ショウカヴェ/二人が幸せになるまで/pixiv1200フォロワーお礼リクエスト企画作品。teto様、リクエストありがとうございました!
※ショウを過去に支配していた神が花神であり、カーヴェは花神の化身のひとつという設定。
※砂王とアルハイゼンが似てるという話が出ます。
※アル/カヴェとニロ/カヴェとショウ/蛍と鍾/ショウの表現を含みます。どれも勘違いです。家族愛と友愛です。
※BSS(ぼくがさきにすきだったのに)を含みます。


 運命とか出会いとか、再会とか。
 ただ、花のような人だった。花の神だった。
 よく似ていた。それだけ。
「初めまして、僕はカーヴェ」
 君の名前は何だいと笑う人に、ショウは淡々と名を返した。

 かつての友に会ったような気がする。ショウは思う。昔のことだ。ショウの名を与えられる前の話。その頃に天から落ちた神を見た。それは美しい大輪の花だった。

─きみがしあわせでありますように。

 そんな身勝手な願い(のろい)を与えた神を、ショウは許さない。苦しくなる。何が幸福だ。何が幸せだ。ショウはただ、その神にそばにいてほしかった。仙としての力より、この強大な力より、花のように一瞬の輝きを放つあの神が必要だった。
 世界(テイワット)は花の神を必要としていた。決して、ショウではなかった。
 世界(テイワット)を愛したのは花の神だった。
 世界(テイワット)を見限ったのは花の神だった。
 枯れて朽ちて、天に戻った花の神を、誰が非難できよう。ショウは悲しみに暮れた。天に戻った存在を、どうやって引き摺り下ろせるか。ショウには分からなかった。

「ショウくん、大丈夫かい?」
 カーヴェはショウの額に手を当てる。冷たい。ショウはすり、と手に擦り寄った。
「熱があるね。風邪かな」
 望舒旅館の一室。カーヴェは旅人の少女たちに連れられて訪れていた。
 旅人たちは既にショウを助けるために動いている。カーヴェはショウが無茶をしないための見張りだった。ただ、役立たずなだけだよ。カーヴェは苦笑する。僕は、強くないから、と。
 ショウは熱に浮かされた頭で思う。カーヴェは綺麗な男だ。美しいとも思う。
「風邪薬は大抵の物が効かないらしいから、漢方薬になるかな。ええと、飲み水はあるよ。桃でも剥こうか?」
「……お前が、」
「うん?」
「お前が居ればいい」
 離れないで。ショウはそれだけ言って、眠りに落ちた。


・・・・


 夢の中で、ショウは子どもだった。花の神は優しく笑っている。
─これは花だよ。
─花はいつか枯れる。だから美しい。
─天からの恵みさ。恵みとは愛そのもの。
─美しさとロマンは愛に起因するんだよ。
─それは決して、愚かなことではない。
─人間はいつも、僕らを愛している。
─これで、君は怖くないだろう?
 花の神はショウの前から消える前に、そんな話をしていた。世界を見限ったのは、花の神だったというのに。


・・・


 目覚めると杏の香りがした。杏は桃に似てる。密やかな声がする。旅人が立っていた。
「良かった、起きたんだね」
「ああ。お前たちは」
「私たちはさっき戻ってきたんだ。今はカーヴェが杏を剥いてるよ」
「そうか」
「杏仁豆腐は明日ね。カーヴェが仕込んでくれたの。彼が日常の細々としたことをしてるとは聞いてたけど、料理もできたんだね」
 旅人は楽しそうに語る。パイモンはカーヴェと居るらしい。杏のおこぼれを貰ってるよと彼女は言う。
「ショウは、カーヴェが苦手?」
「……は?」
 だって、ショウはカーヴェと話さないから。旅人は眉を下げた。
 いつも、カーヴェがいても視界に入れないようにしている。カーヴェが声をかけない限り、ショウはカーヴェに声をかけない。共に戦っていても、言葉を交わさない。
「カーヴェが苦手なら、同じパーティにならないように対応するよ」
 ね、どう?
 旅人の心遣いだった。ショウは、何も言えなかった。体が痛い。
「痛い」
「熱が上がったのかな。仙人って風邪をひくんだね」
「我も、あまり知らない」
 何も、カーヴェのことを知らない。

 それから、カーヴェとショウが同じパーティになることは極端に減った。旅人はショウを連れ回したが、スメールなどのカーヴェと会う可能性のある場所ではショウを帰した。ショウの心は平和になる。安寧を得る。でも、ショウはカーヴェを見たかった。
 かの花の神に似ていて、それでいて赤を纏う彼を、見たい。できれば、その赤は破り捨てたいけれど、そのぐらいは我慢する。だから、また会いたい。
 カーヴェが花の神である、なんて確証はない。でも、その気配がよく似ていた。世界を愛して、世界を見限った、天に帰ったあの神は、確かに全てを愛していたのだ。
 額に当てられた手の温度を思い出す。熱に浮かされた体に心地良い、ひやりとした体温だった。それはまるで、朝露を纏った花のような温度だった。

 その日、ショウは旅人の洞天にいた。ショウは滅多に訪れないが、人の出入りが頻繁である。許可証のある人は各国どこにいようと、旅人の洞天に現れた。
「カーヴェさん! これ、作ったの?」
「やあ、ニィロウちゃん。ただのバクラヴァだよ?」
「イチから作ってる人、初めて見たの! 美味しそう」
「食べていいよ。洞天のリビングに置いておくから、好きな人が食べるといいさ」
「じゃあ、私、皆に声をかけるね!」
「それはもう一回作らないと、すぐに無くなりそうだね」
 ニィロウは人気者だから。カーヴェは台所で、そう笑って少女に語りかけていた。あれはニィロウだ。カーヴェの作った建築物を高く評価し、同じ芸術の分野のスメール人として、交流がある。ショウはじっと彼らを見る。ニィロウの目は優しく甘い。カーヴェはそんなニィロウを穏やかに愛おしそうに眺めていた。
 それは、かつて、ショウに向けられていたものだ。
「あ、ショウさん……?」
「おや?」
 二人がショウに気がつく。踵を返そうとしたショウに、カーヴェが声をかけた。
「リビングにバクラヴァを置いておくから、食べたかったら好きな時にお食べよ」
 ショウは立ち止まる。ニィロウがカーヴェに声をかけて、たったと走り去る。カーヴェは、次のバクラヴァの仕込みに戻る。ナッツとバターの香りがする。泣きたくなるぐらい、知らない匂いだった。
 結局、ショウはバクラヴァを食べなかった。知らない土地の、知らない食べ物だから。旅人に勧められても、ショウは口にしなかった。カーヴェが、花神に似た彼が、花神の顔をして、ショウの知らない物がある証なんて、知りたくなかった。


・・・


 夢はいつも唐突だ。花の神は泣いていた。人々を愛した神は、人々に愛されなかった。愛したのに、愛されない。人は愛に驕ると、愛を捨てる。花は一過性でしかなく、刹那である。故に、消費されていく。花の神は存在を削ってまで、愛した。
 愛した、愛した、愛した、愛した。疲れた。でも、愛することをやめなかった。
 最後まで。最期まで。

─いつかちゃんとしあわせになるんだよ。

 その祝福(のろい)はまだ、ショウの耳に残っている。


・・・


 カーヴェは洞天によく居るらしい。ショウは度々、洞天に顔を出した。庭の隅で、カーヴェの声を静かに聞く。彼はいつも騒がしくしていた。ニィロウとよく一緒にいるのは、彼らが同じパーティによく組まれるかららしい。仲良くなる機会が多かったのだろう。鍾離はそう言っていた。
 旅人はカーヴェを見ては、早く帰らなくていいのと問いかける。カーヴェはあいつなら大丈夫と笑う。ショウはその、あいつ、という者を知らない。話ぶりからして、共に住んでいるらしい。
 見かねたティナリが、ショウに、スメールにおける学術家庭というものを教えてくれた。そして、その枠組みに入らない家族というものも、教えてくれた。
「アルハイゼンとカーヴェは学術家庭になろうとして、破綻した。だけど、今は一緒に住んでるよ。学術家庭になれなかったけど、彼らは家族になれたんだね」
 ティナリはカーヴェと仲が良いらしい。だから安心してと、ショウに言った。その意味と意図をショウは考えないようにした。アルハイゼンとはどのような人間なのだろう。
 花の神に似た男に愛される擬似家族というものは、どんな人間なのだろう。

 セノとカーヴェが話している。親密そうであるが、互いに適度な距離感があった。セノのジョークをカーヴェは受け止めて、言葉を返している。セノはそれに満足して、ティナリやコレイの元に帰っていく。
「……ショウくんかい?」
 どうしたのかな。カーヴェが首を傾げた。長めの金髪がさらりと揺れる。溶かしたバターみたいな色。毛先は少し焦げたバターのように豊かな香りがしそうだ。
 すたすたと歩いて近づく。カーヴェはしゃんと立っている。
「何かあった?」
 さらりと、彼の髪を撫でる。ショウはそっと彼の肩をなぞり、腕をなぞり、手を取る。その手をきゅっと掴んだ。朝露に濡れたような手は、少し冷たい。
「君は温かいね」
 カーヴェは言う。そうか、とショウは思った。この人間は、冷たい手をしている。

 手が冷えるのは、緊張していたからではないか。鍾離は言った。
「どうして緊張するのですか」
「それは別個の生き物だからだな」
 鍾離の言うそれを、ショウは理解できないでいる。

 ショウを支配していた花の神は、愛をショウに教えた。そして、愛を以て、天に帰った。ショウは愛を教えてくれた存在を失った。その空虚を、うつろを、花の神が一番に、理解していない。
 ただ、帰っただけだとでも言うのだろうか。それは傲慢と怠惰と利己的であるだけというのに。

 それでも、花の神を憎むことが、ショウには出来なかった。
「じゃあそれは愛じゃなかったんだよ」
 旅人は淡々と言う。
「愛は簡単に憎悪に変化する。そんなに酷いをことをされたのに、憎めないなら、それはきっと愛じゃなくて、親しみとか、友人への好感だったんだと思う」
 私はお兄ちゃんが憎いよ。
 旅人はそう言い切った。旅人は、花の神とカーヴェが同一であるとは、認めなかった。

 権化というものがあるわ。ナヒーダは語る。
「神はいくつもの化身を持つのよ」
「名前のように?」
「そう、名前のように。きっと、カーヴェは花の神ではないけれど、花の神の化身の一つではあるのかもしれないわね」
 ナヒーダは優しく言う。
「仙であるあなたには分からないかもしれないけれど、カーヴェは人間よ。誰よりも、何よりも。まるで、人間らしさを詰め込んだソーセージみたい」
「グロテスクだ」
「そう? 正しいと思うけれど」
「グロテスクで、それは、食べられない」
「だってカーヴェは人間だもの」
 食べられるわけが無いじゃない、と。
 でもカーヴェはいつも甘い花の香りがした。スメール人は香を焚く習慣がある。少しだけ璃月と似ている。カーヴェが好む花の香りは、かつての花の神が好んだ花の香りと似ていた。璃月には野生のバラがある。カーヴェはスメールローズの香を焚き染めていた。

 洞天の許可証を持つ人々は小さな個室も与えられていた。カーヴェとショウは部屋が離れている。だが、カーヴェの部屋に行くには、ショウの部屋の前を通る必要があった。カーヴェの部屋は屋敷の奥にあり、色々な人が訪れていた。
 カーヴェはここでも人助けをしている。相談事があっては、それをうまく解決していた。それは、大抵がカーヴェの身を削るものだったから、人伝に内容を聞いてはショウは心が歪む想いがした。
 花の神のように、愛を砕いて受け渡して、その返事に愛を捨てられても、いいのか。自分を消費してもいいのか。ショウには何一つ理解できなかった。理解したくもなかった。
 旅人は、カーヴェの在り方を尊んだ。同時に悲しんだ。カーヴェはそんな旅人を幼な子のように慈しみ、ショウのそばにいればいいと語った。ショウならば、カーヴェのように愛をばら撒く事もないからと。
 それは確かに合っているけれど、旅人はショウをカーヴェの代用品にはしなかった。旅人はショウとよく茶会をした。
 その輪には鍾離もよく居た。ショウの親のように振る舞う鍾離は凡人らしさを楽しんでいるらしかった。
「いつか苦しむよ」
 それは旅人が茶会でカーヴェについて語った言葉だった。鍾離は何も言わなかった。ショウはただ、苦しむことがないといいと思った。カーヴェは花の神に似ていても、花の神ではない。権化であろうと無かろうと、カーヴェはただの人らしいので。

 カーヴェの部屋に荷物を届けて欲しい。ばたばたとニィロウが助けを求めてきた。その手にはパティサラの花束とメッセージカードがあった。これを部屋に置いておくだけでいい。ニィロウはただそこに居ただけのショウを信頼したらしい。ショウは、置くだけならばと、受け取った。
 メッセージカードは丸っこい字で、日々の感謝と、親愛の言葉が、書かれていた。
『愛するカーヴェへ。わたしたちを愛してくれてありがとう』
 ショウは、そのメッセージカードを持ち直した。ぐしゃぐしゃに潰したかった。切り刻みたかった。燃やしたかった。

 お前も、花を消費するのか!

 ショウよりずっとカーヴェの近くにいて、愛されているのに、ニィロウはカーヴェの愛を消費しようおしている。ショウにはそうとしか思えなかった。
 愛への怠惰と傲慢は、鏡像への愛と似ている。ナルキッソスは溺れ死ぬ。カーヴェは泉だ。ニィロウはナルキッソスになろうとしていた。
 そんなもの、ショウの知った事ではない。ただ、カーヴェという泉を穢す血肉は許せなかった。

 カーヴェの部屋に、花束とメッセージカードを置いた。ショウはカーヴェを憎めない。カーヴェは既に、憎しみを向けられている。旅人曰く、愛は憎しみに転ずる。ショウはきっとカーヴェを愛していないのだ。そう思うことしか出来なかった。ショウは未だに、感情が育っていない。

 アルハイゼンの伝説任務がよく分からなかったけれど、アルハイゼンの家に招かれたので一緒に来て欲しい。これが旅人が述べた全文である。
「いやもう、なんか、あの家を見てるとお腹がいっぱいになるというか」
「何故、我を?」
「ショウはカーヴェに対して何も思ってないから。ニィロウとか、懐いている人を連れて行ったら喧嘩になるよ」
「何故だ」
「いやなんか、愛の巣って感じ……」
 愛の巣。そう言われて、ショウは眉を寄せた。不快感がした。否、不快というより、それは、あまりにも苦しかった。
 カーヴェとアルハイゼンは番なのか。カーヴェが男性なのだから、アルハイゼンとやらは女性なのか。
 ショウは旅人と歩く。
 そして、アルハイゼンの家で、二人に招かれた。アルハイゼンは男だった。成人男性で、ショウよりずっと大人に見えた。
 でも、カーヴェと話すと子どものように楽しそうになる人だった。彼は、花の神が友とした砂の王に、よく似ていた。
 嫌だ。話さないでくれ。嫌だ。殺さないでくれ。嫌だ。神を道から外さないでくれ。嫌だ。嫌だ。視界に入れないで。花の神が砕いた愛を飲み込むな。
 カーヴェの愛を、当たり前だと受け取るな。
「あれの愛を当たり前などとは思っていない」
 アルハイゼンは何も言わなくても、語った。
「俺は一度、カーヴェを手放している。だから、彼の愛情が大切なものだと分かっている。あれの周りにいる愚かな人間たちのように、無意味な消費など、させない」
 才能は、カーヴェを苦しめる。ショウは才能なんて知らない。ただ、カーヴェが笑って、愛おしむように指先まで優しさで溢れていることだけを知っている。

 消費しないのならいい。愛の価値が分かる人間ならばいい。カーヴェが花の神のように誰かを置いて行かなければいい。それだけ。
 なのに、アルハイゼンとカーヴェが並んだ姿はあまりにも自然で、あるべき姿のように整然としていて、ショウは何も言えなかった。胸が、喉が、何かで詰まって、言葉が出てこなかった。旅人は本当にご馳走様でしたと苦笑していた。その事にも、何も反応できなかった。


・・・


 枯れた花まで愛していた。花の神はこれはやがて種になると笑う。
─種は次世代へのものだよ。
─なんて喜ばしいことだろう。未来はこんなに小さな種が受け継ぐんだ。
─君はきっと種になる。
─そして花が咲くように、大人になったら、
─また僕とお話ししておくれ。
 それが、花の神の愛情だった。確かな親愛だった。ショウにとって、それは親からの無償の愛に似ていた。
 じゃあ、カーヴェは?


・・・


 夜。カーヴェが洞天の庭にいた。人々は個室に戻っている。寝ているものも、起きているものもいる。ショウはカーヴェを認めて、歩いて近寄った。
「あれ、ショウくん?」
 こんばんはとカーヴェは言う。手には酒の入ったグラスがあった。
「旅人のところに行かなくていいのかな?」
 きょとんと言われて、ショウは言葉が出てこなかった。カーヴェは穏やかだった。
「ショウくんは仙人なんだってね。長くを生きてると聞いたよ。それでも、旅人のような特別な人に出会えてよかった」

─きみがしあわせでありますように。

 かつての言葉が蘇る。
 ふざけるな。何が幸せだ。何が幸福だ。何が、特別だ。ショウの特別を、最初に作ったのは、お前だ。
「ショウくん?」
「お前は、」
「うん」
「お前はまた、」
 その続きは言えなかった。おやと、声をかける人がいた。鍾離だった。
「こんな所にいたのか。茶が入ったのだが……」
「今、行きます」
「そうか。カーヴェ殿も来るか?」
「いや遠慮しておくよ。大切な時間だからね」
 時間とは金子よりも価値がある。カーヴェは楽しそうだった。それが、ひどく、苦しかった。

 ショウにとって特別なのは、沢山あるのだ。大きく言えば、璃月そのものが特別だ。ショウは一人に固着するような性格であってはならない。だって、ショウは仙なのだから。夜叉なのだから。
「あまり無理はするな」
 鍾離はただ、言ってくれた。鍾離には、ショウと花の神の関係は分からないだろう。あまりにも、人間くさい、優しくて愛情に溢れた関係だったから。
 カーヴェとショウはまだ、関係なんて一つもないけれど。

 朝霧の中、ショウは璃月にいた。カーヴェとニィロウが楽しそうに踊っている。周りでは花が咲いた。その花を、旅人が優しく眺めている。
「やっぱりニィロウとカーヴェはお似合いだね」
 まるで神様が踊っているみたい。
 それを人は、かみがかり、と呼ぶ。

「何かを愛することは、何かを捨てる事だ」
 アルハイゼンはショウに語る。場所は洞天にあるショウの部屋だった。アルハイゼンは何を思ったか、本を手にショウの部屋に来たのだ。
「誰か一人を守るには、複数の人間を殺す必要がある」
「物騒だな」
「当然の事だ。貴方なら分かるだろう」
「知らん」
「カーヴェは他人を愛する。そして、自分を捨てる」
「それが何だ」
「俺はあれを延命しているに過ぎない」
 植物状態の人間を、どうしても生かしたいと願う事だ。アルハイゼンは淡々と言う。アルハイゼンにとっては植物状態の人間は辛いことらしい。
「生きていればそれでいい」
 ショウにとっては、植物状態だろうと何だろうと、地上で生きてくれたら、それで良かった。
 二度と目覚めなくても、その姿が見られたら、それで良かった。
 天になど、帰るから。ショウは愛を取り上げられたから。愛情を与えられなくなったショウは、狂っていくしかなかったから。その姿さえあれば、良かったのに。きっと、そうなのに。

 アルハイゼンとニィロウが喧嘩をした。旅人が教えてくれた。
「アルハイゼンったら独占欲が強いんだから」
 ニィロウがカーヴェと一緒にいることも許さないなんて。
 そんなことを言う旅人が、一番、カーヴェの愛の怖さを知らないのだ。

 夜、カーヴェは部屋で震えていた。しばらくは、家に帰れないという。鍾離が聞き出したのは、アルハイゼンとニィロウがカーヴェを巡って口論をし、カーヴェを酷く傷つけたということだけだった。
 身体的な怪我であれば治っただろうに。鍾離は静かに言っていた。
「あ、ショウ、くん」
「……」
「僕は、ごめん、今は、誰とも、話せそうに、ないから」
「……」
「ごめん、ごめんなさい。僕が、僕が悪かったんだ」
 こうして愛を砕いた人間の残り屑を、人は何と呼ぶのだろう。
 ショウは近寄る。カーヴェはずるずると、ベッドの隅へ、壁へと下がっていく。
「来ないで、僕がいると、傷つけてしまう、ショウくんは、だめ」
「……我は駄目なのか」
「だめだよ、だって、ショウくんは、愛されてるから」
「……」
「ただしいひとに、ただしくあいされた、なら、ただしいあいを、しっている、から」
 愛情に正しさなんてあるのか。ショウには分からない。ショウは、鍾離に名を与えられる前に、花の神から受け取った愛しか、知らない。
 憎悪にもならない。その、愛、しか。
「ただしいひと、は、ずっと、正しい、から」
 カーヴェは、何かに怯えている。ショウにはそれが何かを、知らなかった。
 ショウはカーヴェのことを、何も知らないのだ。

「旅人、正しい愛とは何だ」
「そんなものは無いよ。愛なんてものは全部身勝手なもの。とってもエゴイスティックなんだから」

 モンドでパーティをするらしい。カーヴェは教令院の指示でパーティに出席する。衣装はニィロウが選んだ。パートナーとして同伴するのはアルハイゼンらしい。ショウは旅人にパートナーとして誘われた。カーヴェが出るなら、とショウはその頼みを受けた。ショウの服は鍾離が提案した。
 カーヴェは白い服を着ていた。ドレスのような、それでいて男性の衣装だ。レースと花神の模様が多く配置されたそれは、彼が花神の信仰者であることを知らしめるに相応しいだろう。ショウは、旅人と共に、アルハイゼンとカーヴェの近くにいた。何人か、旅人の仲間だという知り合いがいたが、ショウは壁の花に徹して、カーヴェを眺めていた。
 白は清浄な色だ。今この時、カーヴェは何も穢れていない清らかな存在だった。
 愛を砕いて他人に渡す神ではなかった。

「身を粉にするって、そんなに悪いこと?」
 旅人が問いかける。ショウは答えた。
「それで誰かが苦しまなければ、悪くない」
 ショウは、苦しかった。

 ニィロウが笑っている。カーヴェが彼女にブカジュと呼ばれる菓子を渡していた。愛を、砕いていた。
 無邪気に笑うニィロウから、ショウは目を逸らす。ふざけるな。巫山戯るな。その愛が、何を代償にしているのか分かっているのか。カーヴェの、人の時間は、金子よりも大切で、それを受け取っているんだぞ、と。糾弾したかった。

 アルハイゼンはカーヴェを守る。カーヴェはアルハイゼンの行動に愛で応える。ただ、一人に向けられた愛を、アルハイゼンは静かに飲み干す。その杯を、酒の入った杯は何で出来ているのか、アルハイゼンは分かっているのか。それは、カーヴェという泉に溺れて死ぬだけだ。

 ナルキッソスはニィロウだった。アルハイゼンもまた、ナルキッソスになる。ショウは、許せなかった。

 また、カーヴェは部屋で震えていた。
「ショウくん?」
 どうして。そんな声がする。ショウは近寄る。無言だった。声が出なかった。
「ショウくんは何も言わないね」
 ニィロウも、アルハイゼンも、言葉を尽くそうとする。カーヴェは目を伏せていた。
「言葉とは、恐ろしいね」
 彼らは愛を受けた。傲慢になった。怠惰になった。愛が当たり前になった瞬間に、彼らは愛を突き放すのだ。
 ただ、愛を砕いて、ごみくずになったカーヴェだけを残して。
「やっぱり、僕は悪いことをしているんだね」
 悪いこと、ならば。
「我に時間を使え」
 殆ど、衝動だった。カーヴェは驚いて動きを止めた。その唇に、ショウは唇を寄せた。悪いことなんて沢山ある。カーヴェのように愛を砕くひとには、愛を与えたらいい。きっと、そうしたら、カーヴェはまだ、生きていられる。
 アルハイゼンによる延命とは、違う。
 ニィロウのように愛を返そうとは思わない。
 ショウは、愛を与える。何が何でも。カーヴェ自身が拒否しても、渡すのだ。


・・・


 その夜は、いつになく、満たされていた。


・・・


 朝、ショウはカーヴェを抱きしめていた。カーヴェもまた、控えめにショウの背中に手を回していた。健康な少年体のショウと、成人にしては小柄でやせぎすな男は、奇妙に凹凸が一致していた。

「旅人のことはいいのかい」
「彼女とは約束があるだけだ」
「鍾離さんは?」
「あの方は恩人だ」
「じゃあ僕は何なんだい」
「我はお前を愛する。それにどう反応しようと、俺はお前を愛するだけだ。拒絶しようが、怒鳴ろうが、恨もうが、我はお前を愛する」
「そんなの、誰に教えられたの」
「お前だ、カーヴェ」
 そんなこと知らないよ。カーヴェはくしゃりと泣いた。

 こうして、カーヴェとショウは恋仲となった。

 ショウはカーヴェが洞天に来るたびにひっそりと会いに行った。鍾離も、旅人にも、気が付かれない。鍾離はカーヴェのことをよく知らないし、旅人はカーヴェとショウが合わないと思っている。好都合だった。
 カーヴェの方も、アルハイゼンにもニィロウにも気が付かれていないらしかった。彼らはショウに何のアクションも起こさなかったのだ。だから、ショウとカーヴェの関係性が変わったことを知らないのだろう。知ったら、すぐにでも引き剥がそうとする筈だ。
 逢瀬はゆっくりと進む。隣に座って、静かに話す日もある。仕事をするカーヴェを眺める日もある。カーヴェが作った菓子を一番に食べることもある。ショウはカーヴェを抱きしめて寝る。一線を越えることは、あまりなかった。少しは、あったけれど。

 甘く、ゆっくりと、カーヴェの心の壁を、ショウは溶かしていった。カーヴェの皆への愛は博愛というものらしい。
「ショウくんへの愛情はよく分からないんだ」
「そうなのか」
「だって旅人や鍾離さんがショウくんの近くにいると、苦しくなる。こんなの、初めてで、」
 その告白を受けて、ショウは思わず彼の頬を捕らえた。
「我と同じなのか」
「え?」
「アルハイゼンやニィロウといるカーヴェを見ると、苦しくて仕方がないのだ」
 カーヴェはひどく驚いて、それから、同じだと笑った。苦しそうに、でも、幸せそうな顔だった。
 皆に伝える必要はないと思っていた。だが、その顔を見て、ショウは考えを改めた。

 だから、ショウは指輪を職人に頼んだ。老齢の女性は、カーヴェとショウのために、指輪を作った。シンプルな、飾り気のないそれは、日常的につけていても邪魔にならないだろう。
 その指輪を持って、言った。
「結婚しよう。我はお前を選んだのだ」
「うん。僕も、君を選んだ」
 そうして、小さな小部屋で指輪を交わして、触れるだけの口付けをした。

 左手薬指の指輪は、すぐに周囲に知れ渡った。それがカーヴェとショウの揃いのものだと分かると、皆が唖然とした。

 旅人は苦手じゃなかったのと驚いていた。
「苦手だと言った覚えはない」
「でも、仲良く見えなかったのに」
「我とカーヴェが番になると困るのか」
「困らないよ! むしろ嬉しい。結婚式はいつにするの?」
「式は気にしていなかった。どうする?」
「僕も考えてなかったな。そもそも同性婚も認められていないだろうし」
「書類上に夫婦になるんじゃなくて、結婚式は誰だって挙げられるよ? すぐに用意しよう。会場はスメールと璃月のどっちがいいかな」
「璃月がいい」
「僕も璃月かな」
「分かった! 私、全力でサポートするから!」
 旅人はおめでとうと笑った。

 ニィロウはそんな関係には見えなかったと動揺し、さらにショウは子どもだろうと言った。
「未成年と、結婚なんて」
「我は仙だ」
「ショウくんからしたら、僕が子どもかもね」
「ええっ?!」
 ニィロウは驚いていた。

 アルハイゼンは淡々としていた。
「ではショウは俺の義理の息子か」
「なんで君は父親気取りなんだ」
「男役女役は知らんな。どっちがどっちだろうとカーヴェの親族に俺を呼べ」
「何でだよ」
 呆れたカーヴェに、ショウはそっと腰を抱いて不服そうにしてみた。アルハイゼンがぎろりと睨んだが、気にしなかった。カーヴェはどうしたんだいと優しくショウを撫でてくれるので、それで良かった。

 鍾離は我が事のように喜んだ。
「うむ。美しい嫁だな」
「ぼ、僕が嫁で確定した?!」
「うん? 違うのか」
「いや、えっと、その」
「我の番です」
「うむ。そうだな」
 鍾離はそうして、カーヴェに言った。
「人の道を外れたかったら、いつでも相談するといい」
「それはどういう提案なんだい……?」
「何れ契りを結ぶ予定です」
「待って、僕は聞いてない!」
「もう半分は成立している」
「何が? 何だか怖い」
「怖いものは何もない。我がいる」
「うん。ありがとう、ショウくん」
 鍾離はにこにこと見守っていた。

 その他、多くの人に祝福や疑問を投げかけられたので、結婚式は璃月の祭り事になっていた。規模が大き過ぎるとカーヴェが気後れしていたが、長年璃月を守ってきた夜叉に番が出来たのだから当然だと璃月の人々に言われていた。ショウとしては、自分の番だと周知できればそれで良かった。

 そうして、来たる結婚式にて、ショウとカーヴェは正式に番として認められたのだった。

- ナノ -