しっとりとした古書の紙にオグマの指が触れていた。するりとページを捲るスピードは早い。
(オグマ、)
心の中で呼んで、俺は現実では黙ったまま。俺のことに、読書してるとはいえオグマは気がついているだろう。だって俺はオグマの目の前に立っているのだから。
オグマとブリギッドの家のリビングのソファでオグマは読書をしていた。ブリギッドは出掛けている。俺はオグマの前に立ってオグマを上から眺めていた。
こんな思考の最中でも古書のページを捲る音は定期的に続く。オグマは俺とは違い文武両道の神だから勉学にも長けている。だからこうやって読書するのは珍しいことではなかった。
(なあ、何か話そうぜ)
今日、俺は修行が少ない日だった。午後から用事がある師匠は午後になる少し前にさっさと帰った。俺はそれから少しだけ修行をしてから、ふと思い立って此処に来た。俺がこの家に訪ねた時はブリギッドも居たが、午後になるとブリギッドはタグザの元に修行に行った。それから俺はずっとオグマを眺めていた。俺もオグマも無言だった。
(なあ、オグマ)
何で話しかけられないのだろうか。それは俺にとって愚問なのだろう。俺がオグマを恋愛感情で好きだからだ。
(言ってしまいたい)
俺とオグマは幼馴染だし、男同士だ。この感情は本来異性間にあるものだろう。だから何だと言うやつもいるかもしれないが、俺にとっては大問題だ。オグマに軽蔑され、二度と話せなくなることだけは嫌だった。それでも、俺の中で気持ちは大きくなるばかりで。
(すきだ)
愛してるとすら思うこれは絶対に友情ではない。紛れもない恋愛感情は俺を蝕んでゆく。このままではいつか気持ちに耐えれれなくなることは分かっているつもりだけれど、言うことなんて出来るわけがない。
(あいしてる、あいしてるんだオグマ)
「どうしたクーフーリン」
「ッ!」
オグマの声に俺はびくりと震えそうになって、声にならないほど小さな悲鳴に留める。気ついていたのは分かっていた筈なのに、いざそれを明確にされると心臓に悪いことこの上なかった。
オグマは本に栞を挟んで俺を見上げた。オグマの瞳は光を反射して煌めいていた。
「あ、」
「どうした」
「いや、別に」
「そうか」
オグマは目を伏せて、隣をぽんと叩いた。そしてまた俺を見上げて座ればいいと笑った。俺はまた気持ちが大きくなったのを感じた。
「いや、いい」
「そうか。何か考え事があるんだろうが、煮詰め過ぎるなよ」
「…わーかってるよ」
「ならいいが」
俺は平常で居られているだろうか。オグマは俺が頭を悩ませているのとを察しているらしい。まあ当然だろう、一緒にいる時間が長いのだから俺の変化に気がつかないわけがない。それにオグマは察しが良いタイプだ。ブリギッドのことになると盲目的だが。ああ、ブリギッド。ブリギッドが羨ましい。オグマに無条件に愛されるブリギッドが、羨ましかった。
「なあクーフーリン」
「なんだよ」
「中国山脈に用事があるんだ。一緒に来るか」
「…行く」
オグマが微笑む。
(すきだ)
また俺はオグマに堕ちていく。
臆病者は夢を見ない
(彼は告白のその先が幸であれど不幸であれど考えたことなど無いのだ!)