青信号/笠+今/幼児化



 赤は止まれ。青は進め。その繰り返し。何も不思議じゃないそれに、違和感なんて感じる筈もない。けれどお前はそれを初めて見たように振舞う。当たり前は非日常であるかのように。
「なあ かさまつくん!あれみてや!」
「ああ、ほら、走るな。転ぶぞ」
 つまるところ、今吉は幼児になっていた。


青信号


 いつものように目が覚めると、傍らにある筈のないぬくもりがあった。吃驚してそちらを見るとさらさらの黒髪に閉じられた目。あどけない幼児は今吉にそっくりだった。飛び起きて揺さぶり起こすと、幼児は目をこすりながらもすりと起き上がり、固まった。
「だあれ…?」
 起きても細められた目。ああ、まさしく今吉だろう!
「とりあえず、名前言えるか」
「…いまよし、しょーいち」
 即座に今吉の携帯に連絡した。が、繋がらない。何度目かの呼び出し音で諏佐が出た。今吉が行方不明だと言われ、頭を抱える。よほど質の悪いジョーク、ドッキリでなければ本当に目の前の幼児が今吉のような気がする。そんな馬鹿なと思いつつ、今吉ならあり得そうだなと偏見思考になりかけて頭を降った。とりあえず目の前の今吉をなんとかしなれけば。
「服は、着てるな。家族にバレねえようにしねえと」
「にいちゃんなまえは?」
「俺は笠松幸男だ」
「かさまつゆきおくん?」
「笠松でいい」
「かさまつくん!」
 にぱっと笑う今吉に再度頭を抱える。薄々勘付いていたが、どうやら記憶も子供の頃に戻っているらしい。
「かさまつくんあたまいたいん?」
「いや、そんなことはない…」
「なでなでしよかー?」
「いや遠慮する」
 兎に角、桐皇に返そう。そうしようということで今吉にじっとしているように言ってからリビングへと向かう。すると一人分の朝飯が用意されており、人はいない。テーブルの置き書きには夕方まで出かけますとの文。都合良過ぎて乾いた笑いがこぼれた。
 今吉をリビングに連れて行き、とりあえずご飯と味噌汁と目玉焼きを少し与えてみる。好き嫌いはないらしくぺろりと平らげたことに安心し、着替えて外へ出た。今吉の服装が外出しても違和感のないもので良かった。
 今吉は見るもの聞くもの全てに興味深々でちょいちょい質問を投げかけてきた。それに律儀に答えながら信号待ちをする。
「なあ!なんでとまっとるん?」
「赤信号だからな」
「あかしんごう?」
「止まれってこと」
 その時パカリと信号が青に変わる。今吉は一斉に歩き出す人々に吃驚してた。
「青信号だから行くぞ」
「あおしんごう?」
「ほら、赤が青になってるだろ」
「あれみどりやない?」
「信号だと青って言うんだよ」
 ほら行くぞと手を引いた。

 電車に揺られて東京を目指す。今吉は車窓の眺めをキラキラと眺めていた。よく飽きないなと思いながらぼんやりと前を見た。

 かくして桐皇学園前。諏佐に連絡すると、すぐに諏佐がやってきた。
「笠松!」
「諏佐、コレ」
「すまん…本当に今吉が小さくなってるな」
「にいちゃんだれや?」
「記憶もか」
「そうみたいだ」
 諏佐が今吉に自己紹介をするのを見て、じゃあ行くわと俺は言った。
「ああ、迷惑かけたな」
「気にしねえよ」
「かさまつくん!」
「ん?」
 今吉を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「またなー!」
「おう」
 俺はそう言って今吉の頭をぐしゃっと撫でると帰路に着いたのだった。

- ナノ -