恐る恐る、森山クンがワシの頬に手を伸ばす。ひたりと触れた指先は緊張からか、少しだけひんやりとしていた。
「いいの?」
 不安そうな問いかけに、ワシは笑みが零れた。
「ええよ」
 そんなワシの声は自分にすら意外なほど優しかった。

 たまたま、森山クンの家で二人きりで遊ぶこととなったのが始まりだった。ひっそりと仲良くなったワシ達は何度か外で遊ぶと、どちらかの家で遊ぶことが多くなった。どうしてなのかと言われれば、知り合いに会って意外な顔と質問攻めをされるのが嫌だったからだ。だってそれはまるで一緒に居てはならないと言われているようなものだ。そう、ワシはずっと森山クンと居たいと思うようになっていた。そんないつものように森山クンに誘われて森山クンの家で遊ぶこととなった。しかし今日の森山クンは様子がいつもと違って、何か切羽詰まっているような雰囲気をしていた。そして言われたのだ、キスをしたい、と。夢みたいなそんな言葉に、ワシが了承したのは、夢現(ゆめうつつ)ではあるけれど、気まぐれなんかではなかった。

 森山クンはそっと両手でワシの頬を包み込む。顔がその手で固定される。目を閉じてじっとしていると、唇に柔らかいモノが当たる。そう、彼の唇だ。所謂これは、キス。口付け、接吻というやつで。確かな感触からこれは現実なのだと思うと、唇から広がる幸福感に力が抜けてゆく。何も作らぬ、無意識の微笑みが零れた。
「あのさ、俺、今吉がすごく好き」
「うん」
「大好きなんだ」
 今吉はどうかなと森山クンは囁くように言った。膝の上の月バスを手探りで床に落とした。
「ワシも、好き」
 森山クンの手を引いて、距離を詰めた。ワシが腕を伸ばすより先に腕を腰と背中に回されて、抱きしめられる。どくどくとどちらのか分からない心臓の音がする。頭の上から足の先まで、幸福に包まれているようだった。
「両思い?」
「そうやな」
「嬉しい」
「…」
「信じられないぐらい、嬉しい」
 森山クンが抱き締める腕に力を込めた。少し痛いぐらいの抱擁に、愛を感じた。
「今度はちゃんとデートしよう。友達じゃなくて恋人として過ごそう。きっともっと好きになれる」
「今だって出来るで」
「だってこれは友達として遊んでたからさ。」
「頭が固いやつやな」
「いいの。俺、ロマンチストだからさ」
「なんやそれ」
 くすくすと笑うと、森山クンは抱き締める腕を緩めてワシの顔にキスの雨を降らした。心地良くて、嬉しくて、もう顔が作れなくなりそうだ。
「好き、好きだよ今吉」
「うん」
「愛してる」
「ワシも、愛してる」
 それからしばらく、無言で抱きしめあった。

 体を離して、何があったのかと聞く。森山クンは少しだけ言葉を詰まらせながら、ぽつぽつと話した。
「部員がさ、言ってたんだ」
 捕まえておかないと逃げられてしまう、曖昧は心の距離を生む、と。
「ハッキリしたかったんだ。俺も耐えられなくなってきていたしさ。」
 部員のその言葉で、逃げられるかと思った、距離が出来てしまうと思った。そんな事を悲痛な顔で話す森山クンに、そうだったのかと思った。
「辛かったんやな」
「うん。今吉は、そういうのなかったの?」
「うーん、どうやろ」
 弱いところを隠す癖で、そう濁すと森山クンはワシの手を握った。
「話して」
「話さなあかん?」
「お願い。」
 ワシは苦笑して、話す。片思いは辛かった。性別の壁があった。可能性はほぼゼロなのだから、優しくされるたびに勘違いはしてはならないと気持ちを抑えつけた。
「ポーカーフェイスが得意で、こんなに嬉しかったことはなかったんやで」
 だからキスをしたいと言われた時に幻かと思った。都合の良い夢かと思った。でも唇の感触は現実だった。
「正直、離れることになるとか、逃げられるとか全く思わなかったんや。気持ちを押し殺すことに精一杯で、気が回らなくて。妖怪なんて言われるワシが」
「重いな」
「重いで」
 余裕が無くなるほど、好き。
「やっぱり、今吉も辛かったんだ」
「うん」
「一緒だ」
「うん」
 するりと頬を撫でられて、心地良さに目を閉じる。真っ暗な視界で、森山クンの呼吸に耳を澄ましていると、顔が近寄ってくる気配がした。
「でも、俺の方が重い」
「え、」
 耳元で囁かれて、ワシは目を見開く。
「愛してる」
 そのまま耳にキスをされて、馬鹿だなあと笑みが零れた。ベッドのスプリングがぎしりと軋む。
(愛の重さはきっと変わらない)
 見くびっているのではなく、信じているからこそ、そう思ったのだった。



解き放たれた愛言葉
(好き、すきすき、大好き)
(愛してる、愛してる、何よりも)

森山さんお誕生日おめでとうございます

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