とうとうこの時が来た。ヤマトタケル様は僕の肩をぽんぽんと叩いてくれた。そんな僕らをたくさんの神様とナビィさんが見守ってくれていた。

「ナビィさん」
「はい。行きましょう」

怖くないと言えば嘘になる。けれどそれ以上に信念があった。絶対に、確実に書き換えを行うという信念だ。
ヴァルキリー様が、収束の役はしっかりこなすから安心するといいと言った。僕は頷いた。ヴァルキリー様の表情は自信と確信と希望に満ちていた。
ジークフリート様が無言で手を出した。僕は黙ってその手と握手した。温かくて力強い、父のような手だった。
ギルガメッシュ様が、戻すだけだから気負うことはないと言った。目は柔らかい光を灯していて、穏やかな気分になった。
様々な神様が、絶対に生きてやり遂げておいでと言ってくれた。そのつもりだから、僕は一言だけ、はいと言った。

「さあ、」

ナビィさんが空に浮き、くるりと回った。二つの腕を動かして、僕とヤマトタケル様に手を差し出した。その手を取る前にヤマトタケル様を見上げる。ヤマトタケル様は僕の視線に気がついて、こちらを見て、微笑んだ。優しく、僕を信じてくれている目だった。ヤマトタケル様と手を合わせた。そしてナビィさんともそれぞれ手を合わせた。三人で輪になると、ぶわりと魔法陣が僕らを中心に広がった。金色に輝くそれはすぐに強い光を放って、僕らはそこから消えた。

目を開いた時、僕らは真っ暗な空間に居た。真っ暗なのに、僕自身の手や足は見えた。ヤマトタケル様もナビィさんもしっかりと見えた。ナビィさんは少しだけ悲しい顔をしていた。そうか、ここが。

「ここがヒャクカミの中心、なんですね」
「はい」
「殺風景なところだね」
「鑑賞が必要なところではありませんから」
「ナビィさん。始めましょう」

僕がそう言うと、ナビィさんは戸惑いがちに口を開いた。本当に出来るのでしょうか、と。

「ナビィ、心配かい?」
「はい」
「出来ます」
「沫早矢さん…」

ナビィは僕のしっかりとした声に気持ちを持ち直したようだった。さあ、始めよう。僕とヤマトタケル様は同時にそう言った。

「それでは繋がりの橋渡しを行います」
「僕は書き換えを始めます」
「ボクは沫早矢のサポートをするよ」

僕の両肩にヤマトタケル様が手を乗せる。ふわりと柔らかな温もりが僕を包んだ。そうか、これが守護神という存在意義。冒険者を守り、護り、手助けするモノ。

「始めますッ!」

ナビィさんの声を聴きながら、僕はゆっくりと目を閉じた。そして願う。

少女の書き換え以前のヒャクカミへ

七草美玲の願いを書き換える

神が神たる力を持つ世界へ

それにより、

(僕が人として生きられる世界へ…!)

ぐにゃりと空気が歪む感覚。チリチリと頬が焼ける感覚。守護神の護りがあってすら感じる書き換えの際の再構築の痛みに、少女は1人で耐えた。



閉じた目の奥で、世界一優しい少女が笑った気がした。



「沫早矢!集中するんだ!」

ヤマトタケル様の声で遠くなりかけた意識を強く手繰り寄せる。温もりが強くなった。ナビィさんの小さくも痛みに耐える叫びが聞こえた。僕は閉じていた目を開いた。真っ暗だった空間に、目まぐるしく様々な風景が見えては変わった。その風景は全て神様が居る風景だった。その中には僕の背後に立つヤマトタケル様の、今の姿も見えた。

そして、ぷつりと、それが終わった。

「終わった、んですか」
「ああ、」
「…」
「書き換えは終了したみたいだ」

ヤマトタケル様が僕の両肩から手を離していた。僕はゆっくりとヤマトタケル様とナビィさんの方に体を向けた。ナビィさんは疲労の中にも、達成感を混ぜ込んだ顔をしていた。ヤマトタケル様は瞬きをして、手を閉じて開いた。僕から見ても分かった。最終進化の輝きと共に柔らかな光を放つヤマトタケル様は、書き換えで失われた力が戻っていた。

「沫早矢さん、お疲れ様です…沫早矢、さん?」

ナビィさんがこちらを見て、そう言って目を見開く。ヤマトタケル様もこちらを見ていた。僕は不思議に思って何と無く手を見た。その手は透けていた。

「そんな!沫早矢さん、まさか、」
「ナビィ、」
「嘘、そんな、嫌です、嫌、沫早矢さん!!」

僕に駆け寄ろうとするナビィさんを、ヤマトタケル様が止めた。僕は分かっていた。神力のあるヤマトタケル様も、分かっていた。だから僕は微笑んだ。ナビィさんがその顔に絶望を浮かべた。

「いや、そんな、いやっ」
「ナビィ、落ち着くんだ」
「いやああああああ!!」

その叫びの中でも、僕の体はゆっくりと透けてゆく。ヤマトタケル様は通った声で言った。

「ナビィ、これは美玲が消えた時と同じかい?」
「…え?」
「ナビィなら、冒険者じゃなくとも、神でなくとも、分かるはずだ」
「…、あ」

ナビィさんがその目に涙を浮かべた。そしてくしゃりと笑った。それを見てからヤマトタケル様は僕を見た。

「お疲れさま、沫早矢」
「はい。ヤマトタケル様もありがとうございました」
「きみと出会えて本当に楽しかった」
「僕もです」

ヤマトタケル様は優しく微笑んだ。だから僕も笑った。

「さよなら、沫早矢」
「さよなら、タケル」

神様、否、守護神、否。
大切な親友との、別れだった。

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