クーフーリン(→)←モリガン/こんなの自分らしくない/自傷要素有


 正直、嫌だった。

「モリガン」
「、クーフーリン…?」
 俺より背の低いモリガンが当然俺を見上げる。その瞳は不安に揺れていた。

 師匠から教えられたのは数日前だった。
「おい馬鹿弟子」
「いった!挨拶代わりに殴るのやめてくださいって」
「そんなことはどうでもいい。モリガンがおかしいんだ」
「は?」
 俺は意味が分からなくてそう言った。俺がモリガンを好いていないことなど師匠は分かっている筈で、ストーカーじみたモリガンをむしろ嫌いだと思っていることも師匠は分かっているはずだ。
「それが何だっていうんスか」
「…馬鹿だなお前」
「ちょ、何で?!」
「モリガンが自傷をしていた。止めたが、多分やめられないだろう」
「自傷…?」
 俺は眉を寄せて言った。いっそそのまま自殺すればいいのに、と思った。もっとも俺たちは神だから死ねないし、それぞれ司るものがあるから死ぬわけにはいかない。
「一言言ってやれ。」
「はア?」
「馬鹿もここまでくると何て言えばいいのかわからないね」
「酷いっスよ」
 師匠は俺を冷ややかに見て、去って行った。何だったんだ。大体自傷が何だと言うのか。死ねない俺たちにとって自傷してる奴に殺される心配なんてない。何だというのだ。

 次の日、オグマがやってきた。
「クーフーリン、モリガンのことを聞いたか?」
「アー自傷ってやつ?」
「興味なさそうだな」
「当たり前だろ」
 俺はそう言って武器の手入れを再開した。背後でオグマが苦笑する気配を感じる。何なんだ。
「死なない俺たちが自傷する彼女を気にする意味がわかるか?」
「知るか」
「じゃあ死なない俺たちが自傷する意味がわかるか?」
「知るかよ。」
「考えてみろよ」
「…構ってほしいとか?くだらねえ」
「そうか」
 しばらくの無言、その間に愛用の武器は綺麗に整った。鏡のような金属に満足感を得て、思わず笑む。その時オグマが言った。
「…お前の気を引きたいなら良かったんだがな」
「え、」
 オグマは立ち去った。俺は唖然とした。どういう意味なのだ。

 次の日、アーサーがやってきた。
「やあクーフーリン、いい天気だね」
「アーサーか、何しにきたんだ?狩りか?」
「茶会の招待をしに来たんだ。」
「茶会?」
「たまにはゆっくり紅茶と菓子を食べるのも悪くないさ。さっきモリガンに招待状を渡したんだ」
「モリガンに?」
「ああ。なかなか受け取ってくれなかったが、来てくれるそうだ。クーフーリンもどうだ?」
「…モリガンがいるならやめとくわ」
「そうか、残念だ。」
「じゃあ俺は」
「モリガンは美しい女性だから同じテーブルにつくことに緊張するのも分かるさ。彼女は美しい。」
「は?」
「そして何より優しい。」
 笑うアーサーに、俺は苛立った。お前がモリガンの何を知っているっていうんだ。あいつは俺のストーカーで、ストーカーで。
(あ、)
 そこで俺は気がつく、俺はモリガンのことを何も知らないんだ。
「この間本を借りたから茶会で返すつもりなんだ。」
「……。」
「それにしても残念だ。最近彼女はとても疲れている」
「え?」
 アーサーは残念そうな顔をして言った。
「大切なものを失くしてしまったらしい。相当落ち込んでいて、それで自分の体を傷つけてすらいる。優しい彼女は失くした自分が許せないのだろう」
「そんな」
「我々がそんなことをして得られるのは痛みだけなのに」
「痛み……。」
「もちろんだろう?彼女はそれが贖罪のつもりなのかもしれないが……ああ、すまない引き止めてしまった。これから用事があるだろう? お互い暇ではないし、失礼するよ」
「あ、ああ。」
 アーサーは去ってゆく。俺は呆然とそちらを見た。モリガンが苦しんでいる、その事実だけが俺の体に重くのし掛かっていた。

 次の日、ネヴィンがやってきた。
「元気かクーフーリン!」
「ネヴィンはすこぶる快調そうだな」
「もちろんだろう!」
 ネヴィンそう胸を張るが、急にそれをやめて真剣な表情になって切り出す。
「モリガンのことはきいているか?」
「嫌というほどな」
「ふむ。それでも何もしないと」
「は、」
「いや悪い。それにしてもモリガンは綺麗だ。恋する乙女はいつだって美しい!」
「急に何だよ」
「でもそれに甘えるのは男らしくないぞクーフーリン」
「だから何なんだよ」
「気がついてないのか、お前は思ったよりも脳筋か」
「おい」
 俺が不機嫌なのを察したのかどうなのか、ネヴィンは笑って謝ると、続けた。
「そうそう、モリガンが失くした人形を私は偶然見つけてな」
「はあ、じゃあさっさと渡せばいいんじゃねえの?」
「私でもいいが、クーフーリンの方が彼女は立ち直れるだろう?」
「俺が嫌だ。じゃあ俺修行するから」
「ふん、本当に脳筋なんだな」
「おい」
「いいからこれ持ってモリガンの所へ行け、彼女は悲しいことにお前を好いている」
「悲しいって」
「だがな、いつまでも彼女がお前を追いかけるわけではないことを忘れるな」
 俺はネヴィンの迫力に何も言えずに、何なのかさっぱりわからない人形を受け取った。

(ンなこと知ってるっつーの)
 モリガンが俺をいつまでも好きでいるわけじゃない、その事実に、胸が痛む。わかっていたし、それを俺は望んでいた筈なのに。

 そして俺はモリガンに会う。

「これ」
「あ…これ…」
「お前のだろ。」
「う、うん。よかった…」
 モリガンが腕を伸ばして人形を俺から受け取る、その際に見えた手首の傷。まだ赤くて、血が滲む傷。胸が、痛む。
「よかった、よかった……」
「……」
「あの、クーフーリン……」
「何だよ」
 モリガンは笑顔になって言った。

「ありがとう」



こんなの自分らしくない
(その笑顔に)(胸が高鳴った)
不器用恋愛五題
劣情ノイズ

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