物書きと逆トリのルムメ02


 畑本さんとアルハイゼンさんが打ち解けている。
「先生のお知り合いかと思ってねえ」
「おそらくそうです。遠縁でしょうね」
 カーヴェさんとアルハイゼンさんが何やら言い合っているのを眺めつつ、畑本さんにはヤマメを一尾渡しておいた。作り置き用にと多めに買ってよかった。

 かくして。家の中である。
「カーヴェさんから状況は聞きましたか?」
「聞いた」
「では立ってください、うわ高ッ。ええとまた森谷君に服を頼みますね」
「何故?」
「煌びやか過ぎるんですよ」
 スマホで簡単に森谷君にメールを打って電源を切る。そのままカーヴェさんに説明を任せて、私は夕飯を作り始めた。

 キャベツとコーンビーフでさっと煮物を作っていると、カーヴェさんとアルハイゼンさんが何やら日本語がどうのこうのと話していたので、書庫ならご自由にと伝えておいた。
 ヤマメの塩焼きをセットすると、車の音がする。
「先生なにしてるんですか?!」
「流石は森谷君。早い。助かる」
 ちらりとアルハイゼンさんを見た森谷君は息を吐いた。
「で、また拾ったんですか」
「だから人聞きが悪いな。保護だ」
 まあいいですけど、と、森谷君は服をアルハイゼンさんに渡し、着方を教えに客間に向かった。
 カーヴェさんがうろうろとキッチンの後ろにいたので、暇ならと煮物のスープを味見してもらう。
「これは、僕は好きな味だな」
「それは良かった。ただ、薄いなら、粒マスタードをつけてもいいかと」
「粒マスタード……」
「これですよ」
 瓶に入った粒マスタードを見せると、カーヴェさんはジロジロと見ていた。
「これ、日本語じゃないね」
「ご明察。これはフランスのですね」
「ふらんす。地域名かな?」
「国名ですよ」
 そうなのかとカーヴェさんは真剣な目をしている。
 そこへ畑本さんがやってきた。口が多いならカブをどうぞと渡してくれたので、何か渡そうとすると、それよりも大変そうだから落ち着いたらお茶でもしましょうねと笑ってくれた。頼もしいお隣さんである。
 カブをすりながしにしようとして、待てよと思う。アルハイゼンさんは汁物を嫌ってたような。
「カーヴェさん、カブは、すりながしと、あんかけなら、どっちがいいですか」
「ええと、どちらも分からなくて」
「汁物か固形か」
「……僕はスープが好きだけど」
「はっはっは。まあいいか、私もスープが好きなので」
 すりながしにしよう。楽だし。
 圧力鍋を使ってカブを手早く煮る。煮る前に切り落とした茎は別で取っておいて、煮た白い可食部をブレンダーでなめらかにする。少し煮詰めて、塩と料理酒で味を整えて器に取り分けてオリーブオイルを垂らした。
 キャベツとコーンビーフの煮物も四皿に分ける。おかわりはある。あとは塩焼きのヤマメを確認していると、アルハイゼンさんと森谷君が戻ってきた。何故か森谷君がげっそりしていたが、おそらく知的好奇心を擽ってしまったのだろう。哀れな。
「先生いま失礼なこと思いませんでした?」
「知らないな。では席に着いて、夕飯にするぞ」
 適当に夕食をセットして、席に着かせる。アルハイゼンさんは汁物はダメなのかと聞けば、今は本がないから別にいいと言われた。そういう問題だったか?

 ああだこうだと日本語について会話しつつ、食事を摂る。何せ、私は物書き、森谷君も編集者だ。日本語には厳しい。あれこれと話しつつ、食後のほうじ茶までしっかりと飲んでから、森谷君は帰ることになった。
「暗いだろうに」
「明日、早いんですよ……」
「哀れな……」
「それやめてもらえます?」
「すまない。頑張ってくれ」
「はいはい。先生もこれから仕事の予定でしょう? 締め切りが近いわけじゃないんですから、あまり詰めないでくださいね」
「分かっている」
 そうして森谷君を見送ると、さてと私は言った。
「カーヴェさんとアルハイゼンさんは同じ客間で寝てくれ。この家に客間はひとつしかない」
「分かったよ」
「構わない」
「何度も言うが、書庫の本は汚したり失くしたりしないのなら自由にどうぞ。あと、今夜からまた仕事をする。仕事部屋への入室や呼び出しは扉をノックして伝えてほしい。以上」
 夜に仕事をするのかと不思議そうな二人に、ただの物書き業だよと笑っておいた。

 部屋に籠って仕事をして、2時に片付ける。続きは明日だ。くあと欠伸をして、仕事部屋から出ると、あの二人は眠っているようだ。
 まあいいやと私は風呂に入ってから、寝室で寝た。


・・・


 翌朝。起きて着替えると、キッチンにいるカーヴェさんが見えた。おはようございますと声をかけると、おはようと返ってくる。
「その、食材が分からないから作ってはないんだ」
「構いませんよ。日本独自の食材もありますからねえ」
 とりあえず朝は卵と野菜、パン、紅茶と決めている。今日は目玉焼きにして、野菜はサラダにした。ドレッシングは洋風のものである。
「アルハイゼンを起こしてくる」
「ええ、お願いします」
 起きろと声をかけるのを聞きながら、私は朝食をセットした。しかしまあ、カーヴェさんは料理をしたいのか。そうか。やや悩んで、仕方ないかと大きめのタブレットにレシピ本を数冊購入し、ダウンロードを始めた。
 すぐにアルハイゼンさんを連れてカーヴェさんが戻ってきたので朝食を摂る。
「アルハイゼンさんは朝が弱いのですか?」
「違う」
「遅くまで日本語の解読をしてたんだ」
「解読するほどですか?」
「本を読みたいんだろ」
「そうだが」
「まあ、こうして何故かお互いが何喋ってるかはわかるので、あまりにも行き詰まったら質問してくださいね」
 そうしていると、おはようございますと元気な声がした。玄関先に向かうと、ランドセルを背負った千穂ちゃんが立っていた。
「千穂ちゃんは今から学校かい?」
「うん! あのね、高峰(たかみね)お姉ちゃんが呼んでたよ!」
「高峰さんが、か。分かった、連絡ありがとう。気をつけて登校するんだよ」
「はあい!」
 ぴょんと千穂ちゃんは登校のための小型バスに乗った。この集落には学校がないので、数人の子どもたちは皆、小型バスで登校している。

 さてはて。朝食を終え、片付けは後回しに、高峰さんの元へ向かう。カーヴェさんとアルハイゼンさんもついてきた。まあ、この二人は集落の探索と人々との顔合わせだが。

 高峰さんが住むのは神社のすぐ近くだ。こんにちはと戸口で声をかけると、すぐに若い女性が出てくる。
「おはようございます、先生」
「おはよう、高峰さん。調子はどうだい?」
「お陰様で」
 そこでちらりとカーヴェさんとアルハイゼンさんを見る。私は、二人は訳あって青沼で保護していると伝えた。他の人とは違う説明に二人がやや驚いているが、高峰さんは安心した様子だった。
「先生がここまで連れて来られるのなら、安全な人々なのでしょう」
「他には遠縁と伝えている。頼めるかい」
「高峰の方でも話を合わせておきます」
「助かるよ」
 呼び出した案件ですが、と高峰さんは告げた。
「実は婚姻の話が纏まってしまって」
「それはめでたいな。おめでとう」
「ありがとうございます。入籍等は来年になるかと。ただ、後任が見つからず」
「そうだろうな。入籍はすまないが来年では早すぎる。再来年に伸ばせないか?」
「構いません。どうにもまだ高峰には若すぎる子達しかいませんので」
「高峰家はそもそも舞い手を出すもんじゃないから安心しなさい。あなたが例外だっただけだよ」
「ありがとうございます」
「青沼から探しておこう。そもそもこちらの分野だからな」
「助かります。上がっていきますか?」
「そうだね。そこの二人は学者で、日本語の勉強をしているんだ。高峰さんから少し教授をいただけないかな?」
「私から、ですか? しかし、」
「高峰さんなら大丈夫さ」
 そうして、屋敷に入った。

 簡単な話である。
 高峰さんが茶などを用意する間に、さっくりと説明する。
「高峰さんは巫女としてここに親里を離れて来ている。巫女は若く清らかな女性でなければならない。なおかつ、外からのまれびとであらねばならない。それだけのことさ」
「ええと、高峰とか青沼って、稲妻の氏のようなものになるのかな」
「そうだね。フルネームはまた別さ。ただ、別に名前で呼び合うから親密とは限らない。それだけ」
 そもそもと、私は言う。
「青沼が巫女を出す予定だったんだが、まだ幼いのしかいなくてな。高峰さんは親戚筋だから出てきてもらったんだが、そもそも高峰は少しややこしい家でねえ。普通は巫女を出さない。だから、高峰さんが気を悪くすることはないんだよ」
 すうっと戻ってきた高峰さんは、茶と茶菓子を用意していた。
 茶は緑茶。茶菓子はどら焼きだった。
「高峰家は、その、神社に縁はありますが、どちらかと言うと、いわゆる支配者の側でして。巫女を出すには俗世に寄りすぎている。尚且つ、私は少々お役目がありまして、」
「まあな。あとは単に今の高峰で適齢なのが高峰さんしかいない。あとは長女さんの娘さんか? だがまだ園児だろう」
「来年、七つになります」
「幼すぎる。昔からともかく、今のご時世で、幼い子どもを親元から引き離すつもりはない」
「ありがとうございます」
 眉を下げた高峰さんに、カーヴェさんがもしかしてと告げた。
「青沼さんも巫女だったのかい?」
「何故かな?」
 問いかけると、カーヴェさんは言った。
「青沼さんは一人暮らしをしていたし、やたらと先生と呼ばれているだろう? あと、物書きというのも俗世離れしている。さらに付け加えるなら、」
「年齢としてはそこの高峰さんとやらより上だが、まだ若い」
「まあ、概ね否定はしませんよ」
 私はやんわりと答えた。高峰さんはまた申し訳なさそうにしている。
「青沼さんは巫女たちに舞を教えてくださっているのです」
「舞? 踊りってことかい?」
「いや、少しニュアンスが違う。神楽だよ」
「かぐら?」
 カーヴェさんが繰り返すので、私は続ける。
「神道の神へ捧げる舞さ。人が見るようなものじゃないが、夏祭りでは公開されるぞ」
「派手なものではないので、あまり面白味は無いかもしれませんね」
 私と高峰さんの言葉に、夏祭りとはとカーヴェさんが質問するので、七月にあるよと答えた。
「二ヶ月後だな。いやもう、二ヶ月もないか」
「そうですね」
「早いな」
「実に」
「その、神楽って神聖なものなんだね」
「はい。とても」
 高峰さんが答える。
「普段の生活から、心身を清めていきます。肉や魚を断ったり、身につけるものを変えたりですね」
「まるで人身供物だな」
 しれっとアルハイゼンさんが言うのを、カーヴェさんが、おいと声を荒げて注意する。私は何も言わず、高峰さんが苦笑した。
「それが正しいかもしれません。昔はもっと厳しかったそうなので」
 アルハイゼンさんとカーヴェさんは口を閉じてしまった。私は息を吐く。
「少し稽古をつけよう。カーヴェさんとアルハイゼンさんはこの部屋にいるといい。では、高峰さん、向こうに」
「分かりました。お茶はこちらにあるので」
 奥の部屋に向かった。

 奥の部屋に着くと、高峰さんが口を開く。
「それで、あの方々は?」
「異世界人だ」
「おやまあ」
「少なくとも、そちらで神の眼差しを得ている。巫女の家を訪ねても不都合はない」
「分かりました。それで、先生、その、市ノ瀬(いちのせ)の方は、」
「あいつは知らん。伝える気もない」
「然し、」
「言う必要はない」
 私の断言に、高峰さんは渋々頷いた。私は、稽古を付けようと笑って見せた。

 稽古を終えて戻ると、アルハイゼンさんとカーヴェさんがメラックから出したらしき髪と鉛筆であれこれと話し合っていた。議論だろうか。テイワット言語らしき文字は一切読めない。
「あ、おかえりなさい」
「戻りました。そろそろ帰るが、構わないか?」
「僕たちは大丈夫だよ」
「構わない」
「では高峰さん、今日はありがとう」
「こちらこそ、わざわざ朝から来ていただき、ありがとうございました」
 そうして高峰さんに見送られて、家に戻った。時間は昼頃。うどんでも茹でるか。





・・・

登場人物

青沼(あおぬま)
・夢主。日本人女性。成人。独り身。炊事洗濯掃除がわりと好き。
・職業は物書き。田舎に住んでる。

カーヴェ
・逆トリしてきた。詳細不明。

アルハイゼン
・逆トリしてきた。詳細不明。

森谷(もりたに)
・夢主の担当編集者。成人男性。わりと若い。

畑本(はたもと)
・隣の家のお婆ちゃん。猫を飼ってる。お孫さんがいる。

新井(あらい)
・近所のお爺ちゃん。川魚漁の名人。

千穂(ちほ)
・近所の小学生。女の子。夢主に懐いている。

高峰(たかみね)
・神社の巫女。

市ノ瀬(いちのせ)
・???

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