!黒子がセンチメンタル!
!お付き合いしてる!



 僕は前を見て歩いてきた。後ろにはかつての仲間の残像と、己を否定される環境。隣には火神君たち誠凛の仲間と、生まれ変わったかつてのチームメイト。WCを終えて、ふと振り返る。様々なことがあった。様々な人と出会った。そこで僕は潔く気がついた。僕自身はどうなのだろう。そうやって心の底から噴き出したのは虚しさと、自分自身への疑念。
(僕は、何をしてきた?)
 前を見て、後ろを背負って、隣と手を繋いで。僕は、僕自身は何をしてきた。かつての仲間たちも、誠凛の仲間達も、変わった。僕の周りは目まぐるしく変わった。その中で、僕は変われたのだろうか。
 目の前のバスケットボール。部活後の自主練。火神君も帰った時間。一人きりの体育館。
(僕はバスケが好きだ)
 バスケのために、僕は変われたのだろうか。
「変やなあ」
「……え」
 体育館の入り口。体育館の照明が当たらない場所。そこから聞こえた声は、あまりにも柔らかく、愛おしく。
「いま、よし、さん?」
「そうやでー遅くまでご苦労さん」
 どうしてあなたがここに。履物を変えて今吉さんは体育館に入る。照明に照らされた黒髪がさらりと揺れる。桐皇の制服を着たあなたは僕の目の前に立つ。細められた目は、見えないのに柔らかな光を帯びているようで。
「変わることがそんなに重要なん?」
「……きっと、そうなのだと思います。」
 現に、かつてのチームメイトたちは変わって、より良い環境を手に入れた。誠凛の仲間達も、より強固な絆を手に入れた。
「でもそれは“変わらなければアカンかった”ってヤツや」
「……」
 今吉さんは転がっていたボールを持って、軽く投げる。ボールはするりとゴールを潜り抜ける。
「黒子クンは変わらんでもええやん」
「それは」
「まあ、黒子クンは“変わった”けどなあ」
 今吉さんのその言葉に、僕は目を見開く。僕が、変わった、とは。
「自分じゃ分からんもんや。そんで、知らんでもええこと」
「……このままで、良いと」
「せやせや」
 今吉さんはにっこりと笑って、僕の手を握った。
「ほら、汗が乾いてこんなに冷たい」
「今吉、さん」
「はよ着替えな。」
 それとも着替えさせたろか、なんてクスクス笑うあなたに、僕は破顔する。ボロボロと流れる涙に濡れる僕の顔と汗まみれの体を、今吉さんはそっと抱きしめてくれた。
「不安やったなあ、良い子良い子。大丈夫。今までも、これからも、黒子クンなら大丈夫や」
 ぽんぽんと一定のリズムで背中を叩かれて、僕は思う。
(あなたにはかなわない)
 僕はあなたの背中に腕を回した。


(かなわんのはこっちや)
 腕の中、自分より低い位置にある黒子クンの頭と体。少しだけ屈んで抱きしめた彼は、ワシにとって何よりも眩しい光だ。光の影というプレイスタイルだとか、その気高い精神だとか、全部ワシに無いもの。憧れるもの。いつだって敵わないと思ってるのはこっちなのだ。
「ほんまに、良え子」
 こうして弱いところを曝け出せることだって、ワシには眩しく見えるのだ。

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