5.それじゃ追い掛けますね/笠今


 笠松の部屋、二人きり。テーブルの上には小さなケーキが二つ。
「皆には内緒らしいな」
「そうらしいなあ」
 このケーキを置いて行ったのは福井で、ついさっきまで同じ部屋でゲームをして遊んでいた。先に帰るからと言って置いていったこのケーキ、しっかり計画していたらしく、笠松の家にある冷蔵庫にいつの間にか仕込んであった。
「手作りだろこれ」
「福井はどこへ向かっとるんや」
 分かんねえけど食べようぜと笠松はフォークをケーキに刺した。
 一口分のケーキを口に運ぶ笠松を見て、ワシもケーキにフォークを刺す。スポンジ生地の真ん中にいちごジャムが挟まれたヴィクトリアンケーキに生クリームが塗られたそれは、随分とシンプルな材料で構成されているはずなのにやけに華やかだ。口に運べばほろほろとした独特のスポンジ生地に甘いジャム、生クリームの滑らかさが広がった。
「美味い」
「ほんまに」
 これならもう一切れあっても食べれてしまうだろう。生クリームの甘さが控えめなのが嬉しいところだ。

 黙々とケーキを食べていると、先に食べ終わった笠松がそういえばと口にした。
「最近何か考え込んでるだろ」
 気のせいやろと言えば、笠松はため息を吐く。あ、これはバレている。
「どうせまた逃げようとしてんだろ」
「笠松には敵わんな」
 今のところ、笠松には何故かワシの心情が筒抜けであるわけで。他のメンバーにはそうでも無いのにと不満を覚えていると、笠松の手がワシの頬を撫でた。ジャムが着いてたと笠松は言い、ワシは彼の手に何も付着していない事を確認した。つまり、ワシの意識を笠松自身に向けることを目的とした動きだった。笠松との駆け引きは油断してはならない。緊張感を欠けば、笠松幸男という男に引き込まれてしまう。
「逃げたら追いかけるから、逃げるだなんて考えるな」
 分かったかと笠松は少しだけワシを睨む。ワシはそうやなあと笑った。
「キミらに追いかけられるのは、ちょっとご遠慮願いたいところやな」
 正に地の果てまで追いかけてきそうだと言えば、笠松は当たり前だと言った。その顔の優しいこと、甘ったるいこと。

 そうして彼が出した声の甘やかさに、福井のケーキより甘い人達だと改めて思った。
(だって、そうやって追いかけるのは全てワシの為だと心から信じているのだから)
 どうしようもなく甘くて、毒のような響き。腐ることも許さない、砂糖菓子。
「優しさは良いことばかりや無いんやで」
 そう言えば、笠松はそりゃそうだろうなと全てを見透かして言うのだった。

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