ルグディア/彼を安心させるひとつの方法/嫉妬


 隣にいた人が、誰かに笑いかけているということ。
 ルーグの手が伸びる。ディアン・ケヒトの首筋に触れたその手に、ディアンは驚き、軽く振り返る。誰が犯人かを確認すると、膝の上の本を机に置き、男は座ったまま振り返った。
 何ですか、ルーグ。そう男は問いかける。色の薄い唇から覗く歯は鋭く、人ではない様子が見て取れた。そんな神である男に、ルーグは何も言わない。ただ、先ほど触れた手をそのまま宙に浮かせ、真っ直ぐに男を見ていた。
 ディアンは眉を寄せ、ルーグとまた名を呼んだ。青年の姿をしたルーグは口を僅かに開いた。
「好むヒトがいるのですか。」
 その問いかけに、ディアンは不可解そうな顔をする。それを気にせず、ルーグは続けた。
「さっき、人間と喋っていたでしょう。」
 それは先ほどディアンを訪ねてきた人間の事で、冒険者でもないその人間はディアンの友人の一人だった。彼の事ですかとディアンは首を傾げる。会話をしたが、それが何だというのか、と。
 ルーグは目を細める。
「好いているのですか。」
 そうしてディアンの首へと手を伸ばし、その手をディアンが掴む。白い手が絡んだ。
「有用な人ですよ。それだけです。」
 その冷たい言葉に、ルーグは怯まない。ただ、真っ直ぐにディアンを見つめていた。
「あんなに、笑っていたのに? 」
 そうして薄く笑んだルーグに、ディアンは目を見開き、片手を額に寄せた。
「それはつまり、要するに貴方は……。いや、もういいです。」
 ハァとため息を吐き、ディアンはルーグを見上げた。ルーグは薄ら寒い笑みを浮かべたままで、ディアンはもう一度ため息を吐いた。
「要するに、何です? 」
「いえ、別に何でもないですよ。」
 それだけ言うとディアンはルーグの手から手を離し、両手をやや前に突き出した。腕を開いたその様子に、ルーグは瞬きをし、目を丸くする。
 まるで幼子が抱っこを強請るかのようでいて、まるで母親が我が子を迎えようとするそれに、ルーグは戸惑いの目を向けた。ディアンはそんなルーグに早くと言った。
「気が変わる前に来なさい。」
 ほら早くと急かした男に、ルーグは声を上げて笑ってから、その身体を抱きしめたのだった。

 つまるところ、嫉妬だったわけである。ルーグがポツポツと語ると、ディアンはそうですかと相槌を打った。
「めんどくさいですねえ。」
「お爺様ほどではありませんよ。」
「何か言いましたか。」
「ええ、貴方はとても愛らしいと。」
「気持ち悪いですねえ。」
「手酷いなあ。」
 クスクスと笑うルーグに、この子は仕方ない子だとディアンは大人しくしていたのだった。

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