!未来捏造!



 冬の日の今日、今吉に会ったのは偶然だった。たまたま出歩いていたら気がついた黒髪の人影。すぐに今吉だと分かった。声をかけると今吉は少し驚いた顔をしてから何時もの食えない笑みを浮かべて、どうしたのかと聞いてきた。俺は見かけたからと素直に答え、ふと今吉の手元に目が行く。今吉の白い手で掴まれているのは少し大きめの紙袋だった。

 場所を変えて話そうかと笑うので、同意して近くのマジバに入る。それぞれ飲み物を頼んで、お互いの大学の話をした。大学一年の俺たちは違う大学で、今吉はバスケと関わらずに過ごしているらしかった。
「バスケはなーもうええねん」
 負けたからだとか、そういうことではなく。満足したのだと今吉は笑った。俺はその満足そうな笑顔に心が満たされてゆく気がして頬が緩んだ。すると今吉が、笑ったとまた笑う。
「うるせえ」
「ええやん。笑うって大事やで」
 何と無く話題を逸らしたくて今吉の紙袋について尋ねた。どこの紙袋かは知らないが、どうも今吉に似合わない袋のように見えたからだ。
「んー、内緒」
「ハア?」
「うっわ、おっそろしいカオ」
「うるせえ」
 で、何だよと追求すると今吉は渋々と口を開く。
「製菓材料」
「…菓子?」
「ほら、やっぱそういう意外そうな顔するやん!」
 だから言いたくなかったのだと顔を逸らす今吉に、俺は少しからかってやろうと、彼女にでも作るのかと言った。すると今吉は困ったように笑った。
「まだ付き合っとらんよ」
「そうか、なんか悪かった」
「気にせんで」
 今吉はそう言って紙袋をそっと撫でた。その指先にどきりとした。切りそろえられた爪、骨ばった指と手の甲、荒れの無い手。それらが明確な愛おしさを持って紙袋を撫でる。
「喜んでもらえるとええんやけど」
 薄く開いた目に宿る優しさに、俺は目を見開く。あの今吉がこんな表情をするなんてということ。それ以上に、誰に向けた愛情なのか知りたくなった。
「いま、」
「甘みを抑えた菓子を作るつもりなんや。美味く出来るとええなあ」
 嬉しそうに、楽しそうに、愛おしそうな声色に、俺は言葉を失う。そんな声を出せたのか、とすら言えなかった。
「まあ、作ることは初めてやないし…」
「菓子作りはよくするのか?」
「たまに、やるんよ」
 その言葉を勘繰ってしまう。今回のために練習してきたのではないのか、と。その姿勢が健気だと思う。同時に、胸が締め付けられる思いがした。それは冬の寒さからでは到底あり得なく。
「美味く出来るといいな」
 俺の捻り出した言葉に、今吉は嬉しそうにありがとうと笑った。





title by.TOY 恋の始まり5題(その3)
ハッピーエンドと宮地さんの誕生日を踏まえてお考えください

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