愛死体/ルグディア


 目の前には残骸。それの一部を持ち上げ、男は言った。
「これはサンプルには向きませんねえ。」
 あと、私の趣味では無いとか、何とか。

 魔神の討伐と、発生源の調査。長く続けているそれらを片付けたルーグとディアン・ケヒトは近くの町に戻った。血を被ってはいないものの、臭いがついてしまった二人は宿屋に向かった。あらかじめとっておいた部屋に入ると、ルーグが先にシャワーを浴びてしまう。ディアンはその間に骨のミアハの手入れと武器の手入れを済ませる。ルーグがバスルームから出たら、ディアンはすぐにバスルームに入った。
 ルーグは髪をわしわしとタオルで拭って水気を取り、武器の手入れや書類の確認をする。その最中にルーグはディアンの着替えがベッドの上に置きっ放しであることに気がつき、息を吐いた。
 バスルームからディアンの声がする。ルーグは彼の服を持つとバスルームの戸を開いた。

 バスタブには湯を張られ、泡がもこもこと浮かんでいる。泡風呂らしいそれの中で、ディアンは埋もれるように入浴していた。
「ああ、ルーグありがとうございます。そこに置いてください。」
 泡が乗った指先がひょいと指したチェストの上に着替えを置くと、ルーグはディアンへと振り返った。ぼんやりと湯に浸かっていたディアンがその視線に気がついて顔を上げる。何ですか、そう問いかけた。
「ディアン殿、怪我してますね。」
 にっこりと笑ったルーグに、ディアンは嫌そうな顔をした。
「それはまた、冗談を。」
「左手首。泡が染みるのでは? 」
 そう言って手を伸ばすルーグに、ディアンは素直に左手を湯の中から持ち上げた。そこにはじわりと血を滲ませた擦り傷があった。
「大した怪我では無いですよ。」
「ガーゼぐらいなら当てれますが? 」
「ミアハに指示しますので。」
 にっこりと笑ったディアンに、ルーグもにこやかな笑みを返した。そしてディアンの左手を己の手で掴むと顔を寄せ、傷口をべろりと舐めた。ディアンがぴくりと震える。
 ルーグは顔を上げ、笑う様に告げた。
「俺にやらせてください。」
 そうしてディアンの額に口付けたルーグに、ディアンはげんなりとした顔で了承したのだった。

 バスルームから出て、シャツとスラックスを着ただけのラフな服装のディアンをベッドに座らせたルーグは彼の鞄からガーゼとテープを取り出した。ハサミで適当な大きさに揃え、怪我に当てたガーゼをテープで固定するとルーグは満足そうに残った医療道具を鞄に仕舞った。ディアンは不満そうに左手首を見つめ、ハアと息を吐いた。
「これならミアハの方が綺麗に出来ますよ。」
「お爺様は随分と疲れている様ですので。」
 いつもの笑みを浮かべているルーグに、ディアンは再びため息を吐いた。
「ミスはしてませんよ。これだって怪我のうちに入りません。」
「ええ、お爺様はミスはしてません。逆です。」
 ルーグはベッドに座るディアンの髪を素手で触る。耳を触り、顎を持ち上げた。
「やり過ぎですよ。」
 深い笑みに、ディアンがそろりと目を逸らす。
 無言のディアンに、ルーグは淡々と告げる。
「いつもなら標本用に採集するのに、それさえ出来ないぐらいに魔神の肉を切り刻んで……余裕が無いんでしょう? 」
 そして首筋を触る。熱いとルーグは囁いた。
「微熱ですか。」
「薬は飲みましたよ。」
「貴方が作った薬を飲んで、コレですか。」
 成る程とルーグは頷くと、ディアンをベッドに寝かせ、部屋の出入り口へと向かった。
 ルーグ、どこ行くつもりですか。どこか焦った様子でそう言ったディアンに、ルーグは振り返って告げた。
「氷や水をもらってきます。」
 だから大人しくしていてくださいと、ルーグは部屋を出て行った。

 残されたディアンはしばらくじっとしていたが、むくりと起き上がると己の鞄から錠剤を取り出し、ベッドサイドに置いてあった水でそれを飲み込んだ。熱で赤みを帯びた体のうち、額にに手の甲を当てる。
「ヌアダ殿に連絡したいですね……。」
 今のルーグとは同じ部屋に居たくないと、深く長いため息を吐いたのだった。



title by.水魚

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