アベンチュリンとカーヴェが喋るだけ04


 カーヴェが立っている。陽炎のように不確かな男は、それでも強い煌めきを放っている。
「カーヴェさん、何してるの?」
「アベンチュリンさんか。特に何も」
 ヤリーロWの雪原を、カーヴェが眺めている。アベンチュリンは、ここ寒いなあと、カーヴェの隣に立った。
「なにか面白いものとかあった?」
「何も。ただ、僕は雪とは無縁だから、珍しく見てるよ」
「カーヴェさんの故郷に雪は降らないの?」
「降るところもあるよ。でも、僕が行くことはなかったな」
 その柔らかな目に、アベンチュリンはそうなんだと返事をする。
 彼の目には何が見えているのだろう。アベンチュリンには、深く積もった雪しか見えない。
「雪とは自然現象だろうに」
 かろく、カーヴェは口にする。
「災害とはひどく、人を困らせる」
 そうして命が消えていく。
「ただ、それでも」
 カーヴェは困ったように笑った。
「この景色は、美しさをはらんでいるね」
 アベンチュリンにはよく分からない。

・・・

 星が戻ってきて、カーヴェとアベンチュリンを連れて行ったのは下層部だ。上層部と違う、生活感と人間の強さの光景に、カーヴェは驚いていた。人が生きている。カーヴェはそう繰り返した。
「なにしてるんだ!」
「あ、モグラ党」
 星がひょいと答える。子どもたちがわらわらと動いていた。
「なんだそのとうめいなやつ!」
「これはカーヴェだよ」
「星さん、人をこれとか言っちゃいけないよ」
「その隣のはアベンチュリン」
「やあ」
 子どもたちはふうんと反応するだけだ。星が何か用と質問すると、子どもたちは口々に声を上げた。
「鉱脈! 発掘が遅れてる!」
「機械と大人たちが困ってるって!」
「クラーラのくつが行方不明!」
「ちょっと待って」
 星が止めた。
「順番に頼める? 私だって暇じゃないんだけど」
「じゃあ、クラーラの靴……」
 行方不明になっちゃったの、と子どもが沈んだ声を出した。

「靴……」
 カーヴェが呟く。星は子どもたちから靴の特徴を聞いていた。アベンチュリンが二人を見てから、カーヴェに問いかける。
「何か気になることでもあった?」
「いや、ここは靴を手に入れるのは大変そうだろう? 物資が潤沢とは言えない。だから、靴というより、いやでも、」
「うん?」
「アベンチュリンさん、協力してもらえるかい?」
 その真剣な眼差しに、アベンチュリンは貸しだよと言った。

「星さん、そのクラーラという人に会いに行きたいのだけれど」
「クラーラなら奥にいるから、私が連れていくよ。でも会ってどうするの?」
「まあまあマイフレンド! 会わせてくれるかい?」
「いいけど……」

 鉱脈の奥地。クラーラはスヴァローグと一緒にいた。星に気がつくと、ぱっと顔を明るくする。もちろん、気がついたのはスヴァローグの方が先だ。
「どうかしましたか?」
「ええと、こっちのがクラーラに会いたいって言ってる」
「こっち……?」
 そして、クラーラはカーヴェに気がつくと、目を丸くした。
「ゆ、ゆうれい?!」
「違うよ。僕はカーヴェ。クラーラさんは靴が必要かい?」
「くつ……」
 クラーラはさっと浮かばれない顔をする。カーヴェはクラーラと目線を合わせて、にこりと笑った。
「失くしたのなら、見つけるよ。でも、その間に足を怪我したら大変だ」
「え?」
 つまり、とカーヴェは笑顔で言う。
「仮の靴をプレゼントしよう!」

 星が集めている素材から布を選ぶ中、カーヴェがパチンと指を鳴らして、空中に出した鞄でクラーラの足をスキャンする。
「それ何?」
「メラックだよ」
 アベンチュリンは、分からんと首を傾げた。
 材料は布。計測は完了している。あとは。
「アベンチュリンさんの労力がほしいな」
「……貸しとは言ったけどさあ」
 靴を作ったことなんてないよとアベンチュリンは困った。

 星がモグラ党と共に、靴を探しに行く。アベンチュリンはカーヴェに細かく教えてもらいながら、布を引き裂き、工夫して、靴を編み始めた。
「すごいです……」
 クラーラは目を丸くする。カーヴェは編み物のようなものさと笑い、アベンチュリンが作業に困らないように的確な指示を出した。
「最後に、そこを結んで。できたね」
「これって、サンダル?」
「僕の住んでいたところの、砂漠地帯で軽く使うものさ」
 アベンチュリンがどうぞとクラーラに渡すと、クラーラがするりと履いてみた。
「サイズはどう? 痛くないかな?」
「痛くありません、クラーラこんな靴、初めてみました」
「あくまで仮のもので、足を守る力も、耐久性も低いから気をつけてね」
「はいっ」
 スヴァローグが三人を見て黙って頷く中、アベンチュリンは疲れたあと指を動かしていた。
「アベンチュリンさん、マッサージしようか」
「え、できるの?」
「触れないから、教えるだけだよ」
 指を伸ばしたり曲げたり、ツボを押すようなマッサージを、アベンチュリンは指示されるままに行う。おおと目を輝かせた。
「痛みがマシになってきた」
「そうだね。さて、星さんを待とうか」

 星はしばらくすると帰ってきた。手には靴があるが少し壊れている。カーヴェがふむと見つめたので、アベンチュリンは貸しがいるかいと笑いかけた。カーヴェは苦笑する。
「お願いするよ」
「まかせて」

・・・

「何してんの?」
「あ、ゼーレだ」
 クラーラの靴の修繕には、材料が足りなかった。なので居住区に来てみたら、ゼーレが声をかけてきたのだ。
「ゼーレは何してるの?」
「ちょっとした"お使い"よ。ていうか、後ろのそれ何?」
「それ? これならカーヴェだけど」
「星さん、言い方が悪いって。ええと、ゼーレさんこんにちは、カーヴェだよ」
「僕はアベンチュリンね」
「ふうん。まあいいか。ゼーレよ」
 そうだと星は言った。
「ゼーレ、丈夫な布ってどこにある?」
「丈夫な布? それってどの程度?」
「靴になるぐらい」
「靴って。それならこれを使えば?」
 ひょいとゼーレが渡してくれたのは布切れだった。
「怪我とかの時に使ってるの。これは新しいものだから、使えるんじゃない?」
「カーヴェ、どう?」
「メラック、調べて」
 ピポッとメラックが姿を現してスキャンする。カーヴェが情報を確認して、使えるよと頷いた。
「じゃあこれもらうね」
「対価が必要だろう? ええと、」
「別にいらないわよ。あえて言うなら、そっちのが気になる」
「アベンチュリンのこと?」
 星は気になるかあとぼやいた。アベンチュリンはにこりと笑う。
「僕は現在なーんにもしてないからね。"あえて言うなら"、カーヴェさんに労力を貸す予定」
「……それは大丈夫なやつなの?」
「カーヴェが交わした約束だから私は知らない」
 ゼーレは呆れた顔をして、頑張りなさいよと言ったのだった。

・・・

 かくして。クラーラの靴の修繕を行い、星とカーヴェとアベンチュリンはてってこと探索をしてから列車に戻った。

・・・

 カーヴェの部屋。アベンチュリンがカウチに寝転がっている。カーヴェは首を傾げた。
「それでいいの?」
「うん」
 教えて、とアベンチュリンが労力の対価として選んだのは、カーヴェの住むところの話だった。
「テイワットの話になるけど、面白くはないよ」
「カーヴェさんが話すなら面白いんじゃない?」
「なんだいそれは」
 どんな話をしようかなとカーヴェは少し悩んでから、静かに、これはねと語り始める。
「これは僕が出会った、瓶の中の話だけれど……」

・・・

 アベンチュリンが眠るまで、カーヴェは話を続けた。彼が眠ると、カーヴェはぐいと肩を回す。
 この陽炎のような体は、列車内では物が持てるほど実体を得られるものの、列車の外では布きれ一枚すら持てなくなる。それは今回のヤリーロWでの探索で分かったことだ。
 困るなとカーヴェは思う。アベンチュリンがいたから助かったが、これではカーヴェ一人だと何もできないかもしれない。
「というか、」
 この体はどうなっているのだろう。カーヴェは首を傾げたのだった。

・・・

「おい」
「あ、教授ー? なにしてるの?」
 列車のラウンジにいると、レイシオがやってきた。アベンチュリンはひらひらと手を振る。
「ヤリーロWに行ったのか」
「暇つぶしにね」
 星が居れば平気。そう言ったアベンチュリンに、レイシオは頭が痛いと眉を寄せた。
「はあ、ひとまずはいい。それよりも、あの陽炎はどうした」
「陽炎って、カーヴェさんのこと? 部屋にいるんじゃないの?」
「あれは揺らぎだ」
 レイシオはきっぱりと言う。
「あまり関わるな。巻き込まれる」
「もう遅いんじゃない?」
 アベンチュリンはにこりと笑った。
「僕はもう巻き込まれてる。それに、」
 ねえ、ベリタス・レイシオ。
「教授も巻き込まれるつもりなんでしょ?」

 運命が回っている。

・・・

「それで、今日の夕飯は?」
「カレーだな。おやつのナツメヤシキャンディもあるぞ!」

- ナノ -