!未来捏造!



こんな気持ちになったのはいつからだろう。
最初にキミを見た時はただ同じポジションで、便利な目を持っている子だと思った。二度目だって似たようなもの、数回キミを見かけて、その度に同じことしか考えなかった。本当にただその辺に居る他人より少しだけ情報があるだけの人間だったのだ。
何度目か、キミを見かけて、その何度目かのほんのり春めいてきた日にキミはワシに話しかけてきた。一言目は忘れられない。

「いつも見てますよね、なんのご用ですか?」

バレていたことにどきりとした。キミは鷲の目を持っているのだから気がつくのはおかしくないし、ワシだって気がつかれてマズいことは無いのに、どきりと心臓が鼓動した。
それから当たり障りのない話をしたと思う。そして自然と分かれて、そのままもう二度と会うことはないと思っていた。そう、その時はもう卒業間近だったのだ。

それから卒業し、大学に入った。志望通りの大学でそれなりに人間関係を築き、大学生活を楽しめるようになった頃のこと。キミがワシの前に現れた。否、それは語弊がある。偶然に街の本屋で出会ったのだ。

「こんにちは今吉さん。お久しぶりですね」

にこりと笑むキミの腕の中には紙袋に入れられた本らしきもの。お茶でもしませんかと言われて、ワシは何と無く誘いに乗った。
本屋近くのカフェで向かい合って座る。二人してコーヒーを頼み、本当に当たり障りのない話をした。コーヒーが運ばれてくると、ワシはコーヒーに砂糖を入れながら本屋について話をする。

「本当に偶然やったな、買ってたんは参考書か?」
「はい。受験生なので」
「三年かー部活と勉強の両立は大変やろなあ」
「今吉さんはどうでしたか」

そう言われて、ワシは瞬きをして答える。

「まあそこそこ大変やったな。」
「最難関でそこそこですか」
「なんや、ワシが何処行っとるか知っとるんか」
「風の噂です」

キミはそう言ってコーヒーを飲む。その姿はとても絵になって、こういうのをイケメンというのだろうなと思った気がする。

「そこで相談があるんですけど、」
「ん?なんや」
「勉強を教えてもらえませんか」
「別にええけど、なんやそんな困っとるところがあるん?」

他校の先輩に頼むとはよほど切羽詰まっているのだろうかと思ってのことだったが、キミは笑って言った。

「最難関、目指してるんです」

それなら現役に聞きたくもなるわなと思い、少しだけ目の前のキミが可愛い後輩に思えた。

それからそのカフェでキミが先ほど買った参考書を使って勉強を教えた。1時間ほど付き合い、そろそろ頃合いかと思ってそろそろ終わろうかと言うと、キミはありがとうございましたと丁寧に言った。ワシは笑って、ええよと答える。

「メアドを交換しませんか」
「また教えろってところか」
「また教えてもらえたら嬉しいんです」

そう微笑むキミに、どきりとした。

それから、数回キミに勉強を教えた。メールは2日に一回ぐらい、短いやり取りをした。そうやって少しづつ仲良くなったある日にキミは、家で勉強を教えてもらえませんかと言った。ワシは内心首を傾げながらも、別に構わないと告げた。
その後はキミの家で勉強を教えた。途中から家の人が家庭教師として雇いたいと言った為、言葉に甘えて家庭教師として働くこととなった。それからはよりキミに合うように分かりやすく勉強を教えた。

夏休み間近、諏佐と会った時にキミのことを話した。

「へえ、家庭教師か」
「せや。伊月クンはなかなか良い生徒やで」
「で、お前と同じ所に行けそうか?」
「このままなら行けるんやない?相当頑張っとる。この前のテストの点数なんかは、元々点の悪い子やなかったけど、親御さんすっごい驚いとったらしくて、なんか給料上がったわ。」
「そりゃ凄いな」

そうか、と諏佐は続ける。

「やけに楽しそうだと思ったら、そういうことか」
「は?」
「教え甲斐のある生徒が居るなら楽しいだろうなってことだよ」

教え甲斐のある生徒、と心のなかで繰り返し、ワシはまあそうやなと曖昧に濁した。なんだかキミを教え甲斐のある生徒とカテゴライズするのが憚(はばか)れたのだ。
そんなことがあってからすぐの、キミに勉強を教える日。キミのやった課題に目を通して、いた時だった。ふと、途中で課題から目を離した時に気がつく。

「伊月クン?」
「はい」

キミがワシをじっと見ていたのだ。

「えっと、ワシの顔になんか付いとる?」
「いえ、いつも通りです」

にこりと笑うキミに、そうかと思って課題に視線を戻して気がつく。キミはいつも通りと言った。それはなんだか、いつもワシを見ているような。

(んなわけないやろ。自意識過剰ってやつやなー)

ただ深く考えすぎただけだと言い聞かせて、ワシは課題を目で追う。察しの良い頭が本当にそうなのかと疑問を投げかけてきたが、ワシは知らないフリをすることにしたのだった。

勉強はいつも夜の、キミの夕食後。キミの部屋に二人きりで勉強した。勉強が終わると、キミはいつもワシの大学生活を聞きたがった。だからワシはいつも少しだけ大学のことを話した。学生の生の声が聞きたいのだろうと思って、何だか不思議と息苦しくなった。

その日も何時ものように勉強を教えて、何時ものように大学について話そうとして、キミはワシに言う。

「今吉さんは飲み会とか行くんですか?」
「ん?まあ最低限の付き合い程度には行くで」
「へえ。お酒、今吉さんは強そうですね」
「あんなあ、ワシはまだ未成年やから飲まへんよ」
「ちゃんと守るんですね」
「ワシを何だと思っとるん?」

苦笑してそう言うと、キミは小さく何かを呟いた。殆ど息だけのような音で、聞き取れずにキミに問う。

「ん?なに、」
「あ、いえ別に。頭の良くて親切な先輩だと思ってます」

キミはそう言って、飲み物をおかわりを持ってくると部屋を出た。ワシはそれを見送ってから、キミの言葉を思い出して引っかかる。

(他校の、先輩やろ)

何故かキミとの繋がりが薄く感じた。

冬になり、部活を引退したキミとの勉強がより濃密になる。解説をしていると、キミがふと視線を上げた。ワシはどうしたのかとキミを見る。すっと、キミの腕が伸びて、指先がワシの髪に触れた。

「髪、長いですよね」
「そうか?そんな長いことは無いと思うで」
「コートの中で、いつも長いなと思いました」
「あースポーツマンなら長いかもしれへんなあ」

そこで、はたと気がつく。いつも、とキミは言った。

「なあ、」

どういうことなんと聞こうとして、髪に触れたままだったキミの指が滑る。さわさわと、ワシの髪を指先で弄ぶ。

「今吉さんの、髪、好きです」

ワシは目を見開く。それはまるで。

(ワシのことを、)

そっと離れる指先に、ワシは軽く頭を振る。勘違いだろうと思い直した。キミが参考書に視線を戻したから、ワシは途中だった解説の続きをした。

また、諏佐と会う機会があった。諏佐にキミのことを話した。

「本当に楽しそうだな」
「多分あの子受かるで」
「そりゃいい事だな。生徒から、後輩になるわけだ」

その諏佐の言葉に、ワシはちくりと心臓が痛んだ気がした。

「いい後輩だろうな」
「……せや、な」
「どうした?」

訝しむような諏佐に、ワシは何でもないと笑った。
諏佐と別れてから思う。そう、もうキミに定期的に勉強を教えることは無くなるのだと。その事実に、また胸が痛んだ気がした。

キミの受験がもうすぐになって、ワシが最後に勉強を教える日。キミの手がワシの手に触れた。ワシは何故か動けなくなる。キミは囁くように言った。

「今吉さん」

ワシの名を呼ぶその声に、強い感情がある気がした。

「合格発表が終わったら、会いましょう」

言いたいことがあるんですと、キミは言った。ワシは頷くことしか出来なかった。

受験の日、ワシはぼんやりとカフェに居た。激励のメールは済ませた。後は待つだけだ。受かっていてほしいと思った。まぶたの裏に映るキミの顔は微笑んでいた。
もう、分かってしまった。

「合格しました」

合格発表の日に会ったキミはそう言った。場所は本屋近くのカフェで、ワシはおめでとう祝福した。キミは続けた。

「あなたの事が、」

ワシは遮るように言った。

「好きやで」

キミと初めて勉強したこの場所で、ワシも好きなのだと繰り返した。






titl by.水魚

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