祝いの言葉/笠今/お礼小説


 二人で歩く。囲む景色は冬の朝、森の中。中途半端に舗装された道を二人で歩く。
「出会ったのは、春やったっけ」
「春の新人戦。そのベンチで目があった」
「そう、そうやったわ」
 川のせせらぎが聞こえ、じきに小川が見えてくるだろう。森の中の朝露で湿った空気が肺を満たす。落葉樹は紅葉させて葉を落とし、所々にある針葉樹は深い緑の葉を空気に晒していた。踏みしめた道の舗装はボロボロで、所々に剥き出しの地面が見えた。
「会話をしたのはいつやろ。試合やったら少し、声を掛け合った気がするんやけど」
「試合はカウントしないだろ。二年の、夏だった」
「ああ、その時の幸男君はすっかり疲れ切っとったわ。喫茶店に連れてったなあ」
「あそこはあれからよく通ったな」
 少しだけ大きな段差に、俺は先に降りて今吉に手を差し出す。今吉は慣れた動作で俺の手に手を重ねる。少しだけ冷えた、温かい手だった。

 今吉とこうして森の中を歩くのは初めてではなかった。企画をしては、幾度となく繰り返された小旅行は、殆どが自然を感じる為のもの。俺も今吉も精神的に疲れていたこともあるが、何より二人とも自然が好きだった。決して自分の手に負えない、自然が。
「ワシな、何度も似合わんて言われたんやで。」
 今だから言えると、今吉は笑う。朝の清々しい空気の中、今吉の笑顔は不釣り合いに陰があった。だから俺は笑って言ってやる。
「俺もやめとけって言われた」
 今吉は目を開いて、それからへたりと笑う。そんな今吉と繋いだ手を、俺は強くした。
「同じだ」
 だから怖くない。と言外に告げると、今吉は嬉しそうに笑った。陰が消えた訳ではない。でも確実に減ったことは分かる。

 ざあざあと木々の音がする。朝露の匂いでむせ返りそうだ。

「健やかなる時も、病める時も」
 今吉は穏やかに語る。
「喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも……」
 声は段々と囁きとなり、その続きは聞き取れなかった。しかし今吉はふっと顔を上げて、俺を見た。
「ワシはキミを愛します」
 その目は愛おしそうに歪み、弧を描く。その口は震えて、何の形にもなっていない。
 だから俺は言う。
「俺もお前を愛します」
 聞こえてきた鳥のさえずりは、きっとつがいだっただろう。



一万打ありがとうございます。短いですがお礼小説とさせていただきます。なるべく捏造とパロディを減らした幸福な話を書こうとして玉砕しました。幸せな話とは何だったかと己を見失いそうになったので、すみませんこれで勘弁してください。\笠今さん幸せであれ/

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