標本の蝶は愛/緑今/付き合ってる


 青い天鵞絨(びろーど)は美しく艶やかに広がる。床に投げ出されたそれ酷く艶かしく(なめまかしく)思えた。それは色沙汰のことではなく、ただ人間味のある純粋な美しさを際立たせたような艶かしさだった。
「カーテンですか」
「せや。綺麗やろ」
 にっこりと笑んでやると、緑間君は苦々しい顔をした。青という色からいつかの彼を思い出したのだろう。ワシが心酔した、最強を。
「他の色は無かったのですか」
「この色が良かったんよ」
 キミは目を伏せてため息を吐いた。そんなに嫌なのかと面白おかしく感じる。耐え切れずにくすくすと笑うとキミは拗ねたように腕の中のテディベアを抱き締めた。白いそれは今日のラッキーアイテムらしい。相変わらずだなと微笑ましく思う。しかしそれもお気に召さなかったようで、キミは長い腕を伸ばしてワシの腕を掴み、一気に引き寄せた。

「うわっ」
 ドンッとキミへと倒れると、キミはそのままワシを抱きしめる。白いテディベアはいつの間にかキミの隣で座っていて。
「そんな怒らんといてや」
「怒ってません」
「じゃあ拗ねんといて」
「あなた次第なのだよ」
 ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられながら、なんとか呼吸を確保する。そして視界の隅に見えた青い天鵞絨のカーテンに、言わなあかんのかと気恥ずかしくなる。
「あんな、緑間君」
「はい」
「キミ、初めてデートした時のこと覚えとる?」
 ワシの一見唐突な言葉にキミは口を閉ざす。先を急かされていると汲んで話を続けた。
「カフェでお茶して、数件の雑貨屋に行ったやん」
「……はい」
 何と無く分かったのだろう。胸の鼓動がより強くなった気がした。
「キミが言ったんやで」
 あなたには青の天鵞絨が似合う、と。
 それはネクタイの話だった。ワシはそんなことはないだろうとケラケラ笑いながら、確かに惹かれたのだ。キミが言うワシに似合うそれをそばに置いたら、キミは何と言ってくれるのだろうと。

「流石にネクタイやと目立つちゃうかなと思ってなあ」
 ギュッと抱きしめられて再び苦しくなる。キミの体温はとても温かくて。
「すみませんでした」
 きっと、あの時の言葉はあまり深い意味が無かったのだろう。それでもワシにとっては嬉しかったのだとキミは分かったのだ。些細なことで喜んでもらえたことに気恥ずかしさを感じたのだろう。些細なことだからこそ、気恥ずかしいのだ。ワシだってそうだ。
「なあ、お昼なに食べる?」
 だから照れを紛らわす言葉にキミは乗るのだ。
「うどんがいいのだよ」
 青い天鵞絨のカーテンと白いテディベアのある部屋で、ワシとキミはしばらく抱きしめ合った。

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