※3年組が仲良し設定
※モブ今だった要素有
※未来捏造


大学生になった俺は1人暮らしを始めた。掃除洗濯料理をドタバタと覚えて、大学に馴染んだ頃。余裕が少し出来たからと久しぶりにナンパのために街へ繰り出した。大学に入ってからの今までもナンパはしてきたが、ナンパのために出掛けたのは大学生になってから初めてだった。
見知らぬ東京の街を歩く。そして素敵な運命を感じる女性はいないかと辺りを見回しながら歩いていると、ふと見知った顔が見えた。眼鏡を掛けた黒髪の青年、今吉だ。
俺は何と無く駆け寄って声をかけようとして、途中で立ち止まる。今吉の細めた目の目尻がほんのり赤くなっていた。化粧などではなく、それは明らかに泣いた跡。最も、街行く人は気がつかないような跡だが。
俺は急いで今吉に駆け寄る。そして口を開いた。

「今吉、どうした?」
「ん、なんや森山クンやん。久しぶりやなあ」
「久しぶり、じゃなくて、その目」

俺が手を伸ばすと、今吉はそっと手から離れるように顔を逸らした。そして俺から離れようとして行くので、俺は今吉の腕をぐいっと掴んだ。

「なん、」
「行こう」
「は?!」
「俺の家でいいね、うん、そうしよう、早く行こう」
「ちょ、森山クン?!」

ぐいぐいと引っ張りながらしばらく歩いていくと、今吉は諦めたように歩調を俺に合わせたのだった。

そう遠くない俺の家に着くと、ポケットから鍵をから出して開けた扉から部屋に今吉を押し込む。今吉は大人しく部屋に入ったものの、玄関で立ち尽くしていた。

「靴脱いで上がって」
「…分かったわ」

今吉はゆっくりと靴を脱ぎ、揃えてから部屋に入る。俺も靴を脱いで部屋に入った。俺の住むアパートは1LDKながらも比較的広い部屋だ。あの身長インフレなバスケ部面子(海常以外も含む)の中では背が低かったといえど、俺だって181cmの平均より高い背格好の持ち主なのだ。身長といえば、そういえば今吉は俺より1cm低い180cmだったなと、ほんの少し目の位置が低い今吉を見ながら思う。今吉はリビングで立ち尽くしていて、俺はしまった思考に浸ってしまったと反省しながらとりあえず座るように言った。今吉は控えめにソファに座った。
俺はキッチンに向かい、今吉に何を飲むか聞いた。

「ちなみに要らないとかいう返事は聞かないから」
「…ほんならコーヒーで」
「じゃあカフェオレな」
「ブラックにしたって」
「メンタルフルボッコな今吉君は黙ってカフェオレ飲め」
「いやメンタルフルボッコちゃうし…」

今吉はもうええわと反論を止めた。俺はお湯を沸かしながらインスタントコーヒーの粉と砂糖と牛乳を用意する。二人分のお湯はすぐに沸いて、マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れてお湯を注ぐ。そして牛乳と砂糖をたっぷり入れて簡単なカフェオレの出来上がりだった。
俺は二つのマグカップを持ってソファに移動する。ソファの前のガラス張りのテーブルにカフェオレ入りのマグカップを置いて、どうしたのかと聞く。

「…なんも、」
「ダウト。何でもないのに街中に目を腫らして立ってる訳が無い」
「え、そんな腫れとったん」
「心配しなくても俺たちぐらいしか気がつかないと思う。でもよく見れば誰だって気がつくと思うから」
「えー」

今吉はそらあかんわとマグカップを持ってカフェオレを口に含んだ。俺もカフェオレを飲む。甘くしたカフェオレは今の今吉には丁度良いと思った。

「でも、ほんま大したことやないで」
「じゃあ話して。聞いてから判断するから」
「あんなあ、ワシは傷心中やし、聞かないでそっとしとくってことはないん?」
「ない。何、そんなに言いたくないの?」

今吉は俺の言葉に黙り込む。無言は肯定だろう。一体何があったのか、野次馬根性がないといえば嘘になるが、それより心配でたまらなかった。今吉はどちらかといえばどんな事でも弱いところを人に見せない方のタイプだ。そんな今吉が街中という他人が行き交う場所に泣いた目で居た。そりゃ心配にもなるだろう。

「…嫌いになってもええで」
「は?」
「気持ち悪い話やから」

今吉はそう前置きすると、ポツポツと話し出す。その内容に、俺は驚きで目を見開いた。

「彼氏と、別れて」
「失恋して、辛くて」
「別れ話したカフェで泣いて」
「涙が止まったから街を歩いていて」
「たまたま思い出の場所で立ち止まっていたら森山クンに会ったんや」

俺は瞬いて質問する。

「お前、彼氏いたの」
「おん。気持ち悪いやろ」
「ゲイなの」
「バイやな、女の子も好きやで」
「そう」
「なあ、気持ち悪いやろ、帰らせてや」

今吉の懇願するような目に、俺は首を横に振る。眉を八の字にして、今吉は今にも泣きそうだ。

「あかんねん、泣いてまう。お願い、帰らせて」
「駄目」
「何で、何で、気持ち悪いやろ、お願い、もう関わらなくていいから、お願いだから」

今は1人にさせてと、囁く今吉に俺は首を横に振って駄目だと繰り返す。

「お願いやから」
「気持ち悪くない」
「…うそや」
「本当。気持ち悪くなんかない。今吉を嫌いになんかならない。だから帰さない」
「や、」
「泣けばいい。見られたくないなら抱きしめてあげる」
「何ゆうて」

俺は体を動かしてソファに座る今吉をぎゅっと抱きしめた。胸の中の今吉の頭を撫でる。
気持ち悪くないというのは本当だった。バイという告白に、どうも嫌悪感は抱かず、ただそうだったのかと驚いただけだった。今まで今吉をバイだと思ったことは一度もなく、本当に驚いた。でもそれだけだったのだ。だから嫌いになんてなるわけがなかった。
しばらく今吉の頭を撫でると小さな嗚咽が漏れ始め、シャツが濡れる感覚と合わさって泣いていることが分かった。

「辛かったな」
「失恋ってきっととっても辛いよな」
「泣いてるってことは大好きだったんだろ」
「なら泣いて、泣いて、次の恋をするまでに整理すればいいんだから、ゆっくりと考えればいい」

俺の言葉が聞こえたかは分からない。ただ、少しでも辛い気持ちが軽くなれば良いと、切に願った。



「…ほんま、ありがとう」

しばらく泣いた今吉が俺の胸から離れる。俺はもういいのかと聞いた。今吉はもういいと言った。

「夕飯食べて行けば」
「そんなに迷惑かけれへん」
「いいから。そんなに腫れた目で街を歩く気?」
「なら、お願いするわ」

まだ本調子ではない今吉のへらりとした笑顔を見て、ぽんぽんと頭を撫でてから時計を見た。短針は思った通りに5と6の間にあった。
俺は今吉に濡れタオルを用意して渡してから冷蔵庫を覗き込む。メニューをキノコのクリームパスタに決定して湯を沸かすべく水の入った鍋を火にかけた。

夕飯を食べ終えて食器洗いも済ませ、ソファに座る今吉の隣にミルクティーを持って座る。今吉にもミルクティーを渡してある。

「何から何までありがとう」
「いいよ。たまには頼って。いつも今吉は人に頼らないし」
「そんなことないで」
「精神的な話」
「あー、せやね。あんま、頼らんかもしれへん」
「だろ」

俺はミルクティーの入ったマグカップをガラステーブルに置いて今吉を見る。今吉はどうしたんとこちらを見た。その目は冷やしたといえどまだ晴れている。

「泊まってく?」
「はっ?!」
「そうしよう。ベッド使っていいから」
「いやいや、それはあかん、流石にあかん。これ以上ワシに恩を売って自分どないすんねん」
「いや別に恩とかじゃなくて、その目で帰すのに抵抗があるってだけ」
「別に1人暮らしやし」
「おお、ならさらに問題ない」
「ちゃうやろ…」

項垂れる今吉に、俺はソファで寝るからと話すといやいやワシがと食いついたのでふと思い出す。

「俺のベッド、セミダブルだから二人でもいけるんじゃ…」
「いやいやいや」
「あーでも俺たちでかいしな」
「そこなん?」
「まあ、無難に俺はソファで」
「家主なんやからベッドで寝てや…!」

傷心中な今吉君はベッドで寝なさいと言うと、今吉は引く気がないと分かったのか、渋々頷いた。
ならばと寝るまで何をしようかと、適当にDVDを見る。恋愛以外のを探していると、今吉が無理せんでと言った。

「別にワシはなんもせんでもええよ」
「そう?」

俺はDVDから手を離し、今吉の隣で携帯を弄る。ネットでナンパの方法を見ていると、今吉は何もせずにただ座っているようだった。失恋は今吉みたいにいつも余裕のある奴でも辛いんだなと再び思いながらネットを見ていたら内容はさっぱり頭に入ってこなかった。

しばらくそうしてから携帯の時計を見る。時間はあまり経っていなかった。俺は息を吐いて、今吉と会話でもしようかと携帯をテーブルに置いた。今吉は相変わらずぼうっとしているようだった。その様子に、よほどショックなのだろうと推測する。

「今吉、バスケの話をしようか」
「すまんなあ、そんな気分やないんや」
「そっか」

俺は今吉の返事にそう言って、ならばどうしようかと思う。暇というより、正直気になる。相手が、ではなく、今の今吉の様子が気になるのだ。何時もの飄々と人懐っこく打算的な今吉に戻ってほしいと思う。
ちらりと今吉を見る。細められた目は見えない。俯き加減でソファに座る今吉は何時もならあり得ないぐらいしおらしい。相手はどうして今吉を振っただろう。俺たちの中でも比較的美形な部類の顔だし、性格は少々アレだが基本は物腰柔らかで親しみやすい。性別が同じというのは壁になるのだろうが、それでも今吉はわりと優良物件ではないのだろうか。
そう思って眺めていたら、今吉がさっきからどうしたのかと声をかけてきた。いつも通り気がつくのだと少しだけ嬉しくなる。

「なあ今吉は何がしたい?」
「なんも」
「俺に出来ることとかある?」
「なんもあらへんよ」
「じゃあ早くいつも通りになって」
「なんなん?」
「俺はいつもの今吉が好き」

気がついたら口から飛び出していた。今吉はぽかんと目を見開いていた。人の子だなあと思っていると、すぐに目を細めてしまう。そして励ましてくれてありがとうと笑った。いつもの笑顔のようで、いつもよりさっぱりとしたような笑顔に、これも好きだなあと俺も微笑んだ。




名付けなど
(それに名前を付けようなんて思わず)

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