ルムメと猫ときどき幼女
gnsn夢、女主(人外ときどき幼女/精神はアラサー社畜女性元プレイヤー日本人)、カーヴェ愛され(仲良しルムメ中心)、旅人は蛍


 吾輩は猫である。

 いやなんでだ。私は気がついたら猫になっていた。ええ、社畜アラサー女である私は仕事を終えてパソコンを消した後にスマホ持って寝た記憶しかない。そして見える景色は原神のスメールの雨林である。うそでしょ。
 夢かなあと思いつつ、夢にしたらリアルだなと手元を見る。金色の毛並みの猫の手だ。目とかどうなってるんろうね。鏡が欲しい。
「にゃ、なうなう」
 ちょっと喋ってみたが猫の鳴き声しか出てこない。人の言語を喋れねえ。
 ぽてぽてと歩く。多分この姿の自分はまだ子猫だ。母乳とかいるんかな。知らんけど。というか母猫とか存在してるんだろうか。
 そもそもだ。スメールの雨林は子猫にとって障害物しかない。あと食べる物がない。猫が食べれる物がわからん。私は猫を飼ったことがないんだぞ、無理を言うな。こんなことなら友人のご家族の猫様の話をもっと聞いておくべきだった。写真を見せてもらったことがあるが、白い毛並みの猫様はとても美しい猫だったな。
 さてはて。ぽてぽてと進む。一応敵と思しき生命体たちは敵対してこない。流石は猫だ。吾輩は猫である。猫すごいね。
 どこまで歩いたらいいものか。とりあえず道なりに進む。ここまで村民ゼロである。第一村民を発見したいな。
 具体的に言うとティナリさんとかコレイちゃんに拾われたらだいぶ""勝ち""であるが。
 だが、正直なところを言うと出来れば善良なモブに拾われたい。吾輩は猫である。まじで普通の猫なので原神のプレイアブルキャラクターに拾われたら詰みだ。彼女(彼)達は基本的に台風の目しかいない。

 歩き続けることしばらく。なんか見えてきた。これは、スメールシティだな。しかも裏手というかなんというか。
 先にガンダルヴァー村に出るだろと思っていたので衝撃である。ええ嘘でしょ。
 市場らしきところを通っていく。シティは猫が結構いる。話しかけてみたところ、ほんのりと会話できた。母語が違うらしいが、友好的な猫は意思の疎通をはかろうとしてくれた。
 だが、見知らぬ子猫を預かってくれそうな猫もモブにも出会えず。とりあえず寝る場所だけでもあればと彷徨いていると、おやと声がした。
「きみ、この辺りでは見かけない猫だね」
 こ、この声は。カーヴェさんだ!!
 なんとかお人好しのカーヴェさんの元に身を寄せるか悩む。ええ、だってこの人の家は怖いぞ。アルハイゼンが怖い。聡明な人、怖い。どう頑張っても詰みじゃん。私も現状を説明できないんだぞ。
「おいで、怖くないよ。迷子かな?」
 カーヴェさんが手を広げているし、膝をついている。うわあ美。この人まじで美人だな。ちゃんと男性なんだけど、女性として頭が上がらない。美とは時に暴力である。
「ほら、ここにおいで」
 声がいい。ついでに周囲を見てみるとさっき意思の疎通をはかろうとしてくれた成猫が、いけいまだ頼れと必死に訴えてくれている。ああもうこれは頼むしかない。
 ぽて、とカーヴェさんの手に乗る。まって、私小さい。カーヴェさんの片手に収まるんだが?
「軽いね……時間も遅いし、病院は明日にしよう」
 温かい手に包まれて、私は寝落ちた。存外、疲労が溜まっていたようだ。

 ソファに降ろされたなと目を開く。眠い。くあとあくびをすると、カーヴェさんが何かを話している。うーん、誰。のそっと見てみるとアルハイゼンさんがいた。カーヴェさんとアルハイゼンさんが何やら話している。夕飯のメニューで揉めてるのか?
 もしくは暫定子猫、私の処遇か。
「あ、起きたね。お風呂に入ろうか」
「洗ったらビマリスタンに連れていくべきだ」
「分かってる! だけどもう夜になるんだから、預かってもいいだろう!」
「飼い主か引き取り手を見つけるといい、この家は猫には向かない」
「そうだろうけど、きみってやつはねえ」
 思ったより私の処遇で揉めている。すまねえ。だが、一夜の宿にはなってほしい。
 とりあえずカーヴェさんに風呂に連れて行かれて、石鹸で洗われた。気持ちは無である。成人男性にころころ洗われるのだ。無にもなる。
 しっかり乾かされて、ぬるいミルクを皿にもらう。本日初の食べ物、いや、飲み物だ。ぺろりと舐めてみる。猫って水を飲むために舌がざらざらしてるんだっけ。よく覚えてないぞ。
 なんとかぺしょぺしょと飲む。うーん我ながら下手。でも飲めてはいる。カーヴェさんは安心した様子でキッチンに向かった。夕飯を作るのだろう。
 飲めるだけミルクを飲んで、濡れた口元をどうしたものかと悩む。キッチンからは不思議な匂いがする。とりあえず皿の前にいると、ずいと手が伸びてきた。ぐいぐいと口元をタオルで拭われる。なんだ誰だ。顔を上げると、アルハイゼンさんが拭ってくれたらしい。ありがとうございます。
 アルハイゼンさんがじっと眺めてきたので、そろりと視線を逸らしてみる。戻してみる。ソファに戻った。うーん、怖い。書記官怖い。というかそもそも本来の姿でも背の高い男性は苦手だ。カーヴェさんは優しいので怖くない。
 ふらふらぽてぽてと歩く。キッチンの入り口に座ってみる。香辛料の匂いだろうか。私はあまり味の濃いものは得意ではない。ゲームで見たスメール料理って大抵がスパイシーな感じだったなあ。
「あれ、ミルクはもういいのかい?」
 カーヴェさんが声をかけてくれた。もうお腹いっぱいですと伝えたくて口を開く。
「にゃあう」
「もういいのかな?」
「にゃあにゃあ」
「よし、いい子だね。ソファで寝ていいよ」
「にゃう」
 ソファか。ぽてぽてと移動する。
 そしてあのベッドかと間違えるような例のソファの前に立つ。まて、暫定子猫には高い。飛び乗るのか。できるのか? 子猫ってどのくらい跳ねれますか。
 なんとかジャンプしてみる。と、届かない。何度かチャレンジしてみる。無理。せめてもとソファの足元に向かう。よっこらと丸くなって、くあとあくび。寝るか。
 私の意識は微睡みに落ちていく。

 しっかり寝て、時間は朝である。ステンドグラス越しの朝日が眩しい。
 カーヴェさんがぱたぱたと歩いている。朝食を作っているらしい。伸びをしていると、カーヴェさんが声をかけてくれた。
「おはよう。ミルクを出すよ」
 わざわざぬるくしてくれたミルクを皿で出される。昨日と同じようにぺしょぺしょと飲む。うーん、努力が必要だなこれ。
 カーヴェさんは私がミルクを飲む間に朝食の用意を終えたらしい。お腹いっぱいになると、またぐいぐいと口元を拭われた。昨日と同じこの手はアルハイゼンさんである。
 朝食の間、何やら連絡事項を伝え合っているのは分かった。どうやら私をカーヴェさんがビマリスタンに連れていくらしい。あと、ビマリスタンの対応次第では冒険者協会に迷い猫の依頼をするとかしないとか。
 ふうんと黙って聞いていると、メラックがピポピポと飛んできた。おお、メラック可愛いな。手をあまり使えないので、すりすりと頬擦りのようにメラックに触れてみる。メラックがピポッと戸惑っていた。すまんて。
 それからアルハイゼンさんが出勤し、カーヴェさんが時間をずらして家を出た。腕の中には私である。いや小さいな私。

 ビマリスタンでは健康状態に問題なし、としか言われなかった。あと乳離れはしてるだろうからと、食べれる物を医師がカーヴェさんに伝えていた。よくわからん。
 そのあと困った顔をしたカーヴェさんが、冒険者協会には寄らずに家に帰ってきた。あれ、迷い猫じゃないんですか私。というか、そもそも出現したのは雨林だったね。私の飼い主、存在しないのでは?!
「あなたの目は不思議だね」
「にゃう?」
「まるでアルハイゼンみたいな目をしてる」
 ウッソだろオイ。ぽかんとしていると、カーヴェさんが困った様子で頭を撫でてくれた。
「とりあえず、あいつを説得しないと」
 ミルクとくたくたな温野菜をくれた。ミルクより温野菜に食いついた私の中身は成人女性である。腹ぐらい減るわ。

 お腹いっぱい食べると、口元をカーヴェさんが拭ってくれた。そのままカーヴェさんがあれこれと家事をしたり仕事をしたりするのを床から眺める。あまり歩き回りたくないのだ。猫は寝る子である。つたり、眠たい。チェストらしき小箱の横、床に丸くなる。ぷすぷすと眠る。とりあえず、しばらくの宿はこの家になりそうだ。

 かくして、夜になっていた。嘘でしょ寝過ぎでは。
 アルハイゼンさんとカーヴェさんが夕ご飯を食べている。ついでに、私の現在位置がタオルの中だと気がついた。簡易的な猫用のベッドらしい。
「ああ、おはよう。あなたにも夕ご飯をあげようか」
 カーヴェさんが皿に温野菜とミルクをくれた。ぺしょぺしょと食べる。いつまでもうまくならねえな。もそもそぺしょぺしょと食べる。腹を満たすとぐいぐいと口元を拭われた。いい加減確認しなくてもアルハイゼンさんだと分かるぞ。
「ところでアルハイゼンはこの猫の名前はどうしたい?」
「きみに任せる」
「そう言って押し付けて……名前、うーん」
「猫と呼べばいいだろう」
「きみなあ」
 猫でいいのでは。下手に名前をつけられても分からんぞとスン……としていると、いくつかの単語が飛び交った。分からん。
「反応が薄いね」
「猫でいいんだろう」
「そんなことあるか? なあ、えっと猫ちゃん」
「にゃあう」
 しん、と静まり返る。そして、アルハイゼンさんとカーヴェさんが息を吐いた。
「猫ちゃんでいいか……」
「一番の反応だったな」
 というわけで吾輩は猫である。


・・・


 子猫の私は家にしかいない。留守番はしばらくカーヴェさんが躊躇していたが、大人しいからと認めてくれた。私は猫用らしきベッドのなかでほとんど寝ている。起きるのはお腹が減った時だ。
 あとは留守番中に家の中を探索した。正直行けないところばかりだが、ひとまずカーヴェさんの部屋とアルハイゼンさんの部屋は分かった。あと書斎。ベッドはどこにあるんだろうか。個人の部屋にベッドがないので、寝室はまた別ということか。というか広いなここ。
 書斎に入って、本の背表紙を見たが、言語はわからなかった。でしょうね。聞いて分かる翻訳こんにゃくありがとう。食べた覚えないけど。そういえばカーヴェさんたちの会話も全て聞き取れるわけではない。あれは私の意識の問題ではなく、母語が違うという扱いなのか。
 とまあ、とりあえず寝て食べて探検して、という日々を一週間ほど繰り返した。

 昼に出かけたカーヴェさんがなかなか帰ってこない。酒場だろうか。猫用ベッドから降りて玄関に行ってみる。がちゃ、と扉が開いた。入ってきたのはアルハイゼンさんだ。
「……カーヴェは?」
「にゃう、にゃ」
「居ないのか」
 酒場には居なかったと言うアルハイゼンさんに、嫌な予感がする。ぽてぽてと私は外に出た。夜のスメールシティを子猫で歩くのは初めてだ。
 すんすんと匂いを嗅ぐ。猫の嗅覚は人間よりは発達している。カーヴェさんの匂いはもうすっかり覚えているので(変態くさくてこの言い回しは嫌だな)、匂いを辿ってふらふらと歩く。ぽてぽてと進み続ける。
 たどり着いたのはシティの郊外だ。ここで匂いが途切れている、というか、なんか匂いが変わった。
「うな、にゃう」
「元素力の痕跡があるな」
「にゃ?」
 元素力。この変な匂いだろうか。私はその匂いを辿って走る。子猫って速いな。てってこと走る。というかアルハイゼンさんがついてきてるの面白すぎる。猫を追いかけるアルハイゼンさんとかメルヘンすぎる。
 たどり着いたボロ小屋。カーヴェさんが中にいるとは分かるが、扉が閉められている。かりかりと扉を引っ掻く。アルハイゼンさんが下がれと言うので後ろに行くと、剣を元素力で作って扉を破壊した。うそだろ。
 慌てて飛び込む。カーヴェさんが血だらけで倒れていた。ぶわ、と毛が逆立つ。一心不乱に駆け寄る。アルハイゼンさんが声掛けをして、意識の確認をしていた。その後ろ、嫌な臭いがした。アルハイゼンさんの背後に、斧を振りかぶる、人が。
 飛び出し、体当たりをする。どんっと人は倒れた。アルハイゼンさんがすぐにその人から斧を奪い、拘束した。
 はあ、はあ、と息が溢れる。きつい。きつい。人が怪我をしているのも、命が狙われたことも辛い。ぼろ、と涙が溢れる。アルハイゼンさんが口を開いた。
「……猫か」
 その言葉に私は口を開いた。
「そうです。わたしは猫ですとも」
 あれ、と思う。人間の言葉を話したな、今。
 手を広げる。幼い人の手だ。私は子どもだろうか。着ている服は見れる範囲からして、真っ白な膝丈のワンピースだけだ。猫の尻尾などはない。
 だが、私の姿がどうこうよりもカーヴェさんである。慌てて血溜まりのカーヴェさんに向かっていく。
「カーヴェさん、カーヴェさん、いきてますか?!」
「意識はある。猫、早くここを離れるぞ」
「はい、ついていきます。おにもつ、もちます」
「別に何も持たなくていい。走るぞ」
「はい」
 カーヴェさんを背負ったアルハイゼンさんに続いて走る。たったと走る間、敵らしき人影は現れなかった。

 アルハイゼンさんは、ビマリスタンにカーヴェさんを連れて行った。私は家の横、物陰で待機である。カーヴェさんは大丈夫だろうか。神の目の所持者は丈夫にらしいが、血液をあれだけ流していても平気なのだろうか。ぺそぺそと涙が溢れる。ぐずぐずと泣いていると、二人分の足音がした。
「っ、あれか?」
「そうだ」
 アルハイゼンさんとカーヴェさんの匂いだ。ぱっと顔を上げて、たったと走る。
「あ、カーヴェさん!」
「猫ちゃんなのか、本当に?!」
「カーヴェさん、だいじょうぶ? ち、いっぱいながれてた、ち、たりてる?」
「ふらつくけど大丈夫だよ」
「ほうたい、がーぜ、てーぴんぐ!」
「怪我の処置だよ。よく知ってるね」
「けが!!」
「とりあえず家に入るぞ」
 アルハイゼンさんが扉を開くので、私とカーヴェさんとメラックが家の中に入った。

 カーヴェさんは安静にしていればいいのだろうか。玄関で立っていると、入らないのかいとカーヴェさんが言う。言うんだが。
「たおるください」
「……あ、足が、」
「けが、ないです。たおるください」
 アルハイゼンさんが適当なタオルをくれたので足についた血や泥を拭った。これでとりあえず家の中を歩ける。ついでに手も拭いておいた。白いワンピースは血だらけだ。アルハイゼンさんの服も汚れている。カーヴェさんはビマリスタンで処置ついでに着替えたのだろう。見慣れないシンプルな服を着ていた。
 風呂場に案内され、カーヴェさんが洗おうかと言うので拒否する。流石に今の状態なら自分で洗える。適当にスポンジと石鹸で血や泥を洗い流す。そろりと脱衣所を見ると、バスタオルとシャツがあった。着ていたワンピースは洗濯中らしい。
 仕方ないかと水気を拭き取って、シャツを着る。成人男性用のシャツは流石にでかいが、むしろこれはこれでシャツワンピでいいかと気持ちを切り替えた。
 あと、ついでに鏡を見ると、金髪の癖毛をした幼女がいた。髪の色はカーヴェさんと同じで、ショートカットの癖毛はアルハイゼンさんに似てる。顔立ちはカーヴェさんに似てるつり目で、目の色はアルハイゼンさんの目とそっくりだった。
 もしもあの二人が両親ならば、生まれる子はこんな感じ、といった具合だろうか。あとは、年齢としておそらく7歳程度である。7歳までは神の内ってか。
「猫ちゃん、大丈夫かい」
 声をかけられて、私はリビングに向かった。

 アルハイゼンさんが入れ替わるようにシャワーを浴びに向かう。私はソファに座るカーヴェさんの足元に向かった。
「カーヴェさん、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。猫ちゃんこそどうしたんだい」
「わからないです。わたしは猫です」
「そうか……」
 そして簡単な夕飯の用意をするカーヴェさんの後ろに私はいたのだった。
 コップに温かいミルク、温野菜をたっぷり。目の前に出されてきょとんとする。食べればいいのか。この背丈ならテーブルにもソファにも問題なく手が届く。低めの家具だったのかと驚愕した。子猫の私、本当に小さいな。
 もそもそもと食べる。カーヴェさんとアルハイゼンさんはあれこれと話している。よく聞き取れない。
「ええと猫ちゃん、明日はティナリの元に行ってみようか」
「きみは家にいるべきだ。呼べばいい」
「そんな簡単に呼び出せるか!」
「そもそも猫を外に出すべきではない」
「だけどねえ!」
 言い争いが始まっている。うーん。つまり。
「猫はいえにいます」
 スン……と言うと、カーヴェさんが項垂れた。
「アルハイゼンがティナリを呼んで来てくれ」
「いいだろう」
 夕飯が終わると、私はいつも通りに猫用のベッドに向かったが、そこは小さかった。当然である。仕方ないかとソファに向かってよじ登り、隅っこで丸くなる。眠い。ウトウトとしていると毛布を掛けてもらえた。うーん温かい。
 すや、と眠ると、カーヴェさんがおやすみと言ってくれた気がした。


・・・


 翌朝。洗った白いワンピースが乾いたらしく、これをどうぞとカーヴェさんから渡されたので脱衣所で着替えた。
 アルハイゼンさんはすでにティナリさんを呼びに向かったらしい。カーヴェさんが不安そうにしていた。うーん、私は出来ることは何もないが、とりあえずカーヴェさんの背中(素肌ではない)をぽんぽんと叩いてみた。
「猫ちゃん?」
「カーヴェさん、だいじょうぶじゃない?」
「大丈夫だよ。というより、猫ちゃんが大丈夫なのかい?」
「猫はへいきです」
「そうかな……本当になんで人間になったんだろう」
「わからないです」
 そうだよなあとカーヴェさんは沈んでいる。考え過ぎではないだろうか。

「初めまして、きみが猫なんだね」
「わ、わ、」
「僕はティナリ、彼女はコレイだよ」
「よろしくな! ええと、小さいな。女の子か?」
「わたしはおんなのこです。たぶん」
「何歳かわかる?」
「しらない」
「ここまでの記憶は?」
「うりんのなか、あるいてたら、まちにいました。カーヴェさんとであって、ええと、ねこたちがすすめてくれたから、おせわになってます」
「そうか……」
「名前はなんだ?」
「猫です」
「ええと、名前、わかるか?」
「猫です」
「ええ?」
「カーヴェ、アルハイゼン、なんかネームタグとか無かったの?」
「首輪ひとつ無かったよ」
「俺たちは名前をつけていない」
「あっそうなんだ。ええと猫ちゃんは体の違和感とかある?」
「ないです」
「家族はどうしたんだ?」
「かぞく?」
 思わず繰り返したら空気が固まった。おお、各人の地雷だな。だけれど、私は何とも言えない。
「たぶん、かぞくはいません」
「どうしてかな?」
「だって、きがついたら、ひとりだったので」
 そうとしか言えない。日本の成人女性私にはあたが、このテイワットに来てからは家族の姿がなかった。
 難しい顔をした四人に、私は気にしてほしくないと言った。
「アルハイゼンさんとカーヴェさんがいたから、さびしくないです。ごはんもくれたので、もんだいありません」
「そっか。じゃあこっちで話してるから、コレイは別室で着替えさせてあげて」
「はい、師匠。猫ちゃん、書斎にいくぞ!」
「え?」
 コレイちゃんに引っ張られて書斎に向かった。

 服である。今の私にぴったりであろう服だ。難しい作りではないが、真っ白なワンピースよりは重装備である。
 説明されるままにいそいそと着替える。大雑把に、レンジャーのものではないだろうか。
「よし、着れたな。サイズは良さそうだ。にしても本当にアルハイゼンさんにもカーヴェさんにも似てるなあ」
「わたしもそうおもいます」
「そうなんだな?! ええと、猫ちゃんは名前はいらないのか?」
「ひつようないです。猫ですから」
「う、うーん? そうなの、か?」
 まあ人の姿しか見てないコレイちゃんにこれ以上の説明は無理である。理解してくれ。私も仕組みはわからんが猫なんだ。
 コレイちゃんとリビングに戻る。カーヴェさんが、小さなレンジャーだねと笑っていた。
「猫ちゃんおいで」
「はい、カーヴェさん」
 てってこと向かう。ソファによじ登って、ぽてんと拳二つは距離を空けて座る。ティナリさんとアルハイゼンさんは推測だがと話した。
「カーヴェを起点として変花していそうだ」
「そうだね。猫ちゃんは今、猫になれる?」
 ティナリさんの言葉に、首を傾げる。うーん。
「わからないです」
「じゃあ、カーヴェさんに頼まれたらどうだ?」
 コレイちゃんの提案に、カーヴェさんがゆっくりと私を見て言った。
「猫に戻れる?」
「はい」
 ぽふんっとカウチに転がった。すっかり慣れた子猫の視点だ。服も変化したらしい。ティナリさんとコレイちゃん、そしてカーヴェさんも驚いていた。なんなら私も驚いているが。
「ほ、本当に子猫だぞ?!」
「へえ、本当だったんだね」
「猫ちゃん大丈夫かい?!」
「にゃあう」
「人間になれる?」
「にゃう」
 またぽふんっとカウチに座っていた。服はさっき着させてもらったレンジャー服である。
「カーヴェの意のままにってところかな」
「あとはカーヴェに何かあった時だろう」
 私はティナリさんとアルハイゼンさんに言った。
「わたしは猫です」
 スン……と言うと、カーヴェさんが何やら責任を感じていた。いやまあ他人の変化が自分の意思に関係していたらビックリよね。そりゃそうだ。
「猫はだいじょうぶです」
「そうかな、僕はちょっと、いやかなり驚いているけれど」
「カーヴェさんのおけがはだいじょうぶですか」
「平気だよ」
「なら、わたしもへいきです。猫はカーヴェさんがげんきならそれでいいです」
 本心をそのまま言うと、カーヴェさんは微妙な顔をしていた。うーん、事実しかないんだが。流石に一週間以上生活していればアルハイゼンさんやカーヴェさんに愛着も湧くんだが。
「とりあえず、人の姿で名前が猫じゃまずいし、なによりもその、見た目からしてアルハイゼンとカーヴェの血縁にしか見えないんだよね」
「そとでは猫になってます。それでいいです」
「いいのか? 猫ちゃんだって家の中だけだと退屈だろ?」
「たいくつ、というか、」
 コレイちゃんにどう伝えたものかと、口をモゴモゴとさせる。大人たちもコレイちゃんもじっと待っていた。
「わかんないから、ええと、ことば、よくわからなくて」
「言葉……?」
「しょさいの、ほんの、せびょうし、よめなかったから、猫はきほんてきなことばをしりたいです」
 そもそも家から出る前に、テイワットのことをゲーム知識分しか知らないので大変危険である。
「いのちだいじに、です」
 某ゲームの作戦方針を言うと、四人はそれぞれ気が抜けたように笑っていた。おお、笑うのか。
「じゃあ言葉ならアルハイゼンに教えてもらいなよ。僕はコレイと一緒に服を買ってくるから」
「予算はこれだ」
「いいよ」
「僕もついて行くよ」
「カーヴェは安静にね」
「うっ」
「わたしもそとにいくんですか?」
「いや、僕とコレイで勝手に見繕うよ」
「ちゃんと似合う服を選んでくるぞ!」
「はい。おねがいします」
 そうしてティナリさんとコレイちゃんを見送ると、さてと後ろから声がした。そういや途中から消えてたなアルハイゼンさん。
「基本的なテイワットの言語を教えよう」
「頼むぞ知論派」
「がんばります」
 字が読めず、書けないのは、日本人的につらいのである。あと私の趣味は読書である。テイワットの本を読みたい。

 アルハイゼンさんが基本的な文字を教えてくれる間、カーヴェさんはご飯の用意をしていた。
「猫ちゃんは食べたいものあるかい?」
「やさいです」
「温野菜でいいのかな。アルハイゼンは?」
「肉」
「きみは本当にそればかりだな」
 ふんふんと文字を習う。アルハイゼンさんの教え方は大変わかりやすかった。頼もしい知論派である。
 昼食の時間になると、ティナリさんとコレイちゃんが帰ってきた。コレイちゃんが服の着方を教えてくれる間に、昼食の用意が整ったらしい。
 ティナリさんとコレイちゃんも含めて、五人で昼食だ。
「温野菜だけでいいのか?」
「はい。えいようあります」
「肉とか、ええと穀物とかはどうだ?」
「こくもつ? ぱん、おぞうすい、すきです」
「ええと、肉は?」
「おにく、ううーん、とりにくなら、すこしは……」
 成人女性は肉より野菜が好きなことが多いと思う。知らんけど。私が脂っこいものが苦手なだけです。
「猫ちゃんの好きな食べ物ってなんだ?」
「おやさい、くだもの、すーぷです」
「おお、じゃあ嫌いな食べ物は?」
「あじのこいもの、からいもの、あぶらっこいものです」
「……もしかしてスパイスとかダメなのか?」
「すぱいすは、すこしです。かわったにおいがするやつは、すこしだけです」
「そうかあ」
 コレイちゃんはピタを食べながら言う。
「本当にアルハイゼンさんとカーヴェさんを足して割ったみたいだな」
「がんばれば、なんでもたべます」
「そ、そうか」
 私はとりあえず目の前の温野菜を食べる。野菜の味が濃い。うまい。

 そうしてティナリさんとコレイちゃんが帰るので、私はちゃんとお見送りをした。そしてカーヴェさんは仕事をして、アルハイゼンさんはまた言語を教えてくれた。
「アルハイゼンさんはおしごといいんですか」
「有給をとった」
「ゆうきゅうはちゃんとつかうといいです」
 大切だ。

 気がついたらウトウトと寝ていた。む、と起きるとソファで寝転がっていたようで、起き上がる。夕飯だ。
 今度はミントビーンズスープを分けてもらった。これ飲めるんだろうか。恐る恐るスプーンで掬って飲んでみる。爽やかなミントの香りと、柔らかい豆。意外と飲める。ミントはミントでも、歯磨き粉のような物ではなかった。
「食べられるかな?」
「はい」
「俺は汁物を好まない」
「きみにはキッシュを作っただろ」
 そして私はだいぶ少食らしく、すぐにお腹いっぱいになったのだった。

 一番風呂に入り、コレイちゃんが選んでくれたであろうパジャマに着替える。シンプルで飾り気のないものだ。大変ありがたい。
 風呂を出ると、カーヴェさんが口にした。
「猫ちゃんはどこで寝る?」
 すうっと猫用のベッドを見る。人間の姿では眠れそうにない。
「カーヴェさん」
「何かな」
「猫にしてください。猫はあそこでねます」
「いやそれはちょっと」
「俺とカーヴェが寝てるベッドでもいいが」
「え、べっどあるんですか?」
 寝室があったのか。というか、そもそも二人が寝てるベッドとは。単純に理解できずに首を傾げていると、カーヴェさんが仕方ないなと口にした。
「ひとまず、今日はソファに寝てくれるかい?」
「猫にしてください」
「ええと、」
「猫になればかいけつです」
 いくら親切であっても譲らんぞと見上げていると、カーヴェさんが折れた。
「猫になっていいよ」
「はい」
 ぽふんと子猫になって、私は猫用のベッドに入り、すやすやと寝たのであった。

 それからしばらく。アルハイゼンさんから基本的なテイワット言語の基礎を教えてもらった。基礎が読めるようになると、テキストを用意してくれたので一人で自宅学習をした。カーヴェさんは忙しく働いていたが、ちゃんと朝と夜に猫や人間に切り替わる合図をくれた。あとは、何気にメラックと仲良くなれて嬉しかった。

 言語が分かってくると、書斎の本の背表紙にある字が読めてくる。ほとんどは学術書だろう。書斎に行くたびに本棚を見上げていたのを見られていたらしく、とある日にはカーヴェさんが本棚を新しく作って、アルハイゼンさんが選んだ本が並んだ。私が読める字のそれは児童書のようなものだろう。絵本ではないらしい。
 あとは、カーヴェさんの仕事部屋に入れてもらえるようになった。模型に感動していると、積み木を提案されたので拒否した。代わりに、色のついた紙と鋏をもらう。
「何してるんだい?」
「ぺーぱーくいりんぐ、です」
「うん?」
 細長い紙を丸めたり切ったりして、花弁を作り、組み合わせて花を作る。何を作るのかと気にしていたカーヴェさんに見せると懐く感動された。
「本ばかりじゃなかったんだな!」
「あっはい」
 どうやらアルハイゼンさんにばかり懐いていたと思われていたらしい。不服である。アルハイゼンさんは今でも怖いぞ。いや、話題さえあれば怖くないが。特に無言で本を読んでいる時は絶対に近寄りたくない。


・・・


 そんなこんなで、ある日のことである。
「猫ちゃん、お出掛けしよう」
「猫になります」
「いや、人間がいいかな」
「はい?」

 ランバド酒場だ。
 2階の奥の机にティナリさんとコレイちゃんがいた。そして、あれは、セノさんだ。
「来たね」
「また服を用意したから持って帰るんだぞ!」
「ありがとうございます」
「俺はセノだ」
「わたしは猫です」
「本当に名前がないのか」
「猫ですので」
 そうかと不思議そうなセノさんに、どうしたものかと思っていると、椅子に座ってと言われたのでよじ登って座る。席順は奥から、アルハイゼンさん、カーヴェさん、私である。なおカーヴェさんとは拳二つ分ぐらいの距離を開けた。

 コレイちゃんが勧めてくれるご飯をちまちまと食べていると、大人たちは酒を飲んでいた。もちろんコレイちゃんと私という未成年がいるので、控えめではありそうだが。カーヴェさんがすっかり仕事の愚痴モードの酔っ払いになった頃に解散となった。
 アルハイゼンさんが支払いを済ませて、さらにはカーヴェさんを背負う。私はその後ろをてくてくと歩いた。セノさんたちとお別れの挨拶をして、シティを歩く。
「カーヴェさんはかるいですか?」
 思わずアルハイゼンさんに聞くと、猫よりは重いと言われた。それはそうである。

 家に帰ると、アルハイゼンさんはカーヴェさんを背負ったまま奥へと向かう。何となくついて行くと、寝室に入った。部屋の中に入らないようにしながら、大きなベッドにカーヴェさんを寝かせたアルハイゼンさんが私を見た。
「なんですか?」
「今夜は猫になれないだろう」
「あ、えっと、そふぁでねます」
「そこにベッドがある」
「はい?」
「そこで寝るといい」
 ペタペタと部屋に入ると、よく見えなかった位置に一人用のベッドがあった。丁寧に作られたそれは、明らかにカーヴェさんの手作りだった。
「風呂に入ったら寝ろ」
「はい」
 私はてってこと風呂に入った。

 アルハイゼンさんとカーヴェさんが大きなベッドで並んで寝てるのを確認して、私は一人用のベッドに寝る。
 というかなんでお二人は同じベッドで寝てるのだろうか。あれか、場所の節約か?
 何も分からないが、寝るしかない。すや、と眠った。子供も猫もよく寝るものだ。

 翌朝。目覚めると、アルハイゼンさんとカーヴェさんはまだ寝ていた。てってこと寝室を出て、書斎の隅にある箪笥から服を取り出して死角で着替える。
 大人二人が起きる前にこうして行動することは初めてだ。キッチンに入って、水を飲む。そして、台所を観察した。調理器具は私も知っているものがほとんどである。オーブンの使い方を確認して、踏み台になりそうな台も確認した。よし。
 パウンドケーキを作ろう。

 小麦粉、砂糖、卵、油。そして具材にドライフルーツ。パウンドケーキは1ポンドケーキである。つまりは分量を同じだけにすればいい。あとは現代風に食べやすくアレンジするのだ。
 いそいそと生地を作って、オーブンで焼く。様子を見ながら焼いていると、ばたばたと足音がした。
「っ、猫ちゃん?!」
「あ、カーヴェさんおはようございます」
「なにして、」
「ぱうんどけーきをつくってます」
「……は?」
 唖然とするカーヴェさんの後ろからにゅっとアルハイゼンさんが出てきた。おはようございます。

 焼けたパウンドケーキ(型は適当にあった器)を型から出して粗熱が取れるのを待つ。待つ間にホイップクリームも作っておく。
 また、私はミルクをコップに注ぎ、隣ではアルハイゼンさんが二人分のコーヒーを淹れていた。カーヴェさんは二日酔いである。

 パウンドケーキを切り分けて皿に盛り付け、ホイップクリームを添える。てきぱきと運ぶと、カーヴェさんが感動していた。簡単なものしか作ってないんだが、いいのだろうか。
 朝ごはんだ。私はケーキとミルク、大人たちは果物も食べていた。
「よく作れたね」
「かんたんなものなら」
「猫ちゃんには背丈が足りなかっただろう?」
「ふみだいをつかいました」
「一人で勝手に作らないほうがいい」
「言い方が悪い。危ないよってことだからね」
「はい」
 本当に背丈には苦労したので、私は文句を言わずに頷いた。


・・・


 カーヴェさんは酔っ払うのが早い。家飲みすると言われたら、先に夕飯を食べて猫にしてもらうようにしている。
 だが、そうもいかない日もある。酒場で飲んできた時だ。

 人の形で寝ることはあまり好ましく思えない。成人男性たちの寝室で堂々と眠れるほど、私の精神は図太くない。たとえ私の見た目が子供であり、大人たちがきちんとしていてもだ。

 ソファで寝るかと、眠くなるまで本を読むために書斎に向かう。児童書を開き、読み進めた。寝室の扉の音がして、静かになる。本が読める程度の灯りをつけながら、黙々と読む。

 しばらくして、本をしまってからリビングに向かう。暗い中でソファに寝転がって、昼寝用の毛布を被った。すぐに寝ていた。

 朝である。猫ちゃんと声をかけられた。カーヴェさんの声だ。今日は二日酔いしていないらしい。
「おはようございます」
「おはよう。ベッドで寝れば良かったのに」
「しんしつはいやです」
 素直に言うと、カーヴェさんはぱちりと驚いていた。そりゃそうである。だが、精神は成人女性と言っても証明する手立てはないので、わがままとして通すしかない。
「しんしつ、いやです」
「……他の部屋ならいいのかい?」
「はい」
「ベッドが眠りにくいということではなく?」
「ねむりやすいです。そふぁはやっぱり、からだがいたいです」
 うにうにと伸びをしていると、よしとカーヴェさんは言った。
「部屋を作るか」
「場所がない」
 ぶった斬ったのはアルハイゼンさんである。私は挙手をした。
「ものおきがいいです」
「あそこは埃が!」
「きみが定期的に掃除しているから大して埃はない」
「でも、物置きにベッドなんて、虐待を疑うぞ?!」
 わあわあとカーヴェさんは言っているが、私としては物置きがいいのである。じいっと見上げていると、カーヴェさんが仕方ないなと言った。そのままアルハイゼンさんが口を開く。
「ベッドなら俺が移動する。きみは朝食を作っていろ」
「分かったよ。頼んだからな」
 そしてカーヴェさんが言うのだ。
「今日は午後から旅人が来るからね」
 うん?
「たびびと?」
「友人だよ」
 カーヴェさんはそう言うと、朝食を作り始めた。

 午後である。勉強に区切りをつけてテキストを閉じる。そろそろ旅人が来るのだろう。私は机の上を片付けてから書斎に向かった。正直旅人が蛍ちゃんか空くんなのかとても気になるし、パイモンちゃんと会ってみたい。だが、流石に旅人に巻き込まれたら死に直結しそうで怖い。ただの猫なので。
 書斎の隅で黙々と児童書を読む。リビングで物音がしたので、私は本の世界に飛び込むように読み進めた。


・・・


「ここのところ預かっている子がいるんだ」
 カーヴェの言葉に蛍は驚いた。パイモンもええっと驚く。
「オマエたちが子供を預かってるのか?!」
「ひどい言い方だな」
「アルハイゼンとカーヴェと暮らしてるの? 教育的に大丈夫?」
「旅人もそういう認識なのかい?」
 困ったなとカーヴェがぼやく。アルハイゼンはしれっとしていた。
「気になるなら探せばいい。家の中にいる」
「家の中を探検していいのか?!」
「見られて困るものはない」
「そうだろうね……」
 そうして蛍とパイモンはリビングを出た。部屋を見て回る。途中にみつけたそれぞれの仕事部屋に感動しつつ、見たことのある書斎に入る。
 すると、部屋の奥に女の子がいた。
 カーヴェのような金髪を、アルハイゼンのような髪型に揃えてある。白い肌、顔立ちはカーヴェのように鮮やかだ。ふっと、人の気配を感じたのか、本から顔を上げた少女はまだとても幼くて。それなのに、アルハイゼンそっくりの目が蛍とパイモンを捕らえた。
「オマエ、誰だ?」
 パイモンの声に、少女はあどけない顔に微笑みを浮かべた。
「わたしは猫です」
 は、と揃えて声を出したのは蛍とパイモンだった。


・・・


 旅人たちの方からエンカウントしてくるとは思わなかった。本を片付けてから、てこてことリビングに向かう。旅人とパイモンはなんて言ったらいいのかと戸惑っているらしい。それはそう。私はとりあえずリビングのソファに座ってみた。
「この子が預かってる子か?」
「女の子だよね」
「そうだね」
「名前は何だ?」
「ええと、猫かな。僕は猫ちゃんって呼んでるよ」
「変な名前だな」
「猫ちゃんは嫌じゃないの?」
 首を横に振る。
「猫なので、いやではないです」
「訳がわからないぞ! というか、カーヴェとアルハイゼンにそっくりだな」
「不思議だね。二人の子ども?」
「僕らはどちらも男性だよ」
「一目見た知り合いたちは揃って奇妙な物語を口にする」
「大体二人の子だと思われるのかよ……」
 皆思うんだな、と思ったが、黙っておく。まあ、私も二人の子かなって思う見た目だ。
 カーヴェさんがミルクを持ってきてくれたので、ちみちみと飲む。どうやら秘境や探索のために、アルハイゼンさんとカーヴェさんの力を貸してほしいらしい。
 ふむ。ならば。
「猫はおるすばんします。だいじょうぶです」
 私は非戦闘員である。だが空気は固まった。
「ええと、壺に来れたりする?」
「つぼ……」
「というかシステム的に猫ちゃんはどういう扱いなんだろう」
「しすてむ……」
「一度壺に呼んでみるぞ!」
 慌てて外に出た二人に呆然とする。確かに室内で壺は開けなかったような。

 おわ、と視界が変わった。空である。落ちる。自由落下である。死ぬ。
 ふわりと何かに包まれた。風?
 ゆっくりと落ちると、そこは璃月式の壺であった。
 アルハイゼンさんと、カーヴェさんがいる。さっきの風は何だろうと思う前に、放浪者とナヒーダがすうっと建物の隙間を通っていた。おお、助けてくれたのかな。
「猫ちゃん平気かい?」
「はい」
「礼はこちらから言っておく」
「はい」
 そこで蛍ちゃんとパイモンちゃんが飛んできたので、私はお招きありがとうございますと頭を下げたのだった。

 壺のシステムはゲームとは違うようだ。許可証のある人が自由に出入りしているらしい。

 やたらと建物が多く、スメール陣営はスメール風建築に個人部屋があるらしい。
 ついでに男女で建物が分かれていた。ありがたい。
 コレイちゃんの隣に部屋を用意してもらい、不安そうなカーヴェさんに大丈夫と繰り返した。
 それから歓迎会をすると言い張る蛍ちゃんとパイモンちゃんに、私は呆気に取られた。ええ、新キャラ扱いなのか私は。イベント報酬か何かか?

 本館をカーヴェさんの案内で回る。アルハイゼンさんは壺の自室で本を読むらしい。
 わかりやすい案内で生活に必要な食堂や風呂場などを確認していると、上から声をかけられた。
「ふむ、不思議な童じゃのう」
「へ、」
「八重さんこんにちは、珍しいですね」
「うむ。久しいな。童よ、名前は何と言う?」
「わたしは猫です」
「ん?」
「ああ、この子は猫と呼ばれたいみたいで」
「そうかのう」
 八重神子さんだ。固まっていると、八重さんはそう固くならなくともいいとくすくす笑っていた。
「神の目は無いようじゃが」
「そうみたいです。ね、猫ちゃん」
「かみのめはもってません」
「そうかそうか。ふふ、童よ、着物に興味はあるか? 仕立てようぞ」
「えんりょします」
 いくら善意でも着物とは高いものである。稲妻の服事情は知らんけど。反物は普通は高くないか?!
 そこで外で何かの音がした。大きな音に驚いてカーヴェさんの手を掴む。爆発音もする。なに、なに?!
「また誰か手合わせでもしてるのかな」
「ふむ。水元素と草元素じゃのう」
「あの、えっと、てあわせって」
 そんなこと壺でしてるんですか?!
「見に行くかい?」
「ひ、」
「大丈夫、童のことは守ろう」
「ひえ、」
 こちとら平和ボケ日本人やぞ。

 外ではアルハイゼンさんとタルタリヤさんが手合わせをしていた。観戦者は結構いる。
 ていうかタルタリヤさんがいる次元なんですね、そうですか、怖い。草原核が爆発する。当然二人は避ける。八重さんがにこにこと笑って私の隣にいるので、カーヴェさんの手をぎゅっと握った。
「カーヴェさん、あれって」
「元素を使った手合わせだよ。旅人は滅多に元素使用許可を出さないんだけど」
「ひえ、」
「怖いのかのう?」
「はい」
 ふむと八重さんが手を振った。ばちんっと雷元素が弾ける。

 タルタリヤさんとアルハイゼンさんが一度動きを止め、八重さんを見た。
「参加してもいいじゃろう?」
 なんで参加するんですか。
 三人の戦闘が繰り広げられた。カーヴェさんの手を握って、私は震えてしまう。怖い。死ぬ。
「大丈夫かい?」
「むり、むりです、こわいです、しんじゃう」
「大丈夫、死なないよ」
「ひえ」
 しばらくして、蛍ちゃんとノエルちゃんがお夕飯ですよと叫んで止めた。

 食堂で夕飯らしきものを食べる。たぶんチキンのスイートフラワー焼きだが、正直味がしなかった。元素反応怖い。カーヴェさんとアルハイゼンさんいるテーブルでちまちまと食べていると、やあと声がかかった。
「ティナリさん、こんばんは」
「こんばんは。猫ちゃんも入れたんだね」
「そうみたいです。コレイちゃんはいないんですか?」
「アンバーたちと食べてるよ。相席してもいいかな」
「えっと、」
「僕は構わないよ」
「座るといい」
 ティナリさんも加わり、四人で食べる。カウンセリングのように聞き出されて、元素反応を初めて見たこと、それが怖かったことを素直に喋った。
「そうか、猫ちゃんは神の目も持ってないもんね」
「すぐそばに、わたしのし、がある」
「はは、でも皆手慣れだから大丈夫だよ」
 ティナリさんの笑顔に、カーヴェさんも言う。
「危ないと思ったら建物の中に入るといいんじゃかいかな。壺に柔な建築はないよ」
 そういう問題なのだろうか。でも、私はとりあえず頷いておいた。

 夜。さくっと本館の女風呂に入って、与えてもらった部屋に向かう。
 その道中に、こんにちはと声をかけられた。
「え、」
「わたくしはナヒーダよ、猫ちゃん」
「ナヒーダさん、えっと、こんばんは、猫です」
「ふふ、良い子ね。こんばんは」
 おはなししましょうとナヒーダさんに手を引かれる。そのまま連れて行かれたのは本館の談話室らしかった。
 中には、ウェンティさんと鍾離さんと雷電さんがいた。なんだこの神様空間。
「おや、来たのか」
「ええ、連れてきたわ」
「いらっしゃい! 飲み物どうする?」
「甘味もありますよ」
「こ、こんばんは……」
 死ぬ。

 会社の圧迫面接を受けている気分だ。のんびりとした各国ジョークが飛び交う中、私はひたすらナヒーダさんに撫でられていた。なお、私はサイズ的にナヒーダさんより小さい。
 そのうちフリーナさんとヌヴィレットさんまで来て、すげー神様ジョークが飛び交う空間になった。私はそっと目を閉じて、寝た。すまない、情報量に耐えられなかった。

 翌朝。私は与えられた部屋のベッドで寝ていた。ナヒーダさんか雷電さんかフリーナさんが運んでくれたのだろう。
 よろよろと着替えて、私は部屋を出た。ぽてぽてと本館に向かう。カーヴェさんとアルハイゼンさんに会いたかった。ていうかカーヴェさんに猫にしてもらいたい。無理。情報量に耐えられない。
「あれ、猫ちゃん?」
「猫、大丈夫かあ?」
「あ、おはようございます、ほたるちゃんとぱいもんちゃん」
 おはようと二人は笑っていた。どうやら朝食の用意をするらしい。
 ついて行くと、食堂近くにキッチンがあった。キッチンはいくつもあり、なんと、私の背丈でも使えそうなキッチンもあった。
「何か作る?」
 蛍ちゃんに言われて、私はこくんと頷いた。

 ところで私の趣味兼特技の一つは製菓である。

 基本の材料があれば大抵のものは作れる。幸い基本的な食材はテイワットでも日本でもあまり変わらないし、レシピも通用した。見たことがない不思議な果物などは、味を確認すればだいたい理解できた。
「わあ!」
「ケーキか?!」
「ヴィクトリアサンドイッチケーキです」
 ふわふわとしたスポンジ生地に、ベリーのジャムを挟んだだけだ。スポンジ生地は一度覚えてしまえば簡単である。
「いくつかやけたので、みなさんでたべてください」
「わ、嬉しいな」
「いいのか?!」
 いつの間にか蛍ちゃんとパイモンちゃん以外の人もいたが、挨拶だけして、温野菜と三人分のケーキを手に食堂に向かった。多分いるだろうと向かうと、カーヴェさんとアルハイゼンさんがいた。てこてこと近寄る。
「おはようございます」
「おはよう、猫ちゃん。それは?」
「つくりました。どうぞ」
 嬉しいなとカーヴェさんが喜んでくれて、アルハイゼンさんは黙々と食べてくれた。二人とも朝食はもう食べたようだ。私も温野菜を食べてから、ケーキを食べる。うん。ちゃんと出来てる。
「ここには子どもの高さのキッチンがあったね」
「はい。そこでつくりました」
「壺にいる間は自由に使えばいい。旅人は許可している」
「わかりました」
 やっぱり、アルハイゼンさんとカーヴェさんの近くは安心できた。


・・・

おまけの設定

夢主
・子猫。幼女にもなれる。精神はアラサー社畜女性元原神プレイヤー日本人。
・名前は特にない。猫と呼ばれる。
・幼女の時は、カーヴェと似た髪色と顔立ち、アルハイゼンと似た髪型と目。猫の時は金髪緑目赤い瞳孔。
・幼女時の見た目はナヒーダより幼い。外見年齢は推定7歳。
・趣味は読書と製菓。ペーパークイリングも趣味のひとつ。多趣味だが、社畜らしく働いている時は大抵ダメダメだった。
・基本的に頭はいい。だが平和ボケ日本人らしくビビり。怪我とか元素反応が怖すぎる。
・神の目は未所持。特に欲しくないので無くていい。
「こんにちは、わたしは猫です」

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