蛍とガイアとパイモンは冒険者協会で仕事を請け負って走り回っていた。ガイアは蛍の旅に同行したらいつもこうなので覚悟している。文句は言わず、手伝った。もちろん報酬の一部はガイアが受け取る。
 鍾離先生はなかなか見つけられない。なんか今回すごいすれ違う。蛍は首を傾げた。心当たりを依頼の合間に走り回る。ガイアも律儀に着いてきた。
 冒険者協会で新しい依頼を見つける。やけに羽振りの良いそれを、蛍は迷わず受けた。
 ガイアと共に準備の買い出しをしていると、声をかけられた。パイモンがげっと蛍の肩元で飛んでいた。
「よっ、相棒! ガイアさんも久しぶり!」
「あ、タルタリヤ」
「よう。倒れそうに元気そうだな」
「あははっそう見える?」
「すげー隈だぞ!?」
「でさあ相棒」
「とりあえず寝たら?」
「寝る暇がない」
「忙しいんだ」
「まあね。で、ちょっと付き合ってくんない?」
「戦う暇は私たちにもないんだよ」
「残念! じゃなくて、忙しいかあ……今はどんな依頼?」
「えっと、先日壊滅した商隊から、妹の遺品を持ってきてほしいって」
「先日って……もうとっくに荒らされてて、遺品なんてないんじゃないの?」
「俺もそう思うぜ」
「うん。でも、内容にしてはやたらと報酬が多いんだ」
「そうだぞ! なんか依頼人が知ってるかもしれないぞ! 聞きにいくんだろ?」
「うん。パイモン正解」
「ふーん」
「何かあったの?」
「いや、その商隊の積んでた荷物に、あー、うちの荷物があって」
「取り戻したい?」
「いや、それはいらない。でも、うーん。着いてっていい?」
「おいおいタルタリヤ、それはつまり別用なんだな?」
「相棒に相談したくてね。仕事じゃ無くて、個人的な気になる事だし、ガイアさんも聞いていいよ。ま、道中で話すからさ」
「そっか。」
 そうして蛍とパイモンとタルタリヤとガイアで依頼人を目指した。

 その人は璃月港で小さな露天を開いていた。置いてあるのは野菜ぐらいだ。特徴は、店主の傍らに飴玉の瓶がある事だろうか。あれは、売り物か、非売品か。
「あの、」
「ああいらっしゃい。こりゃまた大勢だ。野菜がお入り用かい?」
「違うぞ! 依頼を受けたんだ!」
 依頼。そう聞くと商人はさっと顔色を変えた。タルタリヤも、ガイアも目に入らないのだろう。蛍とパイモンだけを見て、震える声を出した。
「あの依頼か? そうだろう、俺はそれしか出してねえ」
「おう! 妹さんの遺品がほしいんだろ?」
「あの、すごく報酬が多くて、驚いたんです。何か、他にも知ってるのかなって……」
 商人は蛍たちを見た。
「腕が立つお人なんだな? 後ろの、男の人らもそうなんだな?」
「はい」
「ああ、いい、別に、依頼をすっぽかしたっていい、なんなら報酬は今払う」
「えっ」
 蛍は目を丸くした。パイモンは何言ってんだと騒いでいる。黙っていたタルタリヤとガイアは眉を寄せた。
 どさりと、蛍の前にモラの袋が置かれた。報酬の、全額。とてもじゃないが、露天を開く男が持っている量ではない。
「俺は裕福じゃねえ、これは、与えられたようなもんだ。身の丈に合わねえ。でもあの人の優しさだ。頼む。あの人の優しさをちゃんと使わせてくれ」
「どういうことなんだ?」
 ガイアがひょいと商人と目線を合わせた。商人はガイアの言葉に、もしやと口にした。
「兄さんは、モンドの人かい?」
「ん? まあそうなるが」
「あの人もモンドの人だと言っていた。モンドの冒険者だって」
「へえ、この情勢で?」
 タルタリヤが口を開く。ガイアも同意だった。蛍はじっと商人を見ている。
「俺はあの人のことをモンドの冒険者としか知らねえ。ただ、そうだ依頼……先日、と言ってももうちょっと前になるが、商隊が一つ壊滅しただろう」
「らしいな。冒険者を連れてなかったのかい?」
「違うぜモンドの兄さん。ちゃんと雇ってた。でも、やられた」
「位置は分かりますか」
 蛍がさっと地図を開く。商人は震える手で、場所を指差した。よくある交通のルートだ。蛍は目印をつけた。
「そのモンドの冒険者さんは、なんで大量のモラを? 与えるなんておかしな話だぜ」
「俺もおかしいと思う。でも、冒険者さんは"等価交換"だってさあ」
「等価交換?」
 パイモンが首を傾げた。蛍は目を細めた。
 商人は思い出すように語る。

ー「これは"等価交換"です。あなたに痛みを与えた。身に合わない願いを持たせた。肉親の死という、身を引き裂くような心の痛みを与えた。希望なんてものを、持たせた」

ー「本当は飴玉を買う口実も、いけないことです。でも、どうかそのモラを、私の、不躾な、あなたの決意を踏み荒らしたことへの対価として、お受け取りください」

「それはまた、変な話だぜ」
「変な冒険者だね」
「んー、なんか引っかかるぞ? なあ旅人、旅人?」
 蛍は真剣な顔で指を顎に当てていた。そして、商人に何かを聞こうとして、口を閉じた。
 パイモンだけではない。タルタリヤもガイアも、きょとんとしていた。
「俺から話せることはこんだけだ」
「……あの、隣の飴玉の瓶は何ですか?」
 蛍が言った。何の話だ。三人は首を傾げた。
 商人はああと、寂しそうな顔をした。
「これはそのモンドの冒険者さんのためさ。あの人はたまに飴玉の瓶を、買って行く。子どもらに、配ってるんだろうな」
「子どもたちに?」
 タルタリヤが聞いた。商人は言う。
「いつも、あまり裕福じゃねえ地域の子どもらと来るよ。きっと、お使いだろうなあ。優しい人だ、本当に」
「ふうん。どんな人なの?」
 タルタリヤがそう問いかけた瞬間だった。
「行こう」
「えっ、相棒?!」
「どうしたんだ旅人!」
「お、おい?」
 旅人が走り出した。タルタリヤもガイアも、パイモンも走って追いかける。
 蛍が人の合間をすり抜けて走る。走る。途中で、人が蛍を止めた。
「うん? 急いで、どうしたんだ?」
 鍾離だった。
 タルタリヤが鍾離先生と呼び、ガイアもまた呼ぶ。パイモンは、あっと手を口に当てた。
「旅人、良かったな。やっと鍾離先生に会えたぜ」
「え、何? 探してたの?」
「うん? また旅か? 同行するぞ?」
 その言葉に、申し出に、蛍はキッパリと言った。
「この依頼の後で会いにいくよ」
「何言ってるんだ、旅人。ずっと探してただろ」
「今はダメ」
 その言葉に鍾離がすっと目を細める。
「何故だ?」
「ダメなの、ごめんなさい」
「理由を教えてもくれぬのか?」
「急いでるの」
「さっきの依頼に期限はないぜ?」
「急いでるんだよ」
「相棒? なんか……」
 タルタリヤが戸惑う。鍾離と蛍を交互に見ていた。鍾離の纏う雰囲気がやや変わった。
「何故拒絶するのか、聞いても良いか」
「拒絶じゃないよ」
「然し、俺としても気になる。旅人とは良い友人だと思ったんだが……」
「今は…….」
「ならば今受けているのはどのような依頼なんだ?」
「それは……」
 口を閉ざした蛍に、ガイアが代わりに言った。
「先日、一つの商隊が壊滅したらしい。その商隊の跡地から妹の遺品を持ってきてほしいって」
「ガイア?!」
 パイモンが慌てる。
「ふむ。その跡地とは?」
「かなり距離があるよ。ねえ、相棒。鍾離先生を連れて行った方が道中の戦闘が楽じゃない?」
「……」
 蛍は黙って鍾離を見上げた。鍾離はうん?と首を傾げる。しばらくの視線の交差。鍾離の目は、優しかった。
「……ついて行こう。助けになりたいのだが、良いか?」
「……うん」
 蛍はとても、悲しそうだ。そんな蛍に、鍾離は言う。
「あまり悲しまないでおくれ。俺が何かしたか?」
「何もしてないよ」
「そうか」
「ごめんなさい。今は話せないの。とにかく、行こう」
 蛍はしっかりとした足取りで、歩き始めた。タルタリヤとガイアと鍾離はちらりと目を合わせる。蛍の様子は尋常ではない。あの、数々の難題を解決してきた、強く、したたかで、信頼できる少女が。
「こうして見ると、ただの少女だな」
 鍾離が歩きながら、誰に言うわけでも無く、言った。

 目的地に着いた頃には夕方だった。道中の敵は強く、四人での戦闘は正解だろう。ただ、三人の男性たちは首を傾げる。この道中を、モンドの冒険者とやらが一人で通ったのか? 敵を無視したとしても限界がある。最近の敵は各地で強くなっている。なのに。
 目的地に一番に着いたのは蛍だ。すぐに男性陣とパイモンも辿り着く。そこは、凄惨な被害が"そのまま"残っていた。
「敵がいないね? 例のモンドの冒険者が借り尽くしたのかな。相当な手慣れなのかな?!」
「タルタリヤ、落ち着け。でも、凄いぜ、これは……鍾離先生? どうしたんだ?」
 鍾離は商隊の犠牲者たちに近寄る。一人の前屈むと、花を手にした。
「それってキクだっけ?」
「ほお、随分と立派な花だな。大輪の、真っ白な……」
「いや、これはな」
 鍾離がそっと白いキクをくるりと手の中で回す。すると、キクはふわりと丸い白いものに変わった。ふわふわと浮くそれに、タルタリヤとガイアは目を丸くした。
「えっ、ちょっ、鍾離先生何したの?!」
「これは、どういう……旅人?」
 パイモンがそっと旅人に寄り添っていた。旅人は無言で犠牲者たちの上にのせられた花を見つめていた。そして、歩き始める。遺体の隙間を歩いて、目的の遺品を探す。女性の遺体があった。最期の顔は痛みの顔だった。顔つきは依頼人の商人とよく似ていた。女性の髪留め。そっと取り外すと、立ち尽くす。
「なあ旅人、これって」
「うん、パイモン」
「だよな。そう、だよな」
「そうだよ、パイモン」
「じゃあ、ここに来たのは」
「そうだね」
 パイモンは痛ましい顔をして、蛍に抱きついた。蛍は抱き返さない。遺品を手に、俯いていた。
 そして、しばらく経った。くるりと振り返って、男性陣の元に戻ってきた。そして、鍾離に言う。
「鍾離先生、それを白い菊の形に戻して」
「……これが何なのか分かるのか?」
「えっと、相棒、鍾離先生、どうしたの?」
「一体、何なんだ」
 鍾離は屈んで白い球体を手の上に乗せたまま言った。
「これは魂のかけらだ」
「魂のかけら?! えっ何それ?!」
「己の魂を取り出し、一部を砕き、花の形にし、弔いにと捧げたのだろう」
「そんなことできるのか?」
 俄かに信じがたいが。そんなガイアの言葉に、鍾離は言う。
「普通はできないな。少なくとも、人間には」
「じゃあ誰ならできるの?」
「ふむ。魔神か、仙か、もしくはすでに死んだもの、か……」
「鍾離先生、花に戻してください」
 蛍の固い声がした。ほんのりと怒りが滲んでいた。鍾離は素直に花の形に戻すと、遺体に置いた。
「旅人……教えてくれぬか」
「相棒?」
「……なあ鍾離先生、つまり人じゃないんだな?」
 ガイアが確認した。鍾離は不思議そうに、そうだなと肯定した。そして、ガイアは真逆と眉を寄せた。
 パイモンが、言った。
「なあ、旅人……」
「オーブランだよ」
 はっきりと、蛍は口にした。
 それに反論したのはガイアだ。
「確かにオーブランは人外だと聞いたし、そうだろうと確信もできる。でも、オーブランならここまで来れないぜ? だって彼女は戦えないだろ」
 タルタリヤがオーブランって誰と首を傾げる。鍾離は静かに話を聞いていた。
「オーブランは……」
「パイモン」
「でも! オイラたちが今、教えないと」
「いいの。オーブランはきっと、今は静かに、穏やかに過ごせてるよ」
「だとしてもだぞ! やっと鍾離をPTに組み込むこともできたんだぞ?! だったら!」
「パイモン。それでも、私はまだ、もう少し、オーブランに優しい時間を過ごしてほしい」
「旅人……」
 蛍の声音にふむと鍾離が口にした。
「愛しているのか」
「違う!!」
 蛍が声を荒げた。ありえないことに、タルタリヤと鍾離が目を丸くする。ガイアがあーあと手を額に置いた。
「愛じゃない。恋愛じゃない。これは友愛なの」
 それは鍾離に言うようでいて、自身に言い聞かせるようなものだった。パイモンが代わりに控えめに言う。
「オーブランは恋愛嫌いなんだぞ。だから、恋愛なんて言っちゃダメなんだぞ」
「そうか」
「えっ、えっ?」
 タルタリヤが戸惑う。ガイアはもう何も言わない。鍾離は蛍の隣まで歩いた。そして、手の中の遺品を見る。
「紅玉か」
「そうみたいだね」
「女性らしい、装飾品だ」
「そうなのかな」
「きっと、あの商人は喜ぶだろう」
「うん」
 蛍はそうして、言った。
「今日は壺で寝よう。もう夜だし、皆、いい?」
「構わんぞ」
「いいけど……」
「ああ、そうするぜ」
 そうして、塵歌壺へ入った。

「えーっなにこれ」
「ほう?」
 そこは、タルタリヤと鍾離が以前来た時とは様変わりしていた。稲妻風の立派な屋敷が建っていた。庭に当たる場所は様々な花が咲き乱れ、木が植えられ、椅子や机もいくつか設置してある。
「夕飯作るね。出来たらパイモンが呼びにいくよ」
「任せろ!」
 好きに過ごしててね。そう言って、蛍は屋敷に入った。圧倒されつつ、タルタリヤたちは屋敷内へと続く。中も稲妻風だ。だが、どこかモンドの面影も見える。というか、各国の調度品が奇妙に馴染んで置いてあった。
 蛍は台所に向かった。鍾離が、ふむと歩き始める。タルタリヤとガイアも続いた。
「これはまた、立派な屋敷だな」
「ねえ、ガイアさん。ここってなんか、負荷ってやつ無かったの? これじゃまるで」
「オーブランが来てからだぜ」
 ガイアの言葉にタルタリヤは目を丸くする。
「またその、オーブランさん? 何者なの?」
「さあな」
「ふむ。部屋があるな」
「あ、鍾離先生、そこは旅人とパイモンとオーブランの部屋だぜ、って開けた?!」
 鍾離が迷いなく開いた扉の向こうには机と椅子が控えめに置いてあり、窓が大きい。そして、大きなベッドがひとつだけあった。ほぼ、それだけの簡素な部屋だ。
「えっとお、」
 タルタリヤが控えめに言う。
「何でベッドがひとつなの?」
「あー」
「オーブランとやらは少女なのか?」
「いやー」
 煮え切らないガイアの態度に、二人は首を傾げた。そして、とりあえずとガイアは部屋を出て、扉を閉じ、言う。
「屋敷の外に出ようぜ。聞かれると、あれじゃあ、たぶんダメだろう」
「聞かれるって、相棒に? オーブランさんって相棒の何なの?」
「とりあえず庭だな」
 ガイアはさっさと二人を連れて屋敷の外に出た。
 広い庭だ。屋敷から遠い場所にある東屋に、三人は腰を落ち着かせた。
「ったく、何から話すか」
「オーブランさんって何者なの? 強いの?」
「いや、強いは強いが、サポートをしている姿しか見たことがない。攻撃手段は無いと思うんだが。少なくとも見たことがない」
「話が合わなくない? っていうか性別は?」
「女性だ。成人女性だな。しかも既婚者だ」
「は?」
 タルタリヤの声がひっくり返る。鍾離は淡々と言った。
「……人か?」
「いや、人外だ。ただ、旅人は彼女を人間にするつもりだぜ」
「どうやってだ?」
「オーブランの結婚相手、番を殺して、オーブランを人間にする、だとさ」
「はあー?!」
 タルタリヤが声を上げた。ガイアは遠い目をする。
「そもそも、オーブランが来てからここが広がったらしい。で、旅人はサクッとあの屋敷とこの庭を作った」
「愛だな」
「言ってやるな。でも、まあ、友人にしては、いや大切な友人とは言ってるが、にしたって、あれは、おそらく愛だろうな。恋愛感情にしか俺は見えないぜ」
「えっ同性」
「そこはまあ置いておく、としか。というか、ベッド同じだったんだな……」
「相棒が恋愛感情を持つ、その、オーブランっていう既婚者の成人女性(人外)と同じベッドで寝てる……浮気? でも相棒がそんなことする?!」
「俺も分からないんだ」
「同性で同衾自体はまあ良いのではないか?」
「いやいや、恋愛感情カッコカリについては?!」
「まあ、既に結婚している相手を何とかするには同衾から始める、のではないか?」
「いやいやいやいや、だからそれは」
「俺も分からないんだ」
「ガイアさんさっきからそれしか言わないね?!」
 ガイアの目は死んでいた。タルタリヤは心底心配した。流石に、流石に様子がおかしい。というか状況がおかしい。
「あの屋敷はつまり愛の巣か?」
「鍾離先生ちょっと黙っててくれる?」
「旅人はオーブランの番をとても憎んでいるらしいぜ」
「ガイアさん、辛いなら言わなくていい、っていうか状況証拠はある意味もう揃ってる!!」
「つまり、オーブランとやらは囲われているのか。でも、今は自由にさせていると。ははは、旅人は心が広いな」
「そうじゃないよね?!」
 ガイアはとりあえず、と言った。
「オーブランはまあ、普通の成人女性だな。ただ、顔つきがどうも謎だ」
「謎って?」
「どこの国の出身か、いまひとつ分からないんだ」
 タルタリヤは、引っかかる。
「いつも白いワンピースを着てる。ワンピースだが、ありゃ男性の仕立てだ。オーブランの肩幅に合わせてあったが」
「白いワンピース……」
「で、素足」
「すあし」
「うん? 何故素足なんだ?」
「分からないんだ……旅人はオーブランの番の趣味だって」
「よく分からないが、あまり趣味がよくないな」
「俺もそう思うぜ。で、あとは声が低めだな。でもちゃんと成人女性の声だ。恋愛アレルギーで、恋愛が絡まないと判断した相手には、それなりに優しくしてくれるぜ」
「優しくされたのか」
「俺は害がないと分かったらしい。なんか食事の際にどこのものかよく分からん酒を一瓶くれるようになった。でも会話はしようとしないし、感想はいらないらしいし、酒自体は飲まないらしい」
「どこの酒だ?」
「分からん。でも、美味いな。上物ってことはわかる」
「はっはっは、相変わらずガイア殿は酒が好きだな」
「ああ。贈り物としては正解なんだが……ものすごく、人に優しくする方法がわからんという雰囲気はする」
「人外だからか」
「だろうな」
 そこで黙っていたタルタリヤが口にした。
「えーっと、その、オーブランさんって茶色い髪と、淡い茶色の目をしてる?」
「ああ、そうだが……」
「瑠月港で見たよ。子どもたち連れてた。多分、血は繋がってないと思う。でも、低めの優しい声で物語を語ってた」
「物語?」
 そこに反応したのは鍾離だ。
「どのような物語だ?」
「えーっと何だったかな。なんとかシーアの話? うーん、聞いたこともない話だったから、たぶん創作なんだろうけど、でも、それにしては語り慣れてるような違和感があって」
「そうか。とある雑貨屋の主人が何度か冒険者さんとやらを見かけて、歩きながら語る話を聞いたらしい。だが、子どもたちと歩きながら話すから、全容を知りたいと言っていた」
「あ、じゃあその人がオーブランさん? えっでもガイアさんの話だと、戦えないんだよね? じゃあおかしくない? 商隊が襲われたあんな場所に一人で行けないよ?」
「実力をガイア殿の前で隠していた、と」
「その辺りはわからん。何せ、優秀なサポートをする女性だからな。一緒に旅している間は戦える可能性を考えたことがなかったぜ」
「サポートすごいの?」
「ああ、広範囲の味方を強くする。ただし、オーブランはその場から動けなくなる。鍾離先生を探してたのはオーブランを守るシールドが欲しかったからだと、思ってたんだが」
「だが?」
 そもそも、とガイアは言った。
「旅人曰く、オーブランは恋愛嫌いだ。で、年上男性が一番ダメらしい」
「えっそれ鍾離先生絶対だめじゃん」
「ははは、嫌われたか」
「まあ、おかしいとは思ってたが、聞けないだろう。オーブランはサポートしかできないと思ってたから、苦手な年上男性だとしても守ってもらわないといけないのかと」
「でも、あそこまで一人で行く実力があるってことだよね?」
「そうなる……なんか、うん。そうらしいぜ」
 目が死んでる。タルタリヤは自分のハイライトを棚に上げて、普通にガイアが心配になった。鍾離は、ははと笑うだけだ。
「ぜひ会ってみたいものだ」
「俺も会いたいけどさあ。なんか不安だし……」
「タルタリヤは恋愛感情無しってことをしっかり言えば大丈夫なんじゃないか? 年下は比較的大丈夫そうだぞ。俺とか」
「ガイアさん何したの」
「分からんが、害のない年下男性には、夕飯に謎の酒を無言で渡すぐらいのことはする」
「ねえ、さっきも思ったけど、それってどうなの?」
「女性もダメなのか?」
「恋愛が絡むと女性もダメらしいぜ」
「相棒は」
「恋愛感情は無いって豪語してるぜ」
「でも、この屋敷は何?」
「さあなあ……」
 目が死んでる。タルタリヤは遠い目をした。相棒にそんな一面があるとは思わなかった。
「ちなみに風呂に一緒に入ろうとしない」
「ねえそれ確定じゃないの?」
 タルタリヤはツッコミをした。鍾離は青いなと笑っていた。

 ということで蛍特製の夕飯を食べて、蛍が指定した部屋で各自眠った。蛍は当然のように、例のひとつの大きなベッドがある部屋に入って行った。タルタリヤは遠い目をした。ガイアの目は死んだ。鍾離は笑っていた。

 次の日。朝食を食べてから、四人とパイモンは瑠月の港に戻り、依頼人に遺品を渡し、大量のモラという報酬を受け取った。蛍は言った。
「あと二週間、オーブランには会いに行かない。依頼も溜まってるし、付き合ってね」
 つまり、オーブランを探しにいくな。ということである。タルタリヤは頬を引き攣らせたし、ガイアの目は死んでるし、鍾離はうむと微笑んでいた。


・・・


 蛍さんは迎えに来ない。しかし私はそれはもう充実した日々を送っていた。やることは多いが、創造主としての仕事ではないので圧倒的にリソースが少なくて済むし、人の子は優しい。
 そして、今日は特別な日だった。なんと、住民の若奥さんが産気づいたのだ。
 若旦那さんや住民たちはなんとかして産婆さんを探しにいく。私は妊婦の若奥さんの世話をする。産婆ほどではないが、それなりに出産に関する知識はあるし、ここ最近で瑠月の生活事情はある程度分かったし、創造主としてデータの閲覧もできるし、そもそも。そもそも出産とは命懸けで、何より初産なら妊婦の不安はとても多い。
 声をかけながら、濡らした手拭いで汗を拭い、清潔な道具たちを用意する。清潔な布を広げて、小さな湯船を用意して。臍の緒のための刃物と、あとは。
「冒険者さん、」
「奥さん、大丈夫です。私がついてます。産婆さんもすぐに来ますよ」
「私、辛い、こわいです」
「初産なら不安で当然ですよ。息をして、そう、あなたなら大丈夫」
「でも」
「たくさん働いたあなたなら、乗り越えられます」
 私は手を握った。妊婦はほろりと涙をこぼした。
 産婆は間に合いそうにない。連絡役らしい、この周辺で一番足の速い少年が、伝えに来た。ならば、すべきことは一つだ。
「家の中は女性だけにしてください」
 私の指示に、住民たちは動いた。男性陣は家の外に出て、女性たちで子をとりあげる用意をする。出産を経験した女性もいたので、知識を出し合いながら、支度した。
 一日がかりで、新たな命が誕生した。
 元気な産声だった。小さな男の子だった。産湯で洗って、柔らかな白い衣に包んで、母親となった若奥さんに抱かせる。疲れ切った若奥さんは愛おしそうに子を抱きしめた。

 かくして。無事出産は終わり、若奥さんの容体は安定した。清潔な道具を揃えられてよかった。正直なところ、人が見てない隙に創造主の力で作ったものが多かった。無機物は情報が最低限で済む。簡単なことだ。輸血も必要なかった。あの若奥さんは強い女性だった。
 しばらく身の回りの世話をした。世話になっている老夫婦にも若奥さんのことを頼まれていた。だが、一応民泊させてもらってるのでモラは定期的に渡した。
 赤ん坊の世話も教えた。これは集まった子持ちの女性たちと皆で、だ。私も知る知識はできる限り提供した。等価交換が必要だが、対価としては、新たな人の子が無事生まれたことでもう十分だった。出産とは本当に命がけなのだ。生命の神秘だ。
 もう大丈夫。そんな頃に、若奥さんは子を抱え、若旦那さんと並んで、言った。
「名付け親になってはいただけませんか」
 えっ。まじで?
 私はぽかんとした。若夫婦は言う。
「あなたには本当に助けられた。あなたがいなけらば、無事赤ん坊を抱けなかった」
「いえ、私だけの力ではありません。多くの人の結果です」
「でも、最初に私たちに気がついて、ずっとそばにいてくれたのはあなたです」
「でも、そんな、私はただのモンドの冒険者ですよ。名付けはとても大切な、親から子への最初の贈り物です」
「だからこそ、あなたに名付け親になってほしいのです。優しい人、あなたに」
 それに、あなたはいつも物語を語っている。きっと多くの名前を知っているでしょう、なんて。
 そこまで言われたらもう。考えるしかない。
 念のために上空にいる世界という番を見た。とくに文句はなさそうだし、むしろ嬉しそうだ。この世界の子に、私が名付け親になったならば、それはもう、番と私の子に等しい。という思考だろう。いや絶対そう。この人の子の親は目の前の若夫婦だぞ、おい。
「では、ズーシュエンと。大きく上に向かっていく様子を意味する名前です。如何でしょうか」
「とても素敵な名前です」
「ありがとうございます」
 若夫婦は頭を下げた。赤ん坊のズーシュエンを見る。情報開示。うん。長生きしそうだ。だけど、困難も多そうである。うーん。少し、何かを授けてもいいだろう。それぐらあには波瀾万丈な人生を歩みそうだ。モブなのに、情報が結構ある。
「少し、よろしいですか」
 若夫婦が不思議そうに頭を上げる。私は赤ん坊のズーシュエンの額を撫でた。そっと、創造主の力、想像を展開する。モブには見えないだろう。たぶん。


ことりは とっても うたが すき
かあさん よぶのも うたで よぶ
ぴぴぴぴぴ ちちちちち
ぴちくりぴい

ことりは とっても うたが すき
とうさん よぶのも うたで よぶ
ぴぴぴぴぴ ちちちちち
ぴちくりぴい

ー『ことりのうた』作詞:与田 準一 作曲:芥川也寸志


 日本語で歌う。鳥が、創造主の力が小鳥の形を成す。若夫婦が目を見開いた。見えたか。でも、これは授け物、言うなら祝福だ。きっと見えたとしてもSAN値は減らない。いや、1ぐらいは減るかもしれんが。
 ズーシュエンの額に想像の小鳥が止まった。ふわりと霧のようなそれ。でもほのかに輝く、色は、黄色だ。私の淡い茶色の目が、その光を受けて黄金色に輝いていることだろう。
「ズーシュエン、あなたの人生の旅路にほんの少しでもこの小鳥が助けになりますように」
 私は微笑んだ。想像の小鳥は一般人の目から掻き消えた。でも赤ん坊のそばにずっといる。それでいい。
「あなたは……」
 若夫婦が信じられないとかぶりをふる。私は微笑む。
「私は、モンドの冒険者。それだけです」
 ああ、人の子は本当に、愛おしい。

 それから、またしばらく経った。お使いをしたり、手助けをしたり、璃月の日常生活に関する話を聞いたり、子どもたちや疲れた大人たちに物語を語った。もちろん夜はモラを稼ぎに外に出た。
 まあ、私はここのモブたちにとっての一時の安らぎだろう。いつか私がここを離れることを、彼らはよく承知している。だから、彼らはとくに大切に教えてくれるし、私の話を聞いていた。
 異国の神様、と思われてるな。と察したのはこの辺りだった。まあ、うん。間違いではない。モブにはそうとしか見えんだろう。神は創造主にとってはその世界の子にしかならんが。神は、世界に降り立った想像主、より強いだろうが、外側から想像する分には私は神も作れるし。ただ神を作るには情報が多すぎてリソースが勿体無い。そんな大量のリソースを割くなら別のことをする。
 そろそろ蛍さんの迎えが来る気がした。でも、老夫婦が最初に気がついた。そろそろですか。そう言われて、私は答える。
「迎えが来ます。その時まで、お爺ちゃんとお婆ちゃんの元に、どうか」
 構いません。老夫婦は微笑んだ。この、目の見えない老夫婦には、私がどう見えているのだろう。少しだけ、不思議だった。

 というわけで、今日も巡る。今日は川まで絨毯を洗いにいく。数人の住民たちと、わいわい会話しながら、私は絨毯洗いに精を出した。いや、大変だなこれ。テレビで見たことはあったが、あれはめちゃくちゃデカい自作の洗濯機を使っていた。いや、そりゃ作るわ。そんなわけで、せっせと一日がかりになるであろう大量の絨毯洗いを皆で笑い合いながらしていた。


・・・


 蛍たちは璃月を駆け回って依頼をこなした。泊まるのは壺だ。そして、約束の二週間である。蛍は璃月港の奥、住宅街を目指した。
「えっ! オーブランの居場所分かるのか?!」
「うん。だいたいね」
「ほう、何故だ?」
「いつも人助けしてるから」
「アレが?」
「ガイアさんその言い方はちょっとやめといた方が……目が死んでる……」
「ははは、公子殿に言われているぞ、ガイア殿」
「ああ……」
 蛍一行が辿り着いたのは、あまり裕福とは言えない住宅街だった。人々が何だろうと顔を出しては、やや困った顔をしていた。困惑、である。蛍が何か言う前に、子どもが言った。
「お姉ちゃんなら居ないよ」
「そっか」
「いないったら!!」
「うん」
 子どもたちが飛び出してきて、蛍たちを囲む。大人は鍾離とタルタリヤの顔を見て、さっと目を逸らす。
「お姉ちゃんはいないの!」
「おねえちゃんはここにいないから!」
「ねーちゃは、ぼくらの!」
 蛍は相槌を打ちながら、聞く。パイモンは何も言わずに、蛍の肩に捕まった。
 やがて、若夫婦が赤ん坊を抱いて出てきた。鍾離が目を丸くした。
「旅人さん方、どうか、もうしばらく、あの方を、ここに」
「あなたたちは?」
「この子をとりあげてくだすったのです。私の命と、この子の命が、無事なのは、全てあの方のお陰です」
 鍾離がゆっくりと口を開いた。
「その子どもの名前は?」
 若夫婦は鍾離に動揺しない。否、分かってはいる。鍾離のことも、タルタリヤのことも。でも、しっかりと言った。
「ズーシュエンといいます。あの方が、名付け親になってくださいました」
 強い母であり、強い夫であった。
「加護があるな」
「あの方が名付けして下さった際、歌を、歌われました。私たちにはわからない歌でした。でも、霧のような黄色の小鳥が、この子の額に止まって、それから、言われたのです」

ー「ズーシュエン、あなたの人生の旅路にほんの少しでもこの小鳥が助けになりますように」

「あの方は、ただ人ではありませんでしょう。異国の、神様なのでしょう。きっと、何より優しいお方なのでしょう。お願いします。もう少し、あの方をここに」
「鍾離先生、小鳥がいるの?」
「ああ、元素力ではない力だ」
「あの方の目が黄金に輝いておりました。何よりも美しいお姿でした」
「……そうか」
 鍾離はそっと蛍を見た。蛍を、皆が見ている。彼女は、言った。
「私は、オーブランを人にするために生きています」
 オーブラン。人々が動揺する。彼らは、初めて、彼女の名前を知ったのだ。
「私は、オーブランを助けるために、生きています」
 蛍ははっきりと言う。
「オーブランを、連れて行きます。彼女を、人にするために」
 強い決意に、子どもたちは目を伏せた。大人たちは目を伏せた。若夫婦すらも、痛ましい顔をした。そして、老夫婦が出てきた。
 目が見えないのだろう。足も老いている。腰も曲がっている。だが、彼らは確かにゆっくりと蛍たちの前に来た。子どもたちが道を開ける。老夫婦の腰には風元素の神の目があった。おそらく、この住宅街で唯一の神の目の持ち主たちだろう。
「積もる話がおありでしょう。どうか、我が家へ」
「皆さんもまた、ただ人ではないと、私共には分かります。目が見えずとも、あなた方のあたたかさを感じます。どうか、我が家へ」
 住民たちは何も言わず、目を伏せていた。

 老夫婦の家は小さいながらに、しっかりとしていた。一つだけ、御簾のようなものがかけられた出入り口があった。老夫婦が茶を用意しながら言う。
「そこがあの子の部屋です」
 蛍は、御簾に手を伸ばして、手を戻した。老人は言う。
「ありがとう。そこは、あの子の部屋だからな」
「……ここで、オーブランはどんな様子でしたか」
 蛍の問いかけ。男性陣は黙っている。パイモンはふわふわと老婆のお茶出しを手伝っていた。
「優しい子だよ。私と妻をお爺ちゃん、お婆ちゃんと呼んでくれる」
「そう……」
「お使いをしてくれる。子どもたちの相手をしてくれる。頼まれたら何でもする。誰かが璃月の知識を伝えると、とても熱心に聞いている」
「そう、ですか」
「私共はあの子に何も返せていない。むしろ、間借りすることでモラを渡してくれる。全て、使わずにとっておいてあるよ」
「うん……」
「婆さん、茶が入ったか」
「はい」
「一緒に語ろう。あの子のことを」
「はい、とても、美しい心を、持つ子です。いえ、本当は、壊れている」
 息を飲んだのは男性陣だ。パイモンはどこか分かっていたように、黙っている。蛍は動揺しない。それらを老夫婦は見抜いている。
「心が、体が、殆ど壊れている。それでも、人に優しくして、なんとか立っている。愛おしい人の子だと、老いた私共にさえ、思ってくれる」
「オーブランは、そういう人です」
 蛍は言った。老夫婦は怯まない。
「夜に、」
「はい」
「夜に皆から隠れて、外に出かけています。毎晩、そうです。私共は、なるべく明かりを落として、あの子の見送りと出迎えをしています。あの子は、外で怪我をすることがありません。何をしているかは分かりません。でも、きっと」
「危険な戦いを一人でしているのでしょう。どのような目的かはわかりません。ああでも、先日は、目的が分かりました」
 老夫婦はその日を思い出すように言った。
「誰かを見送ったのか、とても冷えておりました」
「雨ですか」
 蛍はわかりきったことを言う。
「雨は降っておりません」
「体が冷えていましたか」
「体は冷えておりません」
「心が冷えていましたか」
「心も冷えておりません。あの子は、もう、想えないのでしょう」
 でも、と老夫婦は言う。
「確かに、その時のあの子は、愛する子のためにそこにいました」
 蛍は、動揺しない。
「オーブランは、まだ心があります。人を慈しむ心があります。そうですね」
「……よく、ご存知だ」
「私はオーブランを人にするために、連れ戻しにきました」
「……あの子はあなた方を愛しておられるか」
「分かりません。人の心はわかるものではない。測るものではない。そうですよね」
 蛍ははっきりと言った。老夫婦は言う。
「あの子は必ずこの家に戻ってきます。その時まで、もう少し、あの子を、この街に」
「この家にいてください。何でもない話をしましょう。あなた方と離れていた間の、あの子の話を、私たちの知る、あの子の話を」
 蛍は頷いた。ガイアとタルタリヤと鍾離は口を開けなかった。


・・・


 絨毯洗いが終わり、干して乾燥したものを取り込む。全て終わると、分担して抱えて、会話しながら帰路に着く。朝に出たのに、もう夕方だ。絨毯は重いものが多い。男手も使って、皆で歩く。そして、いつもの街に着く。
 すると、子どもたちが駆け寄ってきた。その尋常ではない様子に私はぽかんとする。私の手にあった絨毯は他の住民の手に渡った。
 次々に抱きついてくる子どもたちの頭を撫でる。背を撫でる。肩を撫でる。
「どうかしましたか」
「おねーちゃ……」
「はい」
「いかないで」
「おねがい、まだいて!」
「おねえちゃんがどっかにいっちゃうのはわかってるけど! でも」
「やだよう、お姉ちゃん……」
 そうして泣き出した子どもたちに、そうかと分かった。絨毯洗いに行っていなかった大人たちが深刻な顔をしている。若夫婦が赤ん坊を抱いてやって来た。子どもたちは道を開けた。
「神様」
「私はモンドの冒険者ですよ」
「分かっています。行かれるのですか」
「そうですね、いつかとは思っていました」
「急でしょう」
「別れとはそういうものです。それは命が誕生するように突然のことです」
 私はなるべく柔らかな声を出す。子どもも、大人も、皆が目を伏せた。痛ましい顔をしている。悲しい顔をしている。優しい人たちだ。ここを仮の住まいに選んでよかった。
 赤ん坊が、ズーシュエンがぴゃあと泣き始めた。若夫婦は私を見る。私はそっとズーシュエンを抱いた。この子を抱いたのは初めてのことだった。想像の小鳥がちゃんとそばにいる。大丈夫だ。
「ズーシュエン、あなたの人生の旅路はとても困難に満ちています。でも、私が小鳥を授けました。これを祝福といいます。ズーシュエン、分かりますか。これは私の数少ない温もりです。さあ、泣くのをおやめなさい。ズーシュエン、あなたは立派な大人になるでしょう。全てを乗り越えて、強く、清らかな魂の、皆から尊敬される人になるでしょう。病に遭っても、事故に遭っても、必ずあなたは生きて、あるべき場所に帰ります。ズーシュエン、あなたは立派な人の子。私の愛する人の子の一人ですよ」
 赤ん坊は泣き止んで、じっと私を見ていた。この子は分かっている。想像の小鳥がいるから、わかる。でも絶対に人々から虐められたりはしない。尊敬される人になる。大丈夫。
 私は若夫婦を見て、赤ん坊を返した。子どもたちが不安そうに私を見上げている。子供は好きだ。
「これが今生の別れではありません。みんなが生きていれば、いつかまた再会できます」
「ほんとうに?」
「はい。だって、そうでしょう? 人間は出会い、別れ、再会だってする。そうでしょう?」
「おねーさんがはなしてくれたおはなしたちみたいに?」
「はい。勿論」
 そう言って笑えば、子どもたちも、大人も、安心した様子だった。
 若夫婦が言う。
「家に来ています」
 それは老夫婦の家のことだ。蛍さんたちだろう。

 私はゆっくりと、家に向かった。


・・・


 蛍が老夫婦の思い出を聴いている。しゃらり、入り口から音がした。夕方だ。それはゆっくりと歩いてくる。白いワンピース、素足、謎の顔。でも、確かに成人女性だった。
「ただいま戻りました。お爺ちゃん、お婆ちゃん」
「おかえり」
「おかえりなさい」
 女はさっと正座し、頭を下げる。
「ありがとうございました」
 その言葉に、老夫婦は言う。
「行くのですね」
「はい」
「理由を聞いても?」
「……各地を巡ります。私は、この災いに満ちた世界が、元通り、平和な世界に戻ることを願っています」
 女は優しい声をしていた。
「ここに住み、分かりました。瑠月の人の子は強いです」
「ええ、そうでしょう」
「きっと、乗り越えられます」
「はい、きっと」
「だから、私は安心しました。大丈夫。ここは、何があろうと、人の営みが変わらない。ここは、立派な街です」
「はい」
 老夫婦の返事を聞いてから、蛍は立ち上がり。駆け寄って、女を抱きしめた。
「オーブラン」
「はい」
「オーブランだね」
「はい」
「幸せだった?」
「はい」
「安らかだった?」
「はい」
「癒しは、あった?」
「はい、とても。優しい心は、嬉しいので」
 蛍は強く強く、女を抱きしめた。
「オーブラン、行こう」
「はい、蛍さん」
 それが約束なのだと、その場にいる全員が理解した。

 老夫婦に間借りしていたという部屋には何もなかった。布団も、机も、椅子も。ただ、女は鞄を持っていた。
「行こう」
 蛍の手に、女の手が重なる。
「はい」
 それだけだった。

 老夫婦に見送られ、街の人々に見送られ、蛍は女の手をしっかりと握って歩く。パイモンは女の肩にしっかりと捕まっている。女は丈の長い、白いワンピースを揺らす。
「蛍さん、もう夜になりますよ」
「宿に泊まろう」
「そうですね」
 とりあえず、と言うのだ。
「自己紹介をしましょう?」
「後で」
「蛍さん、どうしたんですか?」
「オーブラン、一緒に寝よう」
「はい、構いませんよ。パイモンも」
「おう! 一緒に寝ようぜ!」
 そうして、蛍が向かったのは璃月港を通り過ぎた望舒旅館だった。ちょっとワープポイントも使った。滅多に使わないのに。さらに言うと男性陣はめちゃくちゃ、蛍の本気を感じていた。えっこれ大丈夫?とタルタリヤが視線で言う。だめだこりゃと、ガイアは遠い目をしていた。鍾離は春だなと目だけで語っていた。

 とりあえず食事は同じ部屋であった。
 料理を待つ間に自己紹介である。
「私はオーブラン。蛍さんは大切な友人です」
「あと既婚者で、恋愛嫌いで、年上男性はだめ。だから鍾離先生は必要以上にオーブランに話しかけないで。タルタリヤとガイアは多分大丈夫」
「蛍さんっ! 確かに人間式では結婚ですが、番とは番であって!」
「うん」
「蛍さん、番は分かりにくいですが、いい子ですよ!」
「うん」
「蛍さん、聞いてますか?」
「聞いてない」
「何でですか?!」
 女は表情豊かだった。そして、とりあえずと座り直した。
「そちらの方々は? あ、ガイアさんは知ってます。ここまでどうでしたか?」
「冒険者協会に溜まってた依頼を片付けてたぜ」
「そうでしたか。蛍さん、パイモン、頑張りましたね」
「俺もいたんだが」
「ガイアさんは酒でいいですか?」
「もうそれでいい……」
「んん? お疲れですね?」
 女、改め、オーブランは首を傾げている。こうしてみるとただの平凡な成人女性だ。たが、汚れひとつない真っ白なワンピースと、その顔の造形が、強い違和感を与えた。
「俺は鍾離だ」
 オーブランは鍾離を見た。瞬間、目が嫌悪に染まった。だが、すぐに、何でもない顔をする。
「はい。鍾離先生ですね。しばらく瑠月に住んでいましたから、話は聞いています」
「そうか。俺は貴女の話が聞きたいが」
「蛍さんを通じてお願いしますね」
 拒絶である。タルタリヤは、疑問だった。今のやりとりのどこに拒絶する要素があるのか。
 次にオーブランはタルタリヤを見た。その目は、嫌悪ではなかった。むしろ、優しかった。その目は、家族を見るようなものだった。
「えっと、タルタリヤだよ」
「はい、タルタリヤくんですね」
「うん?」
「目を見せていただけますか」
「いいけど、なんで?」
 とりあえずタルタリヤはじっとオーブランを見る。オーブランは視線だけだ。だがその目は明らかに慈しみを乗せていた。恋愛感情ではない。愛しい家族を見る目である。タルタリヤにも覚えのある感情だ。だが、なぜタルタリヤに向けられるのか。疑問しかなかった。が、すぐに解決した。
「やはり、その目は妹に似てます」
「へ?」
「ん? オーブランには妹がいるのかい?」
「はい! とても可愛い子です。いつも目に光がありませんでしたが、成人したら一生懸命働いて、家に帰って来ては私の元に来て、抱きついて甘えてくるんです。頭や背中を撫でるととても喜んでくれて、笑ってくれるのです。私と違って花のある子ですから、それはもう可愛くて」
 いや待って。タルタリヤは止めようとしたが、蛍に視線で止められた。そのままオーブランは愛しい妹たちの話をしている。が、ツッコミ所しかない。成人した年齢の妹が姉に抱きついて甘えるかなあ?!
「とても紳士的な子で、私が外に出る時はいつもついてきて、エスコートしてくれるんです。私に彼氏が出来たら殺すからね、って笑う姿が可愛らしくて」
 おかしいよなあ!!タルタリヤは頭が痛かった。鍾離は不思議そうにしている。凡人カッコカリはよく分かっていない。なおガイアは新たな衝撃の事実。オーブランにヤンデレの妹がいた。について遠い目をしていた。むしろ目が死んでいた。
「オーブラン」
「はい、どうしましたか蛍さん」
「とりあえずタルタリヤは平気なんだね?」
「はい。妹を思い出します」
「うん。ということでタルタリヤはオーブランに話しかけても大丈夫。でも必要以上に近づくのはやめてね」
 牽制にしか聞こえないね!!タルタリヤは相棒の見たことがない姿に頷くしかなかった。なおパイモンはずっとオーブランのお膝の上で手遊びしていた。オーブランに教えられたやつであった。
 かくして料理を食べ、各自泊まった。なお、蛍は当然のようにオーブランとパイモンの三人で同じ部屋に泊まっていた。ガイアは考えるのをやめた。タルタリヤは何これと頭を抱えた。鍾離は、公子殿は良くて、なぜ俺がだめなんだ?とガイアとタルタリヤに聞いていた。知らんがな、である。
 かくして、璃月での目的が一旦果たせたのであった。





そうしてわたしは番を得た。03→n周目の瑠月編
end


・・・


設定メモです。

夢主
貧しい街→めちゃくちゃ充実した日々を送った。優しい人たちだった!!
蛍→離れてたから甘えてるんだなあと思ってる。よしよししながら一緒に寝た。
パイモン→旅人の様子がおかしいけどまあ大切な友人ならそうかもなあと夢主に言っていた。ちゃっかり夢主に抱きついて寝た。
ガイア→酒を渡さねば。
タルタリヤ→妹を思い出す。甘やかしたい。
鍾離→悪い人ではないと分かってるけどとりあえず視界に入れたくない。やだ。嫌悪。それはそれとして契約は続いてそうだなあと思った。そのうち魂を見てみよう。


夢主→絶対に取り戻すし、人間する覚悟をさらに強めた。執着がすごい。夢主が幸せになってほしいなと思えた。あと番は殺す。
パイモン→優しくて嬉しい。
ガイア→夢主から酒を渡されて微妙な顔してるのが面白いなと思ってる。
タルタリヤ→今回もか!!となってる。また戦うなら蛍の目の前であってほしい。頼むから。興が乗って世界召喚がよくあるから!!
鍾離→鍾離先生は夢主に近づかないでほしいがそれはそれとしてサポートに専念している夢主のことは守ってもらわないといけない。

パイモン
夢主→楽しそうにしてたから、連れて来て良かったのかなってちょっと思ってる。あと旅人がなんか変だぞ?

ガイア
恋愛→頼むから番と夢主と旅人の三角関係を見せつけるのをやめてほしい。いや別に他人の恋愛事情に口は出さないが、既婚者に横恋慕する旅人はちょっと見たくなかった。今日も目が死んでいる。
タルタリヤ→わあ夢主に好かれてる……可哀想……。
鍾離→なんでそんなに嫌われてるんだろうな??

タルタリヤ
恋愛→相棒がどんな恋愛をしてもいいけど同性の既婚者に手を出すのはちょっと待って。
夢主→優しいお姉さん。何で鍾離先生が嫌いなの?年上だから?なんで??
ガイア→目が死んでるガイアさんとか初めて見たんだが。
鍾離→鍾離先生なんで嫌われてんの??しかも面白がってるなこれ。人の恋愛事情に突っ込むと馬に蹴られるよ先生。それはそれとして相棒のことは止めてくれないかなあ!!

鍾離
恋愛→よく分からんが、春だなあって見てる。よく分からんが。
夢主→何者なのか知りたい。というか嫌われてる理由がわからなくて普通に不思議で興味がある。
ガイア→大変そうだな?
タルタリヤ→公子殿がめちゃくちゃ好かれてるなあ。これはあれか、さらに恋愛事情がもつれるやつか?ははは。

- ナノ -