もしも僕の願いが叶うなら/森今/別れからの復縁
!捏造!
もし、俺の願いが叶うなら。俺はひたむきにそれだけを願い、望むから、どうか叶えてください。神様、居るなんてこれっぽっちも思った事無かったけれど、神様、どうか。あまりに身勝手な俺の願いを叶えてください。
−「もうやめよか」
そう言われたのは去年の夏のこと。きみは1年間楽しかったよありがとうと笑っていた。その目には涙なんで一滴も無くて、俺はそれを必死に探して目を凝らした。だってそれがあればきみを引き止められたかもしれないのだから。
きみと出会ったのは冬のこと。きみは滑り止めにと海常を受けていた。なんでも先生の安心のためであって、自分は本命に受かるつもりだと、きみから聞いたのは合格発表の後のこと。あの受験会場で出会った縁を俺は深く感謝した。
それからお互いバスケに打ち込みながら、暇があればメールをし、会った。恋人になったのは夏だった。
恋人関係は順調だった。波乱のない、平穏な関係で、ゆっくりと愛が深まっていっていたと思っていた。
けれど、きみは告白から1年後の夏の日に、別れを切り出した。
もちろん理由を聞いた。しかしきみは口を閉ざしたまま、何も言わなかった。俺は別れを了承するしかなかった。最後に、きみに嫌われたくなかったから。
きみと恋人になってからやめていたナンパをまた始めた。きみと寄りを戻そうとするのは、きみへの誠意ではないと思った。だから真剣に、真摯に女の子に向き合うことにした。笠松は俺のナンパを呆れたように見ていて、小堀はただただ寂しそうに見ていた。二人の真意なんて分からなかった。
そうして秋が過ぎ、冬が過ぎた。春になってキセキの黄瀬が海常にやって来た。黄瀬の態度は最初は悪かったけど、徐々に、誠凛と関わってからはずっと良くなった。その中で、きみのところにキセキの青峰が居るのだと知った。その重さに、きみは耐えられるのかと思った。
「変なの」
投げられたその言葉に反応出来なかった。代わりに反応したのは笠松だ。
「あ?何がだよ」
「だって笠松センパイは変だと思わないんスか」
黄瀬がこちらを見ていた顔を笠松に向ける。俺はひやりとする。何か、変だというのか。
「知るか」
「森山センパイふとした時に、なーんか遠い目してるッスよ」
まるで誰かを思い出しているみたいに。
俺は頭が真っ白になった。
その後のことはあまり覚えていない。ただ、我に返った時には、小堀が俺の肩を抱きしめ、黄瀬は目を落とさんばかりに見開き、笠松は他の部員を帰らせていた。
「森山達が納得しているなら、いいんだよ」
小堀が労わるように掛けてきた言葉が、頭にこびりついた。
ナンパに繰り出す気になれず、ただただバスケの練習を繰り返した。何か言いたげな笠松に笑顔を向け、心配そうな小堀に大丈夫と告げ、気まずそうな黄瀬を練習相手に誘った。
秋になって、誰もいない部室に黄瀬がやって来た。どうしたと笑いかければ、黄瀬は悲痛な顔をした。そして笑わないでと言う。
「なんでだよ」
「ッ、アンタ、自分がどんなカオしてんのか分かってるんスか?!」
「なに言ってるのさ、俺は笑って、」
「笑えてねえよ!!」
掴みかからんとばかりと黄瀬を、ぼんやりと見る。そして何と無く、きみがこうやって悲しんでくれたらと思った。だってそうしたら引き止められたのかもしれない。叫んで、顔を歪めてくれていたら。
「笠松センパイと小堀センパイから聞いた、中村センパイと早川センパイからも聞いた。アンタ、去年まで恋人居たんだろ」
「黄瀬、敬語」
「別れたって、それからずっとおかしいって!」
キッと鋭い目に、その情熱に、俺は浮かされるように口を開く。
「好きなんだよ。ずっと、いつまでも。けれどそう言って寄りを戻そうとするのは彼への誠意だとは思えない。だから俺は彼以外と幸せにならなくちゃいけない。彼以外を愛して、彼以外と手を繋いで、彼以外とキスをして、彼以外と共に歩まなくちゃいけないんだ」
「そんなのッ!」
「恋は全部彼のものだから。俺は愛を彼以外の誰かにあげるって、決めたんだ」
「……」
笑うと、黄瀬は泣きそうな顔をしていた。そしてやるせなさそうに拳を解いて、顔を覆った。
「アンタ、馬鹿だ」
「先輩にアンタはないだろ」
「大馬鹿ものだ」
黄瀬はそう言って泣き出した。俺はその背中をぽんぽんと撫でてやった。俺のために悲しんでくれる人がいることに、幸せ者だなと思った。
その後、笠松と小堀と早川と中村がやって来て泣いている黄瀬をあやし、俺に何か言いたげにしていたけれど、小堀が帰るように言ったので帰らせてもらった。泣いている黄瀬が少し心配だったが、笠松達に任せれば平気だろうと思った。
次の日、小堀が俺を連れ出した。久しぶりに街中を歩いて、目にした。
「……あ、」
きみが笠松と歩いていた。
俺は足が鉛のように動かなくなったのを感じた。小堀の声が遠く、聞こえない。笠松がこちらに気がついて、見て、きみもこちらを見た。1年と数ヶ月ぶりに、きみと視線が絡まった。
泣きそうだと思った。それは俺なのか、きみなのか。
背を向けて走り出すきみを、呪縛から解き放たれたように追いかけた。必死できみを追いかける。ここで追いつけなければ、きみとはもう二度と会えない気がした。
「今吉っ!」
腕を掴んで引き寄せて、きみの顔を見た。その目から、大粒の涙が。
(あ、)
許されていると、思った。
「今吉、」
「やめて、やめてや、もう、見んといて」
「やだ。」
「なんで、ワシ、」
「ねえ、今吉」
きみが涙を流しているなら、俺は引きとめられると思った。引きとめられる権利があると思った。
「また、やり直そうよ」
きみがどうして俺から離れたのか俺にはちっとも分からないけど、そんなそれがもう一度やり直してはならない理由になるとは思えなかった。
神様、ありがとう。