三日目・獅子の王と双子の女王編


 パーティが終わり、霧崎と木吉も戻ってきた。さあ合宿最後の練習をしようと赤司の号令で、各学校が練習へと向かった。
 そうして星座の力所有者がバラバラになった時、それは動いた。

 桐皇との合同練習。コートの外、頭に何かが駆け抜けた。何だろう、そう思い、真っ先に今吉を見れば、彼もまた、俺を見ていた。
「笠松!」
 駆け寄ってきた今吉に、何があったと聞く前に、言った。
「西体育館が危ない!」
 この体育館は東体育館。今吉の言葉を信じるならば、もしかして。
 諏佐の携帯に連絡が入る。スピーカーモードにしたそこから、降旗の声が体育館に響く。
『西体育館にて巨大な怪物を視認しました! 全能力者が救援に向かってください!』
「巨大って、規模は?!」
 黄瀬の叫びに降旗もまた叫んで答える。
『推定ランクS3! 星座連合のリストにも載っていません! こんな、こんなの、無茶だ!』
『今、星座連合に緊急要請しました! 増援は30分後! 30分耐えてください!』
『高尾、それ本気?!』
『しょーがないっしょ?!』
 俺たちも西体育館に向かいますと言い残して通信は切れた。諏佐と黄瀬が真っ先に走り出し、森山は相田さんに電話を掛けながら走り出す。そして、俺は。
「笠松」
「何だ」
 手を、握ってほしい。今吉が言った。だが俺はその手をすぐには握れない。
「相手は推定でもS3。今吉の能力は使えないぞ」
「それでも、ワシは」
「少しでも、ってか」
 ああそうだと今吉は頷く。その顔にはどこか諦めが見えた。敵わない相手、分かっているのに突撃できるような性格はしていない。ならば。
「俺と契約してくれ」
「……は?」
 俺は今吉の手を握る。強く握りしめ、ぎっと睨む。
「今はまだ契約のタイミングじゃないんだろう、俺とお前じゃ星座が違うから契約なんてできないはずだろう、でも俺は知ってる。俺とお前が、共に戦える未来があることを!」
 だから、と続ければ今吉はくしゃりと笑った。泣き笑いの表情に、震える声が続く。
「アホとちゃう?」
「アホでもなんとでも言え。でも、俺がお前と契約したいってことを忘れんな」
 アホだ、アホだと今吉は繰り返し、やがてぎゅっと手を握り返した。
「契約の予約、なんて、アホらし」
「いいんだよ、俺もお前も、きっとイレギュラーなんだから」
 お前の力を俺も背負いたい。そう伝えれば、今吉もまた手を握り返してくれた。
「もし、ワシが契約を結べれば、形勢は逆転する。でもワシが契約を結べなければ、この戦いで必ず死者が出る。Sクラスの怪物はそういうもんや」
 負けたら、次。なんて先はない。
「もしかしたらその死者が笠松になるかもしれん」
 それは未契約者が戦場に飛び込むことになるからか、それともクラス突破の激痛からだろうか。どちらにせよ、心はとうの昔に決まっている。
「俺は、お前と戦いたい」
 繰り返せば、今吉は分かったと頷いた。そして俺と今吉は手を繋いだまま西体育館へと駆け出した。


 西体育館はすでに壁も天井も所々が吹っ飛んでいた。中では様々なスキルが展開される音と、叫び声が充満している。俺は今吉の手を握りしめ、瓦礫の中、どこか迷う様子の今吉の手を引っ張る。そうして頷いた今吉を見てから、俺たちは西体育館へと足を踏み入れた。

 誠凛と洛山が練習していた西体育館内では既に一般人が避難していた。諏佐が一般人と未契約者の為に結界を張り、黄瀬や他の契約者が怪物へと刃を向けている。その怪物へと目を移せば、巨大であるものの、白い翼を背中に持つ美しい男性の姿がそこにはあった。その姿に真逆と今吉は頭を振る。
「ヴィルゴが変質しとる、そんな、まさか」
「ヴィル……? なんだそれ」
「乙女座の事や。Sクラスは星座の姿をした怪物が多いっちゅうか、それしか確認されとらん。天秤座のリーブラ、獅子座のレグルス。どちらも星座と同じやろ?」
「そういえば、ってお前なんであのライオンの怪物のこと知ってんだよ」
「そんなもん、赤司から聞いたに決まっとるやろ」
「なるほど」
 そうしている間に結界の中に水戸部がいることを確認する。彼はSランク以下しか浄化できない。推定ランクS3には対応できないのだ。代わりに赤司の活躍がめざましい。というか、赤司以外の攻撃は少しも通っていないようだった。
「諏佐さん! またバフお願いしますッス!」
「わかった!」
「くそっ、降旗向こうのHPは?!」
「10分の1も削れてないよ!」
「劉は可視化のタロットを使い続けてほしいのだよ!」
「バフぐらいのせれるアルよ!」
「木吉さん連携頼みます」
「任せろ」
 木吉と赤司が連携して攻撃を叩き込む。だが、美しい男の怪物はぴくりとしもしない。しかもあろうことか手に槍を召喚し、辺りにブンッと振り回した。それに流石の赤司も舌打ちをする。
「ダメですねキリがありません」
「S3は初観測か?」
 ええそうでしょうね、と赤司は怪物から目をそらさずに木吉へと話しかけた。
 ちなみに姫の方も黙ってはいない。デバフを怪物へ付与しようとしては失敗し、ならばと味方にバフを盛り続ける。水戸部は携帯で降旗と話し合ってるらしく、降旗はようやくこの怪物が乙女座のヴィルゴの変質体だと断言した。
 打つ手はない。徐々にHPを削れていっているようだが、30分もこちらの体力が持つか怪しい。ならばどうする。
 今吉が俺の手をぎゅっと掴み。片手をヴィルゴの変質体へと向けた。
「フィールド番号:824、対象:ヴィルゴ、現フィールドサーチ、クリーンアップ完了。【女王の庭】発動!」
 すると途端に今吉の体が吹っ飛びそうになる。何とか耐えて今吉を抱き止めれば、だめやと今吉は憎々しげに言った。
「スキルが弾かれる。ワシの石化は使えへん」
 くそッと今吉は手を握りしめる。俺は腕の中の今吉をじっと見てから、戦況を確認した。赤司を筆頭に木吉、小金井、黄瀬、緑間、高尾、花宮、古橋、瀬戸、相田が怪物に攻撃を叩き込んでいるが、怪物にたいしたダメージの蓄積は見られない。姫達はデバフを付与できず、己のパートナーを中心に王子達にバフを付与し、また未契約者や一般人を結界で守るだけ。その結界も、いつ破られてもおかしくない。
 戦況は変わらない。むしろ悪くなる一方だと、未来視なんか無くてもすぐに分かった。だから、思う。俺が、今吉と契約さえできれば、と。
「……笠松は、死んでもええと思うんか」
 今吉がぼそりと呟いた。どういう意味だと言えば、その通りだと言った。
「ワシは契約した相手を必ずクラス突破させる。やから、その、笠松はその痛みで死んでもええと思っとるん?」
 そっと目を見れば、今吉はくしゃりと泣きそうな顔をしていた。
「ワシは、禁秘の女王。星座連合からパートナー契約を禁じられた秘宝。何より、誰も殺しとうない。ましてや、パートナーなんて、絶対に殺しとうない」
 だから、と続けた今吉の言葉を俺は遮った。
「死ぬわけねえだろ」
 ああ、そうだ。
「死ぬなんて考えたことねえよ」
 思えばそうだった。
「ただ俺は、お前と共に歩く未来だけを考えてた」

 馬鹿みたいに、それしか考えてなかったんだ。

 途端に俺と今吉の間に光が溢れる。腕の中の今吉が目を見開いていた。だから、俺は告げる。
「俺こそがお前の刃となる」
 ああ、と今吉は笑った。
「ワシがきみの知恵となる」
 そして二人で光へと手を差し伸べれば、浮かび上がる二つのタガーと黒い本。
 俺がタガーを、今吉が本を手にする。タガーを持った瞬間、流れ込むのは幾多もの血の記憶。そして身を焼く炎のきらめき。
「ぐっあ、」
 炎が体の中で暴れ回る。そうか、これがクラス突破の痛み。脂汗がにじむ。光で驚き、離した今吉の手と、手を繋ぐ。今吉は正常なクラスの上昇だけだったようで、痛みは訴えない。ただ、俺の手を握り、頑張れと応援してくれた。それが何より嬉しかった。
 やがておさまった痛みに、俺は体が熱をもった感覚がした。火照る体、その額を今吉がそっと手で触れた。
「あつい」
「おう」
「まだ熱が冷めきっとらんのやな」
「みてえだな」
 だけど、と俺は瞬きをする。
「今戦わねえと、俺は一生後悔する」
 そう言えば今吉は、そうやろうなあと笑っていた。


 二人で立ち上がる。俺はタガーを構えた。赤司達が目を見開いてこちらを見ているのがわかる。ヴィルゴの変質体は静かに俺と今吉を見ていた。
「今吉、頼んだ!」
「任しとき!」
 俺は走り出す。今吉は本を開く。後ろから、声が響いた。
「フィールド番号:824、対象:ヴィルゴ、現フィールドサーチ、クリーンアップ完了【女王の庭】発動!」
 途端に怪物の端々が石化していく。しかし致命傷を与えるにはまだ足りない。俺は怪物が振り回す槍を受け止めながら、次のデバフを待つ。
「【禁書の鎖】発動!」
 地面から鎖が出現、怪物の手を封じ、足を封じ、白い翼を地面へと叩き落とす。今だと、確信した。
「ハアッ!」
 俺は双剣を怪物へと叩きつける。斬るように、殴るように、致命傷を与えるように。一度ではなく、二度も三度も攻撃を繰り返す。降旗の声が聞こえた。
「怪物のHPが4分の1を切りました! いけます!」
 いける。俺はその思いで双剣を動けぬ怪物へと叩き込んだ。
 その一振りが決め手だったのだろう。怪物が声にならない叫び声をあげて消滅していった。

 俺は肩で息をしながらそれを見つめる。駆け寄ってきたのは今吉だった。
「おつかれさん」
「……おう」
 そうして俺の手をぎゅっと握ってくれた今吉に、疲れをなるべく見せぬように笑ってみせた。


 こうして、充分な観測結果を星座連合に提出できた俺たちは、三日間という短いようで長い合同合宿に終わりを告げることができたのだった。

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