ゆるっとプレイヤーは行き来する。2

ゆるっとプレイヤー主
いわゆる夢主。女性。ごく普通の一般市民を自称する。親族に社長やら裁判所勤務やら教師やら地主やらいるが、本人はごく普通の一般市民。所属は田舎だよ。
なお、妹が二人いて、末っ子が原神ガチプレイヤー。話がわからん。
なんか知らんがテイワットと日本を行ったり来たりするようになった。


・・・


 風呂に入って、体を温める。季節の変わり目は体調を崩しやすい。なるべく体を温めて、整えるべく、入浴剤も入れてのんびりしていた。お湯に浸かってぽーっとする。
 そしたらぽんっと黒い髪の女の子が現れた。
「「うわー!!??」」
 全裸私と、服をきっちり着た少女であった。え、まって、この子。
「ご、ごめんなさいお姉さん!!」
「と、とりあえずお湯はミルク色だから見えてはないよね、大丈夫!!」
「そうじゃない!」
「と、とりあえず貴女はどちら様で……?」
「あ、アンバーだよ……!」
「私はカメリアと呼んでください……」
 とりあえず、びしょ濡れのアンバーちゃんを何とかしなければ。

 私は風呂から出て体を拭いて、着替える。アンバーちゃんはめちゃくちゃ気まずそうに目を逸らしていた。同性なのにか。いやでも普通に他人の全裸は気まずいよね。
「背丈はそんなに変わらないかな? 今、着替え持ってくるね」
「あ、ありがとう……」
 適当に服を持ってくる。赤いワンピースでいいだろう。たぶん。
「これどうぞ。下着も一応あるから。新品だよ」
「ありがとう……!」
 アンバーちゃんに服を渡して、私はとりあえずキッチンに向かった。
 湯を沸かして紅茶を淹れる。そうしていると、タオルで髪を拭きながら、アンバーちゃんが現れた。
「あの、ありがとうございます! そしてごめんなさい!」
「いいよ。事故だからね」
「うう……」
「ところで紅茶は好き?」
「うえっ、た、たぶん?」
「アイスとホットならどっち?」
「ホットで」
「了解」
 私はホットティーを並べたティーカップに注いだ。

 茶請けは作り置きしておいたクルミのマフィンだ。アンバーちゃんは美味しいと目を輝かせる。流石はアンバーちゃん。可愛い。食べたいだけお食べと、私は紅茶を飲む。
「あの、カメリアさん、ここはどこですか?」
「日本の田舎だね」
「ニホンのイナカ……田舎」
「そう。アンバーちゃんはどこから?」
「モンド城内にいたんだけど……」
「テイワットだね」
「ここはテイワットじゃないの?」
「違うんだよね」
「えっ」
 少し縁があってと私は言う。
「蛍ちゃんに会ったことがあるの」
「そうだったんだ!」
「アンバーちゃんもゆっくりしていれば元の世界に戻れると思う。あ、服は洗って乾燥機に入れたから」
「ありがとうございます!」
「うん。いい返事だね」
 いい子だ。私は流石は推しだと頷いた。
 さて、場所はリビング。ソファにふわふわだと喜ぶアンバーちゃんを置いて、乾燥が終わった服を撮りに行く。ついでにアイロンできっちり整えてから、手渡した。
「着替えるなら向こうの部屋でいいよ」
「そうします!」
 アンバーちゃんはそう言ってから、あの、と私を見た。なあにと顔を上げると、アンバーちゃんの顔が近い。えっ。
 頬に、というか、唇の端に、柔らかい感覚。
「ありがとうございます、お姉さんっ」
「はわわ」
 私はスペキャ状態になった。アンバーちゃんは消えた。服も一緒に消えたので、赤いワンピースはアンバーちゃんにあげようと思う。

 いやなんでキスしたんだ少女よ。


・・・


 次の日は晴れていた。私は少し出掛ける用があったので、外に出る。親戚に車を頼んで、街まで向かう。街に着くと、たったかと歩いて、目当ての店に辿り着く。贔屓にしている香水ショップである。
「春といえば桜かな。でも淡過ぎて私のイメージじゃない気がする……」
 うーんと幾つかの香水を嗅いでみて、分からなくなったところで一旦店を離れる。

 程よく遠いパン屋で昼食にクリームパンを食べる。飲み物は温かいダージリンティーだ。
「……ん?」
 パン屋の外に白い影。あれは、と私は手を振った。

「カメリア!」
「蛍ちゃん、こっちに来てたんだね」
「うん。そうみたい。えっと、こっちはガイア」
「よろしくな、お姉さん」
「おうふ」
「カメリア?」
「ごめん、ちょっとガイアさんは口数を減らしていただけるとありがたい」
「何でだ??」
「ごめんなさい、声帯の問題で……」
 三日月宗近の幻覚が見える。私の初太刀にしてリアルにまで侵食してくる三日月宗近である。鍛刀キャンペーンでは塵紙使ってないのに毎回やってくるよ。こわいね。
「とりあえずパン食べる? 奢るよ」
「パン屋さん、だよね? いいの?」
「一応、少ないけど稼ぎはあるから、気にしないで。好きなパンを選んでおいでよ。あれ、パイモンさんは?」
「パイモンは今はいないの」
「それはまた変わった状況だね」
 そうして蛍ちゃんとガイアさんが仲良くパンを選び始めた。楽しそうで何よりである。なお、めちゃくちゃ服装が目立つ件は見なかったことにした。コスプレだよ。よく分かんないけど、高クオリティコスプレな。声帯も良すぎるけどな。
 蛍ちゃんはメロンパン(メロンクリーム入り)で、ガイアさんはカヌレを二つ選んでいた。会計をして、席に戻る。二人もちょこんと席に座った。
「どうぞ食べて」
「うん」
「これは齧り付けばいいのか?」
「そうだと思います」
「他人行儀だな?」
「声帯のせいです……」
 本当にそれだけなんだ。ごめんなガイアさん。ゲームのプレイヤーとしては扱いやすくて助かってるよ。

 蛍ちゃんもガイアさんも、メロンパンとカヌレを気に入っていただけたようで何よりである。さて、二人の服を見繕うかと、服屋に向かう。うにくろとかでもいいが、本人達の素材が良すぎてダメだ。浮く。
 ということで蛍ちゃんには妹が贔屓している店で服を選び、ガイアさんは従兄弟が贔屓にしている店で服を選んだ。
 現代服の二人をとりあえず許可を得てから、写真で撮る。満足した。

「カメリアは何でここにいるの?」
「ん? 用があってね」
「ほう、何なんだ?」
「香水を買いに来たの。迷っててね」
「「香水」」
 何故か口を揃えて考え込む二人に、私は、テイワットって香水に言及あったのかなと考えた。わからん。私はゆるっと原神プレイヤーであるので。
「えっと、少し買ってくるね。というかお小遣い渡して好きに行動してもらった方がいいかな」
「だめっ! カメリアにまた何かあったら大変だから」
「知らない場所だからなあ」
「ええっと、じゃあ香水屋さんに一緒に行く?」
 二人はこくりと頷いた。

 香水ショップで、気になったものを三つまで絞る。ミントの清潔な香り。薔薇の花の香り。そして、ムスク系の甘い香りだ。
「私はこれがいいと思う」
「俺はこっちだな」
「ミントとムスク? どっちもいい匂いだよね」
 やや悩んでから、いつもより小さい瓶で二種類買った。
「私たちが選んだ香水を買ってくれてありがとう!」
「こちらこそ、助かったよ。あ、二人にも渡すね」
 ミント系の清潔な香水を蛍ちゃんに、ムスク系の甘い香水をガイアさんに渡す。とても小さなボトルだが、プレゼントならこれぐらいがちょうどいいだろう。
「使わなければ捨てていいからね」
「絶対に使うね」
「嫌いな匂いではないぜ」
「そう? ならいいけど」
 さて帰ろうと、私が店から出たら二人は消えていた。何だかいつもより不思議な経験をしたような気がした。
 街の喧騒に、ふらつきながら、親戚に連絡して、車で迎えに来てもらったのだった。


・・・


「は、モデル?」
「××ちゃんにぜひ」
「いや、まって友よ。無理でしょ」
「だって××ちゃん、小さいけどプロポーション抜群じゃん!! 絶対高いヒールでドレス着たら似合うよ!!」
「だったらモデルさんを使って!!」
「その辺の適当なモデルより良いんだもん」
「じゃあ顔は使わないで」
「……妥協する」
 友人は契約書を取り出した。

 というわけで、服飾デザイナーである友人の、オンラインショップに使う見本写真のモデルとしての仕事をすることになった。友人は幼い頃から付き合いがあるので、私の虚弱体質を理解している。そのため、私の家にセットを作り上げた。なお、私の住む家は田舎なのでデカいのである。
 カクテルドレスをいくつか体に合わせて、着る。カメラマンと友人の指示でモデルとして動いた。一応、被写体になる経験はあったので、スムーズに済んだ。
 だが。
「まってこれほぼウェディングドレス!!」
「どうしても着て欲しかった」
「貴女の趣味じゃん!!」
「××ちゃんの花嫁姿みてえーーー!!」
「欲を隠せ!!」
 嫁入り前にウェディングドレスは着たくないとごねたが、友人は諭吉を増やすからとこちらもごねる。散々言い合っていると私が体調を崩しかけたので休憩となった。

 そんなことをしてたら、誰かいた。
「……あの、えっと」
「……ここはどこだ」
「ここは日本の田舎です」
「瑠月ではないことは分かる」
「ですよね」
 何でこのタイミングでショウさんが来るかね?!

「とりあえず、撮影が終わるまで家の中に居ていただけると有難いです。終わったらおもてなしするので」
「……」
「あ、やっぱ今、出そう。友人、少し離れるね」
「おっけー。って誰その美少年」
「お客様だよ」
 水出しの紅茶と作り置きのパウンドケーキを全員に配る。配ったらへろへろになるので、私は別室で寝転がった。カクテルドレスがふわりと広がる。はしたなくならないように直しておく。普段は足首ぐらいまであるロングワンピースで過ごすので、カクテルドレスは短く感じた。
 皆さんが何やら盛り上がっているのを聞きながら、一時間ほど眠る。

「おい、起きろ」
「ふあ、はい。はい??」
 ショウさんがタキシードを着ていた。なぜ。
「友ー!!」
「めっちゃいい素材だったわ」
「ちゃんと同意を得たの?!」
「勿論」
「強いな?!」
「じゃあドレスに着替えようね」
「やだあ!!」
 私は泣く泣くウェディングドレス姿になり、顔を出さないものの、化粧も少し変えた。
 ヴェールを被って撮影現場に行くと、ショウさんはカメラマンと打ち合わせしていた。何故そんなに打ち解けたんだ。
「ほら、並んで! お願い!」
「顔はダメだからね」
「個人用だから許可してほしいなっ」
「個人用って何??」
 ああもうとショウさんと並ぶ。私は背が低いので、ショウさんは背が高く感じた。いや、一応私は日本人平均女性並みだとは思うんだが。覚えてないけど。
「ええと、変なことに付き合わせてごめんなさい」
 見上げて言うと、ショウさんは写真ぐらいはどうでもいいと言っていた。だろうな。私もそのスタイルはわかる。分かるが、それとウェディングドレスは別である。
 悲しいなと思って、そっとショウさんに寄り添う。ショウさんは何でもないように立っていた。流石である。
 ポーズを変えて何度も撮って、モデルから解放された。
「やっと終わった……」
 私がほっと息を吐いて、ショウさんから離れると、おいと声をかけられた。
「菓子と茶、美味かった」
「それは良かったです」
 安心して笑うと、ショウさんは更衣室となっている部屋に消えた。

 なお、着替えたら消えたらしい。友人には後で原神を勧めようと思う。


・・・


 さて、ここはどこだ。

 最近の私は夜に寝たら、大抵テイワットにいる。特にキャラに会わないことが多い。敵に見つからないような場所で静かに座っているだけだ。体質のこともあり、あまり遠くに出掛けれられないので、テイワットの景色は胸が踊るものばかりだった。

 だが今いるのは自然の中ではない。豪華な城のような。いやこれはモンドの騎士団だ。
「貴女は」
「ヒェッ」
 ジンさんがいる。私は不法侵入じゃないと言いたかったが、普通にびっくりしていて言葉にならなかった。
 ジンさんは片膝をついて、私に手を伸ばす。
「立てるか?」
「あ、すみません。立ちます」
 手を借りて、立ち上がる。私は辛うじて寝間着ではない。だが、こんな場所には不釣り合いだろうと困った。早く騎士団の建物から出たい。
「旅人とアンバーとガイアが話していた、カメリアさんだろうか」
「えっ。多分そうですけど、よく分かりましたね」
「特徴は聞いていたからな。助けてもらったと」
「大したことはしてませんよ」
「貴女はしばらくしたら消えるのだと聞いた」
「そうだと思います」
「だったら、私と話してくれないだろうか」
「はい?」

 リサさんの手で紅茶を淹れてもらう。ジンさんとリサさんと私でお茶会である。二人とも忙しいのではないだろうか。私はとりあえず飲み物や食べ物に手をつけずに、世間話として、旅人たちと過ごした時間を話した。
「沢山のことがあったんだな」
「はい。とても得難い経験です」
「素敵よ」
「皆さんが素敵だから……」
 ところで、とジンさんは立ち上がり、私の前に跪いて、手を取る。えっ。
「貴女の話を聞かせてもらえないだろうか」
「この手は?」
「私からはこのお花を」
「花束だあ……」
 ジンさんは手の甲に口付けるし、リサさんは小さな花束を渡してくる。何。何?!
「わ、私の話って、面白いことはありませんよ」
「貴女の声で、貴女の話が聞きたいんだ」
「はわ」
「ね、お姉さんとお話ししましょう?」
「ひえ」
 助けて。

 ジンさんとリサさんに優しく寄り添われながら、とりあえず、虚弱体質と、仕事は在宅ワーカーであると伝えた。
「在宅で出来る仕事に必要な免許は沢山持ってますよ」
「でもこちらでは使えないからな。手を打たないと」
「はい?」
「貴女、本が好きなのでしょう? わたくしと司書をしてみない?」
「あの?」
 何でこの人たちは、私に対して、こんなにも、好感度が高いんだろう。ぐるぐると考えていると、口にしていた。
「か、帰って考えます……」
 ふわ、と起きる。


・・・


 目覚めたベッドの上には花束があった。リサさんから貰ったもの、だった。
「は、初めて現実に持ってきた……」
 何の花だろう、これ。


・・・


空白の頁


・・・


 お話の中のお姫様に憧れるのは少女たちの通る道だ。そのお姫様に最も近い人を見た時に、彼女たちは恋をする。
 淡い恋は、叶わないと分かると粘度を増して、欲に繋がる。
 危険で、甘い、恋が芽吹くのだ。

「アンバー達が言っていた通りの人ね」
 柔らかな手。きめ細やかな肌。ヘーゼルアイに、茶色の髪は長い。足首まで隠すスカートにも好感を覚える。その裾に手を伸ばしたいのは、きっと女だろうと、男だろうと関係ない。
「本当に綺麗な人だったな」
 綺麗で可愛らしくて、優しくて、穏やかなひと。まさにお姫様みたいだ。
「テイワットに留まってくれないだろうか」
「少し過去の資料を調べてみるわね」
 旅人だって、外から来たんだ。きっと、あの人もテイワットに来れるのだろう。


・・・


「カメリアと名付けただろう」
「うん」
「名付けの意味を知っているだろう」
「うん」
「それでも、あの女を連れてくるつもりなのか」
「うん。私はあの人を攫うよ。あの世界から」
 うっとりと笑う蛍に、ショウはあの女性の真名を胸に秘めたのだった。

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