放す振りして放される/宮今/掌編


 ひら、ひら、桜が舞う。
 花吹雪の中、お前は桜に攫われそうだと宮地は言った。
「消えへんよ」
「分かってるけどよ」
 春の日、大学生になってから二人で暮らし始めたマンションの、近くの公園。散歩がてら花見に来たその場所で、宮地はどこか切なそうな声で言った。
「夢みたいだから、いつか醒めるんじゃねえかって思うんだ」
「そうなん」
 二人で暮らして、未来のことなんて一つも分からなくて。不安定なのに幸せで。夢みたいだ、宮地は繰り返した。
 土曜の昼間。子供達の声がどこからか風に乗って聞こえてくる。暖かな春の日差しと肌に触れる春の風。花吹雪がまた巻き起こる。宮地の蜂蜜色の髪がふわりと花と舞った。
「そんなん、宮地の方こそ」
 今にも消えてしまいそうだと笑えば、うるさいと不機嫌になる。それが子供みたいで、ワシはクスクスと笑ってしまった。
「なあ、明日は買い物に行かん?」
「食料ならあるだろ」
「ちゃうちゃう、なんか、指輪とか」
 隣にいなくとも、隣に寄り添える何かを。印のような何かを買わないかと提案すれば、宮地は目を丸くして、先越されたなと頭を掻いた。
「いつか言おうって思ってたんだけど」
「言ったもん勝ちやな」
 笑えば、宮地はまた不機嫌そうにむすくれた。桜が舞い、宮地の手がワシの手に伸びる。するりと触れた手に、ここは外だと非難すれば、少しくらいはいいだろと何故か機嫌が直っていたのだった。

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