ルグディア/ルーグ×ディアン・ケヒト/古きもの/森を歩く話/水辺で足を洗う話/第三者視点
!捏造注意!
ルーグとディアン・ケヒトは森の中を並んで歩いていた。
薄暗い森の中を彼らは進む。ディアンはメモを骨のミアハに持たせ、たまに立ち止まっては植物を採取していた。ルーグはその隣で槍を持って立ち、周囲を見回す。どうやら警戒しているらしいその姿はディアンの護衛らしかった。
「護衛なんて要りませんと言った筈ですがねえ……。」
ディアンは採取し終わった小瓶の中のサンプルを鞄に仕舞いながらそう言った。そんな言葉にルーグはいつもの笑顔で上官の頼みですからと言ってのける。言われたディアンは困ったものですと些か不満そうだ。
「それにしても確かにモンスターがよく顔を出しますね。」
「報告通りですねえ……帰って調べないと詳しい事が分かりませんが、どうやら植物が魔力を蓄えてきている様ですよ。いつ秋になったんですかねえ。」
「今は春ですよ、お爺様。」
「異常ということですよ。」
ディアンはため息を吐いて、歩き始める。次のサンプルでも探しているらしいその動きはふらふらとしていてどこか危なっかしい。ルーグは槍を持ち直して続き、隣に並んだ。
「それで、どうして調査を引き受けようと? 」
「ヌアダ殿の命令ですので。」
「……ふうん。」
ルーグはそれきり何も言うことなく、ディアンも何かを言い出すことなく歩き続けた。時折立ち止まるとディアンは採取に務め、ルーグはその度にぐるりと周囲を見回した。
「……おや。」
「どうしましたか。」
「嗚呼、いや、これは。」
もう何度目かの採取を済ませたディアンが焦りを滲ませた声を上げた。それを聞いたらルーグは眉を顰(ひそ)め、ブツブツと何かを呟いているディアンに何度か声をかけた。
数回彼が声を掛けると、やっと、ディアンは呟くのを止め、今度は長いため息を吐いた。
「してやられました。」
そして地面に座って右足をルーグに見せるディアンの、その足には引き裂かれたブーツの向こう、黒ずんだ傷口が見えた。
ルーグは極力その傷口に触れない様にそれを観察した。誰が見ても異常な傷には、明らかに魔力が込められていた。
「古き神の呪いです。少し採取しすぎた様ですねえ……。」
「これが……。それで、解く方法は何です? 」
「効果的なのは古き神に謝罪することですが、どうやら彼らは私達には見えないようです。この森の住民でしょうから、まあそれぐらいは出来るでしょうね。」
「他は? 」
「清らかな水があれば解けます。時間が掛かりますけど。」
「ならば水辺を探しましょう。」
そう言うとルーグは槍を背負い、ディアンへと腕を伸ばした。支えながらディアンを立ち上がらせ、歩けますよと言いながらも足を引きずる彼をルーグはサポートした。
水辺を探そうとは言ったものの、ルーグには水辺にアテがあるらしく、迷うことなく歩き続けた。ディアンはそれに大人しく続いていたが、段々と呼吸が荒くなっていく。
ディアンの体調が一気に悪くなったことでルーグに焦りが見え始めた頃、彼らは開けた場所に出た。水辺、大きな泉だった。
こんこんと湧き出ては小さな川を作り出していく泉のそばにルーグはディアンを座らせると、切り裂かれたブーツを脱がせてスラックスを捲り上げた。荒い呼吸を繰り返すディアンは何か言う気力は無いらしく、その顔は薄っすらと赤くなっていた。あつい、と唇だけ動かしたディアンに、ルーグは少し動きを止めたが特に何かを言うことなく彼を持ち上げる。すぐに水辺へと座らせると、ディアンの体を支えながら黒ずんだ傷口を水に沈めさせた。
すると、ふわり。踊ったホタルの様な光に、ルーグは語りかけた。
「この泉に住まう友よ。その浄化の力で仲間を救ってはくれないか。」
光はくるりと舞うとディアンの鼻先近くに寄ってきた。呪いにより熱を持ったディアンだが朦朧とした意識の中でもそれは感じられたのだろう。言葉を口にした。
「古の神の怒りに触れたようです。謝ろうにも私達には姿が見えない。どうか、貴方と泉の力を貸してほしい。」
ディアンの言葉に光は彼から離れ、くるくると楽しそうに揺れた。そしてふわりと消えたかと思うと、ディアンの呼吸が落ち着き始めた。ルーグは体に力が入らない彼を支えながら彼の傷口を見た。じわじわと黒ずみが取れて傷口までもが塞がって行くのを見て、ルーグもまた肩の力を抜いたらしかった。
何もいない空へとルーグは語りかけた。
「感謝する、友よ。この礼は必ず果たそう。」
言い終わるとディアンを抱き寄せ、帽子を取って草が生える地面に置いた。そうして額に手を当てて、改めてほっとした様子を見せた。どうやら熱は下がったらしい。
ディアンもまた空に礼を言ったが、彼は途中で力尽きた様に眠りに落ちた。ルーグはそんなディアンを支え、しばらくして傷口が塞がると意識の無い彼を何とか抱き上げて柔らかな草地に寝かせた。
二時間ほど経った頃。ディアンが目を開けた。空をぼんやりと見つめてから起き上がった彼に、ルーグは水筒を手渡した。それを受け取り、喉を潤してからディアンは言った。
「何とかなりましたねえ。助かりました。」
「おや、らしくないぐらいに素直ですね。」
「結構危なかったんですよ。古き神への免疫を我々は持っていないのですから。それにしても、ルーグは此処をよく知っていましたねえ……。」
「数度訪れたことがあるだけですよ。友が居るのでね。」
「先ほどの、ですか。でもあれはどちらかと言うと古きものですよ。」
「光に反応するそうですので。」
「嗚呼、成る程。」
ディアンは納得した様子を見せてから鞄を漁る。そして鞄から取り出したのは飴玉だった。
「これを礼にしましょう。」
「似合わないものを持っていましたね。」
「冒険者殿に飴玉を強請られまして。作りました。」
「それは、また、珍しい事を。」
ルーグの言葉にディアンはそうですねとクツクツ笑い、立ち上がる。泉のそばへと移動すると、泉の淵にセロファン紙に包まれた飴玉を置いた。
すると飴玉がくるりと消えたので、どうやら泉の友は受け取ってくれたらしかった。ディアンとルーグも同じ結論に至ったらしく、ほっとした様子でその場を後にした。
真っ直ぐにヌアダの元へと帰ると、採取の際に起きた事を報告し、ディアンは自室に篭った。
ディアンの自室には数多くの標本がズラリと並んでいる。そんな部屋にルーグは扉を開いて入室した。
作業スペースがある机に向かい、鞄の中からサンプルを取り出して確認するディアンの背に、ルーグは語りかけた。
「結局、古き神に謝ってませんね。」
いいんですかとルーグが笑うと、ディアンは嗚呼それですかと興味無さそうに言った。
「古き神に謝ったところで呪いを解く方法の手がかりを教えられるだけですよ。その呪いを掛けられるイコールその呪いが解ける、という事にはなりませんからねえ……まあ、今度あの森に行ったら一言言うべきでしょうが。」
「そうですか。」
そうですよとディアンは言うと、実験を始めたのでルーグは部屋を出ようと扉に手を掛けた。
しかしその瞬間にディアンが口を開いた。
「嗚呼それと……呪いの事はあまり言いふらさない様にする事ですね。」
念を押すような言葉にルーグは楽しそうに笑いながら返事をした。
「勿論です、ディアン殿。」
その至極楽しそうな様子に、ディアンは特に反応しなかったが、彼が部屋から出て行くと静かにため息を吐いたのだった。