そうしてわたしは番を得た。

!gnsn夢!
すみません、夢主の名前は固定です。
ただ、夢主本来の名前は出てこないので正しく言うとネームレスです。

!女主ですが性別は適当です!
わけあって変更できる。
今回は女性バージョンのみです。

!夢主が誰かと恋愛することはおそらくない!
仲良くはなる。仲良くなれないこともある。
恋愛するのかこの夢主……?と思いながら書いた。
あえて言うなら鍾離夢か旅人夢か創作夢。特別な感情を持つ可能性が今のところここしかない。

!夢主がキャラから敵対、不和、警戒などの感情を向けられることがあります!
これは〇〇マイナスってやつか?

!カーヴェ愛され!
幸せになってくれ。

!ちっちゃいカーヴェを擬似母として愛している夢主です。恋愛感情ではない!

!カーヴェも夢主を母だと慕います。恋愛感情はない!

!そもそも夢主がろくでなし!

!自作一次創作の設定集から夢主の設定を練ったのでそれなりにイロモノ夢主です!

!夢主は人間やめました!

!細かい設定はゆっくり書いていきます。何せ作者は設定だけ作って満足する設定厨だからです。つまり、一次創作設定が、膨大!

!カーヴェはぎり人間です!

!カーヴェの設定はふんわりしてます。何故ならカーヴェは実装前だからだ(2023/02/09現在)!

!死ぬが!
生き返る(語弊)


とりあえずの夢主とカーヴェの前提設定

夢主
・現代日本出身。精神を病み、自宅療養している成人済み女性。茶色の髪と、金色にも見えるぐらい薄い茶色の目。単に遺伝である。
・裕福な家庭だが、家事は一通りできる。
・趣味で小説を書く。専ら一次創作であり、恋愛を歪に見ている作風である。
・原神は妹が楽しく遊んでいて、世界観設定やキャラクター設定をたくさん教えてくれた。中でも妹はカーヴェが実装したら欲しいと願っていた。
・原神のガチャは専ら夢主が引いていた。何故ならガチャ運がいいので。課金は妹(プレイヤー本人)の判断です。
・シスコン。妹が二人いる。夢主どちらも可愛がっているのだが、妹同士は仲が悪い。主に夢主を取り合っている。
・家族を愛することは夢主にとってごく自然な感情である。他人は夢主からするとどれも見分けがつかない場合がある。
・精神を病んでいるが、他人を攻撃するタイプの病ではない。さらにいうと、幼少期から病を抱えていたのが発覚した為、治療が困難であり、長期での自宅療養を言い渡されている。
・これでも大卒である。専攻は日本文学。卒論は夢野久作の短編集を題材に研究のち書いた。
・正真正銘の気狂いともいう。

カーヴェ
・夢主の手元に迷い込んでしまった少年。おそらく七歳。
・何も分からない、何も話せない、怯えている。夢主が優しい人だと分かると懐くようになる。
・夢主が擬似母だと名乗った為、幼いカーヴェは夢主を「おかあさん」と呼ぶことになる。
・夢主の元でよく寝ているようだ……?


・・・


そうしてわたしは番を得た。01


 私には可愛い妹たちと優しい両親がいる。私は精神を病み、自宅療養をしている成人女性である。趣味は一次創作小説設定を練ることである。
 まあそういう、現代日本の平和ボケした人間なのだ。

 が、目覚めたら白い空間にいた。ところで私は幼少期に臨死体験をしたことがある。そもそもその辺りで精神を病んだ可能性が高い。白いものは私の恐怖を煽る。とくに淡く発光する白がダメだ。当然、病院などもっての外である。よって自宅療養なのだ。
 さて、この白は嫌いだ。本当に無理。なので、とりあえず視点を変えたい。白を変えたいなら、ここを想像する。物語を綴るように、脳か指か分からないが、ふわりと生み出していく。ここは一軒家だ。古い日本家屋をリノベーションしてあるが、縁側があったり、座敷があったりする。私はそういう日本古来のものが好きだから、そこを想像した。目を開くように見れば、白い場所は一軒家の外になっていた。窓の外が白いだけなのは嫌だ。だから、日本の田舎を夢想する。田園とか、虫の声。季節は、夏がいい。初夏だと、もっといい。私は夏が好きだ。
 そうして場面を作り終えて、私は目を開く。夢というものがある。私は変わった明晰夢を見るタイプだ。物語を見る。物語に介入する。私自身の姿はそこにない。登場人物たちが生きて、駆けて、死んでいく。そこで死ぬのが惜しければ、死なないように書き換える。産まれる時代が違うなと思えば、書き換える。あ、さっきのシーンをもう一度見たい、そう思えば本のページを戻すように場面を戻せる。そういう一種の明晰夢をみる。
 さて、その要領で作り上げた世界は日本の田舎の初夏だ。人間は作らなかった。設定を詰め込めば人間は自立し、動く。ただし、そこまで考えるのは脳のリソースがそれなりに必要だ。最近あまり食べていなかったので、おそらく栄養が足りない。人間作成にリソースを割くのはやめた。
 一人だ。そこで私は自分が白いワンピースのようなものを着ていると自覚した。丈の長さからして、男性用かもしれない。肩を見てみると、一応は肩幅が合っていた。だが、作りはおそらく男性向けだ。首元はシャツのようになっている。適当に触ってみると、シャツの合わせは男性だった。まあ、ルームウェアは男性用パーカーを使うこともあるので、男性服を着たところで特に感想はない。
 で、思った。私は白いワンピースなぞ、絶対に自分から着ない。
 もしかして、これは夢ではないのか。そう考えて、気がつく。自分の胸に大きなものがある気がする。それを私はこう書いた。
「世界」
 ははあ、なるほど。私は私の一次創作設定を元に、この空想に浸っているわけだ。
 この小さな世界が何なのかはわからない。箱庭を眺めるように、私はその生まれたばかりの世界を胸に抱く。
 ここで言う、私の一次創作設定とは『創造主制』である。

創造主が世界を創る
世界が創造主を選ぶ

 これが同時に成立しているのが、私の想像した『創造主制世界群』である。
 まあつまり、私はこのちいさな生まれたての世界の創造主なわけである。ちなみに、創造主は絶対的な存在ではない。創造主には基本指針、というより、本能として選択するものがある。
 創造主の使命は『世界の存続』である。
 その為なら何だってできる。だが、それ以外は興味が限りなく薄いか、認知できないか、何もできないか、である。最強であり、最弱。それが創造主だ。しかも創造主は創造主になった瞬間から長命ではあるが、不死ではない。ちなみに世界は限りなく不死である。まあ新世界誕生のために世界がいくつか死ぬことはある。超新星爆発とか、宇宙の現象を元にこの辺りは想像した。宇宙はいい。浪漫だ。
 さてはて。私はそのちいさな世界を胸に抱いて過ごす。日本の初夏、虫の声。癒される。ちなみに創造主は人でなしだ。まあ、先述で分かる通り、やろうと思えば世界単位で生き物を殺せる。私はそもそも精神を病んでいて、まあ正常ではない自覚はある。創造主は創造主になった時点で、若く、普通、であればあるほど、人格の崩壊が早い。この点、私はとても有利である。人格はそれなりに保たれるだろう。
 小さな世界を愛でていると、大陸が出来ていた。そして、名前が脳裏に浮かぶ。

テイワット

「おおっと原神かな?」
 愛しい妹がたくさん教えてくれたゲームだ。私は彼女のデータのガチャにだけ参加していた。私はガチャ運がいいので、大抵のレアが揃ったらしい。私はよく知らん。
 そういえば、妹は「カーヴェが実装したら欲しい」とよく言っていた。どうやら私が引いた何とかハイゼンと関係があるらしい。よく知らないが、実装前のキャラが欲しいというのはなかなか辛そうだった。姉として歯痒かったものである。
 とか言ってたら、ころん、と座敷に何かが転がった。人間の作成にリソースは割いていない。何だろうと顔を上げると、七歳程度の少年が目を丸くして転がっていた。金髪、赤目。うーん。日本人ではない。とりあえずそう。で、私が抱く世界はテイワット。ならばこの子供は恐らく原神のキャラクターであり、私が創造主であることを鑑みるに。
 まあ、さっき考えたカーヴェというキャラクターの幼少期だろう。
 捏造は当然である。私は原神というゲームを妹を通してしか見たことがない。何も喋らず、驚いている子どもはぴくりとも動かない。呼吸はしてるようだが。
 私は胸に抱いていた世界をひとまず空に放って、少年に近寄る。少年は起き上がった。服装は生成りの寝間着だろうか。まあ、ここは夢の狭間みたいな場所である。寝ている状態を理想としたのだろう。私が、なのか、世界(テイワット)なのか、は分からないが。
「はじめまして、キミはカーヴェだね」
 少年はこくんと頷いた。声が出ない。なるほど、世界は封じる方を選んだ。私なら会話を選ぶ。
「私は、」
 そこで気がつく。名前は何だろう。創造主は創造主になった時点で生前の名前は消えるに等しい。さてはて、私の名前を決めるのは私ではない。私を選んだ世界だ。
 ここで整理したいのは世界と私の関係である。創造主と世界はさまざまな関係性がある。まあキャラによってさまざまに設定した。だから、その中で私が望む関係を選ばせてもらうなら。
 世界は私の番だ。半身だ。愛すべきものだ。
 だから、私は世界の存続を願おう。世界のわがままを叶えよう。世界を愛するのは、私の意思決定に基づく希望である。
「私は……カーヴェの仮の母となろう」
 世界が番ならば、世界に住まうものたちは私の子である。憎くもあろう、恨めしくもあろう、言うことを聞かない子どもだっているものだ。でも私は全てを愛そう。それこそが、私の希望である。
「名前が呼びたければ、その時に教えてあげよう。だから、今は私のことを母とお呼びなさい」
 そう言えば、カーヴェは恐る恐る言ったのだ。
「おかあさん」
 その鈴のような音色に、私は微笑む。
「そうだよ。私がお母さんだ」
 かくして、私はカーヴェ少年の擬似母となった。

 世界を抱きしめながらカーヴェを愛するのは難しい。だから世界は空に放つ。世界は楽しそうに増殖していった。無性生殖。もしくは細胞分裂。これではコピーしか生まれないが、そのうちエラーが起きる。その異常世界に手を加えた方が早そうだ。私は世界が増殖して遊ぶのを止めずに、カーヴェへと振り返った。
 カーヴェに世界は見えない。キョトンとしている彼はとてもみすぼらしい。親族は居ないのだろうか。その割にはちゃんとした寝間着を着ていた。孤児院のような場所にいるか、もしくは変わった家にいるか。まあその辺の設定は知らない。だってカーヴェは未実装だったし。
「とりあえず風呂に入ってから服を着替えよう」
 カーヴェはまた、きょとんとしていた。

 私は風呂の使い方を教えて、カーヴェを風呂場に残す。七歳程度なら大丈夫だろう。というか問題があればすぐに分かる。何故ならこの屋敷は私が想像したものだ。屋敷の俯瞰ぐらいできる。いや、少年の裸体は本気で見たくないので、そこは見ないが。少年愛の性癖は無い。
 服装は、ここが日本ならば和服がいい。もしくは現代日本の定番服装である。少年だとバリエーションが少ない、とは親戚の叔母様が言っていた。大体、数字が書かれたTシャツと短パンらしい。もしくはTシャツの字が謎の英文になるとか。
 姉妹育ちなため、分からん。だが親戚の少年の服を何とか思い出す。Tシャツと長ズボン。そこに寒ければパーカーだろう。Tシャツのデザインは、分からん。ところで私が大学で第三言語として習ったのがフランス語である。テイワットの言語は知らん。カーヴェ少年はとりあえず私をお母さんと発音できたので、意思疎通と言語読解はできるものと仮定する。だがまあ、多分それができるのはここが私のプライベートの庭だからだ。
 設定は作り込みたい派である。そして、尊重したい。ならばおそらく、テイワットで日本語は通じない。あとフランス語と、辛うじて使える第二言語英語は、通じないものとする。その方が楽だ。いちいち言語の問題を引っ張り出すとややこしいことになるし、言語が通じないって面白いだろう。世界の感覚として。
 創造主の世界の存続は世界を喜ばせることが基本である。世界が面白いと思うこと、それが創造主たちの行動指針だ。
 まあさておき。そろそろカーヴェ少年が風呂を出るかもしれない。服は先に脱衣所へ置かねば。Tシャツのデザインはフランス語でJaune(ジョーヌ)と書いてあるものにした。世界は基本的に人間の識別が難しい。大体は髪などの色で判断している。ジョーヌとはフランス語で黄色だ。カーヴェの金髪は世界ならば黄色に見えるだろう。これでまあ何となく世界からの認知も得られればいい。得られなくてもいいが。何せ私がカーヴェ少年の擬似母なだけで、世界が父親なわけではない。私の番ではあるが。
「カーヴェ、タオルと服を置いておくね」
 風呂の向こうでこくんと頷いてる気がした。

 服を着て風呂から出たカーヴェ少年の髪を、ふわふわになるまでドライヤーで乾かす。
「熱い?」
「あつい」
「夏だからね、乾いたら冷風にしよう」
「なつ?」
「そう、ここは夏だ。正確には初夏になる」
「しょか」
「覚えなくていい。ただ、ここは初夏なだけだ」
「はい。おかあさん」
「よろしい」
 髪が乾いたので、ドライヤーを温風から冷風にして、涼しいようにした。
 はた、と気がつく。わりと髪が長い。親戚の中には娘の髪を伸ばさせて様々な髪型を毎朝結っていたお婆様がいたが、流石にあれまでのアレンジは私にはできない。
 私自身は背中まで伸ばした髪を一纏めに結っているだけだ。同じ髪型では、何となく面白く無い。ならば、とハーフアップにして、くるんと回す。すると編み込みではないが、独特のハーフアップになる。妹が好んで私に結わせたものである。ついでにカーヴェ少年にヘアピンを見せる。
「これはストーンが付いたヘアピンだ。まあ飾りだな。どれか好きな物を選んでくれ、付けてあげよう」
「え、でも」
「全て人工石だから高い物ではないよ。そうだな、あえていうなら全て私が選び、私の過去を彩った物ばかりだ」
「え?」
「つまり、これは思い出の品なんだよ」
 カーヴェ少年が困ったように私を見上げる。赤い目が揺れていた。どうしたのだろう。少年はきらきらした石がわりと好きだった気がするんだが。
「ならば、この緑色にしよう。私が小学校の卒業式でつけた物だよ」
「しょうがっこう?」
「子供の頃の思い出の品さ」
 さっさと緑色のストーンがいくつか付いたヘアピンを付ける。うん。なかなか色味がいい。金髪と赤い目によく映える。インスタに人間を載せたことがないが、ちょっと自慢したいぐらいに映える。うむ。
「よく似合っているよ」
「ありがとうございます、おかあさん」
「礼はいらないよ。でもちゃんと感謝を伝えるのは大切なことだ。よく言えたね。いい子だ」
「はい」
 そうしていると眠たそうに目を擦るので、カーヴェ少年をゆっくりと布団に寝かせる。髪型もヘアピンも崩れて構わない。また結えばいい。こっくりと眠ったカーヴェ少年に、私はそよそよと団扇で風を送った。

 それからしばらく、カーヴェ少年はよく寝た。たまに起きたら私の隣にきた。特に会話することはない。私が一方的に色々なことを喋る。妹にせがまれた結果、東方西方構わずに各国の物語を語れるし、適当な話ならいくらでも話せる。これは一種の特技であり、詐欺師であると自覚している。講談なぞはできない。あれはプロだ。一度だけ大学の催しで見たが、あれは正しくプロの仕事である。私はアマチュア語り部だろう。
 そうしていたら時間はいくらでも過ぎる。カーヴェ少年の見た目年齢に変化はないし、精神の成長も特に見られない。ただ、私が無害であり、母を自称することは認知したらしく、とても素直に甘えるようになった。甘えると言っても抱っこだとかそういう触れ合いではない。あれを語ってほしいと頼んできたり、庭で虫を追いかけて、あれは何の虫かと聞いてきたりだ。図鑑の知識ならある。全ての虫はわからないが、分かる範囲で伝えた。なお、私は昆虫ならオニヤンマが好きだ。強くてかっこいいので。
 ともかく、カーヴェ少年は成長はしない。時が止まっている。私が与えた、私に関する記憶の蓄積を除けば、である。空を見れば、世界がふよふよと浮かんでけらけらと笑っていた。楽しそうだ。だが、少しいじけている。
 成長しないのは何故か。まあ成長されても扱いに困るが。うーんと考えて、思いつく。そういや食事してないわ。
 栄養がなければ、物質を取り込まなければ、成長しない。生物的に、おそらくそうである。ならば食事を与えるか、と思ったが、ふと気がつく。この家に台所はあるが、食材はない。夏野菜は外で実っている。だが、よく考えてほしい。この空間は私のプライベートエリアだ。世界(テイワット)の外だ。ほぼあれだ。黄泉の国。各国に伝わる伝説。有名なのがザクロだろう。つまり、自分の生きる世界以外で飯は食うな。物語の基本原則である。
 ここまで共にいたのでカーヴェ少年にそれなりに情が湧いたし、幸せに育って欲しいものである。自分の生きるべき世界、テイワットで幸せに生きて欲しい。これはもうめちゃくちゃなエゴである。愛とはエゴである。とは私の信条である。そして、家族への慕情は、恋愛嫌いの私にとって、嫌うものではない。家族への慕情は良いものである。仲良し家族がいいですよね。
 というわけで、私はテイワットにカーヴェと行くことにした。だが、そのままのテイワットに飛び込むことはない。
 空を指差す。カーヴェ少年が不思議そうに私の指差す先を見た。彼には見えない。だが、私(創造主)にはそこに世界が見える。私が定めた、私の番。無限増殖する、番。一つ。つまんで、コピーした。人間へのリソースは割かない。数多の人間の行動を管理するより、カーヴェ少年に集中したかった。
 だから、コピーテイワットから人間を引き抜く。ついでに生き物全てを摘み出す。そもそも生命体が邪魔である。食事さえできればいい。ああ、服とかアクセサリーとか、必要なら与えたいので、それも置いておけばいい。
 まあそんなあべこべなコピーテイワットが作れると、私はカーヴェ少年を見た。彼は不思議そうに私を見上げる。
「カーヴェ、出掛けようか」
「どこに?」
「キミの知るところに」
 びくりと震えた。だが、安心してほしいと告げる。
「母がいるんだ。私という母が全てからカーヴェを守ろう」
 カーヴェはこくんと、頷いた。
 手を繋ぐ。少年の手は幼かった妹の手より少し硬い。筋肉質だ。これが性差である。親戚の男の子たちも、赤ん坊の頃から女の子より筋肉質だった。
「さあ、行こうか」
「はい、おかあさん」
 そうして一歩、踏み出した。カーヴェも踏み出すと、世界の軸が回る。行く場所はカーヴェ少年がいるべき場所。というより、カーヴェ青年がいるべき場所、か。
 スメールシティ。そんな言葉が浮かぶ。地名だな。そしてやっぱり字は読めない。言葉も通じないだろう。
 カーヴェ少年はキョトンとしている。一転した風景と振り返っても続くスメールシティに戸惑っていた。かく言う私もわからん。なので、世界を俯瞰しながら、食べ物を探した。
 食事処らしき場所に着く。料理が並んでいる。カーヴェ少年は不思議そうに見るだけで食べたそうにはしていない。
[食べたくないか?]
[わからない]
[知らない食べ物か?]
[はい]
[何が食べたい?]
[……]
 カーヴェ少年は聡明な子だ。やがて、答えを出す。
[あんぜんなもの……?]
 ちょっと泣きそうな答えを出さないで欲しい。想定外だ。

 厨房に勝手に入る。よくわからん食材もあるが、知ってるものもある。のし麦を見つけたので、のし麦スープを作ろう。
 私は家事全般を、幼い頃に仕込まれた。今思えば、花嫁修行である。もしかしたらその頃は婚約者がいたのかもしれない。定期的に会わされていた少年がいたなあとか思いながら、食材を揃えて料理を始めた。
 スープは大抵は旨味の掛け合わせと時間さえかければいい。今回は時間が面倒だから食材をわりと小さめに切ってみた。
 火の通りはわからん。入っているのはニンジンとじゃがいもとキャベツと鶏肉だ。のし麦は別で茹でる。正直、米は炊けるが、のし麦は本の知識でしか知らない。煮えたらスープに入れよう。旨味調味料がマジでわからんので指にとって舐めて感じた、コンソメらしきものと鶏ガラらしきものと、あとは塩と胡椒だ。不味いものにはならないだろう。子供が美味しいと判断するかは知らん。
 ただ、私が目の前で作ったので安心だろう。そう思ってカウンター越しにこちらを観察していたカーヴェ少年を見ると、理解したように頷いた。
 そこで気がつく。
 あ、これ多分テレパシーで意思疎通はできても言語によるコミュニケーションは無理だわ。だってカーヴェ少年はテイワットの人間である。そしてここは私のプライベートエリアではなく、コピーテイワット改竄世界である。世界の定義の大部分がテイワットであるならば、言語の基準はテイワットに寄る。うん。ごめんなカーヴェ少年。私とキミはここではテレパシーで私が勝手に語りかける形になるやもしれん。あ、いやさっきテレパシー会話したわ。
 まあいいやと鍋を煮たまま、適当に安全な飲み水をコップに注いでカーヴェ少年に渡す。すぐにのし麦スープを食べるのは多分良くない。水で胃腸を少し刺激しておいた方がいいだろう。そんなようなことをテレパシーで一方的に伝える。すると、私の口が動いてないのに意思が分かることに混乱しつつも、聡明なカーヴェ少年は水を飲んだ。理解が早くて大変助かる。

 そこで、違和感が生じた。この世界に何かきた。世界がざわめいた。きたのではなく、おそらく招いたのだろうに。全くもって、世界はやんちゃだ。
 すまないカーヴェ少年。少し見た目が変わるが、私に変わりはないよ。
 にこりと笑みを向けると、カーヴェはキョトンとした。そりゃそうである。
 そこで私は髪の色を金色にした。目の色を赤にした。肌の色を白色人種らしくした。つまり、カーヴェと同じ配色になったわけである。造形は変えずにおいた。何せ、私は、単なる日本人女性であり、造形の全てが遺伝ではあるが、まあ純粋な日本人ではない。そもそも日本人は混血しすぎた国でもある。どうでもいいが、つまり私のユニークな親族には海外の血もある。何が言いたいかと言うと、見た目の美醜は置いておくとして、"国籍不詳感"なら負けない。いや戦いではないが。あとついでにいうと私の優しい両親などは国籍不詳に加えて年齢不詳だったので、年齢が成人に見える時点で私はまだマシな人間の見た目だと思う。美醜は知らん。だいたい、言い忘れた気がするが、カーヴェ少年は素晴らしい美少年である。少年愛は無いので性愛は感じないが、愛しい子だと胸を張れる。いや、見た目だけが愛しさの基準ではない。何より、カーヴェ少年は聡明で明るくよく表情の変わる子だ。つまり感情豊かであり、よく私に懐いてくれている。そりゃあ愛するだろう。擬似母をやっていこうと思える。いや手のかかる子も正直可愛いだろうとは思う。妹たちが手のかかる子たちだった。私を巡って喧嘩をするのだけはいただけなかったが。私が溺愛し過ぎただけだろうとは思う。妹たちの感性が歪んでいるわけでは無い。たぶん。きっと。おそらく。メイビー。
 ということで、誰か来た。
 長い黒髪を結っている。金色の目。長身。なんかスゲーイケメン。
 前提として。私は恋愛嫌いであることは述べたが、とりあえず言っておく。
 基本的に年上男性はめちゃくちゃ嫌いだ。


・・・


 鍾離は夢を見ている。おそらくそうだろう。やけに実感、肉感があるものの、人の子一人居ない街並みが続いていた。しかもここは璃月ではない。異国だ。文字を読むに恐らくはスメールだろう。旅人たちが話していたことがあるし、旅に同行した際に来たことがあるかもしれない。この、来たことがあるかもしれない、と断定できない理由は人の子一人いない非現実感がそうさせている。
 違和感しかない夢だ。匂いも、気配も、人の子たちの営みがある。生命がそこにあったと思わせる。なんなら、今だって居るような気がする。横目に人影が通った気がした。実際に見えたわけではない。気配がする。
 鍾離はゆっくりと歩き始めた。すると、足跡があることがわかる。人の気配ではない。真新しいもの。風が吹いて砂が少しでも舞ったら消えそうなもの。それを辿ると、慣れない匂いがした。この地のものではない。柔らかな匂いだ。何の匂いかは分からないが、辿る。
 食事処だ。扉を開くと、料理が並んでいる。全てスメールのものだ。そして、柔らかな匂いはそれらではなかった。
 視線をすうっと向ける。カウンターに少年がいた。カウンター越しに人がいる。女、ではある。だが、どうにも違和感がある。ワンピースを着ている。白いワンピース、汚れのない白。その作りは、どう見ても男性の仕立てだ。
 女は金色の髪と赤い目をしている。少年は目こそ後ろ姿なので見えないが、同じ金色の髪をしていた。
 少年が振り返る。赤い目。肌の色も似ている。二人は同じ色味をしていた。
 少年の服装は見たことがないものだった。だが、それこそ女の服への違和感と似ている。少年は異性装ではなさそうだが。
 少年が女へと向き直る。女は口を開かない。ただ愛おしそうに少年を見ていた。鍾離がカウンターに近づくと、ようやくこちらを見た。
 それは本当に少年と同じ赤い目だろうか。すうと細められた目は確かに赤い。だが、色味を、体温を感じなかった。
 警戒されている。すぐにわかった。
「何をしている?」
 女は瞬きをして、少し驚いていた。そしてくつりと喉で笑って、カウンターの奥に行こうとする。それを少年が手を握ることで止めた。
「おかあさん、僕と同じように教えてあげて」
 はきはきとしたスメールの言葉だった。女はまた、瞬きをする。少し止まっていた。時間が止まった気さえした。少年はじっと女を見つめている。女はふっと肩の力を抜いた。
[すまない。不躾だったな]
 思わず目を見開く。脳に響く声だった。少し、足音のような雑音がある。
[チャネルを合わせるのが面倒なんだ。少し待ってもらいたい。カーヴェ少年と喋っていてくれ]
「カーヴェ少年?」
 ぱしりと、少年が瞬きをする。瑠月の言葉は分からないようだ。
[あー、誰かは知らないが、お兄さんの言語は私に分からない。何だ、カーヴェ少年もか? するとキミたちは別の国の人間なのか?]
「どういうことだ?」
 女はわざとらしく苦笑する。
[お兄さんが口を動かしているから喋っていることは、わかる。だが、言語が分からん。脳内で語りかけてくれ。それなら意思疎通が可能だ。カーヴェ少年と私もそうしている]
 少年は、カーヴェというのだろう。スメールの言葉を選んで、語りかける。
「きみの母なのか」
「! そうだって言ってる」
 言葉が微妙に噛み合わない。だが、この子は聡明なのだろう。ふるりと頭を振った。
「間違いはないよ。だってこの人は母親じゃない」
「どういうことだ?」
「僕を安心させてくれた人。物知りなんだよ」
「安心?」
 この人が安心させた、と。カーヴェは心を読むかのようにこくんと頷いた。
「僕は縁者がいないようなものだから、この人はきっと僕を引き取ったんだと思う」
「そうなのか」
「おかあさんって呼んでる。そう呼ぶといいって言ってた」
「名前は?」
「知らない」
 鍾離は眉間に皺を寄せた。ちょっとどころでは無い。完全に不審者だぞこの女。何やら人身売買ではなさそうだが、カーヴェの認識は常識と照らし合わせると(いくら鍾離が凡人なりたてとしてもある程度の常識は知っている。実感としてあるかは別である)、これは完全に人攫いである。
 助けるべきか。旅人なら助けそうだが。そんなことをやんわりと考えていると、カーヴェは言った。
「僕はおかあさんに傷つけられてない。だから、いいんだよ」
 やけに聡明な子だ。鍾離はカーヴェから目を離して、女を見た。すると、女は笑っていた。
 とても、満面の笑みであった。
[言葉は分からないが、カーヴェ少年は聡い子だと思い知らされたんだろう]
 もう雑音はない。声質は女だ。成人女性のそれだ。だが、やけに耳に残る。甘ったるさはない。むしろ冷徹。無関心。どれも生優しい表現だ。女は確かに鍾離をあざわらい、カーヴェを誉めていた。
 性格が悪い。
[この子はどうしたんだ]
[おお、やっと意思疎通ができたか。ノイズはどうだ?]
[雑音はもう無いが]
[ならいい。さて、私はやることがある。カーヴェ少年と喋っているか? それとも、私に聞きたいことでもあるか?]
 女は口を開かない。脳に直接流れ込む声は人間の真似をするカラクリのようだ。人工的、というに生々しい。だが、肉声と思うには血が通っていない。
[眉間の皺が取れなくなるぞ。まあいい、とりあえずキミは誰だい?]
 質問をしなかったら質問が飛んでくる。女はカウンターの奥、ぐつぐつ煮ていた鍋をヘラでかき混ぜ始めた。こちらへの視線はない。
[名は鍾離という]
[しょうり? 今、しょうりと言ったか?]
[何だ]
 女は顎に指を当てている。鍋をかき混ぜる手は止まらない。
[ダメだ思い出せん。聞き覚えはある。どのような字だ? あ、言語がわからん]
[脳に流し込むのか、これは]
[合ってる。イメージを流し込んでもらえるとありがたい]
 流し込む、イメージ。元素力を注ぐように、だろうか。鍾離はすっとカウンターをなぞった。ぱき、と元素の小さな塊が転がった。
[よく分からんエネルギーを流し込むな。字はわかった。成程、"鍾離"か。確か鍾離先生とか鍾離さんとか呼ばれてたか?]
[ああ]
[じゃあカーヴェ少年とは別の国の生物だな。雰囲気的に]
[カーヴェはスメールの人間だろう。俺は瑠月だ]
[スメールは、ここスメールシティだったか。瑠月は知らん。後で調べる。ああ、すぐ分かった。なるほど、これは完全にアレだな。スメールとは異国だ。ははは、二人はよく言語が通じたな]
[スメールの言葉なら少しは分かる]
[おお、年下に合わせたわけだな。それは助かる。カーヴェに言語は教えてないからな。何せ私が分からん]
 女は鍋の様子を見て、一つの鍋からもう一つの鍋へ中身の一部を移している。
[で、鍾離さんは強いのだろうな。よく分からんが]
[どういうことだ?]
[いや、何。ここに来れたのだから強いのだろう。しかもトップクラスだ。あと、外見を思い出した。星5だな。うん。妹のテイワットにいた。ていうか私が引いた]
[何が言いたい?]
[世界が、ああ、テイワットが、ここにあなたを導いた。つまり、この出会いは世界の益だ]
 女は味見をしている。喉が上下した。特に問題はないのか、火を止めて器を探し始めた。
[強いのなら頼みがある。聞きたくないと言われたら、其れ迄でいい]
[やけに弱気に聞こえる]
[そうか? 個人的にはとても頼みたいことではあるんだが]
 女は器に何かを盛り付けた。その器と匙を盆に乗せると、カウンターにやって来る。
 カーヴェは何も聞こえていないのだろう。ただ、並べられた料理を見ていた。
[カーヴェも、鍾離さんとやらも、食べるといい。ただの、のし麦スープだ]
[ただの?]
[毒は入ってないぞ]
 そう言う前に、カーヴェは熱いスープを匙の上で冷まして食べていた。もごもごと咀嚼し、頷く。ぱくぱくと食べていくのを、女は愛おしそうに見つめていた。それは確かに母からの目にも見えた。
[ああ、頼みだが、そのカーヴェ少年のことだ]
 鍾離はスープに手をつけず、じっとカーヴェを見ていた。女もカーヴェを見ている。カーヴェはスープを少しずつ食べるのに必死なようだった。腹を特別空かしていた様子ではないが、気に入ったのだろうか。
[私はテイワットにおいて、発言権は特にない。というか地位がない。あー、影響力がない]
 規模が大きい気がする。鍾離は女を見た。テイワットにおいて、などと言う前置きはやけに壮大だ。国ではなく、世界単位である。
[訝しまれても、私にはテイワットにおいて、そう言ったものがない。言語すら分からんのだぞ]
[言語は確かに通じていないな]
[だろう。つまりだ、私はカーヴェの後ろ盾になれない]
 女は鍾離を見ない。だが、カーヴェを見ているわけでもない。どこか遠くを見ている。
[カーヴェと所属する国が違うのは残念だが、この場所に来れるぐらいの強者には、ぜひともカーヴェの助けになってほしい]
 そこでようやく、女の赤い目と目が合う。嫌悪が僅かに滲んだが、すぐにじっと無機質に見られた。嫌われている。だが、子を託そうとしている。思考回路が分からない。
[何も金銭面で援助しろとか、護衛しろという意味ではない。ただ、カーヴェが助けてほしいと思った時に、助けてやってほしい。私には、それが出来ないからな]
[母親だろう]
[母親は巣立った子を見守ることしかできない]
 キッパリとした発言だった。やけに人間じみた声だった。鍾離は眉を寄せる。
[まだ子どもだろう]
[私の巣からはすぐに巣立つよ。そもそも、巣立ったカーヴェには私の記憶を残さないつもりだ]
[……どういうことだ]
[怖い顔をするな。私のことは忘れた方が、カーヴェの人生に役立つだけだ。私は一時の止まり木。この金色の鳥の、layer(止まり木)でしかない]
 自己を卑下する発言だ。なのに、淡々としている。事実だと、自信を持っている。カーヴェへのあの愛情深い目を、しておいて。
[契約か]
[うん? 契約?]
 女がきょとんとする。
[俺と契約するのかと聞いている]
[あ、待て。それはこちらのセリフだ。私と契約する気か?]
 認識の相違がある。鍾離は少し頭痛がした気がした。薄々感じていたが、この女、鍾離のことを少しも知らない。どころか、瑠月の事情もよく分かってないのだろう。
[璃月は契約の国だ。契約は絶対とされる]
[あ、神前におけるものだな。よく分かる。ははあ、つまり鍾離は神の類か?]
[想像に任せる。それで、俺と契約をすると]
[いや待て、私の方からも契約の認識を説明した方がいい。あー、どこから話せばいいか]
 女は何かをぶつぶつと発言した。言語が分からない。喉から発せられたほんとうの声は、確かに肉声だった。この女は生き物、だ。
[ええとだな。私と交わす契約は全て、ええと、]
[少しずつでいい]
[いや一気に話さんとダメだろう。私は契約とはいうものの、実際は契約ではなく、願いを叶えるシステムを運用するだけだ]
 システム。人離れした発言だ。
[例えばカーヴェが、私のことを忘れたくない、と願ったとしよう。それを契約つまりシステムを活用すると、私はカーヴェから対価を必要とする]
[……等価交換か]
[それだ!! さっぱり言葉が出てこなかった。そう。私の言う契約は等価交換しかない。で、まあ、私のその等価交換は、うーん自分からでは言いづらいんだが]
[続けていい]
[キミたちにとってかなり不利、不利益な等価交換になる。まあ、私にとっては釣り合いが取れるが、キミたちにとってはたまったものではないだろう]
[ほう。それは何だ]
[それはあなたのリソース不足だ]
[うん?]
 鍾離は思わず首を傾げた。リソース不足?
[つまり、あなたは今、ここを夢だと認識しついるんだろう? やけにふわふわしているし、食べ物に手をつけない。夢の中、つまりは異界で物を食べたくないのは、あなたがそれだけ経験豊かなんだなあとは思ったが。まあそれは置いておくとして、あなたがここを夢だと思っている以上、あなたはここでの記憶容量は限られる。目が覚めた時に、毎日の夢を全て覚えているわけがないだろう]
[なるほど]
[だから、私と契約はしない方がいい。あなたにとっても契約とは重みのある言葉のようだし、私のカーヴェに関する頼みは単なる、ささやかな願い事ぐらいで……]
[夢ではない、と認識すればいいのか]
[は?]
 女が目を丸くした。カウンターにもたれかかっていた体を浮かせる。一歩下がったのだ。怯んだ。鍾離は目を細める。
 そして、匙を手に取り、スープを飲んだ。じわりと柔らかくて温かい。胸に沁みるような優しい味がした。すっかりスープを食べ終わったカーヴェが鍾離を見上げている。女は唖然としていた。
[味、は]
[美味いぞ]
[うわ、おまえ、いやあなた、いやいや、鍾離さん?]
[鍾離だが]
[ええ……無茶だろう。よもつへぐいを知らないわけがない]
[夢の中では食事を嫌うと言ったな?]
[いやそこまで言ってない。はあ、認めたな。鍾離さん。全く、強引だ。ああ、世界が楽しそうだ。これだからイレギュラーは困る。というか、私が作成していないのは予想外の行動が多いんだ。ああもう……]
「おかあさんを困らせたの?」
「そうではない」
「すごいね。おかあさん、いつもわらってるのに」
「そうか」
[何やら微笑ましいやり取りをしているのは分かるぞ。とりあえず、等価交換で私が望むものだな?]
[ああ]
 女は視線を彷徨かせ、目を伏せた。言いたくない、という雰囲気をひしひしと感じるが、鍾離の知ったことではない。
[生き様だよ]
 女は言った。
[人生、数回分だな。その分だけ私の手足となって働いてもらう]
[人生数回分というのは分からないが、つまりは眷属にするということか]
[眷属……期間限定の眷属だな。輪廻思想は分かるか?]
[ああ]
[私はその輪廻思想に基づき、転生数回分を、願いに見合った分だけ、私の眷属期間とするのを求める]
[成程]
[たった一つの願いに人生数回分だ。かなり分が悪いだろう]
[そうだな]
[まあシステムを想像したのは私だが]
[その口ぶりだと眷属は作ったことがないのか]
[当たり前だろう。私はそこまで人格を失ってない。あまりに人間たちが可哀想だ]
 そこで鍾離は確信した。
[神だろう]
[神、誰が?]
[貴女が、だ]
[私が?]
 女は首を傾げた。
[いや、神とはちょっと違うんだが。うん? そういやテイワットって神がいたな?]
[いるぞ]
[……鍾離さんは神か?]
[想像に任せる]
[あ、すまんこれ同じことさっき言ったな。ええ、鍾離さん神の類か。わあ、困るぞ]
[そうは聞こえないが]
[いや、だって、テイワットって意外と神が好きなんだなと思い出したんだ。鍾離さんに契約なんぞしたらそれこそ、うん。想像するのも嫌だ。面倒だ。情報の生成量がどうなる? そもそもそんなに餌を与えたら世界の増殖が加速する。ああ、喜ばれてしまう。"私の役割"としては大変好ましいが、そこまでするには私はまだ作業に慣れてないんだ]
[それで、どうするんだ?]
[余裕かましてる場合じゃないぞ、鍾離さん。貴方の記憶を消す必要すらあるかもしれん]
[それは困るな]
[ああ余裕……これが強者……面倒だ。しかし本当に魅力的な提案ではあるんだ。カーヴェの手助けをしてくれたら助かる。カーヴェはまだ未知数なんだ。私の愛する子の可能性はなるべく増やしておきたい]
[親心か]
[おそらくそういうやつだ。契約……しかし眷属は作りたくない]
 心底嫌そうな顔をする女だ。神だとしたら眷属を作ることなど容易い。嫌悪感を抱く意味もない。この女は結局何なのか。人間にしては壮大すぎる。鍾離を恐れない。だが、神にしては人間臭いのだ。
[あ、そちらの契約だとどういう内容になる?]
 思い出したという様子の女に、そうだなと鍾離はカーヴェを見る。
 カーヴェはちょっと困惑した様子で鍾離を見ていた。おそらく、こんなに表情が変わった女を見たことがないのだろう。
[カーヴェが望めば手助けをするとして]
[そうだな]
[ならば契約に値するのはあなたの名前だな]
[……ちょっと待て]
 女は額に手を置いた。
[璃月のモチーフは日本か? 中国か?]
[何だそれは?]
[いやもう鍾離という名前の響きだけで分かってるんだが、中国っ!! 神道よりマシ! でも儒教も不味い]
[突然元気になったな]
[名前は大抵知られると不味いやつだろう!]
[俺は教えたが]
[神が真名を軽々しく名乗ったとは思えん。偽名だろう]
[そういうわけではない]
[ああもう。カーヴェ、どう思う?]
 カーヴェがきょとんとする。女は言った。
[私はカーヴェの名前を知っている。すまない、これは本当はいけないことだ]
[そんなことないです。おかあさんに名前を呼ばれて嬉しいから]
[ありがとう。でも、]
[名前が必要なの?]
[そうなってしまった。もし、この鍾離さんに伝えるなら、カーヴェにも伝えたいんだ。だが、]
[あのね、おかあさん]
 カーヴェはきっぱりと言う。
[本当は"名前がない"んだよね?]
 鍾離は瞬きをする。女は苦笑した。
[まだ、私の"番"は私に名前を与えていない]
[待て、番がいるのか]
[そこはさして重要ではない、いや、あるな。鍾離さんのところは家を大切にしていそうだ。まあ、あれだ。番だと私が希望しているだけで、相手はまだ私を名付けていないから、役割は認められてはいるが、認められていない。功績を上げておきたいところではある]
[待て。相手は何なんだ]
[おぞましそうだな]
 女は苦笑した。この謎の女の、この名前のない女の、番。それは、同等か、それ以上の影響力がなければ、務まらない。望まない。希望しないだろう。だったらそれは。
["世界"そのものだ]
 女はくるりと指を宙に浮かせる。カーヴェは真剣にその指先を見ていた。鍾離は女の目を見る。女の目は指先にある。
["世界"はそこにいくつもの世界を内包する。その塊を、"存続"させる役目に選ばれた。まあ、つまり私は役目を得た際に、"世界"を認識せざるを得なかった。私たち役目を持つものは認識を選ぶ権利がある。私はそこで"世界"を"番"と認識したいと選んだ]
 だが、と指は動く。見えない何かと戯れているようだった。
[だが、世界は応えてくれない。物を言わない子なんだ。生まれた頃からずっと胸に抱いて育ててきたが、"世界"はまだ私を見てくれていない。こんなにも愛しているのに]
 その目は、慈愛であり、博愛である。決して、カーヴェに向けるものとは違ったし、鍾離への嫌悪とも違った。この女は心から"世界"を愛している。
[神ではないなら何だと言う]
[神はあくまで世界の中身だ。私は世界を外から見ている。そして、神ほどの機能は持たない。私は創る者]
 そう、それは。
["創造主"、私たちはこの役目をそう呼んでいる]
 なるほど、確かに神ではない。同一視は、されるだろうが。鍾離は静かに息を吐いた。カーヴェはぱちぱちと瞬きしている。
[そんなに愛してるのに、名前をくれないの?]
[そうだよ、カーヴェ]
[そんなのは悲しいよ]
[ああ、とても悲しい。だが、事実だ]
[おかあさんはそれでいいの?]
[今すごく困っている。鍾離と契約が結べない]
[やくそくするの?]
[ああ、カーヴェの手助けをしてほしいと頼んでいるんだ]
[僕の? どうして?]
[カーヴェはいつか屋敷の外に出るだろう? 現に、このスメールシティまで出た。もうすぐ、カーヴェは巣立つんだ]
[おかあさんと一緒がいいよ]
[すまない。私は、いや、うん、行けなくはないが、カーヴェのためにならない]
[どうして? 僕が一緒がいいって言ってるのに]
[泣かないでくれ。カーヴェは生きるべき世界で幸せになってほしいんだ]
[おかあさんも、しあわせがいい]
[私はいいんだ。カーヴェが幸せならそれでいい。カーヴェ、私はキミに愛を注いだ。もう、今のキミなら誰かを愛することができる。それは、とても良いことで、キミがそれだけ成長したということだ]
[いらない、そんなのいらないよ]
[必要だよ。カーヴェが生きていくために]
[おかあさんも生きていく!]
[私は、世界の外からカーヴェを見ているよ]
[嫌だよ、おかあさん、僕は]
[少しいいか?]
 鍾離が口を挟む。カーヴェはひっくひっくと泣いていた。女はカーヴェの頭を撫でていた。
[行けなくはないと言っただろう]
[あ、]
[そうだ! 言ってた!]
[あー、うん。そうなんだが、少々問題がある]
[もんだい?]
[そもそも私は私の意思で自由に動けない。役目がある。その役目である創造主というやつは世界の存続のために生きている。だから、それ以外の行動は制限されている]
[せいげん……]
[私がもし、カーヴェと別れた後に、もう一度再会する時は、世界の存続の為にその世界に立ったということになる]
[う、うん]
[世界は望む。喜びを、無邪気に、楽しみにしている。世界は停滞を望まない。世界を存続させるには、変化が必要なんだ]
[へんか?]
[そう。それは大抵、キミたちにとって、良いことではないんだよ]
 鍾離は成程と口にした。
[つまり災いか]
[そうだ。とても悪いものだ。カーヴェとは敵対することになるだろう]
[いやだ!]
[だろう。だから、私はカーヴェが巣立ったら、もう二度と会えない。会えない方がいいんだよ]
 カーヴェはぼろぼろとガーネットのような目から大粒の涙をこぼす。綺麗な涙だ。鍾離は思考を巡らせる。
[そこまで話したからには、ここを離れる時には記憶を消すことぐらいしそうだな]
[それは世界次第だ。正直、鍾離さんは世界が招いている。私に決定権は無いに等しい]
[そうだったのか。光栄だな]
[いや、多分キミたちにとって世界に招かれるのは光栄ではないと思うが……まあいい、何の話だこれは]
[おなまえ、おしえて]
[それだ。私には名前がない]
[ならば、]
 鍾離が提案しようとした時だった。
[僕がお名前をあげる]
[……うん?]
[おお]
 首を傾げた女。思わず感嘆の声を上げた鍾離。涙をぐいっとカーヴェは手で拭った。
[おかあさんは、]
[いや、あのカーヴェ]
[おかあさんの名前は、"ビンニー"]
 瞬間、ぱっと女の色が変わる。髪が、輝くような茶色に。目は金色にも見えるほど、淡い茶色へと変化していた。女は、ビンニーは、はくはくと口を開閉している。声は出していない。言語が通じないことは、彼女が一番分かっている。
[どうして、カーヴェ]
[おかあさんの色だから]
[カーヴェと揃いの色にしたのに]
[僕はいつものおかあさんがいいよ]
[……ありがとう。世界はきっと別の名前を私に与えるだろう。でも、それまでは、私はカーヴェがくれた、ビンニーだ]
 女は嬉しそうに笑った。その笑顔は家族への愛に満ちていて、カーヴェは最愛の母に向けて最高の贈り物をしたとちゃんと分かっている様子だった。それを見ていた鍾離は、つまりはと考える。正直、ビンニーは鍾離があまり好きではないらしい。だが、能力は認めている。それでいて、カーヴェはとても聡明であり、勇気があった。ならば、鍾離が味方するのは判然としている。
[では、その名を俺との契約に流用するといい]
[それはちょっと]
[カーヴェは俺としても聡明で認めるに相応しいと見た。ならば、俺との制約が無くとも、その名は契約に相応しい]
[カーヴェを気に入ってくれたか!]
[最初から悪くは思っていないが]
[ならば、契約していい]
[おかあさん、僕は]
[カーヴェ、私の名前は他でもないキミが与えたものだ。それは決して揺るがないよ。そうだな、カーヴェが私の名前を正しく呼べれば、きっと奇跡が起こる]
[奇跡が?]
[鍾離さんが呼んでも何も起こらない]
[そうだな]
[えっ、え?]
[つまり、カーヴェ。これはね、鍾離さんが私を縛るものではないんだ。安心しておくれ]
[じゃあなんで契約なの?]
[契約もないのに他国の人の子を助けられないだろう]
[そうなの?]
[まあ、例外はあるだろうが、たぶんこの鍾離さんが動くのはかなり大変なことだ。そうするとだな、カーヴェ、これはとってもキミに益になる]
[そうなんだ……]
 しょぼんとするカーヴェに、ビンニーは微笑み、頭を撫でる。
[カーヴェ、悲しむことはないよ。これは未来への約束だ。不確定なキミの未来を少しでも安定させるものだ]
[う、うん]
[カーヴェ、その未来はね、私と会える可能性だってあるんだよ]
[ほんと?!]
 カーヴェが勢いよく言う。勿論と、ビンニーは言った。
[いつか、未来で会える。だから、この契約を見守っておくれ]
[うん]
[で、まとまったか]
[待たせてすまない。カーヴェ、いいかい?]
[いいよ、おかあさん]
 ビンニーは胸に手を当てる。ぼわ、と何かが出てきた。魂だろうか。きっと、名前を得たから、出せたものだ。ビンニーは本当にカーヴェを母として愛している。母とは時に、その身を犠牲にしてまで、子を守る。テイワットには幾種もの生き物がいる。全ての母が子を守るわけではない。それは鍾離も知っている。だが、ビンニーは違う。確かに今、ビンニーは魂を体の外に出してでも、魂に傷をつけられても、それでも、カーヴェのために在ろうとしている。
 ビンニーは確かに鍾離が嫌いなのだろう。鍾離とて、ビンニーの全てに賛成はできない。むしろビンニーの考え方はとても危険だ。出来るならば、今、殺した方がいい。だが、母としてのその行動は、確かに善行であった。
[これは私の魂のかけら。カーヴェが与えてくれた名前の、そのほんの一部。契約を交わすのに必要ではないか?]
[そうだな]
 鍾離はそれに触れる。ビンニーは痛みなどは無いらしい。そっと元素を流し込み、鍾離の名を記入する。流し込んだそのパイプラインから、ビンニーの魂のほんの小さなかけらが流れ込み、鍾離の記録に名前を残した。
 この程度で何かが変わることはない。ビンニーと意思疎通ができるとか、そういう機能はない。本当に何もない。だが、これでカーヴェを助ける口実は出来たのだ。ビンニーはそっと魂を体に仕舞う。カウンターの向こうで、ビンニーは安心してカーヴェの頭を撫でた。
[もう大丈夫]

ありがとう、そして、さようなら。

 何かを口にした。ビンニーの喉が、言葉を、発した。カーヴェも、鍾離も、その言葉は分からなかった。言語が、理解できない。足がふわりと浮く。世界が、揺らいだ。
 どこからか、笑い声がする。これは、何の声だ。ビンニーが愛おしそうにカーヴェを抱きしめながら、目を閉じた。正しい母親の顔だった。
「まって!」
 カーヴェが言う。ビンニーには分からない言語だ。世界が、空間が、ずろおりと口を開いた。にぃと笑ったそれは、星々の輝きを内包していた。鍾離は確信した。これは、危険だ。
「カーヴェ、離れろ!」
「やだ! おかあさん!」
 目を閉じた彼女は、その巨大な星空に腹を掴まれ、首を掴まれ、だらりと力を失って垂れた手を掴まれて、ずるりと、喰われた。
 自分こそが、彼女の欲した番なのだ、と、見せつけるように。
「っ!」
 鍾離はカーヴェの腹を抱えた。カーヴェはおかあさんと狂ったように叫んでいる。愛をくれた。安心をくれた。その人。その人がたとえ人ではなくとも、母であると胸を張って呼べた人を、カーヴェは目の前で、失ったのだ。
 目が眩む。鍾離は思う。

 全てを忘れる。


・・・


 初夏の日本。屋敷の中。人のいない田舎。虫の声。女は目を開ける。のろりと起き上がる。決断の時だ。女は思う。時間はない。
 創造主は不死ではない。創造主制はつまり、交代制なのだ。だが、創造主の本質を女は知っている。女が想像したのだから、当たり前だ。
 血を吐く。その血で、意識を保つ。血が、物語を紡ぐ。これが女の想像の力。女は狂人である。精神を病んでいる。ずっと、昔から、気狂いなのだ。
 だからきっと、大丈夫。女は最悪の指名をする。
 創造主制は交代制である。創造主はその命が尽きる時に、次の創造主を指名できる。
 女はその指名の幾つものパターンを知っている。その中でも、最も悪趣味で、最も人格がすり減って行くもの。心が摩耗する、だが、確実に"己である"指名をする。
「お願い。どうか、次の"私"はもっと、長生きしてね」
 女は、過去の自分を指名した。これはウロボロスの輪だ。終わり無き、悲しみを生む。分かっていた。そんなことは分かっている。その果てを、女は知っている。だから、選んだ。
 愛しい子、カーヴェ。
 あなたが幸せでありますように。その為に、私が動けますように。その願いを込めて、女は真の意味で創造主の役目を果たす。
 創造主制、それは世界への"生贄"という制度だ。
 元の世界では世界に見初められたことで殺され、死後を世界のために創造主として生き、創造主としての命つまりは人の形が崩れるその時まで世界に尽くし、二度目の死を迎える。
 これを生贄と言わずして、何と呼ぶ!
 その生贄に、女は過去の己を指名した。生贄はもう、女の過去に固定されたも同然だ。同じ女は同じ結論に辿り着く。運命はこうして回る。終わり無き生贄としての生は、女の人格を確実に破壊していく。
 人の形をした、人ならざるものへ。心はもう、砕けて、戻らない。


・・・


「でもね、きっと、テイワットって、もっと広いよ」
「そうだね。きっと、すごく広い。旅をしても、旅をしても、果てがない」
「力を奪われた。お兄ちゃんとも会えなくなった」
「何も出来なった。蛍と会えなくなった」
「それでも」
「そうだとしても」
「きっとまた会えるから」
「それを信じているから」
「「貴女も忘れないで!!」」

 愛してる。その気持ちを胸に抱きしめ続ける。その気持ちだけは、忘れない。





そうしてわたしは番を得た。01
end

- ナノ -