「ただいま」
「失礼します」

 ジークフリートに続いて沫早矢も家に入る。その家はあまり手入れの行き届いてないことを感じる二階建ての小さな家だった。ジークフリートは沫早矢を気にすることなく、一階奥の部屋に向かう。それに沫早矢も続いた。ジークフリートが向かった部屋は台所の真横にあった。
 ジークフリートは静かにその部屋の扉をノックし、返事を聞かずに開けた。沫早矢は開いた部屋の中をジークフリートの後ろから見る。

 ベッドや机のある、壁の模様とベッドカバーにやや女の子らしさを感じる部屋に、女性が一人で床に座り込んで俯いていた。その背には小さめの翼が生えている。

「ヴァルキリー、今帰った」
「…」

 ジークフリートがヴァルキリーと呼んだ女性は返事をせずに俯いたままだ。沫早矢はそれを静かに見る。

「ギリシャ平原で人間を見つけた。帰す方法が分からない。分かるまで一緒に暮らすことにした。」
「…」
「沫早矢」
「こんにちは、坂月沫早矢といいます」
「…」

 ヴァルキリーはそこでようやく顔を上げた。ヴァルキリーの目は虚で、赤く充血していた。瞼も腫れていて、ずっと泣いていたのだろう。
 ヴァルキリーは少し沫早矢を眺めていると、また俯いた。そして一人にさせてくれと言う。ヴァルキリーの声は掠れていた。

「そうか」

 ジークフリートは静かに扉を閉めた。

「…ジークフリートさん、ヴァルキリーさんって」
「さんはいらない」
「ヴァルキリーとはあのヴァルキリーですか」
「そうだ。」

 ジークフリートは多くを語らない。そして沫早矢も多くを知ろうとはしなかった。ただ沫早矢は違和感を覚えていたのだった。

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