沫早矢は座ってクーフーリンを眺める。クーフーリンはただ、鍛錬に没頭していた。沫早矢の隣に佇むスカサハはクーフーリンの動きを見ながら口を開いた。

「動きに迷いがあるね、情けない。」
「そうなんですか」
「アイツはね、後悔しているんだよ。自分が選んだことをね」
「…選んだこと」

 沫早矢はすっとスカサハを見た。スカサハはクーフーリンの動きをチェックしながら再び口を開く。

「美玲の書き換えさ。クーフーリンは自分を解放した恩と美玲の人柄に惹かれて書き換えに賛成したんだ」
「惹かれて」
「そう。惚れた腫れたじゃなくてさ、美玲は素晴らしい人格者だったからね」

 スカサハはクーフーリンを止めて川で頭を冷やすように指示した。沫早矢はそれをただ眺める。

「沫早矢は美玲について気になるかい?」
「いえ…べつに」
「そう。」

 スカサハは独り言だよ、と前置きして話し出した。

「美玲はとにかく優しく、魔神に挑む時は勇敢で、ひとを敬うことを忘れなかった。毒っ気が全くないやつさ。眩しい光、いや柔らかく包み込む光みたいなやつだった。」
「…」
「あんな人間は美玲以外に見たことないね。そしてそれに惹かれるやつがそれはもう沢山居たのさ。もちろんそうじゃないのも居たけどね。でも大抵どんなやつも話してすぐに美玲をいい奴だとカテゴリする。」
「…」
「偉大だよ、偉大すぎる。」

 スカサハはそう言うと自分の武器を手に持ってチェックする。沫早矢はぼんやりとスカサハを見ている。スカサハは続ける。

「その偉大なやつが求めた世界も偉大すぎた。世界のパワーバランスを崩してイチから再構築しようとしたのさ。無謀だ。」
「…」
「だからアタシ達は美玲が死んだと分かった。美玲は書き換えを行いに行ったっきり帰ってこない。アタシ達は力が無くなったことで書き換えが成功したことを知った。美玲は帰ってこない。きっと無謀な書き換えで美玲が逝っちまったんだ。それはアタシが出した判断じゃなくて、色んな神が辿り着いた考えさ」
「…スカサハは賛成派だったんですか?」
「いや、反対派だよ。美玲の為に反対派になった稀有な神さ。」
「…死ぬことが分かっていたから?」
「いや、美味い話には裏があるって感じたからね。カンって奴だよ。あながちアタシのカンは外れないらしい。」
「だれも死ぬことが分からなかったんですか」
「ああ。前例がなかったからね。」
「…」
「さあ、独り言はお終いさ。そろそろクーフーリンを連れてくるよ、沫早矢はどうするかい?」
「決めてないです」
「じゃあ一緒に腹ごしらえしよう。干し肉があるからね」

 スカサハはがしがしと沫早矢の頭を撫でて川に向かった。残された沫早矢はその後姿を眺めるのだった。

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