「ここやな」
 目の前には大きなマンション。足元にはスーツケース。中身は殆どが大学関係ですぐに必要なもの。服はオフ用のラフな黒いパーカーにジーンズ。黒のスニーカーで駅から歩いて、ワシこと今吉翔一は新居へとやって来た。
「…ホンマ、わけ分からんな」
 マンションの名前はレザントマンション。防犯面に優れ、かつ新築。そして家賃は安いときた。そんなマンションは赤司君の招待制で、多分知人が多いのだろう。というか、ワシが招待されたところを考えるとキセキ関係者が集まっているのだろう。
 自動ドアをくぐり抜け、ポストを見る。そこには氷室君と実渕君と宮地君の名前があった。それぞれ201号室、202号室、203号室のポストであり、ワンフロアに三部屋のみだと分かる。この規模のマンションでワンフロアに三部屋なら、一部屋はかなり大きいのだろう。
 指紋認証のドアを抜け。真っ直ぐ階段に向かう。エレベーターもあるが、自分の部屋は三階なのでそれぐらいは動いた方がいいだろう。管理人への挨拶をするべきだが、桃井から聞いた話によると、まだ管理人は引越して居ないらしい。集金のある月末までには引越してくるようだが、それでいいのだろうか。まあ、今後引越して来る人間も知り合いばかりだろうからトラブルも少ないだろうけれども。
 三階に着き、真っ直ぐに302号室に向かう。そう、ワシの部屋は302号室だ。
 渡されていた鍵で扉を開くと中を見てギョッとする。そしてすぐに桃井の顔が頭にチラついた。多分、桃井が調べたのだろう。部屋の内装は実にワシ好みになっていた。モノクロで纏められた部屋は、所々に観葉植物が飾られていた。あまり世話の難しくないものばかりで、気遣いが行き届いているなと苦笑が漏れた。

 荷物を片付け、他の住民に挨拶をしようと部屋を出た。階段を下りて二階に着くと、がちゃりと音を立てて203号室の扉が開いた。そして出てきた人物と目が合う。宮地君だ。
「あ、今吉」
「おー、この間ぶりやな。」
「あの時は助かったわ。」
 この間とは一ヶ月前に久しぶりに皆で集まった時のことだ。皆とは宮地君とワシ、諏佐、小堀君、笠松君、森山君、黛君、木村君、大坪君、春日君、岩村君、石田君などの総勢10人越えの面子のことである。全員が集まるのは一ヶ月前のその時が久しぶりで、森山君の広いお家で近況報告をした。その時、宮地君が理解出来ない問題があると言うのでそれを解説したのが今出た話題だ。
「それにしても今吉か…」
「招待したんは、多分キセキに関連する人らやろなあ」
「そうだろうけどよ、何でこんなことするのか分かんねえ」
「他のキセキの子らと何か話して、こうに至ったんとちゃう?でも知り合いばかりなんは気兼ね無くてええかもな」
「お前って実渕や氷室と面識あったか?」
「あらへんよ」
「それ知り合いじゃねえだろ」
「バスケやっとったんは同じやし。悪い子やないって分かっとるし。」
「そういうもんか」
「せやで」
 そうやって話をしていると、宮地君がスマホを操作した。すると201号室の扉が開いて氷室君が出てくる。
「こんにちは」
「こんにちは。初めまして、みたいなモンやな。ワシは今吉翔一。よろしゅう」
「俺は氷室辰也です。よろしくお願いします。」
 そんな氷室君の言葉のすぐ後に202号室の扉が開く。出てきたのはもちろん実渕君だ。
「こんにちは、今吉さん」
「こんにちは、実渕君やな?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしゅう」
 それから当たり障りのない話をしてから、そうだと口を開く。
「ワシは302号室やから」
「あら、そうなんですか。私の真上の部屋なんですね」
「そうやで〜。まあ防音とか完璧なんやろうけど、騒がしくしたらゴメンな」
「きっと大丈夫ですよ。ところで今吉さんは今何を?」
「大学通いつつ家庭教師のバイトしとるで」
 そう言うと実渕君はへえと納得したような顔をした。氷室君は頭良さそうですもんねと笑っていたので、眼鏡で判断したやろと笑って言っておいた。
 実渕君が、じゃあそろそろと部屋に入って荷物を持って出てくる。その姿に首を傾げると、仕事ですと笑っていた。
「仕事?」
「メイクアップアーティスト目指して修行しているんです。まあ、仕事ですね。」
「へえ!凄いやん」
「ふふ、まだまだ師匠に学ぶことばかりなんですけどね」
 じゃあと実渕君は荷物を持って階段を下りて行った。それを三人で見送ると、少し話そうとなり、宮地君の部屋に三人で入る。白より少し黄色っぽい、生成り色の壁に茶色の家具の内装。きっとこれも宮地君の趣味なのだろう。良い部屋だと話しながらリビングに着くとソファに座るよう言われたのでソファに座る。
「そういえば今吉さんはバスケやってますか?」
「いや、やってないで。氷室君はどうなん?」
「俺はサークルに入ってます」
「へえ」
 そんな風に世間話をしているとすぐに宮地君が飲み物を運んでくる。ありがとさんと受け取ったそれはアイスコーヒーだ。
「あ、ホットの方が良かったか?」
「いや、大丈夫」
「そろそろ夏ですし」
「もう六月やしな」
 初夏と夏の間のような陽気だと話しながら、そうだと宮地君が口を開く。
「氷室も勉強で分からないところがあったら今吉に聞けば?」
「え、いいんですか?」
「まあ構わんで。レポートに追われとったらお相手出来へんけど」
「お前が追われることあんのか」
「失礼やな」
 そう言ってクスクスと笑うと宮地君は仕方なさそうな顔をし、氷室君は少し嬉しそうだった。どっかのアホみたいなイメージはないが、やはり勉強で躓くところもあるのだろう。誰だってそういうことはあるのだから。
 それから会話を楽しんで、1時間後に宮地君部屋を出た。これからよろしゅうと改めて言って、自分の部屋である302号室へと帰る。その道中、それにしてもと考える。実渕君に氷室君に宮地君。意外な組み合わせだ。これからもっと色々な人がこのマンションに入り、もっと意外な組み合わせを見かけたり、意外な会話をしたりするのだろう。
(なんや、めっちゃ楽しそうやん)
 嗚呼!これからが楽しみだ。

- ナノ -