崩壊する存在意義/ルグディア/りんごの話/知恵だか快楽だかしらないけれど


 存在意義とは何か、何て。
 たわわに実る果実を、その白い手がもぎとる。ディアン・ケヒトの自宅の庭で、ルーグは薄い緑色のリンゴを収穫していた。梯子を使い、ぽいぽいと取っては下のシートに落とした。そうして落ちた実をディアンが一つ一つ拾ってカゴに積んでいく。ある程度カゴが埋まると次のカゴへと手を伸ばした。
 リンゴは所謂青林檎で、生食やデザートより料理に使う方が多い。ジャムもいいかもしれませんね、何てディアンは呟いていたが、ルーグは黙々と林檎を落としていた。
 粗方収穫すると、ディアンがもういいですよとルーグに告げ、ルーグはため息を吐いてから地面に飛び降りた。

 家の中、林檎の積まれたカゴが見える。ルーグは椅子に座り、そんな青年にディアンはレモン水を差し出した。水分補給にどうぞ、と。
「それにしても助かりました。」
 一人でも手が多い方がやはり早く済みますねと男は楽し気で、ルーグはげんなりとそんな男を見ていた。
 ディアンは、パイを作りますが食べますかと問いかけ、青年が浅く頷くのを見ると台所へと向かった。
 するとトントンと調理の音が聞こえてくる。男は林檎を刻み、砂糖を計る。パイ生地は作り置きが冷凍庫にあるらしかった。
 ルーグはその音を聞きながらレモン水を飲み干すと、やっと落ち着いたらしく、息を吐いた。そしてカゴに積まれた林檎をしばらく見つめたかと思うと、そのうちの一つを持ち上げた。そして口元に運び、がり、しゃり。
「……。」
「何してるんですか。」
 どこか不満そうな顔をするルーグに、呆れたディアンから声が掛けられる。しかしルーグは応えることなく、口に含んだ果実を咀嚼する。酸味の強いであろうそれを、ルーグは僅かに眉を寄せただけで飲み込んだ。
「不味い。」
 そりゃ調理用ですしとディアンは大して気に留めずに料理を続けた。ルーグはそんなディアンと口をつけた林檎とを交互に見つめると、口をつけた林檎をまた食べた。
 がり、ばくり、しゃり、しゃり。芯だけを残して林檎を食べ終えたルーグはその残りをゴミ箱に放り捨てた。ぽとり、落ちると青年は口を開く。
「知恵だか、快楽だか、知らないけれど。」
 そう言うと台所から漂ってきた甘い香りに目を細めた。手早く詰め物を冷やす男に、ルーグは今度こそ語りかける。
「貴方が与えたんですよ。」
 そうして立ち上がろうとしたルーグに、ディアンはくるりと振り返った。白衣が揺れ、その三白眼で青年を射抜く。
「摘み食いは行儀が悪いですよ。」
 だから大人しくしていなさい、と。



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