征ちゃんが私に伝えたのはとても簡潔なことで。

ー「このマンションに住まないか?」

ということだった。

家賃は安く、セキュリティは万全で新築。そんな夢のようなマンションに実渕玲央20歳。引っ越して来ちゃいました。

「といってもまだ私ひとりだけというのは、」

ちょっとやっぱりおかしいと思うの征ちゃん。
征ちゃん曰く。このマンションには征ちゃんが招待しないと入居できないそうで、何がしたいの征ちゃんと言わずにはいられなかった。しかし征ちゃんはそのうち分かるとかなんとかではぐらかし、近くのキセキアパートにキセキの子たちと住んでいるとか。ルームシェアではなく、アパートにひとりひとり部屋があるそうで。何がしたいの征ちゃん。キセキ大好きすぎるでしょう征ちゃん。そして私はなぜこのマンションに住まわさせれるの征ちゃん。

考えても答えなんて出るわけがないので、諦めてマンションに入る。名前はレザントマンションというみたいで、明らかに高級マンションという見せ方はしていないが、よく見ればひっそりと高級さが滲み出てる。ねえ、何がしたいの征ちゃん。

とりあえず指紋認証の扉に驚きつつ、征ちゃんに言われた通りに202号室に向かい、渡された鍵を使うと簡単に扉が開いた。そしてこれは予想だが、この鍵も合鍵が作りにくいタイプだったりするのだろう。こわい。征ちゃんが。

荷物は実家が置いていてもいいと言ってくれたので、必要最低限だった。足りなければ(遠いが)取りに行けばいい。そしてなにより。

(部屋が私好みにデザインされているというのはどういうことなの征ちゃん!!)

家具付きで広い部屋とは聞いていた。だがこれは予想外だ。カラーリングや家具の型などが全て私好みで統一されていて、本当に征ちゃんは何者なんですか。ちなみにナチュラルな木の温もりに溢れてました。そこにパステルカラーの紫色が差し色(ソファなど)されていて、私は征ちゃんに好きな色合いとか教えたかしら、としばらく自問自答した。答えなんて出るわけがない。だって征ちゃんだもの。

少ない荷物を片付けて、とりあえず食材を買って昼食として肉じゃがを作って食べる。昼食にしては手が込んでいるかもしれないが、現実逃避も兼ねているので問題はない。そして、師匠からは今日は引っ越しで忙しいだろうから来るなと言われている。さて暇だ。テレビでも見ようかしらとリモコンに手を伸ばすと、表札を付け忘れたのを思い出す。征ちゃんが自分で付けるんだよ、と渡してくれたのだ。

私はカバンから水色をベースに紫で縁取られたプラスチックに、黒く実渕玲央と書かれたネームプレートを持って扉を開けた。

「あれ?」
「おや?」

扉を開けると隣の人が扉の鍵を開けるところだった。そしてよくよく見るとそれは陽泉の生徒だった、氷室辰也君だった。

「あなたは、」
「えっと、氷室辰也君よね?私は実渕玲央。洛山高校だったのだけど、覚えているかしら」
「ああ、覚えているよ。君もアツシに?」
「アツシ?ああ、紫原君ね。いいえ違うわ私は征ちゃんに…」
「征ちゃん?」
「赤司征十郎よ。」
「ああ!確かアツシが赤ちんのお願いだよって言ってたな」
「あら、じゃあ同じね」

よろしく、と握手をしていると階段を上る足音。誰かしら、と思っていると足音はこの2階で止まったというか、見えた。背の高い、蜂蜜色の髪の。

「あ」
「お」
「あ?」

秀徳高校生だった宮地清志さんだった。
あちらもこちらに気がついたみたいで、近づいてくる。

「お前は高尾になんか言ってた洛山の」
「実渕玲央です。」
「んでこっちは確か陽泉の」
「氷室辰也です。」
「おーおー思い出した。」
「あなたは秀徳高校生だった宮地清志さんですよね」
「よく覚えてんな実渕」

そのツッコミに、私もよく覚えていたなと自分で感心する。現在20歳の私はあのバスケに青春を捧げた大会から三年経っているのだから。

「てか実渕がその部屋の扉を開いてるっつーことはそこに住んでんの」
「今日からです。さっき引っ越してきたばかりで」
「オレもですよ。オレはこっちの部屋です」
「そうか。じゃあ俺はこの部屋だから。」

そうして指を差すのは203号室の扉。ちなみに氷室君は201号室。二人ともお隣さんね。

「「よろしくお願いします。」」
「よろしく。お前らどこの大学?」
「私は大学行ってないけど…」
「オレはA大だよ」
「やっぱ違うわな。俺はN大。てか実渕なにしてんの?」
「修行ね。弟子入りして師匠の元で修行しているわ」
「フーン」

宮地さんはそう言うとカバンから鍵を取り出して扉を開いた。氷室君も同じように扉を開いている。そして私も表札を付けようとすると、宮地さんがボソッとつぶやいた。

「赤司征十郎は何者なんだ」

てか何がしたいんだ、と。
そう、二人は扉を開いて愕然としていた。多分私と同じように、自分の好み通りにデザインされていたのだろう。部屋が。

「レオ、これって」
「あら、名前で呼んでくれるの?嬉しいわ」
「いや、まあ、うん、そうじゃなくて」
「おい実渕、この中じゃお前が1番赤司征十郎に詳しいだろ」
「そうですね宮地さん。でもね、」

征ちゃんの行動に疑問を持ってはいけないのよ、と経験談を言った。

そんなこんなで引っ越しは二人とも(見た感じ荷物は少なかったからか)スムーズに終わったみたいで、何故か私の部屋に訪ねてきた。うん。何でかしら。

「だって怖すぎるだろ。怖すぎるだろ。」
「軽くリアルホラー体験だよ」
「落ち着いて二人とも。お茶出すわ。」

切実な姿勢に、私は部屋に入れるとさっき買ってきた茶葉でお茶を入れた。とりあえず緑茶しかないので(紅茶やコーヒーを揃えておけばよかったわ…)それを湯のみで出すと、二人とも温かい飲み物で少しは落ち着いたみたいだった。

「というか、赤司は何がしたいんだ?」
「ホラー体験?」
「待って氷室君それは絶対ないわ」

氷室君の真剣味を帯びた声に否定の言葉を言っておくと、冗談だよと笑っていた。目は半分笑っていなかった。
そんな氷室君を見てから、宮地さんは言う。

「ここ赤司の招待制だろ。俺は緑間から聞いただけだけど」
「オレもアツシからそう聞いたよ」
「私は本人から直接聞いたわ。」
「おう。で、何でこの面子が招待されるんだ」

ご尤もかつ触れてはならないところだった。私も氷室君がいる時点で思ってたわ。というかまず征ちゃんに住めと言われた時から思ってたわ。というのは二人も同じなようで。

「俺も疑問だったよ。レオは同じ学校だったからまだ分かるとして、俺は他校だしアツシが共通の友人であることしか…」
「俺も緑間が共通の知り合いってことしかねーよ。」
「…多分、」
「「?」」

私は本日二度目の言葉を口にした。

「征ちゃんの行動に疑問を持ってはいけないわ。だってやる事成す事常識外れだもの」

征ちゃんに二年間どころか三年間関わった私の体験談、二度目の活躍であった。

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