狼さんの思惑/ルグディア/テーマ:真夜中の会遇


 ふらり、歩くは夜の街。
 人が寝静まった街は静かだが、人の気配が消えない。あちらこちらから人の囁きと、息の音、遅い夜食の匂いがした。ルーグはそんな街の中をふらふらと歩いていた。あては無いらしく、分かれ道ではどちらに行こうか迷う様子を見せ、時折周囲を眺めていた。
 酒場だってもう寝静まっている。なのにルーグはとある酒場の前で立ち止まると中の様子を眺めてから、その入り口を踏み越えた。

 酒場には少しのランプが点いていて、ほの暗いカウンターには店主が立ち、彼と何か会話をしている男がいた。その男に、ルーグは話しかけた。
「ディアン殿、奇遇ですね。」
 話しかけられた男、ディアン・ケヒトは振り返って不機嫌そうな顔をした。
「貴方、何で得物も持たずに出歩いているんですか。」
「僕は何でも扱えますし。」
「ああそうですか。」
 それだけ言うとディアンは向きを戻し、ルーグは笑顔で隣に座った。店主は無言で飲み物をルーグの前に置いた。
「おや、酒では無いのですね。」
「そもそも営業しているわけでは無いのですよ。」
「へえ。」
「彼は友人なんです。」
 ディアンはグラスに口をつけ、中のレモンジュースを飲んだ。ルーグは己に与えられた飲み物を少し観察し、口をつけた。中身はディアンと同じレモンジュースである。
 それで、とルーグは切り出す。
「ディアン殿は帰らないので? 」
 こんな時間まで外に出ているなんてとルーグが笑うと、ディアンは貴方こそでしょうと語った。
「外出許可を貰ってるならいいんですけどね。」
「貴方は貰っているんですか。」
「許可も何も、任務を受けた身ですよ。」
 面倒くさいとディアンはため息を吐き、ルーグはそれを眺めながらグラスに口をつけた。
 ディアンはしばらく小声で任務について愚痴を言い、やがてこれ以上は機密事項なのでと疲れ切った顔をした。
「自由にできる代わりに、たまにこういう任務があるんですよねえ。」
「一応、そういうやり取りがあったんですね。」
「一応とは何ですか。利害関係はそういうものでしょう。」
 嗚呼標本作りをしたいとディアンは嘆き、友人である店主に話を振った。
「そういえば例のルートって変わったんです? どうにも連絡役が行方知らずらしいと聞いたのですが。」
 店主がぼそりと名前を変えたと言うので、ディアンはそうですかと笑った。
「それではもう彼はダメですねえ! なかなか良い目を持っていると思っていたのですが。」
 店主はその言葉に返事をすること無く、ディアンに新しい飲み物を差し出した。中身は炭酸水らしく、ディアンは甘くないですねえと楽しそうにしていた。
 蚊帳の外だったルーグはそれらを眺めていたが、突然席を立った。ディアンが帰るならヌアダ殿に遅くなると伝えてくださいなんて言い、ルーグはそれににこりと笑みを返す。
「任務は終わったんでしょう? ならば一緒に帰りますよ。」
「嫌です。突然どうしたんですか。」
「たまには帰路を共にするのもいいでしょう? 」
 ルーグの誘いに、ディアンは彼をしばらく眺めてからため息を吐いた。
「いいでしょう。まあ、私なら妙な噂も立たないでしょうし。」
「妙な噂とは? 」
 ルーグの楽しそうな様子に、ディアンは面倒そうに語る。
「分かっているでしょうに。根も葉もない噂話は大変ですねえ、まだルーグは若いですから、余計に出回るんでしょうね。」
 それでは行きますかと席を立つディアンは店主に挨拶をしてから店の外へと歩き出した。ルーグもそれに続き、出口を跨いだ。

 かつかつと二人分の足音が街に響く。早く帰って寝てしまおうと呟くディアンに、ルーグは言う。
「それなら僕の部屋に来ればいいでしょう。」
 貴方の部屋と違って片付いていますよなんて笑うので、ディアンはじろりとルーグを眺めてから、遠慮しますと突き放したのだった。

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