極楽鳥の楽園本丸

※殆ど小ネタまとめです。
※チュートリアルRTA(違)


 その日のカーヴェは酒場から帰っていた。珍しく一杯のみで済ませて、会計もちゃんとして。カーヴェは上機嫌で帰路に着く。ルームメイトのアルハイゼンはおそらくもう寝ているだろう。ふわふわした感覚を楽しみながら、ゆっくりと歌う。口遊むのはなんて事のない民謡だ。スメールにも僅かばかり残っていたそれをカーヴェは辺鄙なところに住む人々から教わっていた。幸い、記憶力に自信はある。歌いながら、歩いて、歩いて。ふっとドアが見えた。明かりがついている。
 起きてるのか?
 カーヴェは不思議に思いながら、鍵を使って、扉を開く。おかえり、と声がした。ただいま、と返事をした。眠そうなルームメイトが本を読んでいた。いやそこまで眠いなら寝ろ。カーヴェはそう言いながら、家に入ろうとして。
「ここにいらっしゃいましたか!」
「「は?」」
 アルハイゼンが慌てて立ち上がる。カーヴェはすとん、と腰が抜けたように座り込む。目の前には座る狐のような"何か"がいた。
「さあさ今宵は満月にてございます!」
 月とは、陰であり、最も明るい夜の照明だ。
「カーヴェ!!」
「あ、」
 視界が、回る。

 淡い光に満ちている。カーヴェはそろりと目を開いた。桜だ。カーヴェは今、桜の木の下で寝ていた。穏やかな光の中で、カーヴェは起き上がる。
 ことこと、足音がした。
「お目覚めましたか」
「あー、うん」
「私はこんのすけといいます。審神者様のサポートを行います。主に政府との連絡用にはなっていますが」
「そう、こんのすけか」
 で、とカーヴェは赤い目でこんのすけをじっと見た。
「ここは何処だい?」
「本丸でございます」
 ああそう。カーヴェはそこそこ広い平屋の屋敷を眺めながら思った。

 歴史修正主義者。彼らは望まぬ歴史を改変し、都合の良い未来を思い描いている。
 彼らは遡行軍を各時代に送り、歴史改変を試みる。
 それを止めるは数多もの審神者が束ねる、刀剣男士。
 刀の付喪神と呼ぶ、妖怪でも神ともつかぬ、それでも道具である、心を持つ者たちだ。

「すまない。何も分からない」
「審神者様は別世界ご出身ですからね!」
「は? ここはどこなんだ?」
「日本です。ただ、本丸の座標は詳しく言うと時間と空間の狭間にあります。何せ、戦の拠点の一つですので」
「戦争?」
「そういうことです。
 そうか。
「帰らせてくれないんだろう、どうせ」
「よくお分かりで! こんのすけは嬉しいです!」
「よく言う。それで、僕はどうすればいいんだい? どうすれば帰れる?」
「さあ? でもとりあえずはチュートリアルです!」

 カーヴェは審神者の執務室だという場所に案内された。屋敷の中はしっかりとした作りになっている。十数人ならすぐにでも住めそうな平屋だった。稲妻の屋敷に似ているかもしれない。
 審神者の執務室は簡素なものであった。刀の数が増えたらすぐに改築をお勧めしますとこんのすけは言う。
「では、まずは審神者名を登録します。本名以外ならなんでも受け付けます」
「本名はダメなのかい?」
「はい。名前は個人情報と共に、呪いの対象として定着しやすいものです。隠しておいたほうが良いでしょう」
「ふうん。じゃあ極楽鳥で」
「了解しました」
 審神者さま、色鮮やかで綺麗ですからねと、こんのすけはぽちぽちと画面を操作していた。カーヴェとしては、まあ星座だしなという気持ちである。
「次に始まりの一振り、通称初期刀をお選びください」
「しょきとう? 刀?」
「はい」
「ああ、刀の付喪神で刀剣男士だったか。選ぶのはいいが、何も分からないぞ」
「直感でどうぞ」
「この布の子にしよう」
「了解しました」
 こんのすけが画面を操作した。ふわりと、刀が現れる。畳の上、カーヴェはその刀の鞘を見ながら言う。
「で、どうすればいいんだい?」
「励起をお願いします」
「それはどうすれば?」
「審神者様それぞれで違いますので……」
 個人差と言われたらもうどうしようもない。カーヴェは遠い目をした。とにかく、諸々を終わらせて帰りたい。そっと手を伸ばす。触れた鞘は冷たい。それを恐る恐る持ち上げる。重たかった。カーヴェは膝に刀を乗せると、そっと優しく撫でた。
「おいで、僕の元へ。どうか、迷わないように」
 ぶわっと風が巻き起こる。光が放たれる。目を開けていられない。桜が、舞う。
 全てが収まると、カーヴェは閉じていた目を恐る恐る開いた。そこには、薄汚れた布をかぶった、少年がいた。目が、あまり見えないのに、やけに鋭く見える。
「××××××」
「……えっ」
 言葉が分からなかった。

「こんのすけ! 僕、言葉が分からないんだけど?!」
「あ、おそらく異世界モノです」
「なんだそれは!!」
「こんのすけはどのような世界の出身の審神者であれ、人外審神者であれ、意思疎通が可能のようになっていますが、刀剣男士様はそうはなってませんので。いや大体は審神者様の霊力で励起しているからには普通は通じると思います知らないですけど」
「君がアテにならないことは分かったぞ」
「ひどいです!」
 ああと、カーヴェは困る。そして、こんのすけに言った。
「とりあえず、彼に挨拶がしたい。こんのすけが通訳してくれ」
「ええ?」
「ともかく、チュートリアルは終わらせるから、それが終わったら言葉の勉強をさせてくれ。じゃないと僕は何もできないぞ」
「それは大変なので覚えましょう」
 その間、布の彼は訝しげにカーヴェとこんのすけを見ていた。


・・・


 励起、光の中、収まると、人がいた。金糸のような髪と、真っ赤な柘榴石のような目。異国人だろうか。それにしても、この色味はあり得ないのではないか。そんなことを考えつつも、名乗る。だが、青年はぽかんとしていた。
 こんのすけと何やら話しているが、会話が分からない。言語が違う場所から審神者になるために連れて来られたのだろう。厄介な。山姥切国広は眉を寄せた。
「ええ、山姥切国広様。こちらは審神者名、極楽鳥様です。で、極楽鳥様。こちらは山姥切国広様です。呼び方については細かい問題がありまして、え? 愛称?」
「おい、どういうことだ」
「いえ、あの、審神者様が名前を呼びにくいから愛称でも呼んでいいかと」
「……例えばどんなものだ」
 ろくでもないだろう。そんなふうに言えば、何も通じてない筈の審神者がゆるりと口を開いた。
「きぃくん」
 はっきりと、日本語として聞こえた。審神者はいたずらっ子のように笑っていた。出会ったばかりの存在に愛称で呼ばれるなど、いい気分ではないはずなのに、どうしても体の真ん中がぼわりと温かくなった気がした。


・・・


 チュートリアル戦闘および手入れのやり方であるがして。
「こんなの聞いてないぞ?!」
「手入れを体験していただくためですので」
「ああもう! きぃくん大丈夫か?!」
 カーヴェは山姥切国広をなんとか支えながら、こんのすけの案内で手入れ部屋に向かった。
 あとは資材やらなんやらを用意して、寝ておけば直るらしい。今回は手伝い札ですぐに終わらせることだったが、カーヴェにとってはものすごく辛かった。そもそも人が怪我をすること、が好きではないのだ。ルームメイトでも、友人たちでも、きっと、刀剣男士であっても。
 俯いて山姥切国広が手入れ部屋の戸を開くのを待つ。するりと、彼は戻ってきた。
「……××××」
 ああ、何も分からない。だが、山姥切国広が心配そうに見てくれたから、カーヴェは大丈夫と微笑んだ。


・・・


 鍛刀のチュートリアルも行うらしい。でも実際に自分の刀になるらしい。何が何だかと思いながら、最低値で鍛刀する。
 現れた刀を手に、呼び起こす。桜と共に現れたのは青い髪の小さな男の子。
「……××××」
「審神者様、こちらは小夜左文字様です」
「ちょっと待て、こんなに小さな子が戦場に行くのか?! きぃくんでもギリ許容できないんだが?!」
「刀剣男士なので身体能力に問題はありません」
「そういう問題ではないだろう!!」
 小夜が不安そうにカーヴェを見上げていた。カーヴェはとりあえずと苦笑する。
「大丈夫。僕が君を育て上げよう」
 傷は治す。だから、生きていればそれでいい。

「一部隊は六振り。内番は基本のものだけで六振り。近侍は一振り。ですねえ」
「じゃあ後六振りは鍛刀したい。資材としては足りるか。出来れば大人の姿をした刀剣男士が三人ほどいると僕の精神衛生上助かるんだが」
「さにわねっとわーくによるレシピはこちらです。ですが、結局は運です」
「僕に運は無いだろ! 無茶を言わないでくれ!」
「そういう仕様なんですよお!」

 というわけで誰一人言語の疎通が出来ない中、カーヴェは鍛刀を行った。

短刀、愛染国俊
短刀、乱藤四郎
脇差、鯰尾藤四郎
打刀、加州清光
太刀、獅子王
太刀、髭切

 である。見た目が大人なのは髭切だけであった。
「審神者様も見た目だけなら未成年でも通せますよ」
「全く嬉しくないな」

 とりあえず生活に慣れるためにとまずは部屋割りをする。と言ってもカーヴェはすでに決めていた。
「とりあえず、見た目と中身の年齢は一致しないんだな?」
「そうです!」
「だったら一人一部屋だ。小さくても必ずプライベートスペースは必要になる」
「わかりました。そのようにお伝えしますね」
「ああ。また刀剣男士が増えたりして、改装したら部屋替えするだろうから深く考えないでほしい」
「ではそのように!」

 かくして、木札にそれぞれが名前を書いて、本丸に散り散りになったのだった。部屋の前に木札、つまり表札を置くと、本丸の地図にふわりと名前が浮かぶ。カーヴェには読めないが。
「おや」
「ん? こんのすけ、どうしたんだい」
「いえ、髭切様が、審神者様の私室に近い位置をお選びになったな、と」
「それが何か問題なのかい?」
「問題はないのですが、審神者様に近い部屋を選ぶ刀は審神者様に友好的なことが多いので……髭切様はどちらかというと掴みどころのない個体が多かったような、と思いまして」
「ふうん。まあ、そういう個体ってことか。個体とは何だい?」
「本丸の個体差と言われたりします。審神者様事に刀剣男士の皆様も少しずつ差があるのです」
「なるほど」
 カーヴェは納得して、さて夕飯を作ろうかと台所に向かった。

 トントンとカーヴェは夕飯にカレーライスを作る。食生活も稲妻に近いようだ。
 刀剣男士たちが寄ってきて、何やら観察している。一生懸命話しかけてくれる彼らに、カーヴェなりに返答しながら、調理を進めた。
 皆でカレーライスを食べると、風呂は鯰尾様が整えたそうですとこんのすけが報告してくれたので、鯰尾を見てありがとうと笑った。

 風呂も終わり、カーヴェは私室に向かう。屋敷の地図は頭に入っていた。一人で歩いていると、すぐに私室の前に着く。戸を開くとまだ布団と机ぐらいしかない室内だった。まあいいかと、カーヴェは部屋から外を見る。月は明るい。満月より少し進んでいた。
「こんばんは、今代の主」
「こんばんは、髭切」
 何気なく返事をして、お互いに驚く。会話ができたのだ。
「え、何でだ?!」
「夜だからかな? うーん、分からないけど、とにかく話せて嬉しいよ」
「僕も嬉しいぞ。髭切は思ったより温和そうなんだな」
「どういうことだい?」
「こんのすけが、掴みどころの無いことが多いって言っていたから、気難しいのかと思っていたよ」
 カーヴェが笑うと、髭切はそうなんだねと不思議そうだった。
「僕は僕。髭切という僕は変わらないよ、きっと」
「個体差は大元あってこそ、か」
「そうなるね。にしても、主は不思議な色味をしてるなあ。よく顔を見せて」
「構わないよ、おいで」
 髭切が近寄ってくる。カーヴェはそんな髭切を見上げた。くいと顎から耳を包まれる。くすぐったいと笑うと、髭切は嬉しそうに笑った。
「うん。君はとびきり綺麗だね」
「ありがとう。髭切も綺麗なひとだね」
「僕は刀剣男士だよ。人じゃない」
「む、そうか。難しいな」
「簡単な事だよ。僕らは人じゃない。それだけ」
「分かるような、分からないような。努力はしよう」
「そうしてね」
 髭切はそうして、カーヴェと並んで縁側に座り、明日も晴れるといいな等と話したのだった。


・・・


 朝である。カーヴェは朝食を作る。相変わらず、刀剣男士たちの使う言語が分からないし、逆もまた然りらしい。しばらくは言語の勉強会となるかもしれない。
 昨日の夜に話せた髭切とも、話せなくなっていた。

「勉強会の前に教材を作りましょう」
「じゃあ僕の方は僕が作るよ。刀剣男士側はきぃくん中心でよろしくな」
 何となく食事中もまとめ役になっていた山姥切国広を指定すると、彼は目を逸らしてなにやら言っていた。少し気恥ずかしいようだ。

 教材をすぐに作り終える。カーヴェは人に物を教えることもあったので、要領は心得ていた。

 外を眺めていると、髭切が歩いてきた。彼はにこにこと笑いながら、カーヴェの隣に座る。
 何を話すわけでもない様子なので、そのまま、カーヴェは外を眺めていた。刀たちの笑い声が、聞こえてくる。穏やかな午前だった。

 かくして、教材を使った勉強会を午後に始めた。こんのすけが先生となって、進める。カーヴェは真面目に学んだ。
 結果。
「きぃくん」
「山姥切国広だ」
「さいしょにこたえてくれて、ありがとう」
「……嗚呼」
 短い会話ならできるようになったのだった。


・・・


 夜である。カーヴェはまた縁側を見ていた。とんとんと、足音がする。振り返ると、山姥切国広がいた。
「きぃくん。こんばんは」
「こんばんは。主、その、言葉が」
「夜になると会話できるみたいだね」
 不思議な現象だと笑えば、山姥切国広は困った顔をした。
「良い傾向とは思えないが」
「だとしても、どうしようもないだろう?」
「せめて、御神刀がいれば」
「それは何?」
「神としての役割が強い刀たちだ」
「そうなんだ。明日、こんのすけに聞いてみるよ」
「そうしてくれ」
「きぃくんは最初に怪我をしたね。もう体は平気かい?」
「平気だ。刀剣男士だから、手入れで全快する」
「そういうもの?」
「そういうものだ」
「分からないな。難しい」
「徐々に慣れればいい」
「ふふ、きぃくんは優しいな」
「優しいわけじゃない」
「そうなのかい?」
「俺は俺だ。それだけだ」
「うん。人は人でしかない。他者と自分は別物さ」
「あんたは、線引きがうまいな」
「そうかな?」
「俺には、まだ、難しい」
「いつかできるようになるさ」
「刀剣男士なのに?」
「刀剣男士だとしても」
 カーヴェが笑うと、山姥切国広は困った顔をしていた。
「しかし、こうして夜の間だけ話せるのなら、当番を作らないとゆっくり話せないだろう」
「そういうものなのかい? だったら当番を作ろう」
「ああ、そうしてくれ。無用な争いは避けたい」
「大袈裟だな」
「あんたと話せることは、刀にとって、とても得難いものだ」
「そうなんだね」
 肝に銘じておくよ。カーヴェは言った。


・・・


 午後の微睡み。獅子王は机に向かっている。隣では、髭切もまた教材を眺めていた。
「勉強会が続いてんなあ」
「そうだねえ。審神者のところの言葉は難しいね」
「そうだな」
「そうだねえ、獅子兄さま」
「……なあ、俺を兄呼びはやめてほしい」
「ええ? 獅子王なんでしょう? ほら、僕は獅子ノ子だったし」
「それに兄呼びは関係ないし、膝丸が聞いたら倒れそうだからやめてほしい」
「ダメなのかい?」
「ダメだ」
「個体差……」
「無理があるよな?」
 全くと獅子王は審神者の世界の文字を書き写す手を止めた。
 武芸に秀でた老齢の主を持っていた獅子王は、何事にも慣れた様子だった。髭切は感覚では分かるものの、うまく形にするのが苦手だった。互いにそういう個体ということである。
「そういや会話当番だっけ、決まったな。明日は俺か。どんな話ができるかな」
「あの審神者なら、きっと何でも聞いてくれるよ」
「基本的に人の話を聞いてるもんな。主はこっちの言葉、ほとんど分かるようになったみたいだし」
「僕らも歩み寄らないとね」
「おう!」
「ふふ、獅子兄さまは元気だねえ」
「だから俺は髭切の兄じゃない!」


・・・


 カーヴェの私室の前。カーヴェが縁側に座っていると、小夜がやって来た。今日の会話当番である。
「こんばんは、小夜」
「……こんばんは、です」
 隣にお座りとカーヴェが言うと、ちょこんと小夜が座った。
「あの、」
「なんだい?」
「あなたは、優しい声を、しているんですね」
「そうかい? 普通だよ」
「その普通を、人はなかなか、持てないので」
「そうなのかな」
「あなたは、」
「うん?」
「あなたは復讐を望みますか」
 小夜の言葉に、カーヴェは返した。
「君が望むのなら」
 小夜の目が丸くなる。カーヴェは言った。
「君が望むように、僕は手助けしよう」
 それがカーヴェの在り方なのだから、と。


・・・

極楽鳥の楽園本丸

初期刀:山姥切国広(きぃくん)
初鍛刀:小夜左文字

短刀:愛染(初)/乱
脇差:鯰尾(初)
打刀:加州(初)
太刀:獅子王(初)/髭切(獅子王を獅子兄さま呼び)
大太刀:
槍:
薙刀:
剣:


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