!モブ←今要素有!
!後味が悪いかもしれません!





喪服なのだろうか。靴から髪先まで真っ黒な彼に、俺はそんな感想を抱く。そう思うほど、彼の服装はいつも真っ黒だった。

他の色といえばほんの少しの白と眼鏡の銀のフレームだけ。真っ黒な彼は殆どの日に徹底的に黒を纏った。眼鏡もそろそろ替えようかなんて言っていたから、眼鏡の銀すら纏うのをやめるつもりなのだろう。
前に一度、どうしてそんなに黒を着るのかと俺は聞いた。彼はいつもの笑みを浮かべたまま、人差し指を唇に寄せて、内緒と囁いた。

彼と歩いていると、知り合いからはまるで俺が彼の色を盗ってしまったようだと笑われた。勿論、俺はそんなわけないとふざけながら否定したし、彼だって違うと否定した。

ある日のことだった。彼との約束もなく、ふらふらと街を歩いていると、ウェディングドレスのショップを見つけた。何と無く店内をウインドウ越しにちらり覗いて、動いた黒に目を見張った。
それは彼の黒によく似ていた。

思わず店内に入り、黒に近づく。それは首のないマネキンに着せられた黒一色のカラードレスだった。店の最も奥、他のドレスで隠されるように飾られていたそれは他のドレスとは違ってフリルは無く、申し訳程度に黒のレースがあしらわれていた。呆然とそれを見つめていると店員さんに声をかけられた。どうなさいましたか、そう言われて数人の客と店員に注目されていたことに気がつく。けれどそんなことはどうでもよかった。
近くで見れば見るほど、その黒は彼の黒に似ていた。

「あの、これって、」
「申し訳ありません。それは非売品でして、」
「非売品?」
「はい。この店のデザイナーが初めてデザインしたドレスなんです。あまり、良くないのですが」
「何が良くないんスか?」

店員は少しだけこちらに近づき、声を潜めて言った。

「このドレス、未亡人の祖母へデザインしたドレスなんです。デザイナーは永遠の愛の象徴として店に置きたいと言うのですが、何せ、パートナーが亡くなったことを示唆しているので」

未亡人、永遠の愛、亡きパートナー。俺は小さな声で呟く。

「それにデザイナーはこれ以外に黒いカラードレスをデザインしてなくて、正直淡い色使いのカラードレス中でとても目立つので、こうやって置いているんです」
「それって黒がダメってことっスか?」

店員はすぐさま首を横に降り、そうではないと言った。

「デザインのテーマの問題ですね。黒いカラードレスは市場にきちんとありますよ」
「そう、っスか」
「あの、失礼ですが、何かこのドレスで気になる点でも?」

店員の不思議そうな声に、俺はするりと言葉をこぼした。この黒と似た黒ばかりを纏う人が居る、と。
店員は息を飲んだ。

「この黒によく似ていて、うん、やっぱりそっくりッス。」
「あの、私のスーツの黒とは違いますか?」
「全く違うッスね。似ても似つかぬってやつッス」

店員は質問する。

「その人は、お客様の思い人なのですね」

俺は頷いた。

ショップから出て、俺は携帯を取り出して彼に電話をかけた。2コール目で出た彼の声色は何時もと同じ。違うのは、気がついた俺だけだ。
だから、俺は聞かなくちゃならない。

「本当は誰を愛しているんですか」

翔一さん。

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