諏佐+今/臆病/笠←今前提/叶わぬ想いを吐露する


 骨ばった、少しかさついた手。その手が今吉は好きだった。いくらでも触っていられるような気がするほど好きだった。だけどそれは叶わない妄想だ。たまに、ふと触れることのある手が好きだった。
「手だけじゃないんやけど、やっぱり手がいちばん好きなんや」
 そう、今吉はそんな手の主と手を長く触れさせていられるような関係ではない。
「諏佐ー」
「なんだ」
「あかんわ。」
「そうか」
 諏佐は、何がとは聞かない。この話題は先が読めるほど擦り切れた話題だからだ。
 今吉の叶わぬ恋への思いの吐露を、毎回諏佐はただただ聞いていた。正確には聞くことしか出来なかったのだ。アドバイスをしようにも、今吉はその相手が誰かを言わなかったし、相手を特定できるような話し方もしなかった。ただ、性別だけは教えられた。男、だと。
ー「気持ち悪いやろ」
 あの日、今吉はいつもの笑顔でそう続けた。俺は素直に気持ち悪いとは思わないと告げた。俺は同性愛には寛容な方だったらしい。ただ、驚いただけだった。
ー「諏佐は優しいわあ」
 今吉の笑顔に、俺は疑問を抱く。そう、俺が疑問を抱くほど、今吉は限界だった。堰を切ったように涙を流し始める今吉に、俺の部屋に二人だけでいるのに周囲を見渡してしまった。今吉は弱味を見せるのを嫌う。だから涙を流す姿を他人に見られたくないと人一倍思っている筈だ、と思ったからだった。
ぽんぽんと背中を叩き、落ち着かせると今吉はぽつぽつと話始めた。それを俺は聞いた。聞くしか出来なかった。

 あれから三ヶ月は過ぎた。今吉は定期的に、俺と二人きりの部屋でだけぽつぽつと思いを吐露する。大体はその人の好きなところ。そして最後は、どうしようもない思いに、あかんわと自分を戒める。今吉は自分を異端だと決めつけていた。
「なあ、ワシ、どこを間違ったんやろ」
「間違ってないだろ」
「いや、間違っとる。だっておかしい。おかしいんや」
 今吉はそう言ってクッションに顔を埋める。俺から言わせてもらえば今吉は怖がりだった。叶わない恋だと戒めて、告白して玉砕するのから必死で逃げ回る怖がりだった。確かに、俺は当事者じゃないからこその考えかもしれない。それでも、行動しないと何も進まないし、進まないと今吉が壊れてしまいそうなのは確かだった。
 溜め過ぎた思いに、いつか今吉は大きな失敗を犯すような気がしてならなかった。例えば、そのストレスで日常生活が送れなくなるような。そんなことだ。考え過ぎかもしれないが、今吉ならばあり得そうだ、なんて思った。
「でもすきなんや」
「おう」
「大好きなんやで。おかしいやろ」
 俺は静かに黙った。こんなに愛されている今吉の想い人はどれだけ馬鹿なのだろうかと思った。いや、今吉は隠すのが上手だからその人は全く非がないのかもしれない。でも思わずにはいられなかった。
「たまにな、メールすんねん」
「おう」
「飾りっ気のない文面に、すきやなあって思う」
「おう」
「会えないのが幸いや。会ってしもうたら、ワシ、言ってしまうわ」
「…」
 今吉はクッションから顔を離す。その目元は赤かった。
「すまんなあ。もう今日は平気や。」
「満足したか」
「全然してへん。でも、今日は大丈夫」
 今吉は脆く笑う。取り繕えてないその笑顔に、濡れタオルを渡した。もう少しだけ休んでおけと言うと、今吉はありがとなと笑った。



臆病
(一歩が踏み出せない)
(踏み出さないと自分が壊れてしまうのに)

- ナノ -