クロスオーバー/真実と理想の獣/パルデアに異世界転移したアルカヴェの話


 その日は案外普通の日だった。朝から片付けについて議論して、新しい本を入手する話をした。アルハイゼンが家を出ると、カーヴェは後片付けをしてから仕事に取り掛かる。
 何事もない、ただの日常。
 しかし、その気の抜けた日常こそが罠に近い。
 呼ばれた。カーヴェが振り返る。ペンが消えた。メラックが飛び回る。目の前には巨大な何かがいた。ここは家ではない。暗闇の中で、それは輝く。電気を帯びた黒いドラゴン、だろうか。
 それは喋ることなく、カーヴェに触れた。それだけだった。


・・・


「ボク君たち、はよ起きい」
「っえ、」
 がばり、カーヴェは起き上がる。目線が低い。隣にはアルハイゼンによく似た子供がいた。
「あー、起きた。おはようさん。怪我はしとらんか?」
「怪我、はなにも、ええと、おねえさんは」
「チリちゃんやで。ま、ボク君たちを見つけたんは総大将やけど」
 年齢は十歳ぐらいやな。チリは緑の髪を揺らして書類を書いている。
「総大将曰く、フツーの遭難者やないってな」
「あの、僕は、」
「……っ!」
「あ! 起きたか?!」
 アルハイゼンらしき少年がカーヴェを抱き寄せる。カーヴェが十歳程度なら、アルハイゼンは八歳程度だろう。抱き寄せるというより、しがみついたように見えた。
「大丈夫、とって食ったりせえへんよ。リーグの保護を受けてもらうけどなあ。親がいないなら総大将が養子に迎えるってな」
「え、え?」
「なぜ、そこまでするんだ」
「何故? そんなん、ボク君たちが普通やないからな」
 チリはにっこりと笑った。
「総大将がキミらを有用だと判断した。やから、チリちゃんはそれに従うだけや」
 そもそも、キミら可愛いから心配やわ、と。

 ポケットモンスター、縮めてポケモン。不思議な、不思議な生き物。海に、山に、空に、彼らは自在に住まう。
「あなた方のお名前を聞いても?」
 その人は宇宙そのもののように、広い何かが見えている。
「カーヴェ、です」
「アルハイゼンだ」
「では、そのように記録しましょう」
「あなたは?」
「私(わたくし)はオモダカ。あなた方の母となります」
 オモダカは楽しそうだった。

 アルハイゼンとカーヴェはオモダカの持ち家の一つに身を寄せた。小さな屋敷だった。リーグが近いため、チリが管理ついでに暮らしているらしい。
「身の回りのことは自分で出来るな、よし。あとは、ポケモンについてなんも知らんの?」
「はい」
「……」
「うーん、基礎知識がないとアカデミーにも入れんし……チリちゃんが何とか教えたるわ」
 チリは先生役を買って出た。暇があれば、ポピーやハッサクやアオキといった四天王とやらもアルハイゼンとカーヴェにポケモンについて教えてくれた。特にハッサクは教職員でもあるらしく、とても分かりやすく教えてくれた。
 初めてのポケモンは何がいいか。周囲の意見は割れていたが、ポケモンを用意する当の本人たるオモダカは微笑みを浮かべるのみだった。

「カーヴェ、どこだ」
「ここだよアルハイゼン! 見てくれ、この子はとても美しい!」
「オリーヴァだな。屋敷に潜り込んだのか」
「綺麗だなあ。ほら、おいで」
「不用意に近づくな」
「でも、」
 オリーヴァはすたすたと進む。屋敷の庭から出ていったオリーヴァに、カーヴェは残念そうにする。
「なあ、初めてのポケモンは何だろう」
「オモダカがもう用意しているだろう」
「きみねえ、気にならないのかい」
「彼女の判断に間違いはない」
「そうだろうけれど……」
 いつだって、オモダカは優しく見守っていてくれている。屋敷で何が起きても、彼女は深く追求しない。神の目がアルハイゼンとカーヴェの元にあり、それを使っていても何にも言わない。四天王たちは、あまり使わないようにと言い含めてきたので、この世界に神の目はほとんど無いのだろうと、アルハイゼンとカーヴェは議論している。

 そして、アカデミーへの入学が迫った頃合い。オモダカがモンスターボールを一つずつ、アルハイゼンとカーヴェに渡した。
「きっと、仲良くなれます」
 ボールを投げる。出てきたのは、ガーディとロコンだ。アルハイゼンにはガーディ、カーヴェにはロコンだった。どちらもほのおタイプのポケモンである。
「ガーディか」
「わあ! ロコン、きみはとても綺麗だ!」
「気に入っていただけましたか」
「はい!」
「何故、このポケモンたちを俺たちに?」
「きっと、相性が良いと思ったので。ガーディは従順なポケモンです。ロコンは永くを生きる。その子たちと仲良くできますね」
「きっと、できます! な、アルハイゼン!」
「決めつけるな」
 ふふと、オモダカが笑う。そして、封筒を差し出した。
「アカデミーへ入学するための書類です。よく確認してくださいね」
「はい!」
「分かった」
 それではまた後日。オモダカはそう言って仕事に戻った。見守っていたチリが、ほのおタイプかと頷く。
「ブルーベリー学園にほのおタイプ専門の強いトレーナーがおったな」
「そうなんですか?」
「ま、とりあえずアカデミーで勉強するんやで。さて、今日はお祝いに腕によりをかけて夕飯を作ったろか!」
「僕も、」
「アルハイゼンとカーヴェはアカデミーの用意な。ガーディとロコンの世話の仕方も勉強しとき。その類の図鑑なら図書室にあるやろ」
 チリはさっさとキッチンに向かう。アルハイゼンとカーヴェはぱちんと目を合わせてから、ガーディとロコンを連れて、てってこと図書室に向かった。

 ガーディは常にまじめにアルハイゼンの横にいる。どうやらアルハイゼンを主人と認めているらしい。オモダカから言われたのかとアルハイゼンが問いかけると、ガーディはわふわふと答えた。
 ロコンはカーヴェの後ろをしんちょうに歩く。少し引っ込み思案らしいロコンに、カーヴェは辛抱強く付き合っていく。

 アカデミーへの入学は、もうすぐそこだ。


・・・


おまけ

アルハイゼン
・背丈は同年代より低め。
・推定八歳。
ガーディ
・まじめな性格。アルハイゼンに従順。

カーヴェ
・背丈は普通。細身。
・推定十歳。
ロコン
・しんちょうな性格。引っ込み思案。

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