きみへの理解/カーヴェ受け/性別は男性で、性自認が女性で、性的趣向が男性のカーヴェくん/能力はサポート特化と捏造しました。武器すら持ってないよ。持てないよ。自己犠牲型博愛要素含みます/旅人(蛍)、パイモン、アルハイゼン、セノ、ティナリ、コレイ、ディルック、鍾離
ルームメイト組が仲良しです(notCP)
誰落ちか私が知りたい(わからん)
※現時点のカーヴェはわりとマジで何も知らない。
※アルハイゼンが恋愛感情ではなくカーヴェの後方父親面してます。
※女性陣からは総愛され(友情)です。初期値からカンストしてる。


[newpage]


「しまったな……」
 目の前には大量のクッキー。しかも全てレースアイシングが施されている。カーヴェは処理に困った。いつもはここで近所の女の子達やご婦人方や子どもたちに配るのだが、つい昨日配り回ったばかりである。だが、出来上がったものは仕方ない。カーヴェはウンウン考えた結果。一人分ずつに小分けしてラッピングした。
「旅人っ!」
 色々と人伝にカーヴェは旅人に連絡を取った。アルハイゼンに直接聞かないのは後で理由を述べるとして、とにかく旅人は少女であるし、パイモンという謎の空飛ぶ子どもは食べるのが好きそうだ。というわけで。
「これ、旅の仲間、うーん多分女性の方が喜ぶと思うけど、とりあえず好きそうな人たちに渡してあげてくれ」
「えっと、これどうしたの?」
「すっごい量だぞ!?」
「僕からとは伏せて。あと成分表。見たい人に見せてあげてくれ。ちゃんとしたところから証明もらってるから」
「念入りだね」
「とにかく僕のことは言わないでくれ」
「アルハイゼンは知ってるの?」
「知らない。教える気もない」
「何でだ?」
「兎に角、僕のことは全て伏せてくれ。頼む」
「いや、理由ぐらいは教えてほしいな」
「怪しいんだぞ!」
「理由? 単にこんなに食べきれないし、食べすぎると太るし、肌に悪いだろ?」
「じゃあこれどうしたの?」
「言わない」
「強情な奴だなー!」
「じゃあ、頼んだ! 旅人もパイモンも食べていいから。じゃあ僕は早く帰らないと」
「うん、またね」
「またなー!」
 カーヴェはそうして走り去った。残された旅人は呟く。
「これ、どう見ても手作りだよね?」
「誰が作ったんだろうな?」
 プロ顔負けだなあと旅人は思った。

 アルハイゼン宅に帰ったカーヴェは換気と掃除で忙しい。なお、菓子作りの材料は自分で稼いだモラで買ったのでその点からはバレない筈である。アルハイゼンは滅多にキッチンに立たないので、保存場所もバレてない筈である。いやアルハイゼンのことなので分からないが。兎に角、精神衛生上バレてないこととする。実際、今まで何も言われたことがないので気にしないでおく。
 カーヴェは菓子作りが趣味というわけではない。ただ、可愛いものを作りたいのだ。少女趣味でもない。カーヴェは性別は男性である。だが、性自認は女性であり、さらに言ってしまうと性的趣向は男性になる。つまりいわゆるトランスジェンダーというやつである。
 この世にトランスジェンダーは少ない。そりゃもう少ない。性的少数とかそんな場合ではない。カミングアウトが生活に関わるのだ。何せ、戦闘が身近にある。神の目さえあれば男女どちらでも戦えるが、神の目が無ければ圧倒的に力は男性優位である。また地位なども男性優位である国が殆どである。安定した職ならば男性が優位となる。男性であるべき仕事、女性であるべき仕事、そう言った偏見も多い。もちろん、全てにおいて、例外はある。だが、基本的に、男女差別に伴う性的少数派への不理解は根強い。
 旅人が連れている仲間達なら多分そういう差別や不理解も少ないだろうが、かくて女性はこうあるべき、男性はこうあるべき、が根深い。神の目があれば全てすっ飛ばせるのでもう神の目ってすごいなとカーヴェは思う。これは教令院でジェンダーについて学んだからかもしれない。何せ当事者だ。当然興味があったので真面目に受講した。なお、受講者は多かった。共通必須科目だったので。すごいなと思うだろうが、これは単に神の目があるからである。神の目さえあれば性差別などあり得ないという、逆転思考が当時の賢者にあり、必須科目だったのである。今では特に必須科目ではないらしい。というかカーヴェがいた時の話がものすごい神の目への偏見だが、教令院だから仕方ないね。カーヴェは遠い目をした。
 とりあえず証拠隠滅を終えて、カーヴェは夕飯を作る。汁物は文句を言われるので、避ける。いや、汁物が食べたければ普通に作るが、目の前でキッシュになるのがなんかもう呆れて物も言えなくなる。そこまでして汁物を避ける理由が今ひとつ理解できない。食事中に読書しようとするな。
 カーヴェは家事全般が好きである。特に料理が好きである。元は偏見に基づく女性らしさへの憧れだったが、今では生活として必要な技能であることと、手先を動かすことが好きだなと実感したからである。あと、料理とは科学である。カーヴェは一応理系である。感情に流されがちだし、美とロマンを語るが、カーヴェは理系と呼ばれる類が基本的に得意であった。よって料理は仕組みさえわかれば大体再現できる。そして、ちょっと落ち込む。もう少し、こう、家庭の味、みたいなものとか、作れたらなあとかなんとか。カーヴェは家族があまり身近ではなかったので、家庭の味というものがない。よって自分の舌で美味い不味いを判断しないといけない。レシピ通りにはできるが、それが美味いかどうかは別である。家庭の味とはホッとするものらしい。カーヴェにはそういうものはない。お母さんの味とか、いいなあと思う。まあ世には父子家庭もあるので、お父さんの味もあるだろう。それはそれでまた良いなあと思う。作りたいとは思わないが。
 繊細なもの、とか憧れるのだ。よって今日はレースアイシングクッキーを作ってしまった。ストレスがあるとすぐに作ってしまう。これはストレス発散というより抑圧された自我の解放である。同じだが違う。普段カーヴェはそれなりに男性らしく振る舞うように心がけている。理由は上記である。その結果が繊細で可愛いものを手作りしたりすることに繋がる。あと散歩と言って花を見に行ったり、体のケアを念入りにしたりである。
 体のケアは普段からしてるので、それが念入りになるだけだ。ルームメイトは個人主義なので何も言わない。今のところは何も言われていない。
 元来造形が美しい方である。これに関しては遺伝だ。ありがとう両親その他諸々。もう顔もよく覚えていないが。その素材を引き立たせてるだけだ。美とロマンが好きだし、語るので、カーヴェがケアに力を入れていても説得力があるらしい。巡り巡って良しである。素晴らしい。
 あとはもう少し細かったらなあとダイエットしたりするが、それに関してはティナリにすぐバレる。どうして。彼はコレイを預かっていることもあり、周囲の人間(おそらく友人の範囲)の体調をすぐに見抜く。ダイエットすれば当然、体調はやや崩れる。それを彼は見逃さない。会わないようにしていても、いつの間にか定期的に会う予定が立ってしまっているので最早諦めるしかない。
 骨格とか何とかならないかなと思ったこともあるが、どこぞの実験体になるだけなので言わないことにしている。性転換手術というものも薄暗くあるらしいが、安全性が不明なので却下である。そもそも表立って言えない時点でヤバいのである。カーヴェは学者として普通に思う。やばい。
 そんなことを考えているとルームメイトのアルハイゼンが帰宅する。今日も定時で上がったようだ。
「おかえり」
「ただいま」
 そんなやり取りをして、アルハイゼンはさっさと自室に向かう。元気そうで何よりだし、証拠隠滅は成功したようである。何かあればこの時点で表情に出ている。付き合いが無駄に長いので、表情ぐらいは読める。
 まあ、夕飯を食べて風呂に入って寝る。いつものパターンである。


[newpage]


「アルハイゼンって甘いもの好き?」
 旅人から言われて、アルハイゼンは眉を寄せた。全く脈絡がない。急に執務室に押しかけてきた旅人は相変わらず図太い。しかもきちんと定時で帰るところであった。定時前なら突き返した。
「特段、好きでも嫌いでもない。普通だ」
「じゃあこれどうぞ」
「……はあ」
 クッキーであった。何やらレースのような繊細な装飾がされている。アルハイゼンはその手に詳しくないが、手の凝ったものである。
「友達に頼まれたの。皆に配ってって」
「美味いぞ!」
「君たちが食べたのなら安全性は保証されているのだろうが」
「食べたよ。すっごく美味しかった」
「サクサクでカリカリで甘かったぞ!」
「何故俺に渡した?」
「近かったから」
「ニィロウたちにはもう渡したぞ!」
 アルハイゼンは眉を寄せる。
「その友達とは誰だ」
「言わない約束なの。ね、パイモン」
「そうだぞ!」
「捨てていいか」
「食べたくないならいいんじゃない?」
「捨てるならオイラにくれ!」
 友達のわりにあっさりした対応である。旅人は量が多くてと苦笑していた。つまり、女性陣や子どもたちに配って、さらに余ったのでアルハイゼンの元に来たのだろう。安全性は保証すると旅人は言って、去っていった。嵐である。
 アルハイゼンはとりあえず小さなクッキーを食べた。持ち帰るのも面倒だからだ。なお、クッキーは装飾部分こそ甘いものの、生地自体はさほど甘くなく、万人が食べやすそうであった。
 誰が作ったのか。まあ旅人の友達というならいつも旅に連れ回す人の誰かだろう。アルハイゼンはそれだけ考えてさっさとゴミ箱に包装紙を捨てて帰路についた。
 何となく、コーヒーが飲みたくなった。


[newpage]


 カーヴェの仕事は建築家である。ではあるが、だいたい何でも頼まれたらやってしまう。何せ手先が器用なので、出来てしまうのだ。最早、慣れと諦めである。まあ頼んだ人が笑ってくれたらそれでいいのだ。カーヴェはそれだけで幸せになれるので。お金については後回しだ。
 というわけで今日は花屋の手伝いである。花屋は肉体労働が多い。男手が欲しいと言われて手伝っている。ちなみにある程度力仕事が終わると今度は手先の器用さと接客と知識が求められるので、何でも技能が必要な職業の一つだとカーヴェは思っている。
 本日限定といいつつ定期的にいる花屋の店員のカーヴェの元には馴染みの客もいる。少女から老人まで、様々だ。大体は母親か妻へのプレゼントである。カーヴェは依頼を聞いて、花を選び、プレゼンする。なお、花屋を手伝ってくれと言われた最初の頃に諸知識は詰め込んだ。勉強が得意なタイプで良かったと思う。ここも遺伝に感謝だろうか。やっぱり親族の顔も覚えていないが。
「……カーヴェ?」
「あれ? セノか?」
 いらっしゃい。カーヴェが花屋のエプロンをつけて笑えば、セノは大層困惑した顔をしていた。レアである。
 話を聞くに、コレイに花束を、と思ったらしい。カーヴェが手伝うタイミングと合わなかっただけで、定期的に届けているようだ。きっと喜んでいるだろうなあとカーヴェは微笑む。
「じゃあ今日はどんな花束にするんだ?」
「小さいもの、がいい。あまり場所をとるのもな」
「そうか。色は?」
「そちらで決めていい」
「折角贈るなら決めておあげよ」
「俺のセンスよりカーヴェの方が良いだろう」
「その信頼はこの件に関しては横に置いてくれ、こういうのは贈り主からの思いが良いものなんだから」
「そうか?」
 セノはキョトンとしている。オフのセノはいつもより幼く見える。うーんと、カーヴェは考えた。
「例えば、セノの好きな色とか」
「贈るのに?」
「コレイの好きな色を知ってるのか?」
「知らない」
「だろう。だから、自分の好きな色を選ぶんだ。自分の好きなものになると、誰でも審美眼が磨かれているものだからな。セノが自信を持って渡せるような花束になるぞ」
「そういうものなのか?」
「まあ一概には言えないと思うけれど」
「そうか……」
 そんなわけでセノとあれこれ相談して、黄色い小さな花束を渡した。水元素の包装紙を一部使用しているので花は保つが早めに届けるように、と伝えておくのも忘れない。セノは大切そうに受け取って、去って行った。
 にしても、ここを手伝っていて知り合いに会うとはなあとカーヴェは思う。花を買うような知り合いがいるとは思わなかった。カーヴェ自身は人に花束をよく贈る。もちろん、花が好きだからである。花は美しいし、かわいい。贈ると喜ぶ女性や少女に、こちらも嬉しくなるものである。
 ただまあ、花屋はそもそも女性の職とされがちなので、あまり友人に会いたくないのはある。セノに会ったのは失敗だったと思うものの、コレイは仲良くしてくれる友達だ。カミングアウトはしてないものの、一生懸命お喋りしてくれるし、友達だと言ってくれた良い子だ。あの子が喜ぶ姿は見たいだろう。姉心みたいのものである。いやコレイを妹と言ったらティナリからお怒りが飛びそうなので言わないが。
 ああでも、ちょっとお姉ちゃんって呼ばれたいな。カーヴェはしみじみと思うのであった。


[newpage]


 セノはガンダルヴァー村に着くとティナリと会い、コレイに花束を渡した。黄色い花束は向日葵が中心となっている。コレイは目を輝かせた。
「すっごくかわいい……!」
「セノのいつもの花束より反応がいいね」
「いつも、嬉しい!」
 えへへと笑うコレイに、セノは良かったと安堵した。
「カーヴェに助けてもらったんだ」
「え、何でカーヴェ?」
「それが」
「カーヴェさんか!?」
 コレイがずいっと反応した。セノが控えめに頷くと、嬉しいと楽しそうにする。
「……カーヴェとそんなに仲が良かったか?」
「うーん、ウマが合うみたいだなあとは思ってたけど」
 あそこまで露骨に喜ぶかなとティナリは苦笑した。親心である。セノとしても複雑であった。コレイはそんな二人に、勘違いされていると気がついて、慌てて言った。
「あ! 違う! カーヴェさんは友達で!」
「友達」
「うん! お姉ちゃんみたいな!」
「お姉ちゃんなんだ……?」
 優しくて、よく話を聞いてくれて、綺麗で。コレイはそう辿々しく言う。確かにそれらの形容句は異性相手ではなく、同性へ向けるものであった。憧憬をひしひしと感じて、ティナリとセノはちょっと押し負けた。少女はこういう時に強い。
「カーヴェさんと、また、お喋りしたいぞ……」
「村に呼ぶかい?」
「いいのか!?」
「コレイ、落ち着いて。カーヴェも忙しいだろうから、いつになるか分からないし……」
「えっと、手紙?」
「手紙だけどセノに運んでもらおうかと」
「俺はカーヴェがいつもどこに居るか知らないんだが」
「家には居るでしょ」
「確かに」
「えっと、じゃあ、あの、少し、書いてもらいたいことが、あって、師匠……」
「何かな?」
 コレイはえっと、と言った。
「アクセサリーを作ってほしくて」
「誰に?」
「か、カーヴェさんに……」
「作れるのか?」
「前に、手作りしてるって! 言ってた、ぞ!」
「あれ手作りだったんだ」
 カーヴェの特徴的な耳飾り等のことである。コレイはこくこくと頷いた。
「あ、でも、お金……」
「それぐらいは僕が出すよ」
「え、でも」
「カーヴェなら受け取らなさそうだが」
「まあね」
「ううう」
 コレイは納得したが、認めたくないようだ。カーヴェの優しさをコレイはどうやら目一杯受けているらしい。ティナリは随分と仲が良いなあとしみじみ思った。さっきの評価があるので安心するが、カーヴェとしてはどうなのだろうか。
 まあ、学生時代から告白はされても受け入れないし、告白する側になったことも無かったようだし、とセノは思う。彼は恋愛沙汰に巻き込まれやすいが、基本的には自分から突っ込むわけではない。その点で、妙に硬派だなとは思っていた。でも友達は男女問わず多かったので謎である。
「とりあえず今から手紙書くから、セノは待ってて」
「分かった」
 そんなわけでセノは、コレイが花束を花瓶に飾って飽きずに眺めているのを微笑ましく見ていた。


[newpage]


「は、モンド?」
 カーヴェはポカンとした。依頼人はなんとモンドの人間であった。単身赴任でスメールシティに在住らしい。そういうこと早く言ってほしい。
 依頼は、そのモンドに残した妻に子供が産まれるので、ベビーベッドを作ってほしいとのことだ。カーヴェは建築家であって家具職人ではない。だが、過去の頼まれ事で作り方は知っている。作れてしまうのである。受けるしかない。しかもモンドで作ってほしいと言われた。もうカーヴェはモンド行きが決定した。聞いてないが。
 本当に急すぎるが。
「というかお子さん産まれるなら帰ったほうが……」
「仕事が……」
 家族関係、大丈夫かな。カーヴェは依頼人が心配になった。

「モンドに行ってくる」
「旅人を使うと早い」
「合理主義過ぎるぞ」
 とくに何も説明していないが、アルハイゼンの即答にカーヴェもまた即答した。確かに旅人はワープポイントが使えるが、それってカーヴェにも適用されるのか。謎である。
 そして旅人はちゃんとやって来た。
 しかも旅人さえいればワープポイントが使えた。なんで?

 というわけでモンド城内である。建築も見たいが、それより依頼である。旅人とパイモンはちゃんと送り迎えするからとついて来た。完全に好奇心だろうが、まあいい。
 かくして依頼人の妻と会った。臨月でありながら、夫が駆け付けないことに悲しんでいたので、一応フォローしつつも、仕事を優先するのはどうなんだろうという話で盛り上がった。
 すっかり仲良くなって、ベビーベッドの注文とアイデアをまとめていく。持参したスケッチブックと筆記具でさらさらと描いていく。お子さんは女の子だそうなので、花の模様や、妖精たちの彫り物を提案した。色味は夫婦の好みの色と、モンドならばと祝福の紫を入れてみる。おそらく悪くはならない。
 リテイクを重ねて納得のいくアイデアが纏ったと思ったらもう夕方である。旅人が帰るのと聞いたので、否と答えた。
「ちょっとやることがあるからね」
「なに?」
「酒か?」
「酒はまた今度。少しだけだから、旅人はやるべき事に戻ったほうがいい。というか家に帰った方がいいよ」
「そう? カーヴェも宿に泊まるなら早めにね」
「うん」
 というわけでモンドに宿泊であるが、まあ時間ギリギリまでやりたいことがある。
 採集である。

 カーヴェは大体何でもできる。神の目があるので、大体どこへでも行ける。まあ仕事があるので制約はあるが。そんなわけでモンドに来たからにはモンドの採集物を集めたい。旅人にバレたくないのではない。女の子を夕方に外に出したくないだけである。家に帰って寝てほしい。あの頃の睡眠は特に大切である。
 かくして、カーヴェはサクッと外に出た。ちなみに宿は先に声をかけて、荷物を置かせてもらっている。最低限の装備で出発である。

 今回、欲しいもの。染色に使えるもの。木材。以上。時間もないので多くは望まない。
 てってこと林に向かい、ちょうど良さそうな太めの枝を拾う。そもそも家具にするにも建築に使うにも、木材は乾燥が必須だが、草元素なのでなんとかなる。すごいね。木を切り倒したり攻撃したりはしない。ベビーベッド作りに、木材はそこまで必要ない。
 染色に使う植物も無事見つけた。ひょいひょいと収穫させてもらう。勿論、生態系には影響を出さない。これもまた、必要な分だけだ。
 そうこうしているとすっかり暗くなっている。モンド城は兵が見張っているので通常は城門を閉じない。ふわふわと歩いて進む。カーヴェはあまり魔物に攻撃されない。この点は謎だが、同期で友人の学者からは「たぶん無害だと思われてる」と評価された。どういうことだ。まあ、確かに意味もなく害を為すつもりはない。そのままふわふわと進む。暗いので草元素で光る花を作って適当に髪と服に差した。そもそも月明かりのある夜なのでそんなに必要ないが、気分である。
 スライムなどとちょっと休憩しつつ、ふわふわと歩く。気分の良い夜である。この調子ならそう深夜になる前に宿に着けそうだ。
 そうして歩いていると、人がいた。
 人が倒れてた。
「えっ」
 何故。

 よく分からないが、怪我をしていたので、回復系のスキルなどを使っておく。あと、カーヴェが背負い、魔物たちにもサポートしてもらって焚き火のそばまで行った。草元素で簡易のベッドを作って寝かせる。うーん、成人男性。一応、年下ではあるだろうか。ただしなんか武器が大剣。アルハイゼンほどではないが、重かったので、たぶん鍛えているのだろう。訳ありなのだろうか。いやあの自称文弱みたいなのがいるので分からない。本当に分からない。ちなみにアルハイゼンを運ぼうとして失敗した経験がある。失敗した経験の上であれが居眠りしたら毛布をかけるだけにしている。
 なお鍛えている成人男性を背負った上で、武器を持つなどカーヴェにはできないので魔物たちに頑張ってもらった。スライムくん以下略ありがとう。
 カーヴェは彼が起きるまでは居ないとと、焚き火でスープを作る。汁物を嫌がるルームメイトがいない今こそ作り時である。とりあえず飲み水と乾燥の保存食と簡単な調味料は持ち歩いているので、それで野菜スープを作った。教令院の友人のツテの乾燥保存食はそうとは思えないほど美味しい。ていうか何でそんなものを研究してるのか、予算はどう出てるのか、どうやって申請してるのか。謎である。カーヴェの友人もまた変人が多い。もちろんカーヴェ自身変人の自覚はある。その上で天才の自覚もある。でもやっぱりルームメイトほどではないと思う。同期の友人たちからは「どっちもどっち」と言われる。やかましい。
 さっぱり起きない成人男性(恐らく年下)に、とりあえず怪我は治したから疲れて寝ていると判断した。過労はよくない。カーヴェもたまにやらかす。分かるぞ、辛いな。そういう時のルームメイトは嫌味度が数倍増す。面倒すぎる。
 暇なのでスケッチブックと画材を取り出す。画材は殆どを宿に置いて来たので、持っているのは鉛筆だけだ。鉛筆はナイフさえあれば簡単に扱える、とカーヴェは思う。友人たちからは違うと言われた。そうだろうか。
 魔物たちや野草をモデルにスケッチをする。スープはマグで飲んだ。ちゃんと怪我人さんのマグは別である。
 月明かりの強い夜だ。焚き火があるが、魔物はそう近づきたくないらしいので、背を向けている。光源が足りずとも、カーヴェならサクサク描ける。暇つぶしだから完成度は問わない。
 ふんふんと歌を口遊む。どこの歌か、よくわからないが、カーヴェが幼い頃に夢の中で聴いたものだ。女の子が歌っていた気がする。ちなみに言語を調べてみようかと知論派のルームメイトを辞書代わりに使おうとしたら抵抗されたので未だに言語は謎である。たぶん古代語、ではある。カーヴェは一応各国の言語はだいたい習得している。じゃないと資料が読めない。もちろん学生時代に知論派の後輩を辞書にして勉強した。わりと抵抗された。
 魔物たち、その後ろの草花。強い月明かり。こういう月の日はあまり外に出るべきではない。大抵の鉄則である。カーヴェは基本的に魔物と戦闘にならないし、悪意のある人間とも不思議と出会わないので、あまり気にしていない。カーヴェは助けを求められたら手を貸すが、悪意のある人間は何故かあまり近寄ってこない。破産の原因となったアレコレも、巡りめぐっては別に極悪人のせいではない。そういう星の元かなと他の学派の友人たちから遠い目をされたものである。おい君たち自分の学派と研究を今すぐ言ってみろ。運命論を言い出すな。
 まあでも実際に会わないものは会わないのである。よって、後ろの方で寝ている怪我人の男性(おそらく年下)も多分悪人ではない。
 かたりと音がした。魔物たちがひゅっと反応する。おやと振り返ると、男性が、というか青年が目を開いていた。赤い髪と赤い目。幼い顔立ち。特に知らない人。カーヴェは性的趣向は男性だが、一目惚れするタイプではないので特に何もない。まあ、整った顔立ちではあるだろう。判断基準がアルハイゼンとかティナリとかセノとかになるのでよく分からないが。あの辺すごいイケメンらしいぞ。それに、カーヴェは自分がそもそも造形が整っているのでよく分からない。別にナルシストではないし自己愛が高い方ではないが、客観的に見て整っているとは思う、というか、思わされた。ちょっと過去の恋愛沙汰の嫌な思い出が浮かんだので忘れる事とする。いいか、たとえ好きになってもやってはいけないことがある。博愛主義だろうと、人助けが趣味だろうと、カーヴェとしてはやってはいけないことがあると思う。本当にな。みんな気をつけような。
 というわけで声をかける。
「お兄さん大丈夫かい?」
「っ」
「ああ、痛むなら動かない方がいいよ。僕が見てるから安心して。ええと、起き上がれるならスープでも飲むかい? 嫌いだったら飲まなくていいし、知らない人間から食べ物を貰いたくなければ飲まなくていい」
「……あ、えっと」
「名前は名乗らなくていいよ。よく分からないけど、大怪我して倒れてたから訳ありだろう? そう言うのは聞かないのが一番さ」
「……異国の人かな?」
「ああ、そうだね。ちょっと依頼があってモンドに来たんだ。時間が少しあったから採集してたんだけど、お兄さんが倒れてたから、保護した。流石に放っておくほど冷徹ではないよ」
 どこぞのルームメイトなら放置だろうな。やりそう。めちゃくちゃやりそう。人命救助はしてくれ。そういうスキルを持ってなくても応急処置の知識はあるだろ、絶対。いや、無いかもしれない。自称文弱なので。
「服は補修しておいたよ。裁縫道具があってよかった。でも帰ったらちゃんとしたところで直してもらった方がいいだろうね」
「ええと、」
「あと、武器のことはよく分からないからすぐそこに置いてあるよ。ああ、振り回すとあの子達が怯えるから、今は待ってておくれ」
「……あの子達?」
 カーヴェは後ろの方にいる魔物たちを見た。ひょこひょこと遠くからこちらを確認している。ひらひらと手を振っておいた。武器を持っている人間とはあまり関わりたく無いだろう。カーヴェは武器を持てない。まあサポート特化だしと友人たちからは遠い目で言われた。それでいいのか。分からない。確かに困ったことはないが。
「行ったみたいだ。まあ、普段、人と関わるものじゃないからね。仕方ないさ」
「戦わないのかい」
「無闇に戦うべきじゃないと僕は思うよ。あと僕は武器が持てない。そういうものだと思ってくれ。サポートだけはできるよ」
「そうなんだ」
「うーん、起き上がれる?」
 ふらりと青年が簡易ベッドから起き上がる。自分が寝ていた場所に少し驚いていた。草元素は珍しいのかもしれない。まあ地域差はあるものだ。
「脳震盪とかは大丈夫そうだね」
「分かるのかい」
「医学は専門じゃないよ。つまり詳しくはない。まあ、怪我人を保護するのは初めてではないからね」
「そう……」
「繰り返しになってしまうけれど、スープは飲むかい?」
 起きたからと思って言うと、貰いたいと言われたのでそっと注いで渡した。本当にただの野菜スープである。味はまあ、空腹と温もりがスパイスになるんじゃないかな。モンドとはいえ夜は冷える。
「……美味しい」
「良かったよ。まあ寝たいなら寝ればいいし、移動したいならどうぞ。意外と痛みが無さそうだ。あ、でも足の怪我が酷かったな。歩くと痛むかもしれない。行くなら慎重にね」
「あなたはどうするんだい?」
「僕は野宿かな。まあお兄さんが寝てたみたいなベッドがすぐ作れるし」
「戦えないのでは?」
「僕は特に魔物や悪い人に襲われたことないから、大丈夫だと思う」
「……」
 すごく、すごく心配そうに見られた。いやまあ確かにそれはそうだろうけれど、カーヴェにとってはこれが現実である。人間の相互理解って難しいね。ルームメイトが世界で一番分からない人間だと思っているが。
「まあ、気にしないでくれ」
「いや、気にするよ」
「大丈夫だからね。現にお兄さんは無事保護できてるし」
「魔物たちに守られてたのか」
「そう。君が去れば、またあの子達が来てくれる。だから、気にしないで」
「分かった。けれど、移動はできそうにないかな」
「あ、治療うまく行ってないか?」
「いや、痛みがある」
「うーん、それは多分後遺症だなあ。僕ではどうにも。治すならリハビリになる。まあ、日常生活で歩いていれば治るだろうけれど。支え木もいらないだろうし」
「詳しいね」
「医学は専門じゃないぞ?」
「そうなんだ」
 青年は微笑んでいる。何か面白かったのだろうか。謎である。まあいいや。カーヴェも残っていたスープを飲んだ。青年はまだスープを飲んでいる。火は暖かいが、月明かりが遮られる。まあ色をつける画材がないので必要ないが、風景としては焚き火も良いが折角の月夜を大切にしたい気持ちもある。まあ、怪我人がいるので仕方ない。それに怪我人の方が大事である。
「絵描きなのかな」
 スケッチブックと鉛筆を見て言ったのだろう。
「違うよ。絵の心得はあるけどね。これは暇つぶしの落書きさ」
「そうなんだね」
「美しいものはいい。月も、草花も、生き物たちも。美しいものは美しい。そう認めることが、大切だと思うからね」
 だから、絵も描くよ。そう笑って言うと、青年は、そう、と微笑んでいた。程よく力が抜けたらしい。
 しかしまあ帰りたいのだろうなという気はする。というか訳ありだったらこんな謎の絵描き(仮)と一緒にいるべきではない。多分。
 ともかく、まあ、これはカーヴェが言い出すべきことではないし、というか行きたいならどうぞとはもう言ってある。
 カーヴェは暇なのでスケッチを始めた。とりあえず魔物たちは遠くへ行ったので、野草を描いた。これは研究のための絵ではなく、鑑賞のための絵だ。落書きとはいえ、そうである。なので、陰影なども鉛筆でできる限りつけていく。

 静かな夜だ。焚き火の音がする。

「いや、お兄さんそこに居るつもりなら寝た方がいいぞ」
 思わず振り返った。青年はスープを飲み終わったマグをとうの昔に置いて、その場に座っている。動かないなら、居るつもりなのだろう。だったら体力を取り戻すためにも寝た方がいい。回復スキルには限界というものがある。あとメンタルは治せない。
「だが、あなたが」
「僕は平気だから、お眠り」
「しかし、」
「お兄さん、頑固だなあ。大丈夫だよ。心配なら、何かあったら起こすさ」
「……」
 うーん信用されてない。いや信用されてるけど信用されてない目である。カーヴェはこれをよく知っている。心優しい友人たちの目、あとルームメイトの目である。
 まあ確かに、他人が怪我しそうになったらわりとこの身を挺して守ってしまうタイプだし、実際何度かやったし、小言はたっぷり何度も貰っているが。
 目の前の青年にまでそんな目をされるとは、という話である。カーヴェはそれなりに落ち込んだ。なるべく表には出さないが。流石に知らない人の前で落ち込んだ姿は、今見せるのもタイミングが悪いので、なんとか耐える。耐えろカーヴェ。というわけで、代わりに笑ってみた。誤魔化したとも言う。
「起きているよ」
「ああ、うん。いいけど、疲れてるだろうから、眠くなったら寝てくれよ」
「そうするよ」
「助かるよ」
 というわけで再び暇なのでスケッチである。あまり喋る人では無さそうだし、朝までスケッチかなと鉛筆を滑らせた。


[newpage]


 ディルックが、歌声にふっと目が覚めたら、人の後ろ姿があった。その人は振り返る。
「お兄さん大丈夫かい?」
「っ」
「ああ、痛むなら動かない方がいいよ。僕が見てるから安心して。ええと、起き上がれるならスープでも飲むかい? 嫌いだったら飲まなくていいし、知らない人間から食べ物を貰いたくなければ飲まなくていい」
「……あ、えっと」
「名前は名乗らなくていいよ。よく分からないけど、大怪我して倒れてたから訳ありだろう? そう言うのは聞かないのが一番さ」
「……異国の人かな?」
「ああ、そうだね。ちょっと依頼があってモンドに来たんだ。時間が少しあったから採集してたんだけど、お兄さんが倒れてたから、保護した。流石に放っておくほど冷徹ではないよ」
 服装から判断したことでなんとか返事をした。よく喋る人だ。綺麗な金髪に、滑らかな白い肌、ルビーのような赤い目をしている。指先まで整っていて、服装も華麗だった。性別に困ったが、どうやら声からすると男性のようだ。
 年は、同じか、少し年上ぐらいだろう。でもどこか世話焼きらしい。もしくは、ディルックを年下と判断しているのかもしれない。
「服は補修しておいたよ。裁縫道具があってよかった。でも帰ったらちゃんとしたところで直してもらった方がいいだろうね」
「ええと、」
「あと、武器のことはよく分からないからすぐそこにあるよ。ああ、振り回すとあの子達が怯えるから、今は待ってておくれ」
「……あの子達?」
 言われて、遠くを見る。こちらを見つめる魔物が何体かいた。男性がひらひらと手を振ると、安心したようにこちらから目を外した。
「行ったみたいだ。まあ、普段、人と関わるものじゃないからね。仕方ないさ」
 その口ぶりに、つまりと思う。
「戦わないのかい」
「無闇に戦うべきじゃないと僕は思うよ。あと僕は武器が持てない。そういうものだと思ってくれ。サポートだけはできるよ」
「そうなんだ」
 それってどうなのだろう。ディルックは普通に疑問であったが、男性は特に気にしていないらしい。むしろ、ディルックのことを心配しているようだ。
「うーん、起き上がれる?」
 言われて、起き上がる。そして、草花で編まれたベッドに驚いた。思わず男性の神の目を確認する。草元素だ。この辺りでは見かけない。異国の人だと分かってはいたが、本当のようだ。
 男性はほっとしたように言った。
「脳震盪とかは大丈夫そうだね」
「分かるのかい」
「医学は専門じゃないよ。つまり詳しくはない。まあ、怪我人を保護するのは初めてではないからね」
「そう……」
 それはそれでどうなんだろうか。ディルックは再び疑問に思った。人助けが趣味なのだろうか。変わった人である。
「繰り返しになってしまうけれど、スープは飲むかい?」
 おそらく、起き上がったのだから、と言うことだろう。貰いたいと頼むと、すぐに新しいマグにスープを注いで、どうぞと渡された。温かい。見たところ、野菜スープのようだ。飲むと、美味しかった。
「……美味しい」
 素直に言うと、男性はホッとした様子だった。
「良かったよ。まあ寝たいなら寝ればいいし、移動したいならどうぞ。意外と痛みが無さそうだ。あ、でも足の怪我が酷かったな。歩くと痛むかもしれない。行くなら慎重にね」
「あなたはどうするんだい?」
「僕は野宿かな。まあお兄さんが寝てたみたいなベッドがすぐ作れるし」
「戦えないのでは?」
「僕は特に魔物や悪い人に襲われたことないから、大丈夫だと思う」
「……」
 この人は、大丈夫なのだろうか。ディルックは物凄く普通に心配になってきた。謎の異国人ではあるが、敵意がゼロなのと、あまりにも危機感がない。旅をする生業ではとりあえず無さそうだ。
「まあ、気にしないでくれ」
「いや、気にするよ」
「大丈夫だからね。現にお兄さんは無事保護できてるし」
 そう言われて、先ほどの会話を思い出した。
「魔物たちに守られてたのか」
「そう。君が去れば、またあの子達が来てくれる。だから、気にしないで」
「分かった。けれど、移動はできそうにないかな」
「あ、治療うまく行ってないか?」
「いや、痛みがある」
「うーん、それは多分後遺症だなあ。僕ではどうにも。治すならリハビリになる。まあ、日常生活で歩いていれば治るだろうけれど。支え木もいらないだろうし」
「詳しいね」
「医学は専門じゃないぞ?」
「そうなんだ」
 医学は専門ではない。そう繰り返す男性だが、知識はありそうである。ちゃんと学のある人間なのだろう。怪我人を保護しすぎて必要に駆られて勉強したのかもしれないが、それでもそもそも頭が良さそうに思う。面白い人だと思わず微笑んだ。男性は不思議そうにこちらを見たが、まあいいかとスープを飲んで、スケッチを始めた。
「絵描きなのかな」
 夜なのでよく見えないが、絵を描いていることは分かる。そうと言いかけると、男性は言った。
「違うよ。絵の心得はあるけどね。これは暇つぶしの落書きさ」
「そうなんだね」
「美しいものはいい。月も、草花も、生き物たちも。美しいものは美しい。そう認めることが、大切だと思うからね」
 だから、絵も描くよ。そう笑って振り返った男性は月明かりと、焚き火できらきらと輝いて見える。思わず、そう、と微笑んでいた。なんだか見ていると安心する人だ。
 そうして、男性は焚き火に背を向けた。草花を描いているらしい。さらさらと、迷うことなく描いていく。きっと綺麗な絵を描くんだろうな、と思った。そして赤い服を着ているなと思う。派手な服では、ある。ただ、不思議と似合う。手先まで綺麗な人だからだろうか。
 月明かりの強い夜だ。こう言う夜は気を抜かない方がいい。だが、男性はとくに警戒した様子はなかった。
「いや、お兄さんそこに居るつもりなら寝た方がいいぞ」
 思わずといった様子で男性が振り返る。もちろんディルックはスープを飲み終わったマグをとうの昔に置いて、その場に座っていた。草元素で編んだらしきベッドは座り心地も良かった。
「僕は平気だから、お眠り」
「しかし、」
「お兄さん、頑固だなあ。大丈夫だよ。心配なら、何かあったら起こすさ」
「……」
 この人の大丈夫、とは。ディルックは、何一つ大丈夫じゃないだろうなと、思った。戦えない。親切な人。美しい人。警戒ということをしない人。それらを合わせて、大丈夫とは思えなかった。
 まあ自覚はあるらしく、決まり悪そうに笑っていた。
 ということで出した結論は起きていることだ。
「起きているよ」
「ああ、うん。いいけど、疲れてるだろうから、眠くなったら寝てくれよ」
「そうするよ」
「助かるよ」
 男性はまたスケッチを始めた。よく喋る人だが、別に喋らなくても平気らしい。何かを偽る様子はない。それに最初に提案された、互いに名前も事情も明かさないというのは、彼なりの処世術なのだろう。
 だけれど、と、ディルックは思う。
 恩人なのだ。正直に言うと。本当に危ないと思ったし、旅人の少女に運良く拾われたらいいなぐらいの勢いだった。
 少しミスをした。それだけで、選局は大きく変わる。大きな怪我をした。何とかここまで来れた。
 助けてもらえたのだ。
 だから、少しは恩返しがしたい。名前も教えてくれないこの人に。いや、自分も名前はなるべくなら伝えたくないが。何せ今の状況だと色々とまずい。
 何を返せるだろうか、と思う。分かりやすいのは金銭になるが、嫌がりそうな気がした。あとはモンド人なら定番の酒だが、異国人なので却下であるし、酒には耐性のある人と無い人がいる。ディルックはよく分かっている。
 正直、何も返せないのだ。だから、こうして護衛をするしかない。それもまた望まれていないのが、少し寂しい。
 ふと、男性は描きながら歌を口遊み始めた。
 おそらく、古い歌なのだろう。古代語の類だと思う。メロディも聴いたことがないもので、不思議な歌だった。だけど、とても懐かしくなる。胸が締め付けられるような、優しい歌だった。子守唄に似ているかもしれない。そんな素朴な歌だった。
 優しい人なのだ。本当に優しい人なのだ。ディルックは確信した。優しすぎる人だ。だから、きっとそういう星の下に産まれたのだろうと思えた。
 ただ、彼の美しさは星というより、花のようだ。美しく咲く花。儚さと非現実感すら感じさせる美しさ。神々しいとまでは言わない。それは言ってはならない気がした。ただ、あまりにも花のように美しく、花のように儚く散りそうだ。
 せめてこの人を今夜は守らないと。ディルックは、そんなこと、向かないと分かっていながら、思ってしまったのだった。
 良い意味で、調子を狂わせる人である。


[newpage]


 本当に一晩スケッチしたし、後ろの青年は一晩寝ずにいた。守っていてくれたのだろう。まあ、武器を持ってるならそうするんだろうなと思う。カーヴェとは価値観が違う。まあ他人とはそういうものだ。カーヴェは見ず知らずの人に同じものは求めない。
「じゃあ、夜も明けたから僕は行くよ。お兄さんも気をつけて」
「うん。そうするよ。あなたはどちらへ」
「モンド城だよ。依頼があるんだ」
「仕事かな?」
「うん。まあね。絵じゃないよ」
「そう聞いたよ。じゃあ、またいつか会ったらお礼をさせて欲しい」
「律儀だなあ。そんなの要らないよ。一晩守ってくれたんだろう?」
「でも、あなたには要らなかった」
「まあね。でもその気持ちと行動で充分さ。じゃあ、いつかまた」
 カーヴェはそう言って、ふわふわとモンド城へと向かった。この時間に宿に入れば仮眠ができる。多少の無理は効くので、仮眠で仕事はできる。というか仕事なら仮眠でも出来る。ふわふわ歩いていると魔物たちが守るように寄り添ってくれた。大丈夫だよと声をかけて、城が近づく前に草元素で咲かせた花を少しだけ分けた。お礼は必要だ。
 というわけで、カーヴェは宿で寝た。

 朝だ。仮眠を終えたカーヴェは依頼人の奥さんの家の前でベビーベッドをせっせと作る。手が狂うことはない。そもそも建築家が何で大工作業が出来るのか。謎である。カーヴェとしては過去に必要に迫られたから、という点しか説明できない。色々あったのだ。人助けを重ねるとこうなる。
 奥さんや、道行く人と会話しながら、順調に進めた。草元素で木材を乾かしているときはとても驚かれた。まあわかる。正直、木材は生き物だ。火や熱が無くとも草元素でアレコレすれば自然に乾く。呼吸してるっていうだろう。そういうことだ。
 そういうわけでカーヴェがベビーベッドを依頼人の家で組み立て終わると、奥さんは大変喜んでくれた。そしてお茶を出してもらえたので、世間話をする。旦那さんに手紙を書くなら持っていくと伝えると、是非と、奥さんは臨月のお腹を撫でながら、さらさらと書いていった。
 しかし家族とか、そういうものは分からないが、この夫婦を見ていると、どうやら大丈夫そうだ。関係は悪くないように見える。不満は確かにあるだろうが、話し合いさえすれば何とでもなりそうだ。あとは旦那さんの単身赴任を何とかしたいものである。正直、知り合いの学者のところが職場だったので、声をかけることもできるが、しかし単身赴任してまで頑張りたい仕事なのだろうから、言わない方がいいだろう。
 というわけで手紙を受け取ったカーヴェはその人の家を出た。さて帰るか。そう思っていると旅人が駆け寄ってきた。
「お迎えに来たよ」
「ありがとう」
「オイラもいるぞ!」
「もちろん、ありがとう」
 そして、旅人はあれと首を傾げた。
「少し、疲れてる? 寝不足?」
「いや、仕事の後だからじゃないかな?」
「そう? ならいいけど」
 旅人はあっさりと引いた。良い子だ。

 というわけでワープポイントでスメールシティであった。

 旅人にはお礼に今度何か手伝う約束をした。旅は難しいかもしれないとは言ったが、旅人はやや興奮していた。いや、だから旅は難しいかもしれないんだが。
 で、依頼人と会って手紙を渡し、報酬を受け取る。疲れたので真っ直ぐ帰る。
 アルハイゼンの家に入る。ただいま、そう言って帰る。返事はない。家主は仕事中なので。
 というわけでカーヴェはとりあえず夕飯を作って、早めに食べて、メモ書きを残して、風呂に入り、体のケアを念入りにして、寝た。
 なお、ストレッチは念のため多めにしておいた。怪我人の保護は慣れているが、それでも毎日のことではないので、体が凝り固まっていた気がしたのだ。

 夢を見た。今日助けた青年が、屋敷で主人として働いていた。夢だからそういうこともあるだろう。よく知らないが。

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