「やっぱりおかしいじゃないの!なんで沫早矢は人間に会わないのよ!沫早矢は人間なのに!」
「落ち着いてラケシス」

ヒステリックに叫ぶラケシスに、姉のアトロポスは冷静な態度でそれを収めさせようとする。しかし、ラケシスは逆にキッとアトロポスを見た。

「黙ってて!ラケは沫早矢に言ってるの!」
「落ち着いてと言ってるんだよラケシス」
「アトロポス、今のラケシスは聞く耳を持たないからやめた方がいい」
「トール…」
「それにラケシスの疑問は尤もだからな」

ギルガメッシュの言葉に、ラケシスはさらに騒ぎ立てる。ほらみなさい私は正しいことを言ってるの、とでも言うように。そこに黙って聞いていたロキが口を開く。

「ギルガメッシュの言う通りだけど、なんか偉そうだねギルガメッシュ。あ、いつものことか」
「ロキ、お前は一言多いから静かにしていろ」
「トール、明らかに多いのは一言どこじゃないと思うよ」
「えーアトロポスまで言っちゃう?」
「話がずれているけれど大丈夫なのかしら?」

アヌビスの一言に神々は私語を取りやめて沫早矢を見る。少年は何時ものように感情がない硝子玉のような瑠璃色の双眼で皆を見ていた。

「…もう一度聞こう。沫早矢、お前は人間なのか?」
「…」

神々はじっと少年を見る。書き換えによって神の力を持たない神となった神々は自力で沫早矢を人間かそうでないかを見分けることができなかった。故に、神々に残された判断の為の手段は質疑応答のみだった。

「沫早矢」
「…人間です」

ギルガメッシュの質問に、沫早矢は無言を経てそう答えた。その答えに周りの神々が安堵の息を漏らした。
ただ一人を残して。

「やっぱりそうだったんだ」

アドニスがそう呟く。その小さな声を聞き取ったのは彼の近くに居た太公望だった。その言葉の羅列で彼にいつもまとわりつく睡眠への欲が立ち消えた。太公望は感が特別鋭いわけではない。ただ、状況把握に長けていた。そうでなければどこでも眠た気でいられない。

「アドニス…まさか、」
「沫早矢」

後方に居たアドニスがゴブリンを降ろし、沫早矢の斜め前に立って伏し目がちになる。少年とアドニスの距離は近くも遠くもなかったが、人間は正面に立たれて視線を合わせられると話し辛くなる。それを考慮した立ち位置は確実に少年から彼が隠す何かを聞き出すための立ち位置だった。
アドニスの行動に疑問符を浮かべる神、アドニスの行動で自らの思い違いに気がつく神、それぞれがそれぞれにアドニスと少年を見つめた。

「沫早矢、君は人間だね」
「はい」
「でも、“じきに人間でなくなる”んだよね」
「…はい」

全員が息を止めているかのような静寂の中で、アドニスはぎゅっと服の裾を握りしめる。彼が一番危惧していたことだった。彼が一番違うことを願っていたことだった。ショックなことだったが涙は出ない。それは予感していたから。アドニスは感が良いわけじゃなかった。むしろ感はあまり良くない。それでも予感するに繋がる気がつきは、彼が毎日祈っていたからだ。どうかそれだけはありませんように。毎日、神ではなく人間に祈っていた彼だから気がついたことだった。

「沫早矢」
「はい」

アドニスは瞼を降ろした。もう、彼は疲れ果てていた。祈りは無駄だったのだ。

「君は“これから神になる”存在なんだよね」
「…はい」

その場にいた全員が、少女の高く美しき理想を現実にした世界の中で、少女が尤も望まなかった“悲劇”が皮肉にも生み出されたことに失望した瞬間だった。





人間は神力を求める
(僕らはどこで間違ったんだろう)
(きっと、考えるまでもなく、)
(美玲を止める言葉をかけなかったあの時だったんだろう)

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