実福+燭福/やさしいきみへ


 さざなみが押し寄せる。ぶわり、ざらり、福島は目を閉じている。波が大きくなっていく。間隔が広くなっていく。肌が波打つ、耳に響く。視界はどこか遠くを見ている。
 ぱんっと柏手の音。目を開く。実休と燭台切が困った顔をして立っていた。
「久しぶりに重傷負ったんだって?」
「それ誰に聞いたの、光忠」
「審神者かな。僕も聞いたよ」
「実休まで?」
 うへえと福島は嫌な顔をする。福島は手入れ部屋から出たところだ。手伝い札を使ったと近侍の獅子王が言っていたが、精神的なショックから立ち直るために手入れ部屋に閉じこもっていた。
 自分がヘマをしたから落ち込んでいたわけではない。いくら手入れで怪我が直る刀剣男士でも、大怪我をしてすぐに動けるわけがないのだ。
 しばらくは、幻肢痛のようなものがあるかもしれない。近侍の獅子王はそう言っていた。
「今日はあなたが好きな餡掛けご飯だよ」
「嬉しいな。珍しいね」
「わざわざ審神者から指定があったの。ね、実休さん」
「うん。随分と気にしてたよ」
「へえ、そうなんだ」
 ぎゅうぎゅうと実休が福島の手を握っている。夕陽が射し込む廊下を歩きながら、福島は首を傾げた。
「食堂に行くの?」
「そうだよ。とっくに夕餉の時間だからね」
「福島を待ってたんだ」
「なんか悪いね」
「気にしないで」
「僕らが勝手に待ってたんだから」
 するりと指を絡められる。福島は手を実休に預けて、進む。
「明日は晴れるかな」
「審神者の気分次第だね」
「僕は晴れてほしいな。福島はどう?」
「晴れてほしいかも」
 戦場、晴天、迫る刃、防げない。
 ああ、同じ隊の刀たちに悪いことをした。
「福島は悪くないよ」
 実休の鋭い言葉に、福島は苦笑する。
「それが正しくても、俺は変わらず後悔するよ」
「後悔だけが進み方じゃないからね」
 燭台切はそっと言う。
「忘れないこと、と、進むことは両立できるから」
 だから、忘れなくていいの。燭台切の優しさに、福島はそっと笑う。指は実休にゆるりと絡めとられたままだ。

 夕餉を食べ、同じ隊にいた大倶利伽羅と太鼓鐘に体調を聞かれたので平気だと答えた。二振りは燭台切の兄弟として、福島にも良くしてくれている。よって、守れなかったと気負っていた。大丈夫だと福島は繰り返し、二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 光忠部屋の内湯で風呂を済ませると、マッサージをする。せっせと手入れしていると、実休が不安そうに見ていた。大丈夫だってばと笑うと、実休がするりと福島の腕を撫でた。
「苦しくない?」
「苦しくないよ」
「僕は苦しいな」
 大切なひとが怪我をするって苦しいね。
 実休の言葉に、福島はそうだねと笑む。
「俺も実休や光忠が怪我したら不安になるなあ」
「やっぱり」
 そうなんだね。実休は安堵したように福島の頬に手を寄せた。軽く唇を啄まれて、福島は困る。
「今日は寝るからな」
「うん、知ってるよ」
 じゃあ風呂に入ってくる、と実休と燭台切が交代する。燭台切はすぐに福島の唇に口付けた。
「なにしてたの」
「何もしてないってば、ちょっと光忠」
 寝間着のあわいから手を差し込もうとする燭台切に、こらと福島が止める。
「今日は寝るんでしょうが」
「でも、僕も一緒にいたい」
「それは俺もだけどさあ、あ、もう、だめだって、」
「ねえ、また口吸いしていい?」
「いいよ、んう」
 深く口付けられて、福島はまだ淡く濡れたままの燭台切に縋る。
 どさりと押し倒されて、福島はダメだよと燭台切を止めた。むう、と燭台切は不満そうにしながら、ぐりぐりと胸元に額をすり寄せた。
「また三振りで寝よう」
「うん。ほら、光忠、髪を乾かそう。俺がやってあげる」
「お願いするね」
 ふわ、と楽しそうに笑う燭台切に、可愛いなあと福島は笑ったのだった。

- ナノ -