女性らしい、とされることに憧れがある。それが偏見に基づくものだと分かっていても、どうしても憧れてしまう。だから、カーヴェはひっそりと叶えるようにしていた。小さなことでいい。大きなことはしなくていい。ただ、少しだけ、少しだけ。それだけ。
 カーヴェは他人を助けることを幸福とする。だから自分のことは少しでいいのだ。

「カーヴェ、旅に来て」
「いやそれはちょっと難しいかもしれないよ」
「ひ弱だからな」
「そりゃ自称文弱からすればそうだろ」
 玄関先でのやり取りである。
 ここでなぜ玄関先で対応しているカーヴェの後ろまでアルハイゼンが歩いてきているのかというと、アルハイゼンはしっかりカーヴェの無茶(怪我人のお兄さんを保護した内容)を見抜いたのである。よってしばらく家から出さないつもりらしかった。
 昨日までは平日だったので鍵を持ち出され、今日は休日なので見張られている。ルームメイトはこういう時に過保護になる。単に日常を崩されたくないだけなのは分かるが、君はいつ僕の父親になったんだと言いたい。言わない。言ったら負けである。
 とか思ってたら旅人とアルハイゼンによる静かな口論が起きていた。もちろん、アルハイゼンのそれは討論ではない。むしろ、口論というより、子供の口喧嘩である。友人相手ならレベルを落とすのだろうか。いや絶対にしない。じゃあ何だ。旅人のことは気に入ってるのか。ロリコンか?
「カーヴェ」
「は?」
「今、確実に不愉快な事を思っただろう」
「あ、うん」
「認めるんだね」
「認めなかったらそれはそれで長くネチネチ詰められるぞ」
「カーヴェ」
「分かった。じゃあ旅についていこう」
「おい」
「ちなみに旅人、行き先は?」
「璃月港だよ。買い物についてきてほしいの」
「買い物? 僕でいいのかい?」
「うん」
「パイモンは?」
「洞天で寝てるから、起きたら来るよ」
「洞天?」
「便利部屋」
「なあ、アルハイゼン、何のことか分からない」
「俺も知らん。買い物だけなら大丈夫だろう。決して戦闘には出るな」
「分かってる」
「あと元素を使いすぎるな。君のそれは便利だが、頼りすぎていつも怪我をする」
「この間は怪我しなかった!」
「たった一例に過ぎない」
「カーヴェ、行こう」
「あ、ちょっ、引っ張る力強くないか?!」
 こうしてカーヴェは連行された。そういえば鍵を忘れた。まあいいや。マントは着てるし、最低限の荷物はある。

 というわけでワープポイント璃月港である。ワープポイント便利すぎるな。

 ということで旅人と買い物をする。と言ってもモラはあまり無いと言ったら、先日のお菓子のお礼と言われた。
「バレたか」
「うん。まあ、状況として、ね?」
「秘密にしておいてもらえると嬉しいんだが」
「うん。秘密にするから、買い物しよう。私、色々カーヴェに買ってあげたい」
「貢ぎ癖はその年齢で習得しない方がいいぞ」
「いいから、ね?」
「うーん押し切るなあ」
 そうして露店やら店やらを見ていく。可愛いもの、綺麗なものにときめいていると、買おうかと首を傾げられた。置き場所に困るので必要ない。とても、とても欲しいが、置き場所に困る。ルームメイトに見られたら散々言われそうだ。いや個人主義だから言わないかもしれないが、万が一がある。
「じゃあカーヴェが身につけててもおかしくないものにしよう」
「それはどういう判断基準なんだい?」
「私基準」
「信用は」
「選んだものを見て判断してね」
 自信たっぷりに言われてしまった。カーヴェは仕方ないと苦笑する。貢がれるのは苦手だし、お礼をこういう形で貰うのも苦手だけれど、旅人は引く気がない。だったら受け取るしか無さそうだ。
 楽しそうに選ぶ旅人についていく。カーヴェとしては知識としてはあっても、見たことないものばかりだったので、何もかもが新鮮で目まぐるしかった。
 ふわふわとした頃には、旅人に休憩を入れてもらえた。助かる。旅人の体力がすごい。若さか。
 というわけで休んでいたら、あれ、と思った。
「旅人、そこで待っててくれ」
「え?」
 カーヴェはたったとお婆さんに駆け寄る。重い荷物がある。だがそれだけではない。
「お婆さん、こんにちは」
「はい、こんにちは、お兄さん」
「あの、荷物を持ちます」
「いいのよ、これぐらい」
「いえ、あの失礼ですが、」
 そっと言った。
「足を折られてますね」
「おや、気が付かれてしまわれたかい。すまないね、年寄りなものだから」
「このまま歩いていると危険です。病院は?」
「しばらく歩かないとねえ」
「少し、足を触りますね。服の上からなので」
 カーヴェはそっと触れる。否、触れたりしない。ただ、手を翳した。そして草元素を体に回す。
 正直、怪我の部位は歩き方ですぐに分かった。よって、やるべきことは一つ。
 回復スキルを使うことである。
 老体に無理はかけない。ゆっくりと、静かに。目を伏せて、なるべく周囲をシャットアウトする。集中すべきだ。ぽとん、ああ、若芽から朝露が落ちた。
「もう、大丈夫です。ですが、念のためにかかりつけ医にご相談ください」
「おやまあ、痛くない。ありがとうねえ」
「いえ、痛みはまだあるはずです。僕は精神までは」
「いいや、これだけで充分さ。ありがとうね。お兄さんは本当に良い人だね」
「これぐらいしか取り柄がありませんから」
「そう言わずに、立派なことだよ」
「荷物を運びましょうか?」
「いいや、もう大丈夫。ありがとう、親切な人。いつかお礼をするからねえ」
「気になさらないでください」
 カーヴェはそう言って、お婆さんを見送ると、旅人へと振り返った。
 そしたら、旅人の隣に顔の整った男性がいた。
 誰?


・・・


 鍾離が他の店に行こうと、骨董屋を出た時だった。旅人が見慣れぬ人物を連れ回していたのだ。美しい青年だ。ただ、その気配は少々清らか過ぎる。服からして異国人だが、あまりにも、人離れして見えた。いや、人間ではあるが。
 そうして目で追っていると、休憩となったらしい。しかしすぐに、旅人から青年が離れていく。疲れているだろうに、駆け足で向かったのは老婆の元だ。何か話している。
 そして屈むと、老婆の足に手を翳した。するとふわと手が仄かに輝いた。あれは、草元素だ。この辺りでは見かけない。出身はスメール辺りだろうか。
 に、しても、である。気になった。
 鍾離はそう思いながら旅人に話しかけた。
「あ、鍾離先生」
「久しぶりだな。彼は新しい仲間か?」
「一時的についてきてくれただけだよ。少し前に無茶したみたいで、戦わせないでってカーヴェのルームメイトに言われちゃった」
「カーヴェ?」
「うん。彼、カーヴェだよ。ほら、アルハイゼンの」
「ああ、よく旅を共にするな」
「アルハイゼン攻撃主体だからね、シールドがね……」
「ははは」
「で、そのアルハイゼンがルームメイト。ここに連れ出してくるまで、すっごく心配してたんだよ。分かりにくかったけど」
「そうなのか。あんなにも分かりやすく鍵を眺め、話をするのにか?」
「多分、家族か何かだと思ってるんだと思う」
「過保護か、大変だな」
「まあカーヴェ、すっごくお人好しだし、綺麗だから、分からなくもないけど。あんなに過保護になることないのに」
 旅人は不思議そうだ。彼はたたと戻ってきた。カーヴェは鍾離を見て驚いている。
「カーヴェ、こっちは鍾離先生。璃月の人」
「えっと、僕はカーヴェだ。鍾離先生、よろしく。というか僕も先生と呼んでいいのかい?」
「構わないぞ?」
 それよりも、鍾離としては気になることがある。
「カーヴェ殿」
「あ、うん? そう呼ばれるのか」
「座った方がいい」
「え?」
「もしくは寝た方がいいのではないか?」
「ええっと」
「ごめん鍾離先生、説明できる? ここで説明できない?」
「少し、気になるだけなのだが」
「あー、うーん、僕がさっき元素力使ったからかな?」
 カーヴェは苦笑した。そこである。鍾離はさっき、はっきりと、カーヴェの体から元素力ががくんと減ったのを認識したのだ。
「おそらく、集中したからだろう、と思いたいが」
「はは、まあそんなところかな」
「カーヴェ、本当に?」
「勿論。旅人は心配しなくても大丈夫だからね」
 なるほど。鍾離は確信した。これは大丈夫が信用ならないタイプのお人好しである。
 すぐに休ませるべきだ。旅人をちらりと見ると、旅人は力一杯頷いた。カーヴェだけが、ぽかんとしている。
「カーヴェ、どの宿泊施設か選ばせてあげる」
「きょ、拒否権」
「俺が運んでもいいならそうするが」
「道の往来!!」
 カーヴェは璃月の宿泊施設なんて知らないよと落ち込んでいた。旅人はカーヴェの手をしっかり掴んで進んだ。鍾離としては微笑ましいが微笑ましくなかった。あの減り方は人間として危険である。
 鍾離がそっと伝えた、口の固い旅館を選んだ旅人はカーヴェに何もさせずにチェックインし、そのまま部屋まで連れて行き、ベッドに寝かせた。
 カーヴェは美しい金糸の髪をぱさりと広げて、せめて上着を脱ぐよと、手をかけた。起き上がって、金具を外し、赤い衣をするりと脱ぐ。そしたら旅人は、えっと戸惑いがちに言った。なんなら鍾離もかなりびっくりした。
「カーヴェ」
「どうしたんだい?」
「いや、えっと、とりあえずシーツ被ろう」
「え?」
「あの、その、いろんな人を見てきたけど、ね」
「うん?」
「ちょっと薄着すぎない?」
 そうかなとカーヴェは特に気にしていなかった。陶器のように美しく滑らかな肌が、前も後ろもわりと、かなり、見えている。同性であっても、異性であっても、これは目に毒である。
「スメールではよくあるの?」
「うーん基本的に温暖なところだから、確かにここだと寒いかもね」
 シーツの中でうとうとするカーヴェは眠たそうだ。それはそうである。体内の元素力が著しく低下している。普通なら気絶していてもおかしくない。精神力が強いのか、何なのか。カーヴェは穏やかに眠り始めた。
 ということを旅人に説明する。
「あー、だからアルハイゼンが元素力使うなって言ってたんだ……」
「なるほど」
「アルハイゼンの言ってた通りだとすると、無茶をして怪我とかするみたいだよ」
「それは、幸運だな」
「うん。鍾離先生の今の話だと、多分、この調子で人助けしてたらすぐに死んじゃいそう」
「間違いないな。とても危うい」
「過保護すぎると思ったら過保護じゃなかった」
「アルハイゼン殿らしい判断だったわけだな」
 とりあえずカーヴェの様子を見つつ、旅人と鍾離は会話を楽しんだのであった。
 のではあるが。
「うん? 飾りか?」
「そう。カーヴェが身につけてても不自然じゃないものを探してるの。ほら、カーヴェ、すっごく綺麗でしょ? 本人も綺麗なものとか好きみたいだし、せっかくならそういうものを贈りたいと思って」
「そうなのか。ふむ」
 カーヴェを見る。すうすうと穏やかに眠る顔は、人形のように整っている。実際、今はまだまだ元素力が足りていないので、人形のように命が尽きかけている。
 休んでいれば自然に回復するだろう。だが、人のために身を削る彼はとても危うい。アルハイゼンの過保護や、おそらく周囲の温かな好意が、延命の手段とも言えよう。
 ならば、と思った。
「俺が作るか」
「鍾離先生待って」
「ダメか?」
「嫌な予感がするの」
「元素が違うが、身を守る助けにはなる」
「そうじゃなくて、あの、鍾離先生」
「ダメか?」
「ダメじゃないけど、落ち着いて、ちょっと頑張ろうみたいな雰囲気出さないで」
「指輪だろうか」
「やめて」
「しかし耳飾りは既にある。ああ、ここを付け加えるか」
「鍾離先生、寝てる人の耳を触らないであげて」
「すぐ終わる」
「怖いの。それがすごく怖いの。あとそれナヒーダになんか言われない?」
「洞天で会った時に言っておこう」
「事後報告……」
 鍾離はカーヴェの耳飾りに小さな岩元素の塊をつけておいた。これなら誰にも鍾離が付けたとは分からない。気配もない。それぐらい小さくてささやかな贈り物だ。
「私が、贈りたかった……」
「あ、すまない……」
 旅人が本気で落ち込むので、見た目はあまり変わってないから旅人は旅人で贈るといいと、鍾離は励ましておいた。


・・・


 カーヴェが起きると旅人は席を外していたし、その旅人がパイモンを連れて行ったらしいし、鍾離先生だけが残っていた。おそらく見張りである。
「お手数おかけしました」
 とりあえずカーヴェは言った。正直に言うと、先日の謎の怪我人の保護の際に元素力を使い過ぎたのだ。その後の仕事での使用は微々たるものである。で、今回の回復スキルは慣れないことをしたので消耗が激しかった。よって、鍾離先生の助言が無ければ旅人の前で倒れていたかもしれない。旅人はまだ少女だ。目の前でカーヴェが倒れたら不安にもなるだろう。
 鍾離先生はそうかと微笑み、お茶を入れてくれた。
 そろそろとベッドから降りて、机に向かう。そしてお茶を飲んだ。昔、飲んだことがある。懐かしい味。美味しかった。
「美味しいよ、ありがとう」
「うむ。しかし、あまり無茶は良くない」
「本当にね。それより、旅人は不安がってなかったかい?」
「いや、旅人は大丈夫だ」
「良かった」
 本当に良かった。あの年頃の少女とは強いが、その上で繊細である。いくらなんかすごいことをしてるらしいとはいえ、あのアルハイゼンに怯まないとはいえ、ほんの僅かでも心の傷にはなりたくない。
 しかし体内の元素力はおそらくまだ全快ではない。しばらくアルハイゼンの家で図面を引くだけにしておいたほうがよさそうである。
 そしてこれは帰ったらアルハイゼンの長い嫌味が待っている。帰ると面倒である。だが、帰らないとなあと思った。仕事は当面は図面を引くだけに出来るが、それはそれとしてあのルームメイトで後輩のアルハイゼンは、変なところで人間としてダメなのである。あ、精神は基本的に人間としてダメである。もっと思いやりを持て。それは置いておくとして、人間生活がだらけるのだ。食事は適当に栄養素だけ摂るものを作り始めるし、掃除は出来るし風呂も入るがその辺はすっ飛ばして読書をしたがる。本の虫である。本を適当なところに積んで置くのをやめろ。
 というわけで、長期で家を開ける際はきっちり言い聞かせるし、なんなら家バレしたティナリとセノに定期的にチェックしてもらっている。非常に申し訳ないが、彼らもアルハイゼンが人間生活ダメだなと分かってきているのでとても快く引き受けてくれる。まあ、そもそも砂漠工事以降はそこまで長い仕事はないが。
 ぼうっとしていたら。鍾離先生が言った。
「貴殿は、」
「うん?」
「自己犠牲をしがちと見える」
「えっと、そう言われるけど、そんなに酷くはないよ」
 苦笑するが、鍾離先生はむむと何やら考えていた。これは言い方を間違えたやつである。しかし自己犠牲と言われても、助けられるなら助けたいわけである。カーヴェの人となりはそうなっている。習慣だし、それがカーヴェの幸福だ。
「鍾離先生」
 だから伝えるべきだろう。
「僕は確かに自己犠牲しがちだ。だけれど、それで助けられる人を見過ごしたくはない。僕がその人を助けることで、その人が助かるならば、僕はいくらだって、力をかそう。手を差し伸べよう。たとえ、それで憎まれようと、恨まれようと、騙されようと、構わない」
 だって。
「人を助けること。それが僕の幸福であり、何事にも変えがたいものなのだから」
 ね、と説明する。
 すると、鍾離先生は困った顔をした。うーん、これはティナリの顔に似ている。ティナリはもっと不安さも見せるけれど。鍾離先生はいい人なのだろう。きっと。
「それでは貴殿はいつか人を助けて死んでしまうのではないか」
「それはそうかもしれない。でも、その程度なら、僕は喜ぶだろうね。その死の間際にきっと、とても嬉しくなるよ。だってそれ以上の幸福は無いのだから」
「なるほど。危ういな」
「ははっ、危ういかもしれない。でも、僕には家族というものも縁が遠いし、悲しむ人はそういないよ」
「いや、それは」
「人の記憶も噂もそう長くはない。僕はそう知ってる気がする。まあ、人の心に僕がいるのはせいぜい一週間か二週間ぐらいじゃないかな。それが過ぎたらきっと悲しむ人も僕のことを過去の人するさ。そもそもこの世に僕はとてもちっぽけな一人の人間でしかない。どれだけの人に手を差し伸べても。足りない。まあ僕が幸せになるためだから、この世の全てを助けたいなんて思わないけれど、まあとにかく限られた人たちぐらいだよ。僕のことを悲しむのは。だから、大丈夫。僕がいない世界はそのまま回るし、僕がいない世界は困った人が多少出るぐらいさ」
 喋り過ぎたなあとお茶を飲む。美味しい。
 鍾離先生はやっぱり困った顔をしている。うーん、いい人だなあ。普通はここまで言ったらわりと押し通せるというか、うやむやになるのだけれど。
 あ、ルームメイトはうやむやにしないが。だからこのことは言わない。これでも大切にしたいことなのだ。
「貴殿は、どうやって生きてきたのだ」
「人に生かされてきたよ。だから、僕も人を生かしたいなあ」
「それでは、今のそれは悲しいだろう」
「そんな事はないよ」
「俺は、その、そういったことに疎いのだが」
「うん」
 鍾離先生は言葉を選んでいる。困らせている。困らせたかったわけではない。でも、優しい人だなと思った。いい人だし。優しい。きっと、たくさんの人に好かれるのだろう。
「貴殿は、花のようだ」
「花?」
「花は美しい。だが、儚い」
「そんなに綺麗なものじゃないけどなあ」
「ならば美人薄明を体現している」
「いやそこまで美人じゃないよ」
「だが、それほどに、貴殿は愛されている」
「愛されてる?」
「貴殿が思うより、ずっと、愛されている。だから、自分自身を大切にした方がいい。あり方は、そう簡単には変わらないのだろうが……」
 だから、カーヴェは笑ったのだ。
「ありがとう。認めてくれたんだね」
「……」
 そうではない。鍾離先生は言いたそうだった。うん、目とは雄弁だ。でも仕方ない。僕は僕であり、それこそあり方は変わらない。だって、僕はやっぱり今この瞬間だって、自分よりも目の前の鍾離先生という人が幸せになれば、と思うのだから。


[newpage]


 鍾離は大変困った。目の前の人間は本当に根っからの自己犠牲と博愛精神を持っている。それは本来、人間であったらすぐに死んでしまうものだ。もっと幼くして死ぬか、幼くして、それは難しいと知るものだ。それを、カーヴェはそのまま持って生きている。最初に感じた少々清らか過ぎる気配は、そのせいだろう。あまりにも人間なのに、人間らしくない。カーヴェを前にすると、自分は凡人として立派にやっていける気がする。そのぐらいに彼は危うい。今にも他人のために死んでしまう。
 そしてそれを、幸福だと、心から、本気で、思っている。
 だとしたら、鍾離はこれ以上言えないのだろう。言ってはいけないのだろう。そのあり方は助けを求める人からしたら星のように輝かしい。でも、彼を知る人にとっては、儚いにも程がある花でしかない。美しい。綺麗。優しい。全部が、全て、花だ。彼は花が枯れるようには死なないだろう。もっと、花がぽとりと落ちるように、風に吹かれて散るように、突然死ぬだろう。それもまた、花の美しさと儚さだ。それは、人間としてあってはならないのに。
 カーヴェは苦笑し、外を見て喋っている。瑠月には昔来たことがある、その時とは人が入れ替わっている、賑やかさも増している。そう、楽しそうに、彼にとっての懐かしい話をする。きっと、その中でも彼は誰かを助けたのだろう。親しくなった人がいたのだろう。それでも彼は、花のようなのだ、と。

 旅人の洞天でナヒーダに会ったら、話をしなければならない。鍾離はせめて、彼が自国の神に守られてほしいと思った。自分では、今のところどうにもならないのだから。

 で、それはそれとして。
「カーヴェ殿」
「うん? なんだい?」
「上着は着た方がいい」
「あ、薄着だっけ、そんなにかなあ」
 そのあたりは早急に何とかした方がいい。鍾離は真面目に思った。


・・・


 旅人とパイモンが戻ってきたら、これと、紙袋を渡された。多分贈り物の件だろう。何を選んだのか少し怖い。ちょっと押しが強いので。
 なお、パイモンは何かをもぐもぐと食べていた。なんだろう。
「あ、ペンダントだね」
「首元に飾りつけてるけど、上着脱いだら何もなかったから」
「言い方が間違ってるぞ」
「大体合ってるな」
「あの、鍾離先生??」
「これは紅玉だな。うむ。良いものだ」
「だよね、良かった。鍾離先生が言うなら間違いないね」
「うん? えっと、あの、これ貰って大丈夫なもの?」
「もちろんだよ」
「うむ」
「うう、なら貰うけれど、あ、つけて見せたほうがいいかな」
 そしてまた上着を脱いで、かりっとつける。多分これ、めちゃくちゃ高いぞ。僕にはわかる。あの、宝石のこと何も知らないわけじゃないから。あの、うん。まあ石の大きさからしてまだ大丈夫そうだけど。
「どうかな?」
 旅人に見せると、旅人はよく似合ってると褒めてくれた。嬉しいけれど、複雑である。うーん、高すぎる。これを贈り物に受け取るほどのことをしていない。
「うむ。炎の元素力もあるから安心だな」
「あるのかい?!」
「あるよ」
 元素効果付きだった。えっこわい。


[newpage]


 かくして、カーヴェはスメールのアルハイゼン宅に帰宅した訳だが。
「で?」
「だから、不可抗力だ!」
「何をしたかは知らないが、また身の丈に合わない善意を振り撒いて、結局倒れたんだろう。でなければこんな時間にならない」
「合ってるけど!」
「で、どこで寝たんだ」
「いや、分からない。旅人が連れて行ってくれたけど、なんかその頃にはもうだいぶ朦朧としてて」
「君はそうやって墓穴を掘って楽しいか」
「いやもう倒れたのは君の中で確定なんだから隠しても仕方ないだろ! あと覚えてないものは覚えてない!」
「酒は飲んでないな」
「当然だ!」
「あとしばらく家にいろ」
「言われなくとも! 元素力が完全に回復しないとろくに動けないからな!!」
「うるさい。言わなくとも君の日頃の行動パターンからして分かる」
「あー! もう!」
「アクセサリーは旅人からか」
「あ、うん。ペンダントだってさ。なんか炎元素付きだって」
「その他は」
「その他? なにも貰ってないけど」
「君の耳飾りがさっきから何か光っている。光の反射だな。見せろ」
「は、何?」
「岩元素の塊だな」
「いわげんそのかたまり」
「どこでこんなものを付けてきたんだ?」
「分からない。えっ、どこ? 分からないんだが」
「行ったのは璃月港だったな」
「うん」
「……鍾離先生とやらに会ったか」
「あ、うん。旅人の仲間なんだよな? 彼がどうかしたのか?」
「あの人は規格外ではあるとは思っていたが、いや、だがこれをしたとして何になるのか。確かに元素力の補強にはなるだろうが。また君は何かしたな」
「断じて何もしてない!」
「善意の人助けとやらは何をした。言え」
「お婆さんの骨折を治しただけだ!」
「ほう」
「えっそんなにアウトか?」
「君は普通の人間が持つ回復スキルがどの程度のものかを知った方がいい」
「はあー? 知りようもないだろ、僕の周囲、君とティナリとセノだぞ」
「まあそうだが」
「認めた!! じゃあ無理だろ!」
「さっさと風呂に入って静かに寝ろ。落とされたいか」
「さらっと人の意識を落とそうとするな!!」

- ナノ -