!未来捏造!
!偽物臭!
!掛け算のつもり!



 あなたには黒が似合う。


『君を思えば漆黒』


 あなたを初めて見たのは街中でした。真っ黒な髪と細められた目であなただと一目で分かり、黒っぽい服装があなたらしいと心から思いました。そこで、はたと気がついたのです。服装でその人が表れるのだ、服装はその人柄なのだと、改めて体の芯から気がついたのです。
 それから俺は服飾について調べるようになりました。否、元からファッションには人よりいくばか気にする質(タチ)でしたので、より調べるようになったと言った方が正しいでしょう。兎に角、俺は服飾に齧りつき、貪り食うように(又は水を得た魚のように)知識を得ていったのです。
 高校卒業後の進路を服飾関係に決め、早いうちに幾つかの専門学校の見学へ行きました。そして三つ目の学校で見てしまったです。
 あなたが真白なスーツを纏っていたのです。
 それはあなたがその学校に所属し、近くでスーツをチェックしていた生徒のモデルをしていたことに間違いありませんでした。俺は酷く動揺し、すぐに駆け寄りたくなるのをぐっと堪えました。あなたにはその色は似合わないと声を大にして言いたかったのです。ですが俺は我慢しました。そして強く決心したのです。この学校に進学しようと。

 それからの日々は瞬く間に過ぎて行きました。部活で自分にでき得る限りの最高のプレーを維持しながら隙間時間に受験勉強をしました。土日はデザインの塾に通い、絵とデザインの基礎を学びました。相棒には早々に進路を打ち明け、彼なりのサポートも受けながら俺は三年生となりました。より受験勉強(当然デザインの勉強も含む)に勤しみ、相棒のお守りを手に受験に挑みました。
 数日後、俺は無事にその学校に合格しました。

 学校に入学して二ヶ月後、俺はあなたに再会しました。
「高尾クンやんか。久しぶりやなあ」
「お久しぶりでっす。お変わりないですね!」
「高尾クンもな。しっかし、デザインに興味あったんやね」
「ええ、まあ」
 ほな、と別れようとするあなたに俺は急いでその腕を取りました。ざわざわと話し声などの雑音のある廊下の、その雑音が遠くなるようでした。
「あなたのためにデザインしたいんです。他の誰でもない、今吉さんのために」
「それは」
「まずサイズを測らせてもらえませんか」
 頷くあなたに、俺は笑顔が零れました。
 それからすぐに教室の中でメジャーを使ってあなたのサイズを測りました。作る服は決まっていました。

 あなたと連絡先を交換した後は授業や人付き合いにきちんと取り組みながら、あなたのための生地を探しました。選んだのは当然黒とダークグレーなど黒に近い生地。そして黒の天鵞絨(ビロード)を少々。型紙を作り、生地を裁断しました。仮縫いをして様子を見、ミシンと手縫いでそれらを組み合わせました。あなたに着てもらい、微調整をするだけになるまで、要した時間は5ヶ月でした。授業や人付き合いも当然した結果、遅くなりましたがむしろタイミングが良いのではと喜びました。
 連絡を数度とりあい、何度か顔も合わせたあなたを呼び出し、そっとあなたに作った服を見せました。
「これは、」
「着てみてくださいませんか」
 あなたは笑顔で頷きました。
 服を纏ったあなたを見て、俺は微調整の場所を探し、チェックします。全てチェックしてから、あなたに服を脱いでもらいます。完成したらまた連絡をすると約束して、俺は駆け足で作業をするための部屋に走りこみました。一刻も早くあなたにぴったりの色の、あなたにぴったりの服を作りたかったです。

 作業は一ヶ月を要しました。俺は再びあなたを呼び出し、完成した服をあなたに渡しました。あなたは笑顔で受け取り、更衣室へ消えました。
 更衣室から出て来たあなたは俺の作った服を身に纏っていました。あなたは笑顔でくるりと回りました。俺はそれをほうと眺めます。
 白いシャツとダークグレーのスーツ。黒のトレンチコートに、胸元のネクタイには黒の天鵞絨を。黒を纏ったあなたは回り終えると、にこりと笑って様子を聞きました。
「素敵です」
「ふふ、キミが作ったんやで」
「でも、服は人が着て完成すると俺は思いますから!本当に、今吉さんによく似合う」
「そら、ワシのために作ってくれたんやし」
 笑うあなたに、俺は首を横に振ります。そして違うのですと何度も言いました。
「あなたには黒が似合う」
「……」
「黒を纏うとあなたの魅力がずっとずっと引き立つんです!あなたは決して自己主張のある魅力ではなくて、滲み出すような魅力があって、その魅力は他の色では邪魔されてしまう。けれど黒なら、あなたのその魅力は黒にだけは引き立つんです!」
 俺は大きな声で言い切って、唖然とするあなたを見ます。あなたはしばらくそのままで、それからゆるりと笑いました。
「ありがとう。ワシのこと考えてくれて、ありがとうな」
 あなたは市販の黒の革靴を鳴らして俺に近寄ります。そしてそっと俺の手を取りました。俺の手をゆっくりとなぞり、あなたは口をゆっくりと開きます。
「こんな怪我ばっかりになるまでワシのことを考えてくれてありがとう」
 そう言われて俺はハッと気がつきます。俺の手はいつの間にか傷だらけだったのです。布が引っかかるような固いささくれは無いものの、柔らかな生傷が沢山ある手でした。あなたはそれらをそっと撫でるよう撫でて、きゅと手を握りました。
「なあ、高尾クン。お願いがあるんやけど」
 俺はそこであなたの顔を見ました。その顔はとても幸せそうでいて、嬉しそうでいて、楽しみのような顔をしていました。
「今度はキミの服を作らせてくれへんやろか」
「俺の、ですか」
「ワシ、キミの為に頑張れる気がする」
 そしてあなたは柔らかく、ハッとするような笑顔になったのです。俺の黒を身に纏って!
「……ぜひ、作ってください」
 嬉しそうに頷く、黒を纏うあなたに俺はなんとも言い知れぬ幸福感を抱きながらそっと瞬きをして、案をぽんぽんと出すあなたに協力するために再び口を開くのです。



title by.水魚

- ナノ -