残酷な愛の話/笠今/ハッピーエンド


 優しさとは時に人を傷つけるというけれど、キミのその優しさはどうだろうか。
 キミは残酷なことにとても常識的な人間だ。ワシみたいに変な考えは持たず、まっとうな人間だ。
 それが悪いとは思わないけれど、とても残酷だと思う。正確には、変なワシが好きになったのが常識的な人間であるキミだったということが、とても残酷だと思う。同性ということより、その人間性が、とても残酷に思えた。
 勿論最初は戸惑ったし、諦めようと思った。見込みは一切無いのだから、叶わぬ恋を続けるなんてことはしたくなかった。新しい恋がしたいと、切に願った。
 でも諦めることも、新しい恋も出来なかった。ワシは他に目を向けるほどに、キミの好きなところを見つけてしまうのだ。それは決して長所ばかりではなくて、むしろ欠点の方が好きになった。
 ワシは恋を諦めることも新しい恋を見つけることもやめた。ただ、誰にも告げずにひっそりとキミに恋をすることに決めた。気がつかれない程度にキミを見て、声に耳を澄ませて、同じスポーツをやっていることに感謝した。
 だんだんとワシの恋は昇華されてゆく気がした。大学は前からの希望通りの場所を受けることにして、キミはどこの大学に行くのだろうと穏やかに思った。きっとどこへ行っても上手くやるのだろうと、自然と笑みがこぼれた。

 卒業式でバスケ部の面子は泣いてくれた。なんだかんだで好いていてくれたのだと、涙より笑顔がこぼれた。今までありがとうと、感謝の言葉を繰り返した。
 入試、合格。新居へ引っ越して、大学の準備をする。諏佐達かつての桐皇バスケ部の仲間とは一週間に一回ほどメールを交換する仲に落ち着いた。ドタバタした日々の中でもキミを思い出さないことは無く、ふとした時にキミはどこで生きているのだろうと思った。同じ時間に息をしていることに感謝した。

 大学生活に慣れた頃、諏佐から珍しいメールが届いた。キミ達かつての海常バスケ部面子とかつての桐皇バスケ部面子が偶然揃ったから遊びに来ないかとの誘いだった。ワシは二つ返事での了承を送信して、部屋着から外出着に着替え、スマホと財布の入った鞄を掴んで外に出た。
 約束の場所には懐かしい面子が揃っており、お互いに久しぶりだと笑う。その中にはキミも居て、元気そうな姿に安心した。
「バスケやろうぜ」
 そんな青峰と黄瀬君の提案でストバスに移動して、ストバス場に転がっていたバスケットボールでバスケをした。3on3のそれはなかなかに面白く、やがて学校の枠を超えて組むようになった。黄瀬君が青峰に勝ちたいから絶対に組みたくないと駄々をこねているのが面白くてクスクスと笑うと、おいと声をかけられた。声で誰か分かってびっくりしてそちらを見ると、キミがいた。
「次組もうぜ。」
 ええよ、の言葉が遅くなってしまったのは許してほしい。ワシとキミと若松のチームは意外と上手くいって、案外合うものだなと笑い合う。とても幸せだった。

 やがて昼頃になって桃井と青峰と黄瀬君の同中面子が勉強会があるからと別れ、若松と早川君と中村君がスポーツショップに行くと別れた。残ったのは諏佐、桜井、小堀君、キミ、ワシの五人だった。五人で昼飯を食べに行こうと、定食屋に向かった。
 各々好きなものを頼んで和やかに会話をする。最近の出来事やバスケのことを話していると、桜井が肩身を狭そうにしていたので緊張を解きほぐすように話しかけたりした。
 頼んだ料理が揃うとみんなで食べ始める。ワシはきつねうどんで、キミが物言いたげに見てきたので、キミもたぬきうどんやんかと茶化しておいた。キミはたぬきみたいだと認めたくないらしいが、ワシだって認めたくないのだ。

 食べ終えて会話をして、会計を済ませて外に出ると桜井が友達に会ったのでそちらに行くこととなり、別れた。四人で歩いていると、小堀と諏佐が服屋に目を留めたので先に行っててと言われた。なので、今はキミと二人だ。
「どこか行きたいところあるのか」
「んー、本屋に行こうかと思っとったわ。」
「ふーん、じゃあ行くか」
 そう言って歩き出すキミに、ワシはほんの少しだけ戸惑う。当然のようなその選択に、軽い違和感を感じたのだ。それは呼吸か瞳孔かのように無意識レベルの違和感で。
(なんや……?)
 どうしたと振り返ったキミに、ワシは何でもないと駆け寄った。

 本屋に着くとそこはミステリーや恋愛などのジャンルで本が分けられており、すぐにノンフィクションのコーナーに向かう。キミは意外そうな顔をしたけれど、作り物は先が読めてしまって面白くないのだと言うと何か納得したようだった。
「“事実は小説より奇なり”やで」
 トドメのようにそう言うと、キミはそうだなと頷いた。しかしその目に一瞬だけ浮かんだ憂いの色に気がついて、不思議に思った。

 一冊だけ本を購入して本屋を出た。そろそろ帰ろうと思う、と夕方の空を確認して言うとキミはしどろもどろに言葉にならない声を出す。どうしたのかと不審に思って指摘しようとすると、キミはワシの目を見て口を開く。
「お前の家、行きたい」
 その言葉にぽかんとしていると、キミはまっすぐにこちらを見ていて、その顔は夕日のせいで色がよく分からない。気がついたら了承していた。

「散らかっとるけど気にせんといて」
 自宅のアパートに招き入れると、キミは少しキョロリと見回して、綺麗じゃないかと言った。そしてまるで引っ越して来たばかりのようだと。
「高校んとき寮生活でなあ。諏佐にたくさん注意されて整理整頓と物が増えないようにする方法を学んだんや」
「そうか。」
 キミをリビングに居させて、飲み物を用意するためにキッチンに移動する。淹れるのは紅茶で、お茶菓子にはビスケットを。二人分の用意が整うとそれらをトレーに乗せてリビングに運ぶ。
 紅茶とビスケットを渡すとキミはありがとうと受け取った。
「そのビスケット、美味しゅうて何度も買うとるんよ」
「へえ。それにしても紅茶とビスケットって、女子みたいだな」
「そうかもしれへんなあ、なんちゃって」
 クスクスと会話をしていると、ふとキミが自宅に居ることが不思議に思えた。感謝というより、唯、不思議で。

 キミが、なあと声をかけてくる。紅茶を覗き込みながら、ついでのようにキミは言う。
「お前、欲とかねえの」
「……へ?」
「性欲じゃなくて、恋愛における欲」
「えっと、いきなりどうしたん」
 意図が掴めずにそう言うと、キミはまっすぐにこちらを見た。その目は憂いを帯びていて。
「好きだ」
 その言葉に唖然とする。キミは今、何と言った。
「好きだ」
 繰り返される言葉に、湧き上がるのは恐怖だった。考えるより先に、やだ、やめて、もうやめてとうわ言のように口から言葉が繰り返し飛び出していた。
(両想いになろうなんて思ってなかったのに!)
「お前、さ。残酷だよ」
 同じような拒絶を繰り返すワシに、キミは優しい声色のまま言った。そして目を閉じたワシの瞼をそっと撫でる。
「まるで親みたいに無償の愛で満足するなよ」
 両手でキミの手を押し退けるが、キミの手は離れない。瞼に置かれた手は優しく、温かい。
「お前は俺の親じゃない。お前は俺とは他人だ」
 まるで一番隠したかった心の一部が暴かれるような気分になって、ワシは涙が滲むのを感じた。それを瞼を触るキミが分からない訳がなくて。
「好きだ。愛してる。お前もだろ」
 確信めいた言葉に、ワシはもう何も言えなかった。最初から暴露ていたのだ。最初からキミは分かっていて、そしてキミは、恐らくずっと前からワシのことが好きなのだ。
「返事をくれよ」
 瞼から離れた手によって、ワシは目を開く。そこには優しい顔をしたキミがいた。
「すき、なんや。ずっと前から」
 自然と零れた言葉に、キミは知っていると微笑んだ。





2014.6.3 今吉さんお誕生日おめでとうございます。

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