこに表示されている時間を確認すると携帯を仕舞った。そしてそっと今吉の隣に座る。
「ちょっと待っといてえや」
「さっさと終わらせろ」
 今吉はくすくすと笑う。その間もペンが止まることは無かった。さらさらと問題を解き、答え合わせをし、再挑戦する姿は手慣れており、かつ楽しそうだった。その姿を宮地は面白くなさそうに見つめる。
「お前さあ」
「んー」
「もうちょっと俺を頼れよ」
 ピタリとペンが止まり、今吉の目が開く。しかしそれはすぐに閉じられ、食えない笑みを浮かべた。アイスコーヒーの結露が輝く。
「頼っとるやん」
 今だってこんなにもと今吉は笑う。その姿は平素と何も変わりはしないだろう。しかし宮地は眉を顰(ひそ)めた。
「お前のこと、それなりに知ってるから分かる」
「ええの。ワシはこれぐらいが丁度良い」
「お前な」
 宮地がため息を吐いて、そっと今吉の首に手を伸ばす。そして指先で首を撫で、それを今吉は甘受(かんじゅ)した。それに宮地はまた眉を顰める。
「無理すんな」
「してへんよ」
 宮地は呆れたように口を動かす。
「本当は触られるの嫌いなクセに」
「……宮地君」
「本当は一寸(ちょっと)だって頼りたく無いクセに」
「やめ、」
 今吉はふるりと震え、目を薄く開く。その目は潤いを滲ませ、体の震えはゆっくりと大きくなってゆく。
「溜め込むな」
「や、」
「俺はそんなにヤワじゃない」
「そんなの!」
 今吉は声を張り上げる。体を震わせ、涙を流しながらのそれはあまりに痛々しい。何も取り繕わない、今吉少年の心の柔らかなところだった。
「ヒトは脆い!いつ死ぬかも分からないのに頼れるわけがない!許せるわけがない!慈しめるわけがない!」
 宮地は今吉を引き寄せ、そっとその背を撫でた。体の震えが段々と落ち着いてゆく。
「……愛せるわけがない、愛せるわけないやろ。」
「それでも、俺は」
 今吉は宮地の言葉を遮るように、宮地の背中に手を回した。
「やめてや、もう、これ以上、枷をはめないで」
 ワシは囚われたくない、と。今吉の顔は優しく穏やかなもので、その頬に伝う涙があまりにも異質だった。一方、宮地は悲痛な面持ちで今吉の背を撫でていた。アンバランスに抱き合う二人を柔らかな日差しが照らし、アイスコーヒーの氷がからりと崩れる音がした。



title by.恒星のルネ

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