『花を手折る』02
アルカヴェ、ナリカヴェ、セノカヴェ、同時空オメガバースパロ
※全部妄想です。信じてはならない。
※教令院妄想から始まります。
※通常のオメガバース設定には無い設定があります。
※全員初書きシリーズです。口調諸々不慣れです。
※ナリカヴェのターンです。


 ティナリはごく普通に勉強をして、ごく普通に昼食を摂っていた。すると、ティナリの耳に、先日聞いたばかりの音がした。くるりと中庭を見ると、輝く光の中で、小さな学生たちに囲まれたカーヴェがいた。
 そもそも教令院には、決まった年齢での入学などはない。だから、幼い子どもから大人まで、入学年度によってひとまとめにされる。カーヴェの周りにいるのは下級生の中でも、子どもととれる体格の学生たちだった。
 何やら勉強を教えているらしく、穏やかな声で一つ一つ丁寧に、質問に答えていた。
(親切な人だなあ)
 研究で忙しいだろうに。ティナリは食べていた昼食の皿を片付けると、とんっと中庭に出た。
 てくてくと近づいていく。子どもたちの中にはバース性を持つ学生もいたらしく、ぴくんとティナリを見上げる。よく見れば種族もバラバラであり、異国からの留学生らしき子も見えた。
 そこでようやく質問の区切りがついたカーヴェが、ティナリを見上げた。
「やあ、君はティナリだったね」
「うん。貴方はカーヴェ先輩だよね」
 その通り。カーヴェはにこりと笑った。向日葵みたいな笑顔だな。ティナリは無防備な人だと呆れた。
 隣に座って、彼の持っていたノートを見る。様々な子へ、色々な質問に答えていたのがわかる。言語も、学派もバラバラだ。
「妙論派は総合的な学問だからね」
 カーヴェは当たり前だと言う。
「大抵の基礎は学んだよ。それに、全ての知は繋がっているだろう?」
「それは、分かります」
「ティナリは、生論派かな?」
「そうです。先輩から教わる事はたぶん、無いと思うんですけど……」
「そりゃそうだよ。もう上級学年だろう? 応用までいったら僕だってついていけないよ」
 クスクス笑うカーヴェに、ティナリはすんと鼻を鳴らす。オメガ性のフェロモンがわずかに彼を纏っている。花の香りだろうか。でも、どこか、蜜のような甘ったるさもあった。表面上はミント、中間に種々の花、最後に蜜のような名残りを残す。おそらくティナリの種故の嗅覚だからここまで分かるのだろう。そう結論付けた。でも、アルファとして常に強者であったが、ここまでオメガのフェロモンを分析したことはなかった。面白いな。ティナリは微笑む。
 その微笑みにきょとんとしたカーヴェは、ころりと表情を変えて、そうだと笑った。
「これから少し時間はあるかい?」
「午後の授業は無いですよ」
「ふむ。研究室は?」
「大丈夫です」
「なら、おいで。いいものを見せよう!」
 カーヴェが立ち上がり、ティナリに手を差し伸べる。白くて、男性らしく骨張っているのに、滑らかで綺麗な手だ。ティナリはその手を取って、導かれるままに歩いた。
 カーヴェはずっと楽しそうにしている。鼻歌混じりに何か喋っている。聞こえているのに、聞こえない。この人、本当に自分たちがオメガとアルファだと分かってるのかな。ティナリはちょっと心配になった。
 辿り着いたのは朽ちかけた鎖扉の前だった。何やら隙間なく塀で覆われたそこの、唯一メンテナンスされた錠前に、カーヴェは鍵を差し込む。かちゃん、小さな音を立てて、鍵があいた。錠前をポケットに入れて、カーヴェはティナリの手を握り直して中に入った。
 そこは花園だった。色々な花が咲き誇っている。見慣れない花ばかりだ。初めての香りばかりで、ティナリはくらりと目眩いがした。しかしそれを悟られぬように、しっかりと手を握り返して、カーヴェに続く。
「ここは妙論派の研究施設でね、主にスケッチするために花を咲かせているんだ」
「そうなんですか」
「他の学派、特に生論派には内緒にしなさいって言われてるけど、ティナリならいいと思う」
「えっ」
 口が固いだろう。少しだけ振り返り、微笑まれてはティナリは何も言えなかった。つまりここは秘密の園なのだ。そもそもここに咲いてる花々は一体何処の、何の花だろう。スメール近郊では見た事がない。フィールドワークで出掛けた範囲でも見かけたことのない花ばかりだった。古代種か、いや、それにしては、原型とも取れない。花弁の数、茎の太さ、葉の形。どれをとっても、ピンとくるものがなかった。
 自然と立ち止まって観察していたティナリに、カーヴェは満足そうに笑うと、この奥に小屋があるんだよと言った。ティナリは顔を上げて、歩き出したカーヴェについていく。
 小屋は農作業小屋にしては立派な作りだった。整えられた砂岩を積み上げて、茅葺屋根にしてある。少しだけ苔むしているのが、何とも非現実的だ。
 小屋には鍵がないらしく、カーヴェが木戸を開いた。中はランプがいくつもあり、天井には乾燥させているらしいハーブの束たちがある。掃除がされた室内にはテーブルが二つ、椅子が四つ。小さな暖炉もあった。家具はどれも装飾が凝っている。過去の妙論派の先輩方の作品だよとカーヴェは机を撫でて言った。窓は大きく、花園がよく見えた。雨の日はここでデッサンをするんだ。カーヴェが適当な棚から薄い紙束を紐で簡単に綴じたノートを取り出す。
「それは?」
「僕のノートさ。まあ、別に誰のものって決まってるわけじゃないけど」
 こんな感じ。そう見せてくれたのは、雨の日の花園のデッサンだった。ティナリは耳と尻尾の毛がぶわっと立つのを感じた。ティナリは芸術が分からない。美も分からない。でも、そこにあるのは、カーヴェという人が見た景色なのだ。そう思うととても綺麗で愛おしく描かれているように感じた。
「ティナリ?」
 どうしたんだい。そう言われて、ティナリはそっと紙面を撫でた。
「先輩の見てる景色は、こんな風なんですね」
「ん? ああ、そうなるね」
 どうしてもフィルターが掛かってしまう。そう苦笑するカーヴェに、ティナリは顔を上げた。
「とても綺麗です」
 ストーレートな言葉に、カーヴェは赤い目を丸くした。きらきらと、大きな窓から入る光が彼の目を輝かせている。カーヴェはやがて、ふわりと笑った。
「ありがとう」
 その笑顔が幸せそうで、ティナリはとくんと胸が高鳴った。可愛い人だ。そう思って、紙面をなぞった手を彼のノートを持つ手に重ねた。不思議そうなカーヴェには動揺も何も無い。でも悔しくはなくて、まだこの人はまっさらなんだとティナリは嬉しくなった。
「カーヴェせんぱい」
 そっと言う。カーヴェは小首を傾げた。
「どうしたんだ?」
 ふわ。ティナリは目を細めた。

 瞬間、あっと言われた。

「ダメだぞ、ティナリ」
「え?」
 空いていた手で頬を軽くつねられた。びっくりしていると、カーヴェは先輩の顔をしていた。
「誘発フェロモンを勝手に出しちゃダメだ」
「分かったんですか?」
 半ば無意識だった。フェロモンを止めるように一呼吸して、質問の答えを待つ。カーヴェは、そうだなと顎に手を当てている。
「僕は受容体が未発達だから、アルファのフェロモンが感じられないけれど」
「はい」
「そういう顔をしてるアルファは大抵、誘発フェロモンを出してるなあって分かるよ」
「それは、経験則、ですか?」
「まあね」
 とにかく、僕には効かないからお止め。そう言ったカーヴェは先輩らしくティナリに諭したのだった。
 経験則、として。小屋の中を案内し終えたカーヴェの後を追いかけながら、ティナリは思考の隅で思う。
 もしかして、誘発フェロモンをかけられるような事が何度もあったのだろうか。その度に、その効かないフェロモンを出すアルファを、この人はどう思って眺めていたのだろう。
 ずきんと痛む胸を無視して、花園から出たカーヴェに続いたのだった。

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